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    継承の儀式(6)




空には、輝く真円の双つの月。

その金の光と銀の光は、優美でとても美しい。数日前に目にした時は欠けていたので、満月だと一層輝かしく見えた。

僅かに距離を置いて並ぶ月は大きくて、圧巻だ。


『……やっぱり綺麗だなあ…』

「カズキはつきがすきなのか?」


控えの間の窓から月を眺めていると、ひょっこり隣に顔を出したシュリュセルがそう訪ねてきた。

さらりと揺れる短い青銀の髪が切なく見えたけれど……気にしない気にしない。


『うん、すごく好き』


何しろ死因が月を見ていて足元をおろそかにしていたからだ。


「そうか! つきがすきなのはいいことだ、めがみのおわしますところだからな」

『……女神がいるところ…?』

「まだウィオラからきいてないか? あのふたつのつきは、このせかいをみまもっているふたごのめがみのけしんなんだ」


女神の化身――。

なるほど、確かにそう言われる程美しいかもしれない。

ああ、だから、あの小さな獣は月を『女神の月』と呼んでいたのか。


「つきがすきなら、きっとめがみもカズキをきにかけてくださる」

『うーん…気に入ってもらえたら嬉しいけど…』


どうなんだろう。

そもそも、神様なんて遠すぎる。


「…お二方、もうすぐ定刻となりますので、移動を」


疲れた様子など全く見せずに、楚々と歩き出すウィオラの後を慌ててついていく。

相変わらず、三人とも移動が速すぎるので、こっちは浮いているようなものなのに、ついていくのが精一杯だ。

行きは二度目、帰りを合わせると三度目の通路であるのに、やっぱり道を少しも覚えられない。

似たような造りの道が多いのに、どうして彼らは一度も迷わずに進めるのだろう。

必死で後を追った先で、再び辿り着いた、開けたその場所は、昼とはまた違った幻想空間が広がっていた。

空の月に照らされて、竜樹は一層美しく見える。

どうしてか、どちらかがどちらかの光に染められることもなく、双月は金と銀の光で優しく大地を照らしており、大樹は穏やかな蒼い光を放っていた。

そして、竜樹の周りには、小さな色とりどりの光が舞うようにして飛んでいた。

まるで、蛍のような光。


『あの光は…?』

「――見えるのか」


やや驚いたように目を見張ったエクエスに、こっちが驚いた。

シュリュセルに対しては表情を崩すことがあっても、こちらに向けていつもの無表情を大きく変化させているところなどはじめて見た。


『え、見えます、けど…』


見えたら何かまずいのか。

だって、あんなにたくさん、光が乱舞しているのに。


「あの光は普通、人間には見えません。巫女ウィータであっても同じこと。……ああ、あなたは肉体ではないから見えるのかもしれませんね」


千希自身が幽体で、超常現象のようなものだからと言いたいのか。そういえば規格外だった、みたいな眼差しはやめていただけませんでしょうか。


「カズキ、あれはマナだ」


にこ、と微笑みながらシュリュセルが言った。

マナ? と呟いた千希に、的確な答えを先生が返す。


「マナは万物の根源、生命の源です。この世界に属するものはマナがなくては存在できません。例え生命活動が維持できても、マナが枯渇すれば自我をうまく保てなくなります。今は目に見えていますが、マナに本来実体はありません。あの光は、女神の御力が高まる今宵のような日にのみ見られる現象です。……また後に詳しく教えることが増えましたね」


お、お手柔らかにお願いします……。

つまり、マナとは生きていく上に必要な物質だと。

かたちを持たないもの、か。

………ん?


「そういえば、あなたのその服は、妖精族の秘儀を以てマナを結晶化し、月の光や朝露の雫といった様々なものを織り込んだもので出来ています。詳しくは私も伝えられてはいませんが、この世に二つとないとても高価なものです。大事になさい」


やっぱりですか。

服の詳しい原材料はわからなくても、ファンタジー世界でそんな力が存在するとなればもう、何が起こっても不思議じゃないですよね。

何かのロールプレイングゲームみたいだ、とつい思ってしまった。





月はもう南中するかという位置にあった。

東から昇って西に沈む軌道は地球と同じだなあ、なんて思いながら、半日前のように、シュリュセルと手を繋いで、蒼の竜樹に近づく。

今度は、幹の側ではなく、木陰に入ったかと思う位置で止まった。

シュリュセルが空を仰ぐようにして見るので、つられて目を天に向ける。

……生まれて初めて、実際に見た。テレビを通してなら見たことがあったけれど、実物は、それよりもはるかに心を打った。


月が、蝕に入っていた。

――月食だ。


金の月が黒い影に覆われていく。少しずつ、少しずつ、金色が黒に蝕まれていった。

昔の地球では、大抵、日食や月食は不吉だと思われていたという。もしや、ここでも凶兆だと扱われているのではないかとおそるおそる見遣れば、三人はただじっと、月に見惚れていた。

杞憂だったことにほっとすると同時に、しみじみとした感動が遅れて襲ってくる。

黒く塗りつぶされていく月は、やがて完全に隠れてしまった。皆既月食である。

この所、地球の好事家達がこぞって観察したがるような光景を割とあっさり目にしている気がする――そんなことを思いながら、言葉も忘れて見入っていた。時間の感覚が無くなるほどにひたすらに、空を見つめ続ける。

すると、徐々に金の月が再び見え出してきた。

もう一つ月があるということは、もしや今度は銀の月が蝕に入るのだろうか、と考えたその時。

まだ金の月から影が消えぬままに、銀の月が浸食された。

双つの月を、同じ大きさの影が隠している。間にもう一つ黒い円が見えるような――見ようによっては、ちょうど三つの円が重なりあったような形だった。

うわあ、と感嘆のため息をつきかけた千希の手が、ぐいっと引かれる。

シュリュセルがすまなそうに首を横に振り、次いで、竜樹の方を向くように促した。

残念に思いながら向き直った彼女が見たのは、まさに魂を揺さぶる程に美しい、蒼だった。


『!?』


半透明の自分とは違い、それはまさに透明な蒼の光。

人の形をしたその光は、一瞬妖精かと思ったけれども、すぐに違うことに気づいた。

硝子の彫刻のような透明な蒼のひとの顔は、どこかシュリュセルに似た、けれども遥かに大人びた美しさを持つ。

シュリュセルが、繋いだ手を持ち上げたかと思えば、蒼い手がそれを取るように伸びてきて、シュリュセルの手の甲に、口づけが一つ落とされた。

実際には触れることができないらしく、感覚はなかったが、口づけるその動作によって、辺りを包み込むような光が弾けた。


『ひゃ…っ』


眩しさのあまり目を逸らす。

暫くして光を感じなくなり、視線を戻せば、もうあの蒼いひとはいなかった。


『あ、あれ…?』


マナの光も、見えない。

ただただ静寂に包まれたそこには、蒼を冠する聖なる樹が佇むだけ。


「――無事に、儀式を終えられたようですね」


ウィオラが近づいてきて、目の前で膝を折り頭を垂れた。

少し離れた場所で、エクエスも同じ姿勢を取っている。


「無事に王位継承の儀式を終えられましたことをお祝い申し上げます――新たなる我らが王、我らが巫女ウィータよ」

「ああ、せわになったな、ウィオラ、エクエス」


嬉しげに微笑むシュリュセルの横で、千希は一体何が何だったのかと呆然とした。

もう既に、月食は終わっている。銀の月の皆既月食は結局、見ることができなかった。



後に聞いたところ、双つの月が同じ大きさの蝕に入った時に出来る円を『第三の月』と呼ぶらしいのだが、王の儀式において、それができた時にだけ、あの蒼いひとが現れるらしい。

あれはマナの結晶でもあり、竜樹に宿る聖なる魂なのだという。

つまりは名前で呼ぶなら、あの蒼い光のひとこそが、オンディーヌなのだ。

王になるためには、第一に聖印を受け継ぐこと、第二に聖印に冠を戴くこと……最後に、竜樹の精霊に祝福を授かることが必要なのだそうだ。

色々と事前に教わってはいたものの、儀式の全容はほとんど知らされていなかったことは、間違いなくウィオラが千希を驚かせたかったからではないかと疑ったが、何でもそれがしきたりなのだという。

ちなみに、シュリュセルが切った髪は、祝福の代価としてオンディーヌに捧げられたそうである。

長い髪にはマナが宿りやすいために、こうして得た祝福の代わりに差し出した、ということ。



……そうした説明を全て聞いたのは、実は翌日のことで。

儀式が終わったと聞いた時からずっと、またもや千希は茫然自失の状態が続いており、気付いた時には、王の部屋にいて、ぐっすりと眠ったシュリュセルの隣で浮いていたのだ。

――空は既に白み始めていた。

わけがわからないと混乱した千希の数々の疑問に答えが返されるのは、それからあと数時間を要したのである。



こうして、晴れて本物の巫女ウィータだと認められた千希が始終仰天している間に、儀式は終わってしまったのだった。

第五話終わりました。次の更新は少し間があくかもしれません。

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