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    継承の儀式(5)



――あれが新たなウィータだと…?

――なんと、ニグリティアではないか


静まり却っていたはずの空間に、さわさわと密やかに囁き合う声が広まっていく。

堂々と歩いていくシュリュセルの隣を行きながら、自分が騒がれているのだとわかり、何とも言えない思いがした。

すれ違いざまに聞こえた、声。


――おぞましい


まあそうだよなあ、と思った。自分だって生きている時に幽霊に遭遇していたら怖いとか気持ち悪いとか思ったかもしれない。ただ、一応見た目はグロテスクではないつもりなので、若干その感想にはへこんだ。

この世界に来て接していた三人が一般人とは違う反応だったので、気がつかなかったのだ。

幽霊が王様の隣にいたら、取り憑かれていると思われてもおかしくないし、今はまだ知られていないけれど、自分の世界のものではないとわかれば、気味が悪いと思われるだろう。

言うなれば地球の公の場にエイリアンが現れたようなもの。異端であることに違いはない。

内心で苦笑していると、繋いだ手から、凄まじい感情が飛んできた。

驚いて目をやれば、シュリュセルは表情すら変えていないものの、その瞳に穏やかでない色を浮かべている。……それは、怒りだった。

シュリュセルの周りの雰囲気が、一気に威圧的になったのを感じてか、徐々に囁き声は鎮まっていった。

そこへ、全ての囀りを止める声が響き渡る。


「――静粛に」


祭壇の上部には、あの双つの月と一本の大樹を司る紋様が描かれている。

その下で、先程よりも更に近寄りがたい雰囲気を持ったウィオラが、杖を片手に立っていた。教会という場所に佇む彼女は、どこか神々しさを感じる。

彼女が鶴の一声を発したのは、丁度、あと数歩で銀と銀に縁どられた青い絨毯が敷かれていた長い道を歩き終える所だった。

残りはあっという間に埋まる。

冷たく美しい声が、儀式の始まりを告げた。


「これより、第二の儀を執り行う」


何だか結婚式みたいだ、なんて思った私は緊張感に欠けるのだろうか。

いや、かなりがっちがちである。

蒼く輝く竜樹の光に包まれていると、シュリュセルも昂った感情が落ち着いたようだった。

すぐ側にはいつの間にかエクエスも控えているし、目の前にいる人はウィオラだ。うん、さっきと何も変わりはない。


「――此処より遥か天上におわします双月ふたつきの神々よ、聖なる証を継ぎしこの者達に、汝らが加護を与うることを乞い願う」


右手に温もりを感じる。ちらっと見下ろせば、あの青銀の印が再び浮かんでいた。

それは鮮やかに煌めく。

シュリュセルが手を持ち上げたので、そのまま上にあげてウィオラに差し出すように掲げた。

輝きを増した聖印に、幾人もの息を飲む音がしたようだった。


「我は汝らが使徒、眷属の遺志を継ぎし者。この地の竜樹を守護する者。遍く精霊の祝福の下、王の証を継承させん」


二度、三度。

澄んだ鈴の音が、空間を支配した。


「応え給え、金と銀の双女神よ。――蒼き慈しみを司る者に、誓約の光を」


きらりと何かが光った。

見上げた天窓から、ひらひらと何かが降ってくる。

それは輝く金と銀の光の塊で、誰もが呼吸を忘れる程に美しい贈り物だった。

ゆっくりと舞い落ちるその光は、真っ直ぐに千希と重ねたシュリュセルの手に触れた瞬間、弾けるようにして消えた。

あの聖印の上に重なるようにして、金と銀の二重の冠が載っている――そう思った瞬間、シュリュセルが群衆の方を向いて、その証を見せつけた。


「我が親愛なる民達よ、王の座は継承された」


それは、いつもの口調よりも固い、舌足らずな所など少しもない声だった。

話し方があまり完成していないことで、少し彼が拗ねていたことを知っている千希は驚く。

一体何度、彼はこの短い宣誓を練習してきたのだろうか。


「此処に誓おう。我が蒼の血筋に恥じぬよう、賢君たる治世を行うことを」


可愛いとばかり思っていた青銀の王が、はじめて格好良く見えた瞬間だった。




参列していた人々は、わあっと歓声を上げる。

徐に、シュリュセルは手を離した。

ん? と首を傾げる千希の隣で、ウィオラから何かを受け取ったかと思うと、長く美しい青銀の髪を掴んで――ばっさりと、切った。


手にしていた銀の短剣で。


あの、綺麗な髪を。


……切った。



千希は、思考が真っ白になった。



群衆の歓声が更に大きくなり、まだまだ嫌な視線の多い中をシュリュセルと共に退場したことも、いつの間にかウィオラとエクエスと共に控えの間に戻っていたことにも気付かなかった。





「か、カズキ…?」


それは何度目の問い掛けだったのだろう。

誰かが整えたのか、すっかり肩よりも短くなってしまった青銀の髪の幼子が、心配そうに顔を覗き込んでいたことに、放心していた千希は漸く気がついた。


『シュリュセル……』

「! きがついたのか、いすにからだがうまって――」


意識していなかったために、椅子をすり抜けた状態のままでいた千希にそれを教えようとしていたシュリュセルは、言葉を途中で遮られ、物凄い勢いで両肩を掴まれた。


『髪がっ! 私が大好きな綺麗なシュリュセルの髪がーっ!!』

「カズキ、おちつ――」

『あんなに綺麗な髪だったのに、なくなっ、なくなっちゃったーっ!!』


今まで見たことが無いほどに取り乱した様子の千希が、半泣きでがくんがくんと身体を揺さぶってくる。

流石に気分が悪くなりそうだとシュリュセルが目を白黒させていた所、突如としてぴしゃーんと稲妻が迸った。


「落ち着きなさい、見苦しい」


冷やかな声と一瞥をくれたのは麗しき美貌の女神の使徒様。

もはや定番となりつつある雷撃に、千希は沈没した。


体罰はんたーい。切実に。

でも何て言うか、電気ショックみたいなものだと最近思う。痛いけど、まだマシというか……。

結局、短くなってしまったシュリュセルの髪はその後に必要だったということを後で知るのだけれど、せっかく綺麗な髪だったのに、と勿体無く思うのです。


ちなみにシュリュセルは、きっちりと雷撃が落ちる前にエクエスの手によって救出されており、大丈夫か、と心配そうに問いかけてきてくれました。



次で第五話は終わる予定です…予想以上に長くなってしまった…。

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