4 スピーチ原稿か……ダっル
早朝の生徒会長宣言を終えた俺は、机に向かって渡された紙を読む。
なるへそね……。一度原稿を書いたら担任の先生に見せに行き、内容が許可されたら石田先生に提出できるわけか……。
こういった学校の選挙は後に言うよりも、一番最初に言う方がインパクトがある。
だから、出来れば一番最初に演説をしたい。
そのためには、この紙をいち早く出す必要がある。
え? もしかしたら生徒会長に立候補したのはお前だけかもしれないって?
確かにその通りだが、準備をしておいて損はない。
もし誰もいなければすんなり生徒会長になれるし、ライバル(そう表現するのも失礼な気もする)が出たとしても最大限の戦力で戦うことができる。
ただでさえ、こっちはなんの経歴もない素人だ。
せめて、早く原稿を完成させ、主導権を取りに行くべきだろう。
というわけで、原稿に定型文を書いていく。
(えっと……この度生徒会長に立候補しました村山 陸です。私が生徒会長になった暁には――)
目安箱やら購買のバラエティーの種類など、まあ生徒が喜びそうだったりオーソドックスな有名どころを適当に書いて文字数を稼ぐ。
まあ、自分で言うのもなんだがゴミみたいな文面が完成した。
しかし、速さだけは完璧である。
事実、一時間目が始まる前に文が完成した。
え? この内容を演説するのかって?
いやしないよ、こんなゴミ原稿。
先生はなるべく内容を変えないでと言っただけで、具体的なことはなんにもいってない。
俺の考えてる内容は少しブラックな内容であり、多分、先生の目に映ったら秒でシュレッダー行き不可避なのだ。
『村山君、君の書いた原稿とスピーチの内容、全然違くないかな?』
『いえいえ、そんなまさか。ちょっと変えただけですよ。ちょっと』
みたいに言っとけばいい。
というわけで、朝のホームルームの時間に先生に原稿を渡しにいく。
「あの、匙井先生。原稿が出来たので見てくれませんか?」
「あ、村山聞いたぞ。生徒会長に立候補したらしいじゃん」
担任の匙井先生は、授業が分かりやすく生徒からの人気も高い優秀な教師だ。
まあ、年中ずっとなぜかパーカーを着ているファッションセンスが終わってる人でもあるのだが。
ま、いっか。
「じゃあ、帰りの時間に返すから」
「はい、お願いします」
よし! うまくいけば、今日の帰り際に出せる。そうなれば、ほぼ確実に一番に演説ができる。
どうせ、時間が経つに連れて生徒は話を聞かなくなる。だから、なんとしてでも一番は取りたい。
● ● ● ● ● ●
「村山、これダメね」
「え?」
あまりにも痛烈な現実にちょっと目を見開く。
「これ、コピーとってダメなところ赤ペンで書いてあるから直してこいよ?」
そういって、匙井先生は職員室へ向かってしまう。
しょうがないので、渡されたコピー紙を見る。そこには、文法の使い方や公約の内容についてこと細かく書かれていた。
恐らくかなり時間と手間を掛けて作ったのだろう。
俺がこの紙に向かった時間と先生が向かった時間の比率はおよそ1:10くらいと予想する。
(まさか、早朝に超適当に書いた文にここまでマジアドバイスをくれるとは……)
なんだか申し訳なく思わないこともないかもしれないとも思わない。
とりあえず、家に帰って明日朝イチで提出しにいくか……。
帰宅し、自分の部屋に入る。
そして、いつもならゲームを起動するところを、紙とペンを用意し机に向き合う。
なるほどな~。確かに今までの演説を猿真似した文章だけあって、少し変わり種がほしいとアドバイスに書かれている。
だが、そんなことは分かっていても上手く行くわけがない。
仕方ない。ここは、少しでも時間をかけて自分の本当の原稿を作るか。
というわけで、早速俺の原稿を書き連ねていく。
ちなみに、以下は作者が実際に下書きで書いた原稿です。
生徒会選挙 原稿
ゴホン(わざと)
皆さんこんにちは。この度、生徒会長に立候補した、やる気だけは人一倍、村山 陸です。
突然ですが皆さん、公約って中々成就できない、そう思いませんか? 僕はとても思いました。
なので僕はどうしてそうなのかを調べ、その結果、僕は二つの原因を見つけました。
1つ目は、生徒会の出来る範囲がクソ少ないことです。
映画館の学割で必須な我々の高校の紋所『生徒手帳』には生徒会に出来ることが色々と書いてあります。(このタイミングで胸ポケットから生徒手帳を取り出す?)
規律を尊ぶ学校にするとか、常に研鑽をし続けなければならないとか、議会の承認なしには予算・決算が出来ないとか――こと細かく書かれてます。
つまり! 生徒会は学校のイメージアップなことはやれますが、イメージダウンになる、またはなるかもしれないことは絶対にやれません。
また、限りある予算の関係もあり舗装、修理も現実的ではありません。さらに、学校外への評価も考えなければならないため、制服の変更や体操服での登校も中々出来るものではありません。
つまり! 生徒会になっても出来ることはとても限られてしまうのです!
2つ目に忙しいからです。
生徒会と銘打ってはいますが、その内容は雑務ばかりです。しかもそれを高校生になって一、二年の学生がやります。実質、社会人一、二年目のぺーぺーに他なりません。
しかも、普通の社会人と比べて、僕たち学生にはやらなければならないことがたくさんあります。
一、二年生は授業後に部活や勉強。三年生は就職試験や面接試験、はては受験勉強。
とてもではないですが、忙しすぎです。
なので! やれる公約はなるべく時間も手間もかからないものになってしまいます。
以上のことから、お金や学校外の評価を守りつつ、限定的な生徒会の力で、なおかつ忙しくても確実にやれる公約内容でないといけません。
(少し間を置く?)
そこで僕が提案するのが、全校集会や学年集会で胡座をかくことを一般化します。
(多分この辺で笑ったり、ザワザワすると予想)
皆さん、確かに一見、頭おかしそうな公約ですが僕には絶対できると思っています。
まず、ネットで検索してみれば分かりますが、今の時代、体育座りなんて疲れるだけの座り方はナンセンスです。むしろ、『若者が胡座をかきおって』とか言ってる人は時代遅れだと教えてあげましょう。
また、先生に問い合わせたところ、無理やり体育座りをさせるのは体罰に当たる可能性があるとして、無理やりやらせることはできないようです。
そして、他にも僕の公約はあります。
最近うちのクラスでようやく、2回目の席替えが行われましたが、それを月に一度やることを制度化します。
また、係や委員会を任意で選ぶことが出来るように、掃除場所も自分達の好きなところを選べるように改正。(うちの学校は教師が勝手に決めている)
他にも、最近行われた中間テストで意味もなく持ち帰らせられた保健体育や家庭科、情報の教科書を置きっぱなしに出来るようにしたり出来るようにします。
まだまだ他にも、部活動の男性マネージャーを増やしたり、もうすぐ巣だってしまう三年生との学年レクリエーション。
今この場では言い切れませんが、どんなに忙しくて、やれることの少ない生徒会でも出来ることはたくさんあります。
僕は、なにか劇的な変化を起こせるわけではないですが、確実に今よりも楽しい学校生活を送れることを約束します。
ありがとうございました。
文字数1,754文字
さて、こんなもんかね。途中、先生や学校のルールに文句を入れているため、恐らく改正が入ると思われるが、それにしてもいい感じに書けたのではなかろうか。
生徒手帳に記載されていることを引用することにより、知性がありそうな文章だと言えるだろう。
「早速明日、先生に持っていこう」
ファイルを取り出し、原稿をしまいこむ。が、そこで時間を見た。8時。まだ夜遅いわけでもない。
そこで、僕は書いた原稿を友人の一人に見て貰うことにした。
(……やっぱ、地頭だけは学年1の裕かな?)
というわけで、原稿をラインで送るのだった。