12 選挙前の悶々
「マイブラザー、悪いんだけどまた録画してくれない?」
10月19日水曜の夜
選挙の前日に俺は弟の部屋に入り込んでいた。
「ん? ああ、別にいいよ」
弟は何てことないように、スマホを取り出し録画の準備をする。
このやり取りもここ一週間は日常茶飯事だった。
というのも、俺が演説の練習をするときはいつも録音で済ませていた。
しかし、それでは意味がないと一週間程前に気づいた。明日の演説はただ聞くだけではない、俺の目線や姿勢など一挙手一投足が見られているのだ。
いくら声が大きくて聞きやすくても、猫背でモジモジしてる奴が前にいたら俺は絶対に投票しない自信がある。
だから、弟を頼ることにした。親に撮ってもらうという選択肢もあるのだが、そもそも俺の親は仕事が忙しく頼みにくかった(マジレスすると、俺が選挙に出ると知ったらメンドくさくなりそうだから)。
実際、これをやることで大分自分を欠点を見つけることができた。よく視線が上にいきやすいとか、常に棒立ちで代わり映えがしないなど。
これを直すために気付けは200回くらい録画しており、弟にはかなり付き合って貰っている。まあ、アイス奢ってあげたしトントンかな? いや、そんなわけないか。
本番を想定して制服を身に包み、生徒手帳を胸ポケットに入れる。
「――じゃあお願い」
弟が録画開始のボタンをタップする。
「村山 陸君」
実際に司会に呼ばれるという想定のもと、弟が名前を呼ぶ。
「はい!」
● ● ● ● ● ●
10月20日木曜
「村陸、ついに今日やね」
マサルが早朝から話しかけてくる。だが、俺はそれどころではない。選挙が行われるのは6限なのでそれまでに直前まで原稿を見直す。
既に中身は全て覚えているのだが、本番に何かしらのアクシデントで内容が全て飛んでしまってもすぐに思い出せるように何度も復唱する。
まあ、本番になにかハプニングが起こるなんて滅多にないだろうけど。
「――えー、今日の連絡ですが6時間目に生徒会選挙があります。1組から選挙に出るのは村山と堀田の2人かな? 2人は昼休み時間に当日の流れが説明されるから職員室前に行って下さい。以上です」
なるほど。今まで当日の流れの説明が全くなかったからアドリブでやるのかと思ってたけど、ちゃんと説明の時間はあるのか。
「まあ、俺にかかれば落選するなんて万が一にもあり得ない結果だけど」
「え、怖。急にどうした? キショ」
うるさいな。いいだろ? こうでもしないとさっきから震えと手汗が止まらないんだよ。
「あっ、そういえば村陸、今日の朝、篠田さんに会ったよ」
そこに、対抗馬と同中だったハルマが会話に入ってくる。
「へー……なんか言ってた?」
「確定演出で勝てるわ、って言ってたね」
全く、何て傲岸不遜な態度なのか。――まるで俺みたいだな。
「あれ? 俺ってもしかしてなめられてる?」
「当然だよ?」
おいおい、なに真面目な顔で言ってるんだ。
「え、ちなみに村陸はさ、なんか生徒会の経験とかしたことある? 中学の時でもいいから」
「いやーないね」
「一回も生徒会に入ったことない?」
「うん」
「選挙に出たことは?」
「No」
「班長とか部長の経験は?」
「0だよ」
「………………あ、もう流石だわ村陸君」
いつものキショキショbotではなく、なぜか哀れの顔を見せるマサル。
なんだこいつ、失礼な存在だな。人間としてなにかが決定的に欠けてる不良品かな?
だがまあ、褒めてることに変わりはない。
「まあまあ、そこまで褒めるなって」
「キショォォォ!!」
あっ、いつものマサルだ。
しょうがない。ここは一発ぶちかますか。
「それにしても可哀想だよ。まさか、俺という完璧な存在が選挙に出るなんて。相手が不憫だ。……どうせ俺が勝つし、今からでも降りてくれないかな?」
「それ言うの、完全に逆の立場だからね?」
は? おいおい、俺が負けるといいたいのかね?
さっきから心臓がよくない鼓動で鳴ってるだけで特に問題ないのに、常識が欠如してるなこのクラスは。
昼休み 職員室前
俺は、一緒に生徒会選挙に出る堀田さんの後ろを金魚のふんのようについていっていた。
(あっちについて誰もいなかったら恥ずか死ねるからな。寄生して、一人になる状況は避けなければ)
「え、陸はさ、なんでそんな後ろで歩いてるの?」
「いえ、気にしないで下さい堀田さん。僕のことは置物か無機物かミトンドリアと思ってくだされば」
職員室前
「―――はい、じゃあ集まって貰ったから、とりあえず始めます」
申し込み用紙を配布していた石田先生が話を始める。
「基本的に司会は、3年生の選挙管理委員会の彼らがやってくれるので、皆さんは名前が呼ばれたら立って真ん中のマイクのある台に行って演説を始めて下さい」
俺の近くで、2人の男子生徒がこくりと大きく頷く。この人たちが3年生の司会なのだろう。
「で、演説の順番だけど一番に紙を出した村山から篠田、副会長――っていう感じで進めます」
先生が俺に指を指して、その後、女子生徒――篠田さんに指を指す。
そこで、俺は始めて篠田さんの顔を見た。自信に満ち溢れた顔だ。自分が負ける姿をまったく考えていない。
どうやら俺はこの人を負かさないと生徒会長にはなれないらしい。――面白いね。
「で、なにか質問はありますか?」
俺はそこで手を上げる。舞台の上での所作で聞きたいことがあるからだ。
だが、石田先生は気付いてくれない。
「じゃあ、ないならこれで――」
(え? あのちょっと……)
「先生、手を上げてますよ」
そこに、俺を指差して声を上げる女子生徒がいた。
先ほどまで俺が獲物として睨んでいたライバル、篠田 千波だ。それが、笑いながら俺の挙手を先生に伝える。
こいつ……ッ。
「え? あっ、ごめんごめん。どうぞ村山?」
「……あっ! はい。えっと、舞台に上がるときにお辞儀とかって――」
言いながら俺は、とても屈辱と憤りを感じていた。
どうやら俺はホントに舐められているらしい、ということが分かったからだ。
というのも、朝から聞いていた通り、俺に勝つつもりというのがビンビンと伝わってきた。しかもそれが確定演出だと信じている雰囲気すらある。
それは別にいい。
俺だって自分を自分で鼓舞し弱い自分を押し込めるために勝てると言っているのだから。
しかし彼女は、ただ自分が勝つだろと短絡的に考えているのだ。
戦略的余裕ではなく、絶対的余裕。
それがとても不快だった。
いや、もしかしたら俺の緊張をほぐすためにあえて笑ったのかもしれない。もしくは、先生のうっかりミスを笑った可能性だってある。
(そうだ。ここで安易にあの人を判断するのは早計。正々堂々、やっていこうじゃないか!)




