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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第三章 地上の太陽と原初の魔王
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修道院狂奏曲①

『あー、もしもし? 聞こえるニジュウ? 月山さんとのデートを楽しんでいるかな?』

 前内から電話があったのは、丘の頂きに聳える修道院が徐々に大きく見え始めた時だ。


 どうやら夢を見ているらしい。前内から電話などあり得ないからだ。

 寒さも相まってぼんやりしていたので、月山さんが「早く出ないと!」と言ってくれなかったらそのままスルーしていただろう。

「もしもし……前内?」


 未だに頭の中では疑問の渦が発生し続けている。月山さんも狐につままれたような表情でスピーカー設定にした俺のスマホを見つめている。

『突然僕が消えたときの詳細は今度聞くとして――』

 いつもの調子で前内は続ける。


『こっちのことは何も心配いらないから、二人は蜂蜜酒を頼んだよ』

「そんなことより! お前! どうして連絡取れるんだよ!?」

 これは広野先生しか出来ない荒業じゃなかったか……?

『正確に言うと蛇人間にしか出来ない、だね。民さんのブレスレットを使ってるんだ』

「はあ?」

 ということは……。息を呑んだ月山さんと目が合う。


「ねえ前内くん? もしかして今――」

『そうさ。今、僕は、その――』

 と、何故か恥ずかしそうに言葉を切る前内。

『蛇人間として二人にコンタクトしているんだ。おえっ』

 呆然と開いた口めがけて、遠慮なしに雪が特攻してきた。前内が蛇人間だと?

 奴によると、民さんのブレスレットの力を借りて魔術を行使しているらしい。肝心の民さんは何と、ハスター崇拝者らの足止めの最中だという。


 ついに居所がバレたらしい。黒幕と思しき教授についても話していたという。イタクァやクトゥグァを従え、《沈む谷》を執筆してハスター復活を目論む存在に違いない。

 既にハスター崇拝者連中による捜索が開始されているとのこと。

 俺と月山さんの体がある上、就寝中で身動きが取れないので逃亡も不可能。体が押さえられたらイタクァ事件の二の舞を食らうことになり、民さんや前内も無事では済まない。


『いずれにせよ、蜂蜜酒を奪取しないと僕らは追い込まれたままだ。身柄を拘束されたらいよいよチェックメイト――ハスターの昼ご飯にされるのがオチだ』

「待ったなし、だな」

 月山さんも大きく頷く。カルコサの前内と民さんには何とか粘ってもらって、俺らは何としてでも蜂蜜酒を取り返さないといけない。


「現実へはどうやって帰るの?」

 月山さんの疑問に前内は黙り込む。

 前回は広野先生がビヤーキーを寄越してくれたが、もういない。先生は代役を見つけるとか言っていたけど――。

『それは僕が折を見て聞いてみるよ。今なら可能だからね』

 これは任せる他ない。連絡手段は奴しか持っていないのだから。


「ねえ前内くん? 今どんな感じなの? 広野先生みたいにうにょーってなってるの?」

 月山さんは想像したのか、小さく笑った。俺もつられて笑みがこぼれる。

「自撮り頼んだぜ!」

『徹底的に断固拒否するね。うにょーってレベルじゃ――』


 その時、曇天の空に高々と昇る火柱が見えた。

 方角は丘の頂き――あの修道院だ!

 それに呼応するようにして、地を這う獣のような声が鳴り響いた。周囲の凍てついた空気がビリビリ振動した。スピーカー越しの前内も息を呑んだほどだ。


『今の――あっ!』

「悪いっ! 切るぞっ! そっちは頼んだ!」

『――思い出したぞ! 気をつけてニジュウ! その辺りは【ムーン・ビースト】の――』


 スマホを切り、修道院に向けての歩みを再開した。

 白雪に混じって赤色の雪が辺りに降り注いでいる。


  *


 前内の電話を切ってから二十分ほどで、目的地に到着した。

 修道院は恰幅がいい外観で、まるで栗をそのまま大きくしたような形だ。


 伝説の通り窓はなく、石造りの壁は表面がザラザラしている。所々煤が付着し、周囲の雪が不自然に溶けている。流れた水の一部は既に凍り付いていた。

 月山さんと目配せし、入口の石扉を開ける。素材のせいで重くかなり体重をかけないと開かなかった。中から熱風の如く暖かい風が吹き出したので、扉は開けたままにした。


 中はドーム状になっていて、まるで教会のような内装が広がっている。

 入口正面に幾何学模様の彫刻が施された祭壇があり、赤とも紫ともつかない、不思議な色調で彩色されている。祭壇の上に、これまた悍ましい彫刻が浮かぶフルートらしき細長い楽器のようなものが置かれている。【外なる神】のアザトース総帥の従者が持っていたものに酷似していた。


 壁には白い生地に抽象画のような模様が描かれたローブが何着も掛けられ、その横に柔らかい生地で出来た赤い模様入りの覆面が飾られ、そっとこちらを見下ろしている。


「きゃっ! 丸瀬くん見て!」

 祭壇の奥を調べていた月山さんから悲鳴があがる。外に比べてずっと暖かいので既に手袋とマフラーを外し、フードも脱いでいる。

「……恐らくクトゥグァにやられたんだ」

「なんてこと!」


 祭壇奥の床に、黒く焼け焦げた物体が転がっていた。

 まるで大きな豚か牛をそのまま黒焦げになるまで焼き尽くしたような肉塊だ。焦げ臭さに混じって、腐った臓物のような臭いが鼻腔を突き抜け、口の中が酸っぱい液体で満たされた。たまらず隅へ行き嘔吐すると、黒く濁った吐瀉物が石床に染み込んでいった。背後から月山さんの嗚咽が聞こえる。


 ニャルラトテップの大神官はクトゥグァの炎の前に、成す術がなかったに違いない。

 呼吸を整え落ち着いても、黒焦げの肉塊が自らの末路を暗示しているようで暖かいにもかかわらず震えが止まらない。

「これって……」


 そんな中、月山さんは祭壇の上に置かれた褐色瓶を手に取る。

 それは五百ミリリットルのペットボトルくらいの大きさで、ドロリとした液体が八分目くらいまで入っている。何度も瞬きをして幻覚ではないか確かめる。


「これだよ! 蜂蜜酒!」

 まるで魔窟の最奥地で秘宝を手に入れたような感覚だ。

 念願の蜂蜜酒だと知るや月山さんは大事そうに抱え、すぐに入口に向けて駆け出す。足取りは妖精のように軽やかだ。


「さあ! 早く帰りましょう!」

「待って。今、起きられないかな」

「そっか!」


 しかし、起きそうにないことは感覚でわかる。月山さんも同様だったらしく「こんなときに!」と頬を膨らましている。どうやら門まで戻るしかないようだ。

 祈るような視線をスマホに向けるが、前内からの連絡はない。


「仕方ない。ひとまずアミールに連絡して――」

 そのとき、妙な感覚に包まれる。


 ――修道院……焼死体……石造り……蜂蜜酒……。


 偶然にしては好都合過ぎる。

 前内ホームズの真似をして、言いようのない嫌な予感が忍び寄ったときだった。

「きゃっ!」


 入口に向かって駆けていた月山さんの向こう――開け放たれた入口の先で紅蓮の炎が舞い踊った。

 その瞬間、ドッと屋内の気温が急上昇した。防寒着を脱ぎ捨ててもなお、最終警告のように全身から汗が噴き出し始める。

 月山さんは数歩後退するも、機会を窺って外に出ようとしていたので慌てて近づき腕を取る。「早く外にっ!」その表情はとても冷静とはいえなかった。


「黒焦げになりたいの!?」

「でもっ! このままじゃ――」

 その時、屋外でとぐろを巻く炎の中から微かに声が聞こえた。


「……アッ、アツイ!」

 扉の隙間から、コートに燃え移った火を消そうと悪戦苦闘する少年の姿が見えた。

 次の瞬間には後先考えず、駆け出していた。


 入口を出てすぐの所でもがく小さい影に歩み寄る。

 少年の頭――正確にはカツラだが――から生えた二本の角には見覚えがあった。


「よく頑張ったな!」

 燃え広がるコートを急いで脱がすと、彼の全身が露わになった。

 両肩から両の手の甲にかけて薄茶色の体毛で覆われている。それは腰から足にかけても同様で、両の蹄も相まって体毛が生えた馬のようである。両手の爪はまさに獣のように鋭く尖っている。股間には褌を思わせる布のようなものが巻かれ、尻からは一本の長い尾が生え、雪が解けた大地に寝転んでいる。不思議なことに、胸から腹にかけて体毛は一切ない。


「丸瀬くんっ! 急いでっ!」

 月山さんの声を受け、急いで少年を抱き上げる。少年はカツラを必死で押さえていた。

 炎は既に修道院を取り囲んでいた。R県の時と全く同じ状況だ。

 睨みつけるようにして炎の群れを一瞥した後、仕方なく修道院内に戻った。


「もう……無茶ばっかりするんだから」

 そう言いながらも安心したような表情を浮かべる月山さんだった。

 すぐに俺の腕に抱かれる少年の姿を見つめ、絶句する。


「知り合い……なの?」

 月山さんに彼との出会いについて聞かせると、すぐに表情を柔らかくした。

「よく頑張ったね! 偉いぞ!」

「エライ……エライ……!」


 少年もまんざらではないようなので一安心だ。

 すぐに少年を下ろし、急いで石扉を閉めた。もう少し遅かったら熱で触れなくなっていただろう。間一髪だった。


 しかし危機は去るどころか、より強大となって居座ったままだ。

 他に出入口は見当たらない。肝心の住人は黒焦げ。周囲にはクトゥグァの炎。


 完全にハメられた。蜂蜜酒をエサに檻に閉じ込められたネズミのようだ。


「こんな時どうするんだ? クトゥルフ探偵さんよ?」

 勿論、スマホからの返答はない。

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