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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第三章 地上の太陽と原初の魔王
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極寒の大地、燃え滾る思い

 フェリスからの報告を受け、早速蜂蜜酒奪取のため動くことにする。

 クトゥグァが逃げ去ったという北へ向かうべきだろう。


「具体的にどこへ向かえばいいの?」

 月山さんの疑問にフェリスが即答する。

「ここから北、恐らく【セレノリア海】を渡って【レン高原】へ向かったと思うぞ」

「なるほど。確かにあの周辺は都市も少ないし、隠れるには打ってつけかもね」

「それなら高速船で行くのが早いな。ちょっと待ってろ」


 こちらの返答を待たずして、フェリスはアジトのベランダから飛び出してしまった。

 フェリスの話に首を傾げた俺と月山さんに「はあ」とため息を漏らしつつも、前内は解説してくれた。

 セレファイスの北には【セレノリア海】が世界を北南に二分するように横たわっていて、北の大陸には切り立った山脈が連なっている。【レン高原】はこの山脈を越えた先に広がる雪と氷に覆われた極寒の大地だ。


 小高い丘の頂きに伝説となっている窓がない石造りの修道院【イアン=ホー】があり、ニャルラトテップを崇拝する大神官が一人で住み、日々祈りを捧げている。修道院近くには【サルコマンド】という都市があり、人間に似た亜人間の種族が暮らしているという。


「この都市に逃げ込んだのか、あるいは――」と前内。「修道院に潜伏しているとか?」

「修道院には大神官がいるんだろ? そう簡単に渡すはずは――」

「忘れたのかいニジュウ? クトゥグァはニャルラトテップを焼き殺した奴だぜ?」

「うぐっ」


 そうだった……。その炎をもってすれば、神官を排除するくらい造作もないだろう。

 自慢げに微笑んだ前内だが、突然頭を抱える。


「周辺にヤバい奴がいたような気がするんだが……うーん」

 どうやらクトゥルフ探偵も度忘れすることがあるらしい。すこし安心した。

「なんだったかな……確かムーン・――」


「オマエらっ! すぐに準備しろっ!」

 その時、慌てた様子で戻ったフェリスの声に、前内の小さい声はかき消された。

「レン高原行きの高速船、すぐに準備できるみたいだ!」


  *


 高速船に乗るのは二回目だ。前回は近隣都市のウルタールまでだったので、一時間程度の短いフライトだった。今回は大海を越えるとあって三時間程度かかるとのことだ。


 船は既に大海の上空を飛行している。

 フカフカの座席横の窓から澄んだ水面が見える。いくつかの白点がゆっくりと動いていて、よく見るとそれは船の帆だった。


 普段の飛行ルートにレン高原行きはないが、事情を知った警護部隊がすぐにセッティングしてくれたのだ。ちなみに北の大陸の南端にある都市【インクアノク】行きの船ならあるので、ここからレン高原を目指すことも出来るとのこと。


「オレが警護部隊第三班長に就任して以来、そんな命知らずな奴は見たことがないがな」

 座席の間の通路に立った警護部隊のスペニャリストこと、度々世話になったアミールが腕組みをしながら首を振った。


 三毛猫が後ろ脚で立ち上がったような外見で、背はフェリスと同じくらい。額に密集した黄色の毛がリーゼントのように見える兄貴肌な猫人間だ。


 前回の事件で門をこじ開けてもらったとき以来の再会である。

 現実で眠らされていた影響らしく、中々開かない門を前に『オマエ、少し運動した方がいいゾ』と愚痴られたほどだ。強制的に眠らされていることを伝えた時の驚いた顔は今でも忘れられない。


「無理言ってすみませんね」

「ふん、あの紺色からの連絡はロクなことじゃないといつも心得ている」

 アミールは去り際、やや照れくさそうな表情をした。

「聞くところによると、チキュウの魚は美味らしいな」


 今度買ってくると伝えると、小さくガッツポーズをしたのだった。

 その後、アミールの部下達から防寒具を渡された。フェリスの仲間同様、普通の猫だ。

 登山用の本格的な代物で、裏地にもしっかり防寒対策が施されている。現実で買うなら数万円はするだろう。手袋やマフラーも生地がしっかりしていた。


 留守番のフェリスは【炎の神殿】に向かうと豪語していた。

 人物が特定できれば警護部隊に頼んで当該人物の門を閉め、行き来を遮断できる。

 クトゥグァの正体については未だに尻尾すら掴んでいないが、神殿にいる二人の神官は行き来の履歴をデータにして控えているらしい。地味で途方もないローラー作戦だが、上手くいけばハスター陣営の動きを牽制することも可能だ。


『あーあー、こちらフェリス。聞こえるか?』

 噂をしているとき、フェリスから連絡が入った。

「どうした? もう見つけたのか?」

『んニャわけないだろう! まだ始めたばかりだ。休憩だよ、休憩!』


 直後、間延びした欠伸の声が聞こえた。

 連絡用にとアミールに頼み、アジトに固定電話を置いてもらったという。その辺りのセッティングも上手くいったらしい。


「部下にやらせて己は欠伸か……偉くなったものだな紺色ぉ」

『なっ! ちげぇよ! オマエの方こそしっかり送り届けろよ』

「失敬な。全て問題ない。この程度、始末書処理に比べたら屁でもない」


 よほどキツかったらしく、顔をしかめるアミールだった。

 その後、適当にやり取りをして通話を終えた。

 月山さんの「仲が良いのね」という一言に、アミールは照れ臭そうに視線を逸らす。


「そう見えるのであれば、あるいはそうかもしれぬな。さあ、もうすぐ着くぞ」

 その様子に月山さんは小さく微笑むのだった。

 防寒着を着込みながら、犯人について話が及んだ。


「犯人は僕らをニャルラトテップもろとも焼き殺そうとした人物だ」

 前内は防寒着のチャックを閉める。

「ってことは、あのときR県にいたってことかな」

 手袋を嵌め、マフラーを巻いた月山さんが答える。彼女の冬コーデを堪能していたらチャックが噛んでしまった。


「待って丸瀬くん……」

 月山さんは手袋を外し、チャックを外してくれた。綺麗な細い指が胸元に寄り、鼓動の速さがバレないか気が気じゃなかった。


「その可能性は高いね。実習があったことを知っている人物といえば――」

「もしかして忍川先生?」


 忍川先生は実習科目の担当教員だ。あの日も当然ながら同行していた。欠伸を嚙み殺す同級生が多い中、誰よりも展示品に熱い眼差しを向けていた。

 そんな先生がまさか――。


「炎上する実習とは、感心しないね」

 前内は船内の暖房で曇った眼鏡を拭いた。


  *


「――って、起きてどうするんだよっ!」

 俺が怒号を上げた時には、既に前内の姿はなかった。きれいさっぱり消失したのだ。今頃カルコサで民さんの横に座って、眠気眼をこすっているだろう。


 レン高原の冷気が防寒着越しに肌に突き刺さる。

 幸いにして吹雪いていないが、分厚い灰色の雲が空を覆っている。いつ天気が急転してもおかしくない。動く影は俺と月山さんしかなく、動物の姿もない。雪は踝程度の深さなので歩けなくはないが、一歩進むごとに体力をジワジワと削られていく。


「前内くん……大丈夫かしら?」

 慌てふためく月山さんの真っ白な吐息が、周囲にゆっくり広がっていく。

 前内の離脱という思わぬ出来事に出鼻を挫かれた俺と月山さんは立ち竦んでしまった。

 アミールから目指すべき修道院の方角は聞いていた。同行してもらいたかったが現実の猫たち同様寒さにはめっきり弱いとのことで、断念せざるを得なかった。


「とにかく、このまま進もう」

 いずれにせよ前内はもう合流できない。このまま進むしか道はない。

 そんな決意を嘲笑うように、どこか遠くから獰猛な獣のような鳴き声が聞こえた。


「なに……この音?」

 未だに尾を引く得体がしれない鳴き声。

「きっと……風の音だよ」


 現実逃避の代償か、冷気が体を蝕む。謎の音も相まって、意識すら凍り付きそうだ。

「カルコサで何かあったのかしら?」

 瞬きをした月山さんの睫毛には霜がついている。


「寝返りでも打って目が覚めたんじゃないかな」

「ふふっ、前内くんらしいね」

 くすっと笑った月山さんを背後に、ゆっくりと歩みを再開する。


 ――そっちは任せたぜ、クトゥルフ探偵さんよ。土産楽しみにしてろよな。


 なだらかな雪の大地がやがて丘になっている。遥か頂に、雪のカーテンに覆われた大きな建物らしき建造物が見えた。

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