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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第三章 地上の太陽と原初の魔王
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狂人

「ええぇぇ!? マジでマ? 春子の教え子ぉ?」

「い、いえ……教え子というか」

「まままま! 細かいことはいいのよん! 座って座って! あっ! そっちのカワイ子ちゃんは私の隣ねん! さささっ! 銭は急げよ! って違うか、ハハハハ」


 狭い室内の中心に敷かれたズタ袋を乱雑に叩きながら、広野先生の昔馴染らしい民七海(たみななみ)さんは俺たちに座るよう促した。

 民さんの住処は周囲に建つ石造りの建物と瓜二つだが、明らかに人の気配がしたのですぐにわかった。大きな岩が重なって空間が出来ているとあって隙間風が気になるが、この地で贅沢は禁物だろう。


 狂気の地に住む広野先生の旧友とはどんな人物なのか。知的な先生と仲が良いとあって案外真面目に研究に打ち込んでいる人かもしれない――そんな幻想は見事に打ち砕かれた。


 民さんは正真正銘の狂人だった。

 狂っている。頭のネジが頭ごと外れているかのようだ。俺には理解できない。ハスターのテリトリーで呑気に茶を啜れる根性が全く理解できない。


「しっかしまあまあ! よくこんな辺鄙なところまで来たわね!」

「色々ありまして――」

 言わば、狂気の地で狂い切った末の姿なのかもしれない。それが狂って見える内は、まだ正気を保っているということだろう。同類になるのは死んでも御免だった。

 郷に入れば郷に従えとばかり、俺たちは恐る恐る腰を下ろした。


 初対面の人物に弱い前内はさっきから黙ったままで、狂気の根源に一番近い月山さんは彫像のように固まってしまったので、真正面に座った俺が口火を切る覚悟を決めねばならなかった。

 今までの出来事を話しながら民さんを観察してみると、旧友とあって広野先生と同い年くらいに見える。


 無邪気に笑う表情は広野先生よりも童顔で、化粧なんてしていない。そのため頬に皺が少し見えるが、それでも比較的整った顔つきだ。俺の感性がいよいよ狂い始めたのかもしれないが、バッチリ決めれば見違えると思う。

 長い黒髪を何故かツインテールにしている。若作りか否か本人に聞く勇気はない。汚れたTシャツに穴の開いたジーパン姿はパンクっぽいが、履いた靴下に大きな穴が空き十本全ての指が剥き出しである。カルコサで流行しているのか、これも聞く勇気はない。

 手首には蛇を象ったブレスレットをしていた。


「ああこれ? 私も一族のメンバーだったのよ。その名残。春子とはその時からの付き合いよん」

 どうやら蛇人間コミュニティーは脱退も可能らしい。

 それより、と民さん。

「みんな湖に行っちゃうからつまんなくてさ! 茶いるでしょ? 茶?」


 恐れていた事態が起きたが断るのも悪いと思い頷く。

 差し出された湯呑は当然のように大きく欠けていて、しかも黒染みが付着している。茶面を見ると茶柱――ではない、なんだこれ? と目を疑う何かが浮いている。長細くてプクプクと水泡を発生させている。


「ダシよ、ダシ。湖の魚の骨なんだけどね、ハマっちゃってさ! あはは」

 前内と月山さんは固まったままだ。ひょっとすると幽体離脱したのかもしれない。

 ひとまず茶を置き、蜂蜜酒について聞いてみる。


「あー、確かにそんなものあったわね。なに、作るの? なら味見させてね」

 そのために【夢の国(ドリームランド)】へ行かなければならないことを伝えると、民さんは喜んで見張り役を引き受けてくれた。

「ハスターが来たらすぐ叩き起こすからねん! ヨロシク!」

 一抹の不安は拭えないが、広野先生のお墨付きを信じることにする。


「しかしまあ、春子のやつ、相変わらずみたいね。まさかビヤーキーを手駒にしちゃうとは……男二人! 気ぃつけな! ハハハ」

 適当に相槌を打ち、部屋の隅へ案内してもらった。寝床らしいけど、破れたゴザが敷かれただけのエリアだ。臭いがきついが我慢するしかない。


「大丈夫か?」

「お茶飲むよりはマシよ」

「……」

 前内は黙ったままだ。集中しているらしいが、返って目が冴えないだろうか。

 狂人の家ではあるが、人家というだけで不思議と安心感が込み上げる。


  *


「ニャフゥ、フツーの猫は窮屈で仕方なかったぜ」

夢の国(ドリームランド)】で合流した俺らは、すぐにアジトに向かった。セレファイスの都は既に夕闇に包まれ、街灯が優しい光を放っていた。行き交う人々の姿もまばらだった。


 アジトに顔を出すと、一仕事を終えたフェリスが夕飯の缶詰を食べていた。他の猫たちは部屋の隅で各々寛いでいる。

 ひとまずメモの件についてお礼を言うと、フェリスは口を尖らせた。


「マルオ! 青いリボンのせいで苦労したんだぞ!」

「仕方ねえだろ? 他に結べそうなものがなかったんだから」


 メモを書いたはいいが、普通の猫になるフェリスに持たせる手段がなかったのだ。

 そこで部屋の隅に置かれたフェリス曰くガラクタ入れを漁り、底で横たわっていた青いリボンをサルベージしたのだ。やや結びにくかったが、上手くいって良かった。箱の中には細い紐もあったが、フェリスが痛がったので断念した。


「それにしても、どうやってなつみんに伝えたの?」

「ヒカル! よくぞ聞いてくれた!」

 しばらくフェリスの武勇伝が続いた。

 一通り話し終えたフェリスはいやらしく口角を上げる。


「今度はカニ缶のツメアワセが欲しいぜ!」

 前回四人で来たときに持ってきたカニ缶の味が忘れられないという。猫が味をしめると厄介なことになると気に留めておこう。

 早速、フェリスに蜂蜜酒の素材について聞く。


 素材リストをしばらく眺めた後、寛いでいた猫たちに声をかけ始める。ひとしきり猫たちの鳴き声が行き交った後、フェリスがグッドポーズをする。

「安心しろオマエら。蜂蜜酒つくれそうだぞ!」

「ほんとうか!」

 思わず拳を振り上げてしまった。


「素材を手に入れるにあたって危険なことはないのかい?」

「それも心配ないぞコウセイ」

 前内の質問にフェリスは自信ありげに答える。


「商業地域で手に入るものが大半で、売ってないやつも近くの森に自生している。肝心の調製はスペニャリストのツテに錬金術に精通しているヤツがいた筈だ」

 ちなみに知り合いのスペニャリストはスタンプ押しを辛くも終わらせたという。


「どのくらいで出来そうなんだ?」

「そうだな――」とフェリス。「明日の正午には渡せると思うぜ」

 仕事が早くて何よりだ。カルコサでの時間把握は広野先生に頼めば問題ないだろう。しかしそう都合よく向こうから連絡が来るだろうか……。

 その時、民さんのブレスレットが脳裏をよぎった。

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