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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第三章 地上の太陽と原初の魔王
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チップを楽しみにしてるぜ

 講義中とあってか、N県三洲華大学のキャンパス内を歩く人影はまばらだ。

 附属病院での実習を終えた青地夏美はロッカールームで実習着から私服に着替え、スマホを開く。実習が早く終わったこともあり他の実習生らはいつも以上にはしゃいでいる。


 ――まだ見てないか。

 いつもならその輪に加わる夏美だが、今日はひどく鬱陶しくて仕方なかった。

 月山ひかるとのメッセージアプリでのやり取りが昨日二十五日の昼過ぎで止まったままで、夏美が送ったメッセージも未読状態のままだからだ。


「夏美、この後どう?」

 実習生の一人に声を掛けられるも、不機嫌さを悟られぬよう用心し首を振る。

「ゴメン……今日講義あるから」


 手早く荷物をまとめ、附属病院のロッカールームを後にする。扉の向こうから隣駅に新しくオープンしたスイーツ店について話す声が聞こえた。


 キャンパスに戻った夏美は目的もなく歩を進める。勿論、講義があるなど嘘だ。

 時刻は十五時過ぎ。実習は基本的に一~四コマ目で行われることが多く、進行具合によってはこの日のように早く終了することもある。

 一際強く吹きつけた風に身がすくむ。まだまだ暖かいと思っていたが、もうこんな季節かと両手に吐息を吹きかける。


 今朝の物騒なニュースが頭をよぎった。

 昨日の昼過ぎにひかるらが実習で訪れていたR県の国際森林園で大規模な火事があり、大学生三人が行方不明だという。頭ではひかるらの関与を否定するも、今朝からそこかしこで噂になっている。いっそのこと休もうかとも思ったが、新事実が明らかになるかもしれないと震える体に鞭を打ったのだ。


 他の大学の学生三人組だろう……不謹慎ではあるが、こうでも思わないと今朝は顔すら洗えなかった。鏡に映った顔はひどくやつれ、目の下には薄く隈が出ていて慣れない化粧で隠すのに苦労した。実習は一泊二日だから今日帰ってくるはず。そうであれば今頃飛行機の中だろう。今どきの飛行機は通信環境も良好な筈――。


 ――それなのにどうして未読のままなの!


 丸瀬丸雄と前内光生を含んだグループチャットも、変わらず未読状態が続いている。

 吹き付ける風の冷気がふと強まり、病室で遭遇した全身の毛穴に針を突き立てられたようなあの凍てついた殺意が再び顕現したような気がして、夏美は涙も顧みず歩を速める。すれ違った長身の男子学生はそれには目もくれず、開いた黄色い本に目を落としていた。


 ――どこへ行けばいいの?


 一心不乱に歩を進めたせいで、自分の居場所すら一瞬わからなかった。

 落ち着いて周囲を見渡すと、キャンパス北東の附属図書館と学生ホールのちょうど間を歩いていた。


「にゃーお」

 あてもなく再び歩き出したキュロットスカートとレギンスに包まれた両脚が止まる。

 風に乗って猫の鳴き声が聞こえた気がしたからだ。


「…………うるさいなあ」

 ここのところ捨て猫が増えたのか、キャンパス内で猫を目撃する頻度が増加している。構内の掲示板に『不用意にエサをあげないで下さい』と張り出されるほどだ。

 まるでひかるたちと遊びに行った【夢の国(ドリームランド)】にある猫の町ウルタールのようだ。


 ――あんなにはいないけどね。


 再び鳴き声がした気がして、東門の方向へ振り返る。

 先進的なデザインの洒落た付属図書館の窓際の席で書き物をする学生の姿がちらほら見える。学生ホールからガヤガヤとした談笑が漏れ聞こえる。

 空耳だったかと踵を返した時だった。


「にゃお! にゃおにゃお!」

「――え?」

 夏美は再び東門方向へ振り返り、鳴き声の出所を探した。


「にゃお? にゃーお! にゃお!」

 学生ホールの壁際で一匹の紺色の毛並みをした猫と目が合った。

 ジッとこちらを見つめている。耳障りな談笑に時折身を震わせながら、宙を掴むような仕草を繰り返す。まるで猫じゃらしと戯れたいアピールをしているようだ。


「どったの? ゴメンね猫ちゃん。お姉ちゃん、猫じゃらし持ってないんだ」

「にゃ? にゃにゃにゃ! にゃっ! にゃっ! にゃーお!」

 すると紺色猫はブンブンと首を振る。

 その仕草に夏美も首を傾げてしまった。


 ――エサでもほしいのかな?


 両者の距離は依然として一定を保っている。

 紺色猫が真意を伝えるためには、もう少し近寄ってもらわなければならない。そうでないと、紺色の毛並みに同化しつつある()()()()()の存在に夏美が気づけないからだ。


 反応が薄いと察知した紺色猫は、壁伝いではあるが後脚で立ち上がった。特段珍しい行動ではないので、夏美は依然として目を丸くするのみだ。


 そこで、紺色猫は一か八かの賭けに出た。

 壁から前脚を離し、ヨチヨチしながらも後ろ脚で歩いて見せたのだ。

「わっ、わわっ!」


 夏美は珍しがり、紺色猫へ向けて大きな一歩を踏み出した。

 気を良くしたのか、ヨチヨチ歩きの勢いそのままに大きく前方へジャンプした。空中で前転を決めて釘付けにしようと企んだらしいが、その目論見は失敗し、しこたま背中をアスファルトに打ち付ける結果となった。


「にゃおっ!」

「すっごい猫ちゃんだねっ!」

 しかし夏美の視線を釘付けにし、駆け寄らせることには見事成功した。


「……これって」

 珍しい曲芸紺色猫の頭を撫でたとき、体に巻き付いた青いリボンの存在に気が付いた。よく見るとリボンと紺色の毛並みの間に一枚のメモが挟まっていた。


「にゃーお、にゃおにゃおっ、にゃーお!」

 紺色猫は満足と言わんばかりにゴロゴロと鳴き、前脚をペロペロ舐める。

 夏美はゴクリと生唾を飲み込み、恐る恐るメモを開く。


『広野先生へ。丸瀬です。実習地であるR県でハスター陣営の何者かに襲われ、俺ら三人色々あって現在カルコサにいます。犯行手段から恐らくハスターと同盟関係を結んでいるクトゥグァだと思われます。至急、連絡ください 丸瀬』


「た、大変!」

 夏美はすぐにメモを持って、広野春子の研究室へ向かうことにする。

「フェリちゃんなんでしょ……!?」

 お礼を言おうとするも、曲芸紺色猫の姿は既になかった。

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