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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第三章 地上の太陽と原初の魔王
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狂気の地で夢を見る②

「ニャっ! ニャニイイイぃぃ!?」


 イタクァ事件も解決し、アジトのブラウン管テレビで猫人間や犬人間の著名人が出演するバラエティ番組を見て笑い転げていたフェリスは、話を聞いてひっくり返った。


「ニャルラ様が死んだだとぉ!?」

 只事ならぬ気配に、人語を解せぬ仲間の猫たちも黙り込む。フェリスが食べていた缶詰の中身を食べようとした茶色猫の前脚を、水色猫が素早くパンチした。


夢の国(ドリームランド)】での時刻は九時十分だ。アジトでは多くの猫たちが朝食の真っ最中だった。ちなみに現実世界では十一時三十分過ぎ、三洲華大学では二コマ目の講義の終盤頃だ。

「――そうか。わざわざありがとうな、オマエら」


 沈痛な表情で言葉を絞り出すフェリスだった。いつもの明るい表情は鳴りを潜めている。主が死んだのだ。その心中は察するに余りある。

 ニャルラトテップ、現実名でいう関口博は度々【夢の国(ドリームランド)】へも顔を出していた。その時はかしこまったスーツ姿だったという。普段着がバスローブ姿だったことは敢えて黙っていた。


「そんなシケタ面するなよ……」

 フェリスは葬式の参列者のような表情を浮かべていた二人にそっと近づき、床に座った彼らの間に立つ。座った二人より背が高いので、この隙にと二人の頭に肉球を置く。

「ニャルラ様の通り名って知っているか?」


 首を傾げたひかるだが、前内は即座に答えた。

「【闇に吼えるもの】?」

「そうとも言うな」


「【這い寄る混沌】?」

「うん――それから?」

 その調子で前内はどんどん通り名を言っていく。【無貌の神】、【膨れ女】、【顔の無いスフィンクス】、【燃え三眼】――。


「オマエ、もしかしてニャルラ様の従者狙ってんのか?」

 次々に飛び出す通り名を前に、逆にフェリスが圧倒されてしまった。気を取り直し、それらを内包した真の通り名を口にする。


「【千の顔を持つ者】――ニャルラ様には千の異名と千の化身が存在するといわれている。チキュウにいたニャルラ様はその内の一つに過ぎない。それが殺されたくらいで、倒れるニャルラ様じゃないぜ」

 その堂々とした口ぶりはまさしく長年彼に付き従う従者の威厳に満ちていた。


「だがな――」

 言葉を切ったフェリスは初めて怒りを湛えた表情を浮かべる。

「この所業はニャルラ様……いや、ボクら【外なる神】に向けた宣戦布告とみて間違いないだろうな。いい度胸してやがるぜ!」

 フェリスが数回鳴き声を上げると、仲間の猫たちが一斉に騒ぎ出した。その鳴き声は剥き出しの怒りで満ちていた。


  *


「……はふあっ!?」

 寝言をブツブツ言っていた前内が突然飛び起きたので心底驚いた。

 それに加え、今の騒音で月山さんの寝息が一切乱れなかったのもまた驚きだった。彼女は前内と違って寝床にはこだわらないタイプなようだ。


「さっきからうなされていたぜ? まさかチビッてないだろうな?」

 俺の冗談に奴は一切返答しなかった。

「素晴らしい、夢を見ていたのさ」

 どんな夢か聞いてみると、なんと【夢の国(ドリームランド)】へ行ってきたという。


「まあ、理論的には可能なのか……」

夢の国(ドリームランド)】へ行くための方法は単純で、夢を見ることだ。たとえ現実ではなく、ハスターの縄張りであろうと夢さえ見て階段を見つければ行くことは可能らしい。

 ちなみに月山さんも一緒だという。


「フェリスに会ったよ」

 アジトに赴き、ニャルラトテップの死を伝え、今後のことを相談していた矢先、体が起きてしまったのでこちらへ戻ってきてしまったのだ。

「今、月山さんが話している」

 彼女は依然、眠ったままだ。


「僕はもう眠れそうにないからニジュウ、ちょっと行ってきてくれるかい?」

 飛び起きた前内に再び眠ることは困難だろう。

「わかった。やってみる」


夢の国(ドリームランド)】へはこれで三度目だ。運よく門を見つけられることを祈る。

「お休みニジュウ。フェリスによろしくね」

 体を横たえ、うまい具合に体が落ち着くポジションを取り、そっと目を閉じる。

 やがて意識がまどろみ、朧げな視界の隅で階段を見つけた。


  *


夢の国(ドリームランド)】に到着し、前回同様、南の門からセレファイスへ入り、神殿へ繋がる大通りを歩いている時だった。


「あっ――いてっ!」

 向こうからやってきた、背が低くて灰色のコートを羽織った少年が派手に転倒した。

 近くを歩いていた長身で犬のような顔をした青年が手を差し伸べようとしたが、何故か引っ込めてすぐに立ち去ってしまった。周囲の人々もまるで少年がいないかのように歩みを再開する。周囲の冷ややかな反応に首を傾げ、すぐに少年に駆け寄った。


「大丈夫?」

 少年の顔はまるで獣人のようだった。

 やや横広な顔の中心に大きな鼻があり、両目は左右の隅へ追いやられている。顔を横断するような大きな口には小さいがびっしりと牙が生え揃っている。耳の位置はヒトと同じだが、形は豚に似ていた。顔から下はコートで覆われているので窺い知れない。


 コクリ、と頷いた少年の髪が少しズレた。どうやらカツラを被っているらしい。しかもそれには小さな角が二本生えている。

 少年は躓いた足を撫でている。幸い出血はしていない。コートから覗いた爪先に立派な蹄があった。それの一部が欠け、地面に少し擦れた跡がある。地面に引っかかって転んでしまったのかもしれない。


「あの……君は――」

 背中を撫でようとして、尻の辺りが少し盛り上がっていることに気付いた刹那――。

「アリガト!」

 少年はすぐに立ち上がり、こちらに手を振ってややヨチヨチ歩きで去ってしまった。

 不思議な種族の少年の背中を見送り、すぐにアジトへ向かった。


「おう! 今度はマルオか! コウセイはいきなり消えるからビビったぜ! それはそうとヒカルはまだ寝てるのか?」

「えっへん!」

 月山さんはにへらっと笑い、自慢げにピースサインをする。


「でね丸瀬くん、今、フェリスちゃんと話していたんだけど」

 時刻は十時過ぎ。猫たちのモーニングは終了し、各々微睡んでいる。

 まずは連絡が肝心と、現実世界の広野先生へ連絡を取る手段を話し合っていたという。


 確かに蛇人間の魔術を使えば可能だ。しかしカルコサから現実世界へ連絡を取る手段がないので頭を捻っていたらしい。それが可能なのも広野先生の技術だからだ。

 現実世界の広野先生にどうやって連絡するか――。

 現在の俺たちはカルコサにいるので夢から覚めても現実には帰れない。


「カルコサからビヤーキーを呼んで……えっと、それから日本語を教えて……あるいは」

 月山さんは何やら壮大な計画を練っている。ビヤーキーを呼んで現実に向かわせるという。

「私たちは蜂蜜酒が無いから帰れないけど、ビヤーキーになら可能でしょ」

「なるほどね」


 一点懸念を上げるとしたら、広野先生の支配下でないビヤーキーが素直に俺たちの命令に従うかどうかだ。最悪、エサにされるかもしれない。

「う、ううぅ……それなら蜂蜜酒! フェリスちゃん! 蜂蜜酒ちょうだい!」

「なに言ってんだヒカル? ノンベエだったのか!」

 事情を説明するも、レシピもないのに作るのは不可能とのこと。当然のことだ。


「ちょっとくらいなら移動も可能じゃないかしら」

「宇宙空間に吹き飛ばされても助けられないぜ?」

「……はぁ、だよねぇ」


 カルコサから現実へ連絡を入れるのはどうやら不可能らしい。

 そこで考えを変えてみた。


「ここから連絡をとれないか?」

 俺たちは今、カルコサと【夢の国(ドリームランド)】へのアクセスが可能だ。カルコサがダメなら【夢の国(ドリームランド)】から連絡を取るまでだ。


「なあフェリス? お前は現実世界に行けないのか?」

「ニャ? ボクが?」

 現在古代都市カルコサにいることを伝えると、心底驚いたように目を見開いた。


「おいおいマジかよ。イタクァの次はクトゥグァかよ。それにしてもオマエら、よく生きているな。フツーあんなところにいたら発狂してお陀仏だぜ?」

 フェリスによると、この世界の住人にも門は存在するので、階段を上がれば一時的にだが現実世界の土を踏むことは可能だという。その場合、フェリスは仲間の猫と同じ、普通の猫として振舞うことになるという。


「なるほどな。わかったぜ! どうやらボクが動くしかなさそうだな!」

 フェリスは二本足で立ち上がり、大きく伸びをした。

「ナシュトとカマン=ターに頼んでみるぜ」


【炎の神殿】にいる二人の神官の名を挙げるフェリス。知り合いのスペニャリストに頼むかと思ったが、生憎彼は始末書に押す肉球スタンプに忙殺されているという。門をこじ開けるときにも世話になったので、今度缶詰を多めに買っていくとしよう。


「そうと決まれば早速行ってくるぜ!」

 仲間の猫たちに一声かけ、フェリスはアジトのベランダから外へ出て行った。

「あっ、丸瀬くん! うち、そろそろ起きるかも!」

 フェリスが去って間もなく、月山さんが目覚めの兆候を掴んだようだ。


「前内によろしくね」

 猫たちに手を振って、月山さんはアジトを後にした。

 こちらにいると起床のタイミングを察知しやすくなる。


 イタクァ事件の時は現実世界で強制的に眠らされていたので全く感じなかったが、この前四人で遊びに来た時に初めて感じた。この感覚を感じたら最寄りの門から帰還することになる。ちなみに無視し続けると身体が起床したまさにその時、姿がパッと跡形もなく消えるという。先程フェリスも言っていたが、あまり心臓に良いものではないらしい。


 しばらくして、ベランダからフェリスが戻ってきた。

 月山さんが帰還したことを伝えると、「ちょうど入れ違いだったみたいだな」と一息つき、残っていたツナ缶を一口食べる。


 時刻は十一時近く。一足早く昼食の魚を食べている猫もいる。

 結果を聞いてみると、フェリスはニイっと口元に笑みを浮かべながら続ける。


「時間は三十分程度。チキュウでは人語は話せない」

 会話が出来れば言うことなしだが、さすがに無理らしい。

「どうするマルオ? ボクは普通の猫として振舞うことになるぞ?」


 ちなみに頭脳は今のままらしい。行動のみが普通の猫になるだけだ。

 俺は部屋にあった紙とペンを取る。


「猫に小判ならぬ、猫にメモだな」

「なんだそれ? 新手の呪文か?」

 首を傾げるフェリスに今度じっくり意味を教えてやるとしよう。

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