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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第三章 地上の太陽と原初の魔王
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チキュウのニャルラ様

 小屋の外壁はボロボロで、茅葺屋根は所々剥げてしまっていた。周囲に人気は全くない。

「管理人室だったりしてな」

「ここに駐在して何を管理するっていうのさ」

 ごもっとも、とばかりに頷く。


「まさかここが――」と月山さん。「ニャルラ様の家なの?」

「いくらなんでも……」

 フェリスに省略されているとはいえ【外なる神】の遣いである。仮にこの森に住んでいたとして、もう少し豪華な家で寛いでいても不思議じゃない気がする。

 そのときだった。


「あれ、珍しいね。客人さんかねぇ?」


 背後からやや間延びした声が響いた。

 慌てて振り返ると、木漏れ日の中で一人の男が立っていた。


 第一印象はだらしがないと言わざるを得ない。

 背は俺と同じくらいで長い黒髪が両肩にかかっている。さらに、顎髭を仙人みたいに伸ばしていた。


 髪が長い男性教員は学内にもいるので長髪については気にならないが、着ている服についてはさすがに首を傾げざるを得ない。

 その男は何故かバスローブを身に纏っているのだから。

 森林園内に入浴施設はない。私服として着込んでいるとしか思えないコーディネートだ。中々尖がったセンスの持ち主である。

 俺たちが服装について話しているのが聞こえたらしい男は二、三回笑った。


「これか? 着心地がいいもんで気に入ったんだ。ストックまだあるけど、どうかな?」

「お気遣いありがとうございます。ですが私服は間に合っていますので」

 月山さんが毅然と言い放つ。出鼻を挫かれた前内が気を取り直す。


「もしかして――ニャルラ様?」

 もしニャルラトテップがバスローブを着ていたとあれば、神話世界の歴史を塗り替えるビッグニュースに違いない。


「おや!? もしかして君ら、フェリスが話していた者らか!」

 どうやらマジらしい。

 俺と月山さんが揃って目を見開き、前内は歓喜の笑みを浮かべる。

「いかにも。私がニャルラトテップの化身に違いないぞ。【夢の国(ドリームランド)】での事件解決ご苦労だったな。何もないところだが、君らなら歓迎するぞ!」

 ニャルラトテップの化身は腰に手を当てグッドポーズをした。


  *


「近頃、旧支配者(グレートオールドワン)らの動きが活発だ。私はアザトース総帥の指示のもと、この地で奴らの動向を窺っていたのだ。まあ、そろそろ飽きてきたところだけどなぁ」


 緊張感がない口調で、ニャルラトテップの化身こと関口博(せきぐちひろし)さんは大きく伸びをした。地球ではこの名前で通っているという。

 小屋の中は六畳ほどのワンルームになっていた。壁際のハンガーには五着のバスローブがかけられている。

 自己紹介を早々に切り上げ、前内が切り込む。


旧支配者(グレートオールドワン)の中で一番動きが活発なのはだれでしょう?」

 関口さんは「うーん」と唸った後、「やはりあやつかなあ」と続ける。

「【名状しがたきもの】ハスターだ」

 予想していた名前の登場に、ゴクリと唾を呑む。


「クトゥルフ崇拝者らは二ヵ月程前の動きをピークに、現在は沈静化しているなぁ」

 二ヵ月前というとちょうど夏休み。呑気に資料館巡りをしていた時期だ。クトゥルフ崇拝者たちが動きを見せたらしいが、詳しいことを訊く前に関口さんは話を続けた。


「それと入れ替わるように今度はハスターときた。全くどいつもこいつも、昔から変わってないんだなぁこれが。やんちゃな奴が多くてね」

 飄々とした口ぶりで掴み所がない関口さんの話に割り込むようにして、前内はここ一ヵ月ほどの出来事を伝えた。


「――へえ。君らミスカ大学生なのかぁ。そうかあ……」

 うんうんと何度か頷き、先程までと打って変わった真剣な表情で続ける。

「ミスカ大学に【黄衣の王】……もはや運命だね。その名を冠する学校は常に深淵と睨めっこしているようなものなのだから」

「それはどういう?」


 先を促す前内。いつの間にか口の中がカラカラだった。

「邪なる風が吹き荒れるミスカトニック大学。それと名を共にするということは、その邪風もまた、同じようにその地に吹き荒れるということだよ」

 胸のあたりを掻いた関口さんは俺たちを順繰りに見つめる。彼も暑いようで、腕まくりをして続ける。


「大いなる意志を感じるのだ。それはミスカ大学を爆心地に、すべてを闇の淵に追いやるつもりだ。今までの事件はその予行練習に過ぎん。闇に呑まれた地にて君臨する支配者の名はまさしく――名状するに堪えないものなのだ」

 続けようと口を開きかけた関口さんの額から大粒の汗が流れた。


「あっ、そういえば――」

 俺は荷物の中から使用済みの札を取り出す。中央の『14』には変わらず斜線が浮かんでいた。

「おかげさまで助かりました」

「またまたフェリスの奴、とんでもないものを託したねぇ。んで、どうだった?」


 関口さんは札を手に取り、検分するように見つめている。

「その、とんでもなかったです」

 的確にあれを言い表すことが出来ず困惑していると、先を引き継いだのは月山さんだった。

「すごく助かりました。外見は、その、独特な感じでしたが。それでも優しさのようなものに溢れていたと思います」


「優しさとなっ!?」

 月山さんの独特な感性に驚いたのは他でもなく、関口さんだった。意表を突かれたようだが、可愛い女の子からの声とあってまんざらでもないご様子。

「総帥が聞いたら泣いて喜ぶだろうなあ」

 総帥について聞くと、今度は顔をしかめる。


「はっきり申すが私にもわからん。正確な存在の輪郭とも言うべきものが剥がれ落ちているからな……いや、存在し過ぎて逆に霞んでいるというか。とにかく、よくわからないのだ。だからこの札も使いたくなかった。使用して命を取られても困るしな」


「では、もしかして使わない方がよかったとか?」

 前内の質問にしばらく考え込んでから関口さんは口を開く。

「使ったものは仕方がない。まあ、使用者は私ではないからな。はっはは。その辺は上手く借りをつくらないようにするさ。私の得意技だからね」

 関口さんは額に浮かんだ汗を拭う。


(――にしても暑いな)

 話に夢中になるあまり、耐え難いほどに暑さが増していることに気付かなかった。前内も月山さんも服をパタつかせ何とか涼をとっている。

「なんだか……暑く……なってきたねぇ」

 そのとき、関口さんが着ているバスローブに紅蓮の炎が巻き付いた。

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