ファイアーinファイアー
丸瀬丸雄は燃え盛る炎を前に、あまりの熱波にシャツを脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。
場所はR県N市。彼らが通う三洲華大学があるN県よりも温暖な気候で、十月下旬の平均気温は二十度前後。普段なら暑いが、今の彼なら涼しいとすら感じるかもしれない。
周囲一帯を炎に囲まれ、今やこの地の気温はさらに急上昇する一方なのだから。
「ニジュウ、あまり連呼しないでくれよ。本当に暑くなってきたじゃないか」
身を寄せ合う前内光生は必死の形相で周囲を見渡すが、迫りくる業火の群れに突破口を見つけられないでいる。
「氷の次は炎だなんて……もう!」
同じく肩が触れ合っている月山ひかるは玉のような汗を額に浮かべていた。流した涙のせいでアイシャドウが滲んでしまっている。
「次は雷かしら?」
「安心して。雷を使う邪神はいなかった……と思う」
「クトゥルフ探偵が答えを濁すなんて珍しいじゃん?」
「あくまで原典の話だよ。懐が広い神話体系だから物好きなクリエイターが創作していないとも限らないからね」
雷かどうかは定かではないが、新たな存在が到来するかもしれない。
「まさか【ンガイの森】で焼死することになるなんてな」
丸瀬らを取り囲む炎の群れは最後の仕上げとばかり、猛るように勢いを増す。
迫りくる炎は一切の躊躇をみせず、ニャルラトテップの身を焼いた勢いそのままに、ハスターに仇なす丸瀬らを食らわんとしている。あと十分もすれば生身の丸瀬らもニャルラトテップ同様、クトゥグァの炎に飲み込まれるだろう。
「なあニジュウ、こんなときの秘策とかあるんじゃないか?」
「あったらとっくに出しているぜ」
丸瀬は最後の希望を自身の手提げ袋の中に求めた。
R県N市へ一泊二日の実習に行くにあたり、神話世界の解説本などを荷物に加えていたのだ。なんといっても神話マニアにとっての聖地の一つ、ニャルラトテップの住処【ンガイの森】があるのだから。
まさか本当に彼が存在し、しかも早々焼死してしまうとは思いもしなかったが。
荷物の中に、一連の事件で入手した物品も含まれていた。
「――おい、ニジュウ、それ」
その中の一つを見た前内が目を見開く。
その真意を悟った丸瀬とひかるは同時に「マジ?」と呟いた。
前内はさも当然のように頷く。
「でないと、今ここで僕らは消し炭だ」
決意に満ちた表情のクトゥルフ探偵の背後で、燃え盛る炎が一際大きく揺らめいた。




