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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第二章 イタクァの夢
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瓦解と氷結

夢の国(ドリームランド)】へ連れてこられ、今日で三日目になる。

 フェリスによると昨夜も凍死体が発見されたという。現場は港。第一発見者の漁師はその場で倒れ一時意識不明だったが、現在は病院にて快方に向かっているという。


 前内は腕を組み、思考の海をダイブ中だ。月山さん達は順調だろうか。

 フェリスは定期的にベランダから戻ってくる仲間と連絡を取っている。中には怒りを露わにする仲間もいて、フェリスが宥めていた。


「殺された仲間といつも一緒にいた奴なんだ」とフェリス。「そろそろ限界かもな」

 部屋で日向ぼっこをする仲間たちからも不機嫌そうな鳴き声が上がる。犯人への敵意に満ちていることは声音でわかる。

 怒りのボルテージが満ちていく中で、それをかき消すようにスマホが鳴った。


「貸して!」

 前内にスマホを強奪された。すぐにスピーカーから月山さんの声が聞こえる。

『あっ! もしもし?』

「どう? 何かわかったかい?」

 突然前内の声がして戸惑ったようだが、


『うん。えっとね――』

 調査結果を丁寧に報告してくれた。仲間の猫たちの鳴き声も止んでいた。

 一言一句聞き逃さずメモを取る。フェリスたちは未だにスマホを不思議そうな表情で見つめている。「チキュウには便利な板があるんだな!」と呟き、大きく伸びをする。


 月山さんの話を咀嚼した前内は大きく頷いた。

「その三人の中の誰かがイタクァってことか」

 リストの中で講義を受けたことがあるのは去年必修科目だった筑井助教のみ。よくある普通の講義だったと思う。他にも手がかりがないか前内が聞くと、


『出席印もらったんだけど――』

 講義終わりに貰う出席印について月山さんから説明があった。それを頼りに三つの印を書き写す。


 一つ目は横大路教授の印――全体でおじさんをデフォルメした印のように見える。

 横一直線に等間隔で黒点が三つ、両端の黒点を囲うように円が描かれ眼鏡を表している。中央の黒点の下を基点に、そこから斜めへ髭が二つ伸びていて、毛先がそれぞれクルンと丸まっている。眼鏡の上と髭の間に逆三角形のそれぞれ眉毛と口がある。


 二つ目は筑井助教の印――これは一番シンプルで、中央にエルダーサインが描かれているのみ。ただ、中央にフリーメーソンを彷彿させる目は描かれていない。


 最後は蓮塚教授の印――全体で『X』を形作り、交点には黒点が描かれ、二本の触手を象った線がまるで触角のように伸びている。先生曰く『蝶々』とのこと。


「エルダーサイン……か」

 これは現実世界での第一の犠牲者斉田が持っていたキーホルダーと同じ印。つまり筑井助教もクトゥルフ崇拝者だったのか? イタクァに狙われるのではと危惧したが、前内はなんと全く逆のことを口にした。


「筑井助教がイタクァかも」

「はあ!?」

『ええぇ!?』


 俺のみならず月山さん、さらに横にいるらしい青地さんからも驚きの声が上がる。

「僕はてっきりエルダーサインはクトゥルフ崇拝者たちが使用する印だと思っていたけど、これが間違いだったんだ」

「どういうことだ?」


「簡単だよ。この印はクトゥルフ崇拝者のみならず、旧支配者(グレートオールドワン)にとって有効な印なんだ。だからハスター崇拝者が使用していたとしても不思議じゃない」

 前内の指摘はこれまでの奴の推理を根本からひっくり返すものだ。仮にそうであるなら斉田だってハスター崇拝者だったかもしれないからだ。


「いくら何でも同胞を殺したりしないよ。彼は間違いなくクトゥルフ崇拝者だった」

 その根拠を問うと、クトゥルフ探偵はまたしてもサラッと答えた。


「学内掲示板だよ」

「なるほど」

 そこで仲間同士やり取りをしていた事実を思い出し、納得する。スピーカーからは何も聞こえない。耳を傾ける彼女らの姿が浮かぶ。


「斉田がクトゥルフ崇拝者だったのはわかった。では何故、ハスター崇拝者もこの印を使用するんだ?」

「簡単さ。旧支配者(グレートオールドワン)は何もクトゥルフだけじゃない」


 言われるまで気づかなかった。

 エルダーサインは旧支配者(グレートオールドワン)が仇敵を退けるための印。

 斉田がクトゥルフ崇拝者だったことから、てっきりクトゥルフ崇拝者の印と誤認してしまったんだ。

 旧支配者(グレートオールドワン)なら使用しうる――つまり、


「ハスターも?」

「ビンゴ」

 前内は間髪入れずに続ける。

「イタクァがこの印を使用していてもおかしくない。死亡推定時刻と犯行可能時刻が一致していることから、可能性は極めて高い」


 長い沈黙を経て、スマホから月山さんの声がする。

『じゃあ筑井助教がイタクァ――』


 その時、スマホから大きな音が響いた。


 次いで『わっ! ちょちょ、ヤバいよひかるん! 寒――』と青地さんの慌てふためく声を最後に、通話は途切れてしまった。


「おい! まさかっ」

「ああ。間違いない。イタクァだ。バレてしまったらしい」

「二人が危ない!」

「今の僕らの状態を忘れたのかいニジュウ? 恐らく広野先生も一緒だ。先生に任せるしかない」


 冷静過ぎる前内に何か言い返そうと思ったが、ぐっと堪えた。確かに奴の言う通りだからだ。フェリスらは心配そうに尻尾を小さく振っている。

「向こうへ戻ることは出来ないのか!?」

 ビクッとさせてしまったが、すぐにフェリスは答える。


「出来ないこともないぜ――」

 フェリスによると【夢の国(ドリームランド)】各地に点在する【深き眠りの門】から戻ることが可能だという。ちょうど来た道を戻るようなものだ。こちらの世界に着いた時、木々に囲まれた門が鎮座していたことを思い出す。

 立ち上がって臭いコートを羽織った俺にフェリスは続ける。


「おいマルオ……契ニャクを忘れたわけではあるまいな?」

 たった今思い出したが、表情そのままに答える。


「忘れるわけないだろ? 犯人は俺たちが通う大学教員の筑井だ。講義がない時間帯を狙ってこちらの世界を訪れ、犯行に及んでいたんだ。失踪事件についても同様だ」


 《沈む谷》のことを話すと、フェリスは腕組みして何度か頷いた。やけに静かだと思ったら、前内は俺が描いたヘタクソな三つの出席印を見つめていた。

「オッケー。それならそのツクイって野郎がこちらの世界に来られないように門を閉じるよう知り合いに頼むぜ。本当にいいんだな?」


 門を閉じるというが物理的に閉めるのではなく、道中で出会った二人の神官に頼み込み当該人物の出入りを禁じてもらうという。まるで税関のようだ。


「ああ。犯人は――」

「待って、ニジュウ」


 黙り込んだホームズの代わりに決め台詞を言おうとしたが、まるで眠りの獅子が目覚めたかのように前内がピシャリと割って入った。


()()()()()()()()()()()


 前内ホームズは歪な三つの出席印が描かれたメモを置く。それはベランダから差し込む日の光を受け、まるで舞台上で脚光を浴びる主役のように見えた。

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