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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第二章 イタクァの夢
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異界との交信

「カルコサの次は【夢の国(ドリームランド)】とは……。退屈しないわね」

「まだ確証はないですけど、何だか、そんな気がして……」


 十月七日木曜日の四コマ目の講義を終えた月山ひかるは、命の恩人である広野春子の研究室を訪ねて、イタクァと遭遇したことを伝えた。


 附属病院で丸瀬丸雄と前内光生を発見して以来、色々調べて回ったが特に進展はない。青地夏美にも協力してもらい、その後の彼らの経過を診てもらっている。幸いにして心電図は規則正しい波形を映したままだという。しかし詳しい入院理由は掴めず、病名も不明なのに何故麻酔で眠らされているのかも一切わからなかった。


 そこでひかるは神話世界について調べ始め、以前研究会の発表で聞いた【夢の国(ドリームランド)】の存在を思い出した。話を聞いた夏美は、当初本気で附属病院の精神科に連れて行こうと思ったが、ひかるの要領を得た説明と《沈む谷》の一件から、彼女の話に頷いたのだった。


夢の国(ドリームランド)】へのルートも把握したひかるだったが、帰還できる保証もないのでひとまず春子の研究室を訪ねたのだ。まさに藁にも縋る思いだった。

 説明を終えた後、不意に肩の力が抜けて涙がボロボロと零れた。付き添いの夏美に肩を抱かれても、滲み出る嗚咽は狭い研究室内でそれなりの音量で響いた。


 窓を覆うブラインドの隙間から細い夕日が差し込み、議論する研究生らが座るデスクに小さな陽だまりをつくっている。研究生らは声を潜め、春子のデスク前に座るひかると夏美の様子を窺う。


「場所、変えましょうか」

 白衣を脱ぎ、薄緑色の長袖ブラウス姿になった春子は研究生らに議論を続けるよう指示を出し、二人を同フロアの応接室へ案内する。


 扉横にあるパネルを『使用中』に切り替え、二人を部屋中央に置かれたフカフカのソファーに座らせた。小さな応接用デスクを挟んで、春子は向かい合うソファーにそっと腰を下ろした。


「ええぇっ!?」

 ふと天井に何かの気配を感じた夏美は、大きく飛び上がる。

 そこでさも当たり前のように張り付き翼を休めているビヤーキーがいたからだ。歓迎するように小さく鳴いたビヤーキーに、夏美は礼儀正しく会釈した。


「物分かりがよくて助かるわ」

 神話世界について、夏美はひかるの調査に同行する中で少しずつ理解を深めていた。触り程度に入門書に目を通していたことも幸いした。

「そういうことなら、早速彼らに連絡を取ってみましょう」

 さも当然のように言うが、ひかるは既にそれを試し、繋がらないことも確認している。


「あの、先生? それは先程試したとお話ししたはず――」

 首を傾げたひかるは、次の瞬間、息を吸うのも忘れ唖然とする。横に座る夏美はビヤーキーも加えたダブルパンチにノックアウトされたようで、背もたれに深く背中を預けた。


「先生……一体、まるで蛇――」

「あーあー。私は何も見てないよ。これは夢だよね。夢だ」

 先程まで知的な雰囲気に包まれていた春子に異変が生じたのだ。

 紛うことなき、外見的変化だ。


「改めまして【蛇人間】の広野よ。くれぐれも内密にね」


 その姿は、直立する蛇そのものだった。

 春子の首は常人の二倍近くに伸び、知的な笑みは灰色の鱗に覆われた蛇の笑みに様変わりしたのだ。その劇的な変化にひかるは何度も目を擦る。夏美は背もたれに寄りかかって気絶しているかのように目を閉じている。


 顔のみならず、薄緑色のブラウス袖から覗く白い手もゴツゴツした鱗で覆われ、綺麗に切り揃っていた爪は鉤爪のようになっている。

「そんな顔しないの。食べちゃうわよ?」


 それが冗談だとわかってはいるが、ひかるは戦慄せずにはいられなかった。春子は茶化すように閉じた口から二又に分かれた舌を覗かせた。

 落ち着いてきたひかるは放心状態の夏美を起こし、本題に入る。やはり気になるのは連絡手段だ。


「では種明かしをしようかしら」

 春子に促され、スマホを取り出す。発信履歴は『丸瀬くん』で埋め尽くされている。

「現実の彼らには繋がらなくても【夢の国(ドリームランド)】の彼らになら――」


 春子はジッとスマホを睨み、舌を何度も出し入れする。まるで獲物を丸呑みしようと機会を窺っているようだ。

 蛇人間が魔術を行使する際の恒例作法だ。ちなみに人間の姿では行使できない。


「う、そ――――」

 やがて微かに呼び出し音が響いた。すぐにスピーカー設定に切り替える。食い入るようにスマホを見つめる二人に、春子は蛇人間の魔術について解説する。

「交信術の初歩よ。あの子を介して話せたのも、これのお陰」


 春子の視線の先で、ビヤーキーは呑気に欠伸をしている。

『も、もしもし……?』

 丸瀬丸雄の囁くような声がスマホから流れ、ひかるは両目から洪水のように流れる涙を止めることが出来なかった。


  *


 春子と夏美の助けを借りていることを手短に伝えた。

『やっぱり広野先生は蛇人間だったのか!』

 丸瀬によると、カルコサから帰還した日、研究室から顔を覗く蛇を目撃したという。


「夢だったんじゃないかしら?」と軽口を漏らす春子だった。

『今度じっくり観察させてもらいますからね』

 続いて、ややデリカシーに欠ける前内光生の声が聞こえる。彼も元気そうだ。


 ひかるの話が済み、今度は丸瀬から近況報告があった。

 どうやら本当に二人は【夢の国(ドリームランド)】へ行っているらしい。

 そちらでもイタクァによる連続凍死事件と失踪事件が相次いでいて、その解決に向けて行動している最中だという。なんでも猫人間と協力しているという。

 こちらは蛇人間に協力している身なので、夏美含め特段驚かなかった。


『――そんな感じで、こっちは何とか大丈夫だから。月山さんは大丈夫?』

「平気よ。声聞いて安心したわ」

『あ、ありがとう。お、俺もその、無事でよかった』


 丸瀬にしては珍しく歯切れが悪い返答だった。

 丸瀬側もスピーカー設定にしているらしく、周囲から猫の鳴き声が聞こえてきた。


『月山さん、早速なんだけど――』と前内。『調べてもらいたいことがあるんだ』

「イタクァの手がかりかしら?」と横から夏美。「ひかるんから聞いたよ~」

『そ、その声は! あ、あ、あ、青地さん!?』


 途端、スマホが落下したらしい雑音が響く。『オマエら、あんま騒ぐなよ!』と第三者の声。例の猫人間だろうか。

『フェリスってんだ。今度紹介するよ』

『オマエら、誰と話してんだ?』

 丸瀬が説明する声がスピーカーから離れていく。


『あ、えっとね……』と声の調子を整える前内。『犯人についてなんだ』

 例のセレファイス連続凍死事件における、直近の三件の被害者たちの死亡推定時刻を聞く三人。

『どの被害者も一時間半の間に殺されている。つまり犯人は()()()()()()()()()を使ってこちらの世界を訪れ、犯行に及んでいると思うんだ』


 ひかると夏美の頷きに合わせ、電話越しから丸瀬の相槌も聞こえた。

 三洲華大学の講義は一コマ九十分。これはそれぞれの犯行時間と一致する。


『こちらの時間と現実の時間はズレていると思うんだけど――』と前内。『ちなみに今何時かな?』

 夏美のスマホによると現在時刻は十六時三十分。

 一方【夢の国(ドリームランド)】の時刻は十四時。両世界の時刻は二時間程度ズレていることになる。


『予想通りだ。で、ここからが本題なんだけど――』

 固唾を呑むひかると夏美。春子は目を閉じ、魔術の行使に集中している。


『事件が起こった時間帯、大学では何コマ目の講義中だったか突き止めてほしいんだ』


 前内は改めて三件の事件の犯行時刻を伝える。夏美はスマホのメモ帳に入力し、何度か確認して保存した。

「前内さん、つまりさあ――」と夏美。「一件目の犯行時刻は【夢の国(ドリームランド)】時間で十日前の六時三十分~八時。これの現実世界での日付と時間帯を算出するってこと?」


「あ、ああ……さ、さすが青地さん……その通りだよ」

 夏美の分析眼に面食らったのか、前内から戸惑った声が返ってきた。

「それで何がわかるの?」


 未だに首を傾げるひかるに前内は続ける。

『恐らくその時間帯に講義がない教員がいる筈だ。その者こそ、空き時間を利用してこちらの世界で犯行を重ねる犯人――イタクァに違いない』


  *


 丸瀬らとの時空を超えた通話を終え、ひかるは早速夏美のスマホを見ながらそれぞれの時刻を紙に書き込んだ。


「あの子たち、面倒な宿題を押し付けてきたわね」

 元の姿に戻った春子は、蛇化した際に乱れた服装を直し、すぐに立ち上がる。

「すぐに終わらせましょう」


 春子はビヤーキーをそのままに自身の研究室に戻る。デスクに座り、パソコンを立ち上げた。春子の指示を受けていた研究生らは一瞬顔を上げたが、すぐに議論を再開した。

 春子はネットを検索し、時刻計算サイトを見つけてアクセスする。

「こんな便利なサイトあるんですねえ」


 感心するひかるに対し、夏美は「たまにお世話になるかも」と零す。

 春子は夏美から【夢の国(ドリームランド)】での犯行時刻を聞き、手慣れた様子で打ち込んでいく。


 その結果、それぞれの犯行が行われたときの現実世界での日付と時刻が判明した。

 ①九月二十七日(月)九時~十時三十分。

 ②九月二十九日(水)十四時四十分~十六時十分。

 ③十月五日(火)十三時~十四時三十分。


「月曜日が一コマ目、火曜日が三コマ目、水曜日が四コマ目か……」

 月山は紙にペンを走らせる。

「この時間帯に講義がない先生を見つければいいのね!」

 明るい表情のひかると裏腹に、夏美は考え込む。


「先生の予定は把握しづらいしなあ」

「講義表見ればいいんじゃない?」

「全学科全学年分? 会議とかあるだろうし、学生の私らじゃ無理があるよ」


 悩む二人の学生の視線が、教員である春子に向けられる。

「蛇人間学会の合間で良ければ」

 未知なる学会が出来れば長引かないことを祈るのみだ。


「ありがとうございます!」

 小さくお辞儀した二人に、春子は「少し時間をちょうだい」と短く答え、パソコンをスリープモードにチェンジした。

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