セレファイス調査①
しばらくして、フェリスの仲間達がベランダから戻ってきた。たちまち部屋の中は猫の鳴き声で溢れる。
「さっきの奴ら、オマエらのこと探しているみたいだぞ」
予想していたとはいえ、しつこい連中だ。
仲間とのやり取りを終えたフェリスはトレイに入った魚の切り身を一口食べる。「オマエらもどうだ?」とのことだが、気持ちだけ受け取っておく。
「んじゃニジュウ、観光がてら早速行動開始だ」
「とはいってもよ――」
追手の目を掻い潜りながら調査とは、中々のハードルだ。稀代の怪盗のように上手くいけばいいのだが……。
「安心しな! こいつを使え!」
フェリスの合図で二匹の仲間がベージュ色のロングコートをそれぞれ咥えてくる。
まるで本当の探偵になった気分だ。襟を立てれば表情を隠すことも出来る。少し臭うのが気になるが、贅沢は禁物だろう。二匹によると数日前に街で見つけたらしい。曰く『裏のリサイクルエリアの中でも上等品です!』とのこと。早速襟を立てて頷いたが、臭いにやられて咳込んでしまった。
「事件現場はわかるかい?」
「任せろ!」
フェリスは自慢げに高笑いし、地図に丸印をつけていく。
住宅地域に二つ、西の商業地域に一つ――合計三つの丸が書きこまれる。
直近の事件現場で、さらに遡った事件については知り合いに聞く必要があるとのこと。
「知り合いって?」
「警護部隊の探知猫の奴らだ。奴らは嗅覚を頼りに事件を追うスペニャリストだ」
現実でいうところ、麻薬探知犬みたいなものだろう。
「そんなスペシャ――スペニャリストをもってしても犯人は捕まえられないのか?」
「ああ。随分手を焼いているらしい。わかっていることは死因と死亡推定時刻のみだ」
外傷も少なく、事故や自殺と判断されかけたこともあるとのこと。
「凍死だからか?」
「多少の痕跡は残るはずなんだけどね……」
首を捻りながらも、外出の準備を始める。
前内はしばらく考え込んでいた。
*
隠れ家周辺は豪華絢爛な都というより、廃れた街のような光景が広がっている。ひとまず地図を参考に住宅地域の二ヶ所を目指すことにする。
都は心地よい日の光に包まれている。スマホを開き、バックグラウンドアプリを全て稼働停止させた。念のためマナーモードに設定しておく。バッテリー残量は六十五パーセントだった。
「現実では今頃夜か?」
「さあ? こっちが昼だからって向こうが夜とは限らないよ。ここは地球の裏側じゃないんだからさ。ていうか、地球かどうかも怪しいよ」
裏路地を歩いているが、既にフェリスよりも背の高い猫人間の集団とすれ違った。彼らは実に明瞭な日本語を話していた。
「いやあ、実に退屈しないところだね」
「お前、観光したいだけだろ?」
表情が緩む前内の前を進んでいた仲間の一匹が、ふと歩みを止める。こちらに振り返り「ミャア! ミャア!」と鳴き声を上げる。右の路地近くの一匹が前足で手招きをする。
「どうやら敵さんらしいね」
フェリスが仲間を護衛につけてくれたのだ。
すぐさま進行方向を変える。多少のルート変更は致し方ない。
仲間の助けもあり、一ヶ所目の現場に辿り着く。
地図によると都北東、隠れ家からほぼ北方向に位置する廃れた平屋建ての建物だ。規制線があるが、近くに警護部隊の姿は見えない。
辺りを窺い、そっと玄関扉を開けて室内を観察する。
簡素な玄関の先は、そのまま大広間になっている。
奥に汚れたベッドとカーテンで仕切られただけのユニットバスがある。左の壁際にアジトにもあったブラウン管テレビが置かれている。中央に木製の丸型テーブル、右の壁際には天井に迫る書棚と小さな冷蔵庫があった。どちらも中は空だ。
ベッド近くの床にテープが貼られ、倒れた人を象っている。刑事ドラマでお馴染みのやつだ。ここに被害者は倒れ、凍り付いていたのだろう。
「被害者は二十代の男性。一人暮らしだったみたいだ」
前内は被害者の情報を読み上げる。フェリスが知り合いに頼んで仕入れた情報を翻訳してくれたのだ。結果、A4サイズで数十枚にも及んだ。
「机の上にメモがあったらしいね。どれどれ――」
まとめられた情報をいつもの調子で読み上げる。
「【イノック・ボウアン】……ニャルラトテップ……【輝くトラペゾヘドロン】……なるほど」
一人突っ走る前内は導き出した結論を言い放つ。
「彼、【星の智慧派】の一員だったのかも」
ニューワード到来である。
前内によると【星の智慧派】は主にニャルラトテップを中心に、クトゥルフなどの旧支配者を崇拝している振興宗派らしい。【イノック・ボウアン】なる人物が持ち帰った【輝くトラペゾヘドロン】を信仰基盤に据えている。
これは全時空に通じる窓と伝わる黒い多面体の結晶で、金色の箱に収納されている。冥王星で作られ地球に持ち込まれたとのこと。
「つまり、被害者はニャルラトテップを崇拝していたのか?」
「その可能性が高いね。まあ、クトゥルフも崇拝していただろうけど。いずれにせよハスター陣営からしてみれば目障りには違いない」
床のテープが志半ばで倒れたことの未練を体現しているようだ。俺たちに出来ることはそっと静かに手を合わせることのみだった。
*
二ヶ所目となる現場へ到着する。
現場はフェリス達の隠れ家のほぼ南に位置する建物同士の間の狭い裏路地だ。規制線はなく、普通に通行できる。建物一階の窓はきっちりシャッターが閉まっている。日の光も満足に入らない、ジメジメした空間だ。
「被害者はホームレスの中年男性。アスファルトに奇妙な印。ああ、これか」
資料写真を覗き見ると、カギカッコ――『――が三本集まり鉤十字のような形をした印がアスファルトに残されている。
「これは確か……【エイボンの印】だっけか?」
「一メートル歩くと忘れるニジュウにしては大金星だね」
「ニワトリと同レベルか」
【エイボンの印】は氷河期以前の北ヨーロッパに存在した幻の王国【ハイパーボリア】に住んでいた魔道士エイボンによってまとめられた魔術書【エイボンの書】に記載されている特別な印だ。ニャルラトテップとその刺客を退ける力をもつとされている。この書はエイボン自身が旧支配者ツァトゥグァの崇拝者であったことから、これにまつわる記述が多いとされている。
【ツァトゥグァ】はクトゥルフやハスターと同じ旧支配者で、蟇蛙のような体にナマケモノを思わせる頭部をもつ存在だった気がする。
「ってことは、被害者はツァトゥグァを崇拝していたのか?」
前内は小さく頷く。
「あるいは……エイボン自身を崇めていたかもしれないけどね」
いずれにせよハスター崇拝者でないことは明らかだ。
たったそれだけの理由で命を奪われた不条理さに、握った拳に力がこもる。
路地の入口で日向ぼっこしていた仲間の一匹が鳴き声を上げたので、ここは早々に辞することにした。




