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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第二章 イタクァの夢
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契ニャク

 フェリスの背中を追って辿り着いた場所は、豪華な建物群が並ぶ住宅地域の隅にひっそりと建つ寂れたビルの一室だった。


 玄関の先に一間のワンルームがあるだけの部屋だ。壁や床の所々に引っかき傷がある。フェリス曰く「ヤンチャな野郎が多いんだ」とのこと。

 調度品は壁際に置かれた今やあまり見なくなった古いブラウン管テレビ、小さな木製の机のみだ。机の上にはリモコンと書類が入ったバインダーが置かれ、これらにも引っかき傷が多数ある。部屋の隅に子供のおもちゃ入れのような箱が置かれ、中には埃を被った皿やガラスのコップ、所々穴が空いた包装紙などがある。フェリスによると近くのガラクタ置き場から仲間の猫たちが拝借した物品の数々だという。


「掘り出し物らしいけどさ、ボクにはガラクタにしか見えねえ」

 フェリスはため息を一つ吐く。普通の猫とは価値観が異なるらしい。

 広いスペースにはいくつものトレイが置かれ、中に魚の切り身が入っている。キャットフードが入っているものもある。ベランダの窓が開いていて、レースのカーテンが風に揺れている。

 フェリスは前脚でカーテンを留め、出現した陽だまりにゴロンと横になる。初めて彼の猫らしい仕草を見た。


「近頃、ここセレファイスで不審な事件が多発している。その調査をお願いしたいんだ」

 単刀直入、そう切り出した。

「そういえばオマエらの名前聞いていなかったな」


 俺と前内は自己紹介し、トレイをそっと動かして確保したスペースに胡坐をかいた。まさか猫に自己紹介をする日が来るとは――。


 簡単にセレファイスについて聞くと、書類入れにあった地図を広げてくれた。

 これによると城壁に囲まれた都の中心に大きな神殿がある。トルコ石で出来ていて、八十人の神官が仕えているとのこと。

 神殿の北東から東にかけて広がるのが現在身を潜める住宅地域だ。南東に市場、西には商業地域と港がある。ちなみに捕まりかけた石橋は南の方向にある。


「北にある【70の歓喜の宮殿】って?」

「ここはスゴイぞ。セレファイスを統べる【クラネス王】の玉座があるんだ」


 かの王については前内が黙っていなかった。

 有名な【夢見る人】である【ランドルフ・カーター】とも交流があったロンドン在住の男性で、セレファイス周辺地域を統治しているという。


「コウセイ、詳しいじゃないか!」

 前脚で器用に拍手をし、目を丸くするフェリス。


 都についての一通りの説明の後、本題を切り出す。

 フェリスによると、セレファイスの住宅地域を中心に人々の失踪と凍死事件が後を絶たないという。凍死事件……嫌な予感にごくりと唾を飲みこむ。


「はじめは些細な噂程度だった。しかし日を追うごとに失踪者は増え始め、今では多くの者が消えちまった。都の警護部隊でも手に負えない事態だ」


 口を開きかけた前内だが、間髪入れずにフェリスが続けたので噤む。

「それと同じ頃、これも住宅地域を中心に不審死が相次ぎ始めた。犠牲者は全員、凍えるようにして事切れている――つまり凍死なんだ。仲間も数匹やられた。これ以上野放しにしたくないんだ」


 人々の失踪。あざ笑うかのように続く不審死。死因は――凍死。

 もはや推理するまでもない。


「間違いないよフェリス。それはイタクァの仕業だ」

 前内はフェリスに現実世界で遭遇した事件について話す。

「つまり、そのイタクァって奴が狂気の本を用いてハスターへ生贄を捧げ、敵対する人間を殺害しているっていうのか?」


「間違いないと思う。僕とニジュウは実際にハスターの近くまで連れていかれたし」

 俺に至っては目の前まで接近したのだ。今でも思い出すと鳥肌が立つ。


「それはそうと、オマエらはどうやってここまで来たんだ?」

「恐らく――イタクァに捕まった」

 前内は顎に手を当て、続ける。


「ここへは眠らないと来られないから、今頃スヤスヤ寝ているんじゃないかな?」

 他人事のようだが、現状こちらからは何も打つ手がない。ここにいて息を吸えているのだから、恐らく生きていることは確かだろうが……。

「オッケー。大体わかったぜ」


 フェリスは大きく伸びをする。四つん這いになってやる猫バージョンでなく、両手を上げて行うヒトバージョンだ。

「オマエら現実に帰りたいだろ?」


 若干首を傾げた前内は「せっかく来たからなー」と呑気な一言を上げる。確かにこんな機会滅多にないが、せっかくなら自分の意志で訪れたいものだ。何はともあれ観光するのに月山さんがいないのでは話にならない。

「だよな? それなら交換条件ってのはどうだ?」


 フェリスはどこで覚えたのか、流暢な日本語で続ける。

「オマエらは事件の犯人イタクァを捕まえる。ボクはその見返りにオマエらをオマエらの世界へ帰す」

 フェリスには既に借りがある。他に選択肢はないようだ。

「どうやら三洲華大学クトゥルフ神話探偵部の出番らしいね」


 前内の快諾にフェリスは「契()()()成立だな!」と返し、間延びした欠伸を漏らした。

「チップはいつでも大歓迎だぜ! 期待しているぞオマエら!」

 器用にウインクまでしてみせた。ちゃっかりした猫だ。ツナ缶で良ければ買ってやってもいいが……。


「そういえばよ――」

 出会ったときに思った疑問を聞いてみる。

「ニャルラ様って――まさかとは思うが、ニャルラトテップのことか?」

「マルオ! 呼び捨てはいかんぞ呼び捨てはぁ!」


 出会って一番険しい表情を浮かべるフェリス。丸かった瞳はいつの間にか睨みつけるように細められている。呼び捨てより省略する方が無礼な気がするが……。


【ニャルラトテップ】は前述した【外なる神】の使いとされる存在で、様々な異名をもつことで知られ、ヒトに化けることもある。多くの従者がいるので、フェリスもその一角なのかもしれない。


「そのニャルラ様は今回の事件をどう見ているんだい?」

 さも当然のように省略して前内が問う。


「激オコだよ」とフェリス。「一刻も早く犯人を血祭りにあげ、アザトース総帥に差し出してやりたいと仰っている」

 フェリスの返答を受け、ニャルラトテップの通り名がふと脳裏をよぎった。


【千の顔を持つ者】――主人たる【外なる神】に冷ややかな対応を取ることもある一方でその忠誠心は確かなのかもしれない。

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