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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第二章 イタクァの夢
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潜入、そして対峙

 昨日の事態を受けてか、五コマ目と放課後活動が全面的に禁止になった。

 いつもなら運動部の声援や談笑する声で溢れていた放課後だが、四コマ目が終わるや一斉に学生たちは帰宅を余儀なくされた。まるで蜘蛛の子が散っていくようで、最寄り駅は学生で溢れ返る事態となった。普段はしない駅員さんの場外アナウンスが聞こえ、少し機嫌が悪そうに響き渡っていた。カフェやカラオケの前に陣取る学生も多い。


 これにより放課後調査は断念し、帰宅することにした。前内は図書館に籠れない鬱憤を晴らすべく、大型書店で爆買いをすると宣言した。月山さんは新作料理の材料を買って帰宅するという。俺も新刊を適当に見てから帰ることにした。


 翌日の十月一日。その報せはいつも見ている朝のニュースで飛び込んできた。

『昨夜未明、N県山中にて成人男性のものと思われる遺体が発見されました。死因は凍死で遺留品などから男性はN県内の大学に通う堀内久文(ほりうちひさふみ)さん(19)とみられます。男性の傍には奇妙なシンボルが描かれたキーホルダーが落ちていて、関連を調べているとのことです』


 新たな凍死体。イタクァによる犠牲者である可能性は高い。

 ニュース画面が一瞬、見つかったキーホルダーを映した。

 星を模ったキーホルダーで、中心の空いたスペースに開いた目のようなシンボルがある特徴的なものだった。


 これが本人と()()()()()のであれば、決定的だ。

 クトゥルフ神話においてイタクァに狙われた犠牲者は、本人が行ったことがない遠方の土地の品々を身に帯びていることが多いとされているからだ。


  *


「ニジュウ、君に補習卒業証書を渡したい気分だよ」

 案の定、前内は大きく頷き、イタクァによる犯行だと確信している様子だ。

 放課後、多くの学生が不満を漏らしながら校門に向かっている。校門施錠時間は十七時だから、それまでに帰宅しないと閉じ込められることになるからだ。


「四限目終わってこれじゃあ、何も出来ないしなあ」

 校門へ向かう集団を月山さんはぼうっと眺めている。乾いた風が吹き、赤と紺のチェックスカートがなびき、夕日が白ブラウスを橙色に染めている。


「どうする? 下手に動かないで情報収集に徹するか?」

「ニジュウ、僕はもう我慢できないよ」

 前内はピシャリと言い放ち、ニヤリと口角を上げる。


「施錠されるんだろ? 逆に邪魔が入らないで好都合じゃないか」

「……まさかお前」

 奴の思惑を察し、思わず笑みが零れてしまった。月山さんも一瞬ギョッとしたが、すぐに諦めたように頷く。

「そうと決まれば帰ろう、二人とも――」

 奴は南門へ向かう学生たちとは反対方向に足を向ける。

「一時隠れ家にね」


  *


 時刻は十七時三十分。

 施錠時間を三十分過ぎた今、構内は静まり返っている。徐々に夜の空気に変わる中、研究棟などは明かりが点いたままだ。


「誰もいない講義室も趣があるね」

「居心地がいいもんじゃないけどな」

「……おやつ持ってくればよかったなあ」

 俺たちは一時隠れ家――キャンパス中央に位置する講義棟Bの三階にある講義室にて待機中だ。前内曰く、このフロアで最初の被害者斉田が発見されたらしい。


「うう、暇だなあ」

 黒板にはチョークの跡が残っており、乱雑に消したことを物語っている。

 徐に立ち上がった月山さんは室内を徘徊し始める。まるで無邪気な子供のように、後ろの席から机をタッチしながら前へ歩いていく。


「見て! コンサートホールの座席みたい」

 それにしてはゴツゴツしているので、出来ればフカフカ仕様に変えてもらいたいところ。きっと講義時間が睡眠時間になるだろう。

「無音で頼むよ、クトゥルフ美少女さん」

「はいはーい」


 否定しないところが彼女らしい。いつまで待機するか聞くと「あと三十分くらいかな」と曖昧な答えが返ってきた。

「早速、凍死体――斉田君が見つかった場所を調べたいんだ」


 昼間来たとき、付近一帯は立ち入りが禁止されていた。さすがに他の学生が大勢いたので調査はしていない。

「ねえ、これ見て」

 徘徊を終えた月山さんが戦利品を携えて戻ってきた。


 全体で円形をしているキーホルダーだ。円には一筆書きの星が描かれ、中心の空いたスペースに開いた目のようなシンボルがある。かの有名なフリーメーソンのシンボルの目に見えなくもない。

 どこかで見たことがあると思ったら、今朝のニュースで見たあの特徴的なキーホルダーと同じ形だった。


「黒板に貼ってあったの。落とし物みたい」

「落とし物……凍死体……クトゥルフ崇拝者……なるほど」

 一人納得する前内ホームズ。奴はなにか閃くと、このように手がかりを列挙して、導き出される事実を指摘するのだ。


「これは恐らく斉田君はじめクトゥルフ崇拝者たちの持ち物だ。なぜかわかるかい?」

 俺と月山さんで沈黙を決め込む。はあと一息つき、

「今回だけ特別だよ? これは【旧き(エルダー・サイン)】だ」


 前内によると【外なる神】やその手下を退ける作用をもつという。かのものらは、旧支配者(グレートオールドワン)とは敵対関係にある。

 クトゥルフ崇拝者の持ち物であったとして、何ら不思議はない。

 死体で見つかった堀内も恐らくうちの学生、しかも斉田と同じクトゥルフ崇拝者であった可能性が高い。


「斉田くんが持っていたものかな?」

「可能性はあるよね」

 頷いた前内の横で、俺は違和感を覚えて首を捻った。


 確かに筋は通る。

 ひょっとすると斉田の死体近くに落ちていて、誰かがこの講義室に落とし物として届けたのかもしれない。堀内の件も合わせると、一人一個持っていたとしてもおかしくない。

 これは彼らのキーアイテムなのだ。


 だとすると、一点だけ神話世界との矛盾が生じる。

 それを伝えると前内は虚を突かれたような表情を浮かべる。


「面白いこと言うね、ニジュウ。その根拠は?」

 いつの間にかホームズに盾突くワトソンみたいになっているが、俺は持論を述べた。

「イタクァに狙われた者は遠方の土地のものを身に着けた凍死体で発見される筈だろ?」

 俺は今朝見たニュースの内容をかいつまんで伝えた。二人も知っていたようで、月山さんが目を丸くする一方、前内は意味深に頷いた。


「堀内が斉田と同じクトゥルフ崇拝者だとして、その死体が彼らのキーアイテムと一緒に見つかることはないと思うんだ」

「なるほど。確かにね――」

 納得する前内。これは一本取ったかと思ったら、見事に逆転された。


「でもねニジュウ、明確な事実は記されていないんだ。遠方の土地のものを身に着けることが多い、とあるように。だから、そうじゃない場合もある」

 モヤモヤした思考が行き場を失い、やがて霧散する。確かにその通りだ。では今回の殺人は例外的なケースなのか。


「いずれにせよ、イタクァが二人を殺害したのは間違いない。キーアイテムが残されていたことから、これはクトゥルフ崇拝者を狙った連続殺人だ」

 得体が知れないくせに輪郭は朧げに見えるという不条理さに背筋がゾクゾクした。

 十八時を過ぎ、室内に徐々に冷えた空気が満ちていく。


「曖昧な神話世界なんだな」

 ふぅとため息をつくと、前内はおかしそうに表情を綻ばせた。

「それが面白いんじゃないか。まあ、邪な意志が入り込みやすいとも言えるけどさ」


 神話世界のツギハギだらけの僅かな隙間を搔い潜り、流れ込んでくる邪なるもの。

 それは既に、すぐそこまで迫っている。

 それを示すように、月山さんがブルッと体を震わせた。

「ね、ねえ? なんだか寒くない?」


  *


 涼しげな空気はいつの間に震えるような冷気に変わっている。

 二の腕をさするも、か弱い摩擦熱はすぐに冷気に攫われていく。前内はジャケットを羽織ろうとしたが、両肩を抱く月山さんを見つめる。


「この前のクッキーのお礼ってことで」

 前内は照れくさそうにジャケットを渡した。月山さんはお礼を言いブラウスの上から羽織る。少しはマシなようだが、それでも時折唇を震わせている。前内も俺に倣い、半袖から覗く腕を摩る。

「ニジュウ、どうやら近いみたいだけど準備はいい?」


「安心しな。今回で二度目だ。慣れちまったよ」

「頼もしいワトソンで助かるよ」


 冷気は出入り口の隙間から流れ込んできている。すぐそこの廊下に冷気の主がいるかもしれない。

「月山さんはここで待ってても――」

 冷気を吹き飛ばすような勢いで、返答がある。

「ここまで来たんですもの、冷凍されてたまるもんですか!」


  *


 ドアノブはまるで氷のように冷たかった。普段と違い、回りが悪い。

 恐る恐る廊下の様子を窺う。暗がりの中、奥のフロアに張られた規制線がぼぅと浮かび上がっていた。斉田が発見された付近だ。


 室内よりも気温が低いことは、震えが倍増したことで察した。

 周囲を観察した前内は階段へ向かう。するとこちらを振り返り、床を指差した。


「どうやら冷気の主は下の階にいるみたいだ」

 どういうことかと思いながら奴の後を追い、体が敏感に邪な存在を感じた。


 二階へ続く階段の先――そこから濃密な冷気が漂ってきているのだ。

 間違いなく冷気の発生源が下の階にいる。

 遅れてやってきた月山さんも感じ取り、ブルッと体を震わせた。しかし表情は覚悟を決めているようで、キリッとしていた。


 二人と目配せし、ゆっくりと二階へ向かう。

 一段一段下りながら、冷気がさらに強まるのを感じる。上下の歯が震え、カチカチ音を立てる。歯の間に舌を入れてなんとか抑える。

 陰から様子を窺うと、二階の廊下に薄い氷が張っていた。


「あそこ、見なよ」

 前内が震える指を向けた先、とある講義室の前に一際分厚い氷が張っている。壁も凍りつき、所々氷柱ができている。

「アジトか?」

「犯人は現場に戻るっていうからね」


 厳密にいうと斉田が発見されたのは上階なのだが、余計な指摘をする余裕はない。

「うわっ! とっとと」

 月山さんが氷で足を滑らし、転びそうになった。

 ここから先は慎重に進む必要がありそうだ。


「二人とも、膝を少し曲げて……」

 前内の助言で、少し重心を下げて進む。全員スニーカーなのは不幸中の幸いだった。

 なんとか発生源とみられる講義室に辿り着き、開いていた扉から中を覗き込む。

 室内入って右方向は講義室前方――黒板は闇に覆われている。左方向は後方だ。無人のデスクと椅子は薄い霜に覆われている。


 後方の壁――そこに、一人の男が張り付けられていた。


「なっ!」

「うっ! これは……なんという……」

 一緒に覗き込んだ前内も言葉が続かず、息を呑んでいる。

 まるで磔刑に処されるイエス・キリストのようだ。


 全身は氷に覆われ、開かれた口は断末魔の叫びを上げたまま時が止められている。彼は服を着たままで、そのまま冷凍保存されているのだ。あまりの衝撃に震えが止まった。


「ねえ? 何が、あるの?」

 背後の月山さんが室内を覗き込もうとしたとき、軽快に氷が砕ける音が響いた。


 ――ほう。我が冷気がそんなに恋しいか?


 壁に張り付いた凍死体に目が奪われたばかりに、巨大な影が黒板前に佇んでいたことに気づかなかった。

 それが蠢き、一つの輪郭を形作る。

 それは天井に届くほどの背丈をした巨人だった。


  *


「逃げろっ! はやくっ!」

 叫んだ瞬間、身を切るような冷気が押し寄せる。月山さんは俺の叫びを受けて一番乗りに廊下に駆けだした。次いで前内を押し出したが、共に覗き込んでいたので彼女に比べたら出遅れる形となる。結果、俺とほぼ肩を並べて廊下に出る形となった。


「月山さんっ! 君だけでも!」

「そんなこと――」

 とにかく早く逃げなければ――。


「うぐっ!」

「うおっ!」


 次の瞬間、俺と前内は同時に前のめりに転倒した。

 唖然とした表情で見下ろす月山さんと目が合うも立ち上がることができない。まるで足が計り知れない力で押さえつけられているようだ。


「マジかよっ!?」

 足元を見て、忍び寄る冷気に冷や汗が凍り付く。大きな氷の塊が両足のアキレス腱辺りまでを覆っているのだ。前内も同様だった。


「早く逃げろっ!」最後の力を振り絞り、月山さんに叫ぶ。喉に冷気が突き刺さり、たまらず咳込むも構わず声を張り上げる。「君だけでも! このままじゃ全滅だ!」

「でも……でもっ……」

「僕のジャケット、温めておいてくれるかな?」


 前内の言葉を受け止めた月山さんは瞳を潤ませる。決意を秘めた頷きの拍子に涙が零れ落ち、頬を伝う。

「必ずっ! 必ず助けるから! 絶対、溶かしてあげるから!」


 走り去った彼女の残像を思い浮かべながら、徐々に足の感覚が遠のくのを感じる。間もなく大きな影が全身を覆い、意識も遠く凍り付いていった……。

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