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三洲華大学クトゥルフ神話探偵部  作者: 向陽日向
第二章 イタクァの夢
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束の間の甘み

 翌日、驚くべきことに学校は再開された。


 昨日の休校がまるで嘘のようで、構内にはいつもと変わらない風景が広がっている。俺を含め意表を突かれた学生が多く、講義中大半の学生は突っ伏してダウンしていた。教員は昨日のことには全く触れなかった。スクリーン上を右往左往するポインターの赤点を目で追っていたら、いつの間にか二コマ目が終わっていた。


 筆記用具をカバンに入れスマホを見ると、前内からメッセージが入っていた。昼食を取りながら事件について話したいらしい。

 月山さんも一緒とのことで、景気よくスタンプを添付した。いつもの昼食メンバーたちに一言断り、早速食堂に向かう。月山さんがクッキーを焼いてくれたとのことで、自然と足取りが軽くなる。


  *


「被害者なんだけど、どうもクトゥルフを崇拝していたらしい」

 ジャケットを椅子にかけ、緑色のTシャツ姿の前内がそう切り出した。直後、周囲のざわめきにミュートがかかる。


「やっぱり犯人はハスター陣営で間違いなさそうだね」

 淡い青色のワンピースを着た月山さんが耳にかかった黒髪をかき上げる。

 前内は天ぷらそば、月山さんは持参した弁当、俺はカレーライスを食べているが、箸とスプーンはそれぞれ止まっている。


「被害者は理系学科一年生の斉田実(さいたみのる)。どうも彼、この大学に進学したのもクトゥルフへの崇拝心かららしい」


 クトゥルフ崇拝者というだけあり、研究会に姿を見せていても不思議ではない。名前を出せば知っている人がいるかもしれないと思ったが、前内がその案を否定する。

「恐らくだけど、彼は研究会のようなサークルには一切顔を出していないよ。彼の目的は研究ではなくて、崇拝なんだから」

「なるほどね」


 あくまで研究会はクトゥルフ神話をフィクションと捉え、考察などを楽しむ場だ。今となってはノンフィクションになりつつあるけど、それを知るのは俺らと広野先生のみ。それぞれ好みはあるが、崇拝しているとは言い難く、ただお気に入りというだけだ。そんな場に顔を出すだけ時間の無駄だろう。頻繁に顔を出しているが、新参者含めそのようなガチな奴を見たことはない。


「崇拝者仲間とか他にいないのかな」

 ようやく箸を動かし、卵焼きを口に運ぶ月山さん。ゆっくりと咀嚼している間、前内はそばに七味を加える。「しまった!」と小さな声が漏れ、七味が小さな山を築いている。それをほぐしながら続ける。


「いるっぽい。日時を決めて集まり、クトゥルフへ祈りを捧げていたらしい」

 ということは、他の奴らもイタクァのターゲットに成り得ることになる。

「どうして彼だけを殺したんだろうな」


 カレーライスを口に運ぶと、スパイスの風味が口一杯に広がる。これがワンコイン以下で食べられるのだから恐れ入る。

「見せしめだろうね。ここはお前らの縄張りじゃないっていう」


 前内によると、被害者らがクトゥルフ崇拝者らを集めるために使用していた学内掲示板があり、そこでのやり取りから少なくても二十人ほどの崇拝者がいるとのこと。サークルが組めるほどの人数だ。ちなみに現在は閲覧が出来ない。他の奴らが削除したのかもしれない。


「他にも犠牲者がいるかもよ。死体で発見される以外にも、その、末路があるらしいの」

 月山さんは唐揚げに箸を伸ばす。水をがぶ飲みした前内が「良い着眼点だね」と言い、ゴホゴホと咳き込む。月山さんは続ける。


「イタクァに狙われた人は凍死体となって発見されるけど、これは一例で、中には凍てついた炎で足を焼かれ、永遠の時を歩かされる例もあるらしいわ」

 月山さんによると、凍死体となって発見されるだけまだ幸せな方だという。


「死んでもゴメンだね。ゴホッ」

「イタクァならやりかねないな。そして最終的に――」

 ハリ湖に引き出され、あの悍ましい二本の触手に捕らわれるのだ。

 ようやく落ち着いた前内は箸を置いて続ける。


「イタクァによる犯行を裏付ける証拠がもう一つあって、一昨日の夜、構内で大きなヒト型の影の目撃情報があった」

 一昨日の夜――つまり凍死体が発見される前夜だ。学内掲示板に複数書き込みがあったらしいが、肝心の影の主についての書き込みはないとのこと。


「イタクァは恐らく構内にいる。異論はあるかな?」

 俺と月山さんは首を振るしかなかった。


【黄衣の王】から端を発するクトゥルフ神話の狂気とハスターの思惑。見て見ぬ振りなど到底出来ないところまで俺たちは既に引きずり込まれている。

 隣のテーブルで仲良くランチを食べるカップルとの距離はすごく近いのに、その間には見えない狂気の壁が立ち塞がっている。


 胃の中でカレーが弾けて全身が燃える妄想にかられる。そのまま火は足へ――熱さに身悶えしながら懸命に走り出す――しかし炎はなおも強く――やがて冷気が――凍えるほどの冷気を湛えた炎が――不意に――。


「あっ! そうだ。クッキー焼いたの!」

 弁当をしまった月山さんは綺麗に包装されたクッキーの袋を二つ取り出し、俺と前内に渡す。中にはバニラとチョコ色のクッキーが入っている。


「待ってました! シェフ!」

 嫌な妄想を振り払い、早速チョコ味を口に運ぶ。しっとりとしたビターで、上品な後味が広がる。バニラを選んだ前内も上機嫌だ。


「僕には逆立ちしたって無理だな」

「良かったぁ。いつもと隠し味変えてみたの。わかる?」

 二人して黙っていると「そんなんじゃモテないぞ!」と笑われた。


「ニジュウ、もしかして犯人閃いたんじゃないか?」

 生憎、この美味しさを伝える上手い表現すら浮かばなかった。

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