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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

錯乱

作者: 小城

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 庭の隅に、一本の梅の古木が植わっている。春の燦爛たる陽射しを浴びて、ひび割れし、しわがれた茶色の樹皮を纏ったその梅の木は、その昔、私の先祖であった人の誰かが植えたと伝えられている。


 寛政の頃。今と同じく、春の陽射しが照らしていた。駿河府中の城下町の表通りから外れたその一角では、春の訪れを報せるこの暖かい日光でさえも当たることもなく、物の日陰になった敷地に、一軒家が建っていた。それが、私の先祖の屋敷であった。

 そこに住む老爺、即ち、私の十二代前の祖父に当たる御作みつくり善作は、この駿河府中の城下で、町医者をしていたらしい。

 また、彼の妻である小琴おことは、伊勢山田の出身で、善作の友人の娘であると伝わる。それ故、善作と小琴とは、かなり年の離れた夫婦ではあった。


 ある晩の帰り道。善作の往診の帰途、十五夜の月が夜空を照らすなかに、女の姿が見えた。

「(こないな夜更けに女子とは、いと妖し。)」

 善作は、俳諧を嗜む。伝手で借りて和漢の古典も読む。それと相まって、彼の生来の気質故に、彼の思考は、幾ばくか、渾沌として文学的言語によるところが多かった。

「あの……。もし、人違いでございましたらご勘弁下さいまし。そこを行かれるのは、御作先生ではございませんかしら。」

 女は婦人であった。

「いかにも、は、御作に御座る。」

「ああ。僥倖……。神仏の巡り合わせにございませうか。先ほど、先生の宅に参りましたるところ、御留守にございましたので、途方に暮れておりましたところにございます。どうか、今から、わたくしどもの家へ、往診に参られては下さいませぬか。これというのも、娘が、不意の高熱に耐えて、苦しんでおるのでございます。先生。どうかどうか。お願い致します。」

 婦人の必死の懇願に応じた善作は、診察道具をそのままに、案内されるがまま、婦人に同行し、その家に伺候するに到ったのであった。


「これは瘧に御座候哉。」

 善作が連れられて来た家は、彼の自宅からも、程遠くない敷地にある一軒家であった。その家の六畳間の部屋に娘はいた。確かに、娘は熱があった。しかし、善作が思う程ではなかった。

「処方薬を進ぜよう。」

 善作は、漢方の諸薬を渡し、それを煎じた物を娘に飲ませるように、婦人に伝えた。

「ああ、有り難や。有り難や。これできっと娘も良くなることにございましょう。」

 善作は、婦人の家を去った。夜空には、未だ満月の明かりが、暗闇を照らしていたということであった。


 それから数日後、例の婦人が、善作の家の戸を叩くことがあった。

「先生。先生。お願い致します。」

「何事か。」

「先生。娘を診て下さいまし。」

 婦人に請われるまま、善作は、娘のもとに向かった。善作の予想では、大方、再び、高熱が出たのだろうと思った。一度、熱が下がっても、再び、何度も高熱にうなされるというのが瘧であった。婦人は、それを心配したのだろうと思った。しかし、若干の不思議があるとしたら、婦人の慌てようである。発作の波を繰り返すというその瘧の特徴を、婦人が、巷の話に聞いたことがないとは、善作は思えなかった。当代、医者でなくとも、瘧などという有名な病についてのことは、幕府の直轄地であり、人の往来も激しい、駿府の城下町に住む者ならば、聞いたことがないということはあり得ないと、婦人の家に向かう途次、善作は、そう思っていたらしい。


「はて……。」

 婦人の家に着き、娘を看たところ、六畳間の部屋で、娘は、すやすやと眠っていた。体に触って診ても、高熱らしきものはなかった。

「先生。如何にございましょう。」

 道中で、発作が治まったのだろうかと、善作は思った。しかし、善作の家とこの婦人の家との距離はたいした時間をかけることはない。どちらにしろ善作が、今、することは何もなかった。

「発作が起きたら、薬を飲ませなされ。それを何度か繰り返していけば、いずれ完治しましょう。瘧とは、左様な物に御座る故な。」

「有難うござりまする。有難うござりまする。」

 善作は何をした訳でもない。しかし、婦人は、懸命に頭を下げている。その光景は、善作には、滑稽というものではなく、訝しく思えるものであったという。


 その一件から婦人の訪れがやむということはなかった。数日に一度は、婦人は、善作の家の戸を叩いていたし、それが続くこともあった。善作が留守の間は、婦人は、善作の家の通りに通じる表の路上に立っていた。

「先生。後生にございます。お願い致します。」

 その度に、婦人は、娘の窮状を懇願した。然れど、そのいつ度も、娘に変容はなかった。

「(狂人…。)」

 婦人に対する善作の見方が変わっていったのはひと月程の後のことではあった。始めは、婦人に、何か魂胆があるのだろうかと不審の目で見ていたが、娘の窮状を訴える婦人の姿は、どこか常人離れをして、善作には見えていた。しかし、自らの頭脳の中で、善作がどのように婦人を理解したところで、実際の婦人の来訪がやむことはなかった。善作にできることと言えば、大人しく、婦人に付いて行き、何もない娘を診察するか、家に籠もって居留守を使うことぐらいだったと言える。


 半月も経ち、日光の差さない善作の一軒家は、前よりも暗くじめじめとしていた。妻の小琴は家を離れた。伊勢に帰ったのである。このとき、裏通りの一軒家に、善作は、独り暮らしていた。同じとき、善作の身辺には、悪い噂が立っていたらしい。

 通りを隔てたうら若い母娘の家へ、度々訪れる善作の姿は、町の人々にどう見られていたのだろうか。そして、小琴が家からいなくなった原因が、それと関わりがあるのかどうかを、当の善作は知る由もない。善作が知りうることは、ただ、最早、善作のもとへは、患者がひとりも来なくなったことだけであった。

 ただ一人、いたとすれば、それは、あの婦人であった。

「先生。今宵も、また、お願い致しまする。」

「ああ……。左様か。今、支度する故、お待ち下されよ。」

 急患の訴えではあるが、善作の態度は悠長である。善作が行こうと行くまいと、患者の様子は、一向に変わることはなかった。昼間は、娘は起きていて、六畳間の畳の上に座っており、夜間は、布団で寝ている。そんな娘のどこにも病の片鱗を診ることはない。それでも、善作は、婦人の懇願に従い、診察を始める。そして、また、誰も来ない裏通りの一軒家へと帰って行くのである。


 そんな御作善作は、あるとき、庭に梅の木を植えた。それは、どのような気持ちからだったのだろうか。私には、その彼の気持ちが、幾ばくか、分からなくもない。

 昔と今とは、家の造りも敷地も変わってはいるが、その梅の木だけは、彼が植えて以来、成長を続けて、幸いにも枯れることなく、今に至っている。

 御作善作は、私の先祖ではあるが、実際に血は繋がっていない。系図の上では、彼は、妻と離縁した後、新たに、いずこかから養女を迎えたとも、自らが養子に入ったとも伝えられていて、その末裔が、私なのであり、庭の梅の古木を剪定しながら、私は、今、そんな彼の人生に思いを馳せているのである。

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