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暗闇に黒猫ー第二章ー  作者: Rask
3/4

捜査開始

「さて、我々の任務は此れより始まった訳だが」犬養から受け取った資料に一通り目を通したらしく、アレグは手に提げていたアタッシュケースにそれを仕舞った。

「車を使いますか?」

「いや、捜査は脚で行うものさ」

黒には以外だった、何故なら解決に早さを求められるものだと思っていたからだ。

「車での移動は手段として小回りが効かないし、()()()に気配を悟られ易いからね」

「では、僕はどうすれば良いですか?」

「避見の外套を纏って僕の護衛と、君の意見も欲しいな」そうアレグは言った。

「分かりました」

「それと、実は私はあまり魔術の才能が無くてね、耐暑耐熱の類いの魔術が使えないんだ」

アレグは少し残念そうにして自分の纏った外套を脱ぐとそれもアタッシュケースに仕舞い込んだ。

「だからスーツ姿で行くしかない、汗だくでバテてしまうのだけは何としても避けたいからね」


二人は本部から出ると、手始めに候補の一つの場所へと辿り着く。

繁華街の裏路地付近に建ち並ぶ怪しい店々(みせみせ)、食欲を満たした人間が、特に大人が酒や女を満たす様な場所だった。

「明らかに怪しい店ですね」

「ははっ、どの時代どの場所でもこう言うものさ、怪しい情報は怪しい場所に集まる」

『Hide Out』(隠れ家)と言う看板の出た店を見上げる。

巨漢の門番が二人入り口で構えていた、黒はアレグの後を追って進みながらも腰に帯刀した刀の柄を強く握り締めた。

「待て」

二人の大男の片方が手を前に出して黒達を制止する。

「黒君、どうやら避見の術は解いた方が良さそうだ」

「はい」

どうやら黒達を止めた方の男には、魔術か操気法の心得が幾ばくか在るらしい、黒が外套に編まれた術を解術する。

「用向きは?」

大男は驚いた顔もせずにアレグの方へと訊ねる。

「そちらのオーナーに少しお話を、と思いまして」

「セールスなら御断りだ、帰りな」

アレグは微笑みながら左腕の袖を少しめくると、それを男の方へと見せる、すると急に血相を変えた。

「な、此れはとんだ失礼を!」

黒は斜め後ろに立っていた為に、アレグが一体何を見せたのかは分からなかった。

態度が急変した大男が扉を静かに開け放つと、アレグは黒の方へと微笑んで「さぁ、行こうか」と言った。

店内は薄暗いが間接照明でやんわりと照らされていて、黒色のシックなバーカウンターと綺麗に並べられた木製の茶色い客用テーブルと白いソファーや椅子、そしてBGMには落ち着いたジャズが響いていた。

黒が想像した倍、いや、それ以上に和やかな雰囲気が予想外で驚いた。

店に入ってきた二人を見て、黒よりも歳上の御姉さんであろう三人組の女性が話し掛けてくる。

「あら、見ない顔ね異国の色男と、そっちは可愛い坊やね」

色男と可愛い坊や、どうやらアレグと黒の事らしい。

「んふふ、かーわわぁ!お名前は?」

もう一人の女性も、黒に興味津々と言った雰囲気で構ってくる。

「えっと、あの…黒と申します」

黒には斯言(こういう)経験があまりにも無かったので、明白(あからさま)にしどろもどろとする。

「良いねぇ黒君はモテモテで、羨ましいなぁ~」

そんな様子を察したのかアレグが割って入る。

「あら!御兄さんの方も十分色男よ?」

女性達は拗ねている様な姿を見て、微笑みながらアレグにそう言った。

「本当かい?それは御世辞でも嬉しいなぁ!!」

大仰に喜んで見せるアレグ。

「んで、あんたら何の用で此処に?」

バーカウンターを挟んで奥の方に居た金髪で太った男、バーのマスターらしき者から声を掛けられる。

「此処の()()()()に少々用が有りましてね」

「ほぉう…まっ門番のあの二人が入れたんだ文句は無いがねぇ」

マスターは怪訝な顔をしながらも言う。

「御協力、有り難う御座います」

「付いてきな…」

マスターが同行を促すと、黒はアレグの後を付いていくように奥へと進む。

後ろから女性達に「またねー」と声を掛けられて黒は小さく礼をして返事をする。

「御前さん等がオーナーとどう言った関係かは分からねぇ、だが、あの人は並みの人間でどうこうなる相手じゃねぇからな」

店の奥の廊下を小さい厨房を横切って抜けると、とある一室の前に辿り着く。

ドアの脇に取り付けられた、インターフォンの様な装置のボタンを押し、暫し待機すると男の声が発せられた。

「何だ?」

「オーナーに会いたいと言う客人ニ名です、門番が通しました」

「分かった、通してくれ」

許可が降りるとドアの施錠が解かれる音がしてマスターが扉を開け放つ。

黒く煌めく革のソファと黒檀で設えたテーブル、薄暗いライトに照らされた部屋、床にはジャガーの毛皮が敷かれ壁には鹿の顔を剥製にした壁掛け、白く塗られた金属棚の上には高級そうなウィスキーや日本酒と常温保存の赤ワインで色とりどりに飾られていた。

その部屋に居たのは一人の日本人の男だった。

「やれやれ…客人と言うから招いてみれば…」

鋭く二人の方を見つめると険しい面持ちで続ける。

「まだ生きてたのかテメェ…」

「ふふ、久しいですね」

明白に不機嫌そうな男とは対照的に、アレグはにこやかにしている。

「場合によっちゃあ騒がしい事になるぜ?」

男は懐から一丁の拳銃を取り出してアレグの方へと構える、黒から見れば此の両者のやり取りは極めて険悪だ。

黒は扉の方へと少し意識を向けるが退路には既にショットガンを携えたマスターが構えている、黒は無意識に柄頭の方へと手を向ける。

しかし、黒は此処に入る前にアレグから言われた事を思い出した。


「此れから会う相手は、もし何があっても刀を抜いてはいけないよ、まぁ黒君自身に危険が及ばない限りね」

「何があっても…ですか」

「ああ、例え僕が射殺されようがね」

「なっ!?それはッ…」

衝撃的な言葉に黒は一体何故かと追いの句で聞き返そうとするが、アレグは既に前方の門番達の元へと向かってしまった為にそれは叶わなかった。


「そこの少年が新しい相棒か?君には悪いが俺とそいつはあまり浅からぬ因縁があってね巻き込んでしまって悪いが…」

「はは、律儀な所も全然変わってませんねぇ…」

五月蝿(うるせ)ぇッ!俺は退役条件を満たして真っ当に組織から抜けた筈だ、規約に則って機密も漏らしちゃいねぇ!なのに何故今更になって御前が此処に来た!?」

会話の内容から黒にもおおよその見当が付き始めた、どうやら相手はアレグとの過去の仕事仲間であり、今回は天魔人局からの使いで来たと勘違いされているらしい。

「それは重々承知してますよ」

「ならッ!」

食って掛かるように怒鳴るがアレグは意に介さずに話す。

「確かに天魔人局からの仕事で私は来ましたが貴方について調べ上げていたのは我々では無い」

「何だと!?」

「此方の黒君が所属する公共安全秘密機関・干支志士からの情報ですよ、距離国境を差し引いても我々から完全に断絶しおおせた貴方の情報まで完璧に把握されている、此の国の諜報部も大したものです」

志士に対する称賛の色も混ざる言葉で説得する、男は空いている方の手で頭を掻き毟り考える。

「クソッ、情報の出所に関しちゃ分かったよ」

「それは良かった」

「んで?俺にどうしたら良いって言うんだ?()()()

男は銃を下げて懐へと納めると早速聞き出す。

「相変わらず君は理解の早い男で助かるよ」

男は扉の前に立って居たマスターに手を挙げて合図を送ると、抱えていたショットガンを下ろしたまま静かに退出して行った。

「君には情報提供の協力、及びその件での活動の支援を願いたい」

「支援ねぇ…」

「無論支援というのは捜査の為の情報網共有等だが、荒事になってしまった場合は君にも力を貸して貰う可能性がある」

「ハッ、俺は勿論だが此の店には腕っ節の強さが自慢の奴も居るから構いやしねぇさ、だがな…」

男は舐めるなと言わんばかりの誇り顔で言い切ると、最後に睨みつける様に眼光を鋭く走らせて続けた。

「それで俺らにメリットがあんのかよ?」

「ふふ…確かにそうですね、一つは(かつ)ての相棒との懐かしい思い出話に一花咲かせ…」

「却下だ!」

一喝で一蹴する。

「おや恐い」

「巫山戯るのも大概にしろよ?此方はやっと自由を謳歌出来る身になったんだ、下手に首突っ込んでおっ()にたくはねぇんだよ!」

「先程の冗談はさておき、貴方方の身元を認可する良い機会になるかと」

「半分脅しじゃねぇか」

「それに、我々とて皆を危険に晒したい訳では有りません、貴方に本の少しの間だけ現役を思い出して頂きたいんですよ、錬」

「くッ…」

「既に組織を抜けた貴方を巻き込むのは(いささ)か心苦しいですがね…」

「良く言うぜ、分かったよ手を貸してやる、だが!」

「!?」

錬と呼ばれた男は少し不服そうだが承諾するが、続く言葉がまだ有る様だ。

「まだまだ対等とは言えねぇ条件だ、だから此方も要求を一つ増やす、今後の貸しを一つ」

「志士に貸しを?」

「ああ、貸しはどんな形にせよ何時か返せよと、犬養に伝えとけ」

黒は此の男の口から犬養の名が出た事に驚いた。

「分かりました、私から犬養さんに掛け合って約束を取り付けましょう、何としても…ね」

アレグは不敵ながらも自信のある言葉で約束をした。

「ふ…、御前はさっき俺に全然変わって無いと言ったが、その言葉はそのままそっくり返すぜ」

二人の奇妙な信頼を感じて黒は不思議な気分だった。

「下らねえ挨拶に巻き込んで悪かったな少年、俺は(おうぎ)(れん)って言うんだ」

黒の方へと手を差し出しながら自己紹介をする。

「僕は、末神黒と申します」

黒は握手を交わしながら「扇」と言う名に一つの心当りが思い浮かぶ。

「扇…?」

「ん?ああ…御前さんの予想通り、俺は武家五大名家の一つ、扇家の人間さ、とは言ったものの…既に御家の御威光は廃れさり、肝心の後継ぎは此の様さ」

疲れた様な溜め息混じりの言い方だった。

五大名家は時代の潮流によって様々な境遇へと置かれる事となった、そして、その影響を及ぼしたのは干支志士と言っても過言では無かった。

「扇さんは…今も御家の復権を?」

繊細な話題に黒が慎重に訊ねると、錬は一瞬呆気に取られたような顔をして黙り大笑いした。

「復権?そんな気なんて、無い無い無い」

大きく(かぶり)を振って否定した、黒は思ったよりも軽い答えが返ってきて拍子抜けした。

「元々俺には選民思考みたいな名家の矜持みたいな考えが遠くてね、寧ろ嫌悪していると言っても良いくらいだ」

そう言って扇錬は昔話を少しした、扇家に産まれた彼は程無くして母親を亡くした。

当主、要するに錬の父親は当然の如く幼少の身である錬に武芸を厳しく躾けた。

「五大名家の夕霧家だっけか?あそこは女性の血筋に力が発現する女系の一族だと聞く、女性の方が強い家柄なのだろうな、だが扇家はその真逆でな…男の権力こそが一番であり絶対だったのさ」

扇家にとって、錬の母親と祖母は余り良い待遇とは言えなかったらしい。

そんな錬を優しく面倒を見て、母親の肩代わりをしてくれていたのが祖母だった。

「祖母はとても聡明な人だった、常日頃から俺に力を持つ事は何たるかと、力持つ者の責務とは何かと、子供の俺を適度に甘やかしながらも説いてくれたのさ」

父から技量を育てられたが、錬の精神を育てたのは間違い無くその祖母だったらしい。

「そんな祖母も、俺が十五になる頃には亡くなってしまった、そしてその年に俺の腕前は免許皆伝と認められるまでになったのさ」

錬は厳しい修行を父の元で重ね若いながらも達人の域に達した、最年少でそれを成し遂げた錬に周囲は称賛と僅かな嫉妬の目を注いだ。

「その頃の心境を思えばそんな事は俺自身どうでも良かったし、無論、父も自分の子であり自分の教えの元なのだから()()()と喜ぶような人間では無かったな」

そして、唯一の寄る辺を喪ったとも言える錬は出奔した。

最初は国内で姿を眩ませ各地方々を転々としていた、自分の腕を買ってくれる人間の用心棒を務めたりして生計を立てたのだ。

「その頃は俺も若かったからな、よくガキだと舐められていたが、そこで一番の腕っぷしを叩きのめせば途端に手のひら返しさ」

そんな生活も一年もすれば限界が近くなった、扇家の捜索の手が徐々に回ってきたからだ。

雇い主の御頭に出立の見送り金を貰い、錬は国内からの脱却を目指した。

「英語に関しちゃ、からっきしだったが背に腹は代えられ無かったのさ」

錬は裏稼業の伝に頼り、国外逃亡専門のコーディネーターから偽造パスポートと当面の外貨を用意して貰った。

何の宛も無かったがコーディネーターから面白い話を聞いた、「何やら腕利きの人材を求めている組織がある」だとか。

代理で来歴を送って貰い、実技のテストを受けて錬は合格した。

「DAPBは前年に能力者達による大規模なテロ活動が行われて人材的損失を被っていてな、言い方は悪いが出処不明新参者の俺にとってはタイミングが良かったんだ」

本来ならば国防や内務に関して、自国籍の無い、ましてや来国したばかりの人間が務められるような仕事では無かった。

しかし、錬同様で背に腹を代えられない事情が先方にはあったらしい。

錬は居住する場所を与えられ、諜報部へと配属させられる事となった。

「それからだったな、コイツとの腐れ縁は」

錬はそう言って、アレグの方を指差す。

DAPB(天魔人局)では、干支志士の様に主力となる人間達の他に外部から取り入れた異能力持ちの人間が居る。

干支志士では各々が部隊を編成し適材適所の任務へと派遣されるが、DAPBではバディ制と言って二人一組の基本形を作る。

英語を話せない為にコミュニケーションを取り辛い錬だったが、彼の能力を買っていた組織はアレグと組ませたのだ。

アレグは当時から熱心に日本語の勉強をしていて、その時はまだ片言の語り口であったが錬とコミュニケーションを取れる数少ない人間であった。

同年代だった事もあり二人は直ぐに打ち解けた、そんな二人が命懸けの仕事をこなしていく上で兄弟同然の関係になるのは不思議ではなかった。

「だから私達は義兄弟の証としてタトゥーを入れたのさ、昔にね」

先程の様に袖をたくし上げて黒に見せた。

(成る程、さっき門番達に見せていたのはそれだったのか…)

アレグとは対照的に、錬は余り感心するような雰囲気では無かった。

「あんまり人に見せるもんじゃねぇけどな…」

二人のタトゥーの形は理知的だが凶暴そうな犬の顔だった、双頭のオルトロスの頭を片方ずつ象っている。

「ともあれ私達はそう言う間柄なのさ」

「まぁ、同じ釜の飯を食ってたって事だ」

それほどの信頼関係であれば、この件も信用に値すると言う事だろう。

「んで、要件は失踪した構成員の情報だろ?」

「ええ、御願いします」

「今のところ御所望の情報は持っていないから、暫くは探りを入れる必要がある」

「そこら辺はお任せしますよ」

「相変わらず人遣いが粗いねぇ…」

扇錬の協力を取り付けた二人はその場を後にした。

その後、もう一つの手掛かりの情報を宛にして訪れたが目ぼしい当たりも無かった。

そして、数日間アレグと同行して調査をしたが錬からの報告が来るまで進展しなかった。

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