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暗闇に黒猫ー第二章ー  作者: Rask
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捜査員・Alexander Williams(アレグサンダー ウィリアムズ)

「良かったらゆっくりして行ってくれ」と清源に勧められたが、黒は結局丁重に断って帰る事にした。

犬養の言っていた英国からの調査協力の件を進める事と、此れは内に秘めた事だが神無と会えないならば、今自分に出来る事をと思ったのだ。

側使いの男に導かれ広い廊下を抜けて玄関口まで行くと、やはり行きの時の二人が各自手錠と目隠しを持って待機していた。

「あ、やっぱり帰りもですか…」

黒がそう聞くと二人は頷いた。

「はい、御願い致します」

「はい、何時かは要らなくなるとは思いますが」

男の方は丁寧に答えて、女の方は分からない答えを返してきた。

「は、はぁ…」

素直に帰りにも同じ様な手順を踏んだが、今回は自分の足で歩いて連れられた。

移動に際して幾つもややこしい工程を挟む為、黒が志士本部へと送られる頃には既に日が暮れ始めていた。

犬養の事務室へ向かったが既に犬養は出払っていて、机の上には言付けの紙と一組み一本ずつの刀と脇差しが置かれていた。

『黒よ、御前さんには新しい刀が必要だが、用意出来るまでにそれを携えておけ』と書かれていた。

黒はアランとの戦いによって思い入れのあった無銘刀を失った、師匠から譲り受けた物で御守の様な存在であった刀だ。

だが、何かを守る為に散った愛刀であり、自分にとって命運を分かつ御守で合ってたのだろうと黒は思った。

新しい刀と脇差し一組を腰に装備し、黒は「よしッ!」と意気を込めた声を出す。

任務に備えて取り敢えずの用意を済ませる為に、廊下へ出ると、そこには見知らぬ男が立っていた。

「やぁ、君が黒君かい?」

その男は金髪碧眼で、すらりとした背高い身体にスマートな灰色スーツ、その色白の肌は絵に描いた様な異国の人間だった。

「そうですが…貴方は?」

相手の雰囲気に黒は予想が付いていたが、取り敢えず素性を聞き返す。

「おっと済まないね、私はイギリスのDAPB、此方では通称・天魔人局が合ってるかな」

DAPBとはDevils(魔属)Angles(天属)people(地属)bureau(局)の略だ、主に干支志士と似た様な仕事に努めている。

「私はそこから派遣された捜査員、アレグサンダー・ウィリアムズだ、アレグやアレク、アレックス等好きな呼び方で呼んでくれ」

にこやかに手を出され、黒は握手を返す。

「えっと、僕は末神黒と申します」

とても流暢な言葉で喋るので黒は面を喰らった気がした、それに、アレグが思ったよりも砕けて親しみやすそうな性格だったのも黒には衝撃的だった。

「ふむふむ…」

「ど、どうしたんですか?」

顔合わせの挨拶も軽く終え、何やら険しい顔で黒を覗きこむアレグに、黒は疑問を持つ。

「ああ、いやいや深い意味は無いんだ、君があのアランをやったと聞いてね、アランは此方でも手の焼く存在だったから、そんな大物を君が、と関心を持って見てしまったのだ」

「その件はそちらにも伝わっていたのですね」

「国際的な時代となった現在、今や国家間では協調と協力が重要、今回の件について詳細を除いてだがそちらから報告して頂いたんだよ」

「そうだったんですね、アレグさんも一連の内容は御存じなのですか?」

「勿論さ、しかし例えもし此方に不利益な事を隠しているのであれば、我々にも腕利きの諜報部が存在する、甘く見ない方が良いと一組織の人間として忠告しておくよ」

和やかな雰囲気は一変しアレグの目が少し真剣味を帯びる、表情は柔和なのだが目の奥は笑っていない。

「まっ!とは言え私は()()()()の真面目共とは違うからね、部署違いだからどうでも良いさ」

アレグはそう言って掌をヒラヒラと振るう。

黒はアレグ対してかなりの圧を感じたが、その後の雰囲気を感じるに、アレグの性格をとても気に入った。

「僕はアレグさんの任務に全面的に協力致しますよ」

「ああ、とても頼りにしている」

そして黒は改めてアレグに尋ね直した。

「して、その任務内容は…?」

「そうだったね、先ずは本題に入ろうか」

アレグは懐から端末を出し、黒に見せながら切り出す。

「先日、君達とアランの事が及ぶ前の話だ、我々の組織から失踪者が出てね」

そう言いながら液晶をつつき指差す、そこには一人の男の顔写真が写っていた。

「彼は諜報部の人間でね、元々精神感応型の力を有してる人間だった」

「はい」

黒はアレグの説明に真剣に聞き入り相槌を打つ。

「性格は比較的内向的で、兎に角真面目だったそうだとか、まぁ私は捜査の人間で彼とは部署が違う、一度も話した事は無いから本当の事は分からないがね」

アレグはそう言って、「ヤレヤレ」と言った雰囲気で端末を懐に仕舞い直した。

「私個人の見解は別として、組織はその二つが関連していると考えている様だ」

「アレグさんは違うと考えているんですか?」

「ははっ黒君、私の個人的な判断なんてどうでも良いものさ、僕達は上の指示で事件を追い、情報や証拠を集めて解決していく、それだけなのさ」

アレグは少し諦めた様な表情でそう言うが、黒はそれに同意するしか無かった。

「犬養さんとは話されたんですか?」

「ああ、犬養さんは今日付けで此方での臨時上司となっている、黒君を私の相棒に当てたのはあの人だよ」

どうやら犬養と既に色々と打ち合わせはしてあるらしい。

「志士の方もある程度内見して構わないらしい、だから視察も半々って所かな」

「そうなんですね、なら僕で良ければ多少の案内をしますよ、機密を守っての範囲内でですが」

黒の申し出にアレグは嬉しいと思った。

「私もその辺りは分かっているさ、もし逆に君がDAPBに来訪する時があれば、私が案内を名乗り出よう」

アレグはそう言って黒の眼を紳士的に覗き見た。

「さて、今日の所はここまでだ、また明日忙しくなるからゆっくり休んでくれたまえ」

二人が別れた後、黒は少しホッとしていた。

(思ったよりもやり易そうな相手で良かった…)

正直の所黒には少し不安があった、任務をやっていく中で性格の相性や認識のレベルの相互共通は大事だ、常に命を懸けた戦いを迫られる身としては最重要と言っても過言では無いであろう。

黒も自宅へ帰る事にすると携帯端末に着信が入る、普段はプライベートモードで着信など皆無に等しかったので結構驚いた。

(僕の携帯に連絡?珍しいな…)

何の気も無く呼び出しに答えると、聞き慣れた声がした。

「もしもし…あっ!黒君!?」

初めて電話越しに聞く神無の声、黒はその返事に応える。

「もしもし、僕だよ!」

「良かったぁ!黒君が無事に退院したって聞いて安心した」

それはとても安堵した様な声だった。

「ははっ、僕自身でも良く分からないけど、特に重要な治療も必要が無く終わったらしくて、意識が戻ったら呆気なく出れたよ」

「ええっ!?本当にそれで大丈夫なの!?」

神無は驚いて心配した声で黒に聞いたが、当の本人がピンピンしていると自己宣告するものだから、余りしつこくは尋ねなかった。

「あ、それでね…御父さんからも黒君の話が挙がってきてね…」

神無の言い方が少し気恥ずかしさを纏って吃り口調になる。

「ああー…御義父さんからは何て?」

「えっと!私達の将来について…?」

黒は清源に神無に対しての気持ちを吐き晒した、清源はその事に対して少なからずの色を付けて話したのだろうと黒は予測した。

(確かに僕が抱く神無への気持ちは正しく合っているのだが、何やら清源さんが神無に伝えた話は段階を幾つかすっ飛ばしてる気がする…)

「えっとね、僕は清源さんが言っていた様に、君の事が…」

「はい」

何とかして正直な想いを打ち明けようとするが、黒は此れまでに無い程の緊張と、出処不明の恐怖感が襲ってくる。

「その…ね」

黒が何時も以上に慌てている様子なのを、神無は少し可笑しくも可愛く感じてしまい、少し意地悪くニヤニヤしてしまう。

「分かりました、ならば私から!」

「い、いやいや!待って待って!!こういう事は僕から言うよ」

黒が思い切りの良い神無から切り出すのを慌てて制止する。

「分かりました」

「その…だから!僕は神無の事が好き…です」

「はい、私も黒君の事が好きですよ?」

黒が意を決して言ったのに対して、神無の方は臆面もなく返事をした。

「その返事を聞いて安心した」

「そうでした、黒君に話す事があったんだ!」

そして違う話題を切り出す。

「暫くは、直接会えないかも」

「そっか…」

黒はあからさまに残念な声で返す。

「ふふ」

「どうしたの!?」

急に笑った神無に黒は疑問を投げた。

「いえ、素直に残念がる黒君が少し可愛いなと」

その言葉に黒は顔が紅くなり慌てて言い訳をする。

「いやいや、僕も此れから色々とやらないといけない事があるしぃ!?仕方ない事は仕方ないさ!」

少し強がりの様だったが取り繕う。

「まぁ!黒君は私と会いたくなんかないんですか!?」

神無が大袈裟にそう切り返すと、黒は慌てて直そうとする。

「いや、そんな事は…」

その反応にまたも神無は楽しそうに笑うと言った。

「ふふふ、冗談ですよ、暫く会えなくて悲しいのは私も同じです、だから…」

神無は心中を吐露する。

「こうやって、また電話をしたいな」

「ああ、そうしよう」

清源さんの話や此れから一緒に行きたい場所等、二人で他愛無い話を幾つかして、緩やかな時が経っていく。

「黒君が頑張っているように、私も頑張らなくちゃ!」

詳しい内容は伝えられないが、此れから黒がやろうとしている事を神無は何と無く察している様だった。

黒が携わる仕事は常に死の危険が付き纏う、だからこそ御互いに全力で生きると誓う。

「じゃあ」

「うん」

そう言って黒は通信を切った、此れから自分がすべき事「何に対しても正面から真っ向にぶつかるのみ」だった。

翌日の朝、7時頃になると黒の家に来訪のベルが鳴る、玄関を開けると既に身形の整えたアレグが立っていた。

「やぁ!」

「早いっすねぇ」

黒は驚きと少し意外だと言う雰囲気で言う。

「どうだい!此れ、私でも似合うかい?」

そう言ってアレグは黒い外套をヒラヒラとさせる、どうやら志士の格好に合わせて用意して貰った様だった。

「とても似合ってますよ、と言うより似合いすぎてる気が…」

流石洋風紳士だ、寧ろ日本人の風体の志士達よりも彼の方が外套が似合っている。

「本当かい!?やった!!」

黒の誉め言葉にアレグは無邪気に(はしゃ)ぐ、黒はアレグに対して何故か既視感を覚えた。

喜んでいるアレグを見ながらそんなことを思い少し考えると、黒は何か思い付いたかの様に声を出す。

「ああ、だからか…」

「!?どうしたんだい?」

「あ、いえ、此方の話です…」

既視感の正体、それは犬養の様な人懐っこさと話し方の柔らかさによるものによっての気がした。

「そう言えば、僕の家にどうやって来たんですか?」

「犬養さんが手配してくれたんだ、それで玄十郎さんに車で送迎して貰ってね」

「成る程」

それから黒が簡単な外出の用意を整えて出発する事となった。

「御早う御座います」

「玄十郎さんも、御早う御座います」

何時も通りの挨拶に何時も通りの返答をする。

一度志士本部に寄ってから任務を始動するのかと思い、黒は道中で尋ねる事にした。

「本部で情報の確認と整理から始めますか?」

「?」

黒が真面目に尋ねるがアレグはそれに対して驚いた顔をする。

「いや、先ずは志士の方を見たくてね」

アレグは、さも当然かの様にそう答えた。

「ああ、見学の方ですか」

黒としては内心拍子抜けだった、それは直ぐにでも任務について進行させると思っていた為だ。

「どうやら、期待違いだったかい?」

黒の返答にアレグは確認をする。

「いえ!ただ、自分事で恥ずかしいのですが…最近になってやっと自分の役割について理解したと言うか…」

「ほう」

アレグは黒の強い意志を感じて感心する。

「君の気持ちは重々承知したよ、無論私も任務について忘れてしまった訳では無いよ、ただ…」

「?」

意を決して何かを言わんとするアレグに、黒は静かに耳を傾ける。

「どうしても志士の場所を見たくてねぇ!私は元々日本の文化が大好きでね!言葉を学習し何度もプライベートで日本に訪れたんだ、だからこそこうして君と任務をする為に派遣される事になったし」

「えっ!?」

黒は、急に熱くなって矢継ぎ早に語り出すアレグに、驚きと戸惑いを隠せなかった。

「特に私はサムライブレード、日本で言うカタナだね、あれを扱う戦士達の格好良さに痺れてねぇ、しかしそれが一般的に行われていたのは今はもう昔、一世紀半程も前だと言うでは無いか!」

アレグは、当時のショックをそのまま表すかの様に愕然とした表情をする。

「だが、それがどうだい!今尚私の憧れたサムライブレードを持ってして戦う者達がいると!そんな者達の集まる組織があると!」

アレグのその顔は、真に好きな物を語る人間の表情だった。

「だからね黒君、私は君自身にも興味を抱いているし期待しているのさ」

黒はアレグの期待の目を真正面から受けると共に少しの重圧を感じた、(アレグさんの期待に応えられる様な自分で居られるのか…)と。

「そういう事であれば、僕もアレグさんのお役に立てるよう尽力しますよ」

だが黒自身も、誰かの為に何かをすると言うのは悪い事では無かったから快く承けたのだ。

「とても嬉しいよ、心強いね!」

そんなやり取りの後に、二人は志士の本部へと到着した。

何時もの様に地下へと行く道中、受付にて携帯端末で表示した身分証を提示する。

「お早う御座います」

と言うその挨拶に

「お早う御座います」と丁寧に返す黒と

「やぁ、お早う」と笑顔でフランクに返すアレグ

受付の女性が二人分の確認をする、既にアレグの事は連絡がされており特段の問答も無く通された。

「可愛らしい女性だね、今度食事にでも誘いたいな」

「あの方、既に御相手いますよ?」

「何と!それは残念だ」

アレグは廊下を歩きながら残念そうにそう言った後、少し考えてから閃いた様に切り出す。

「黒君も年頃だが、パートナーは居るのかい?」

「えっ!?」

突拍子もなく矛先が自分に向けられ黒は驚く。

「ま、まぁ居ますけど…」

「ほう、ならば是非今度お会いしたいね」

にこやかにアレグは言う、黒はこんなアレグの社交力に感心した。

二人はそんなやり取りの間に一つの場所に着く。

「此処が食堂ですね、まだ準備中ですが十時頃から営業します」

黒がまず案内をしたのは食堂室だった、此処は大ホールに幾つかの長テーブルと椅子が置かれており、テーブルには等間隔に調味料と水差しが配置されている。

「少し昔までは無料で食べ放題だったんですが、経費削減と人によって食べる量の差が大きく違うとの事で各自有料での食事処に変わりました」

「へぇ!」

「まぁ今も大食漢の人間には割引とかしてサービスしてるみたいですけどね、此処の従業員の方々も非戦闘員ですが勿論志士の血族の関係者です」

「是非食べてみたいね、特に私はラーメンとカツ丼を食べたいんだが、此処にもあるのかい?」

「日々此処で働く色々な人が来ますからね、豊富なメニューの中にもその二つはちゃんと有りますよ」

「やったね!」

そんな黒の言葉を聞き、アレグは小さくガッツポーズをする。

「あれ!?黒君?久し振りー」

そう言って駆け寄ってきたのは一人の女性だった、銀髪長髪で体格は中背にグラマラスと言い表した方が良い様な身体つき。

その女性はおっとりとした顔付きで左目の小さな泣き簿黒が特徴的だ、世の男の大抵の者が魅了されるであろう。

「未雲さん、お久し振りです」

黒はその「未雲」と言う女性に御辞儀をする。

「あっ!御免なさいそちらの方に御失礼を!」

黒の隣にいたアレグを見ると、慌てて非礼を詫びて御辞儀をする。

「いえいえ!私こそ新参なので挨拶をしなくてはいけないですよ」

アレグも英国紳士風に軽く会釈をする。

「えっと、彼女は未雲(みくも)(はる)さんと言って、八番隊未の副長の方です」

黒は未雲の方へと手を差し出してアレグに紹介する。

「隊を率いる立場の方だったんですね、何と言う非礼を…」

畏まって悔いるアレグに、未雲は顔を真っ赤にしながら慌ててフォローする。

「そっ、そんな、私なんてほとんどただの隊長の身の回りの世話人みたいなものですので!お気になさらないで下さい!!」

常に静かで浮世離れした隊長の未神零とは対照的に、暖は人間味と愛嬌がある雰囲気だった。

「で、此方が僕と暫く仕事を進行する英国の天魔人局から派遣されたアレグサンダー・ウィリアムズさんです」

先程の暖を紹介した時と同様に、手を差し出してアレグに向ける。

「アレグ、アレク、アレックス好きな愛称で呼んでいただけると」

アレグはにこやかに笑顔を向けて言った。

「アレグさん!宜しく御願いします!」

重ねて深々と礼をした。

「暖さんと御会いするのも確かに久し振りですね、御忙しいようで…」

「そうなんですよ、今日も患者さんの食事の打ち合わせに此処に来たのですが、此れから隊長の書類関係の業務の代理と、隊長に新しい御弟子が出来ますのでその準備をと!」

「未神先生に弟子が?」

「そうなんです!なので私此れから姉弟子になるので楽しみで楽しみで」

暖の顔は自信満々と嬉しさの入り交じった表情になっていた。

「と!いけませんそろそろ私も行動しなくちゃ、久し振りに顔を合わせられて良かったですよ黒君」

にこにこにと嬉しそうに話してくれる暖に黒はありがたく思いながら返事をした。

「はい、僕も暖さんが御元気そうで安心しました」

「では、アレグさんも御元気で!」

そう言ってアレグにも声を掛けて、急ぎ足で厨房の方へと姿を消していった。

「とても良い娘だね」

「因みに、暖さんはフリーですよ」

「何と!」

アレグは嬉しそうに驚いた。

続いて、二人は食堂を後にして修練場へと出る。

広く間取りされた体育館の様な空間と、植林され人工的に作られた山林部の様な部分がある外の空間。

此の場所は志士達が自身の腕を磨いたり、兵器運用のテストや外来部隊の演習にも使われる、基本的に志士の秘匿とする修練が優先で兵器運用テストや外来部隊の演習は後回しになるが、どれも日々過酷な任務をこなす為に必要なものとなっている。

「此処は修練場です、此処では志士の者が自己研鑽を目的に修練したり、志士周りの組織も此処で訓練やテストをします」

「ほうほう」

アレグは屋内場から強化ガラスを通したその先、ドーム場の大部分になっている野外の方まで見渡す。

「面白い…」

「何か気になる事が有りましたか?」

「ああ、無論我が国にも似たように訓練などを施す場所があるが、此処までの規模を兼ね備えた場所は設けられていない、基本的に事前に準備し確保された場所に遠征する形だな」

「それは多分秘匿性の問題、ですかね」

アレグの指摘に応えて解説を入れる。

「志士は特に一般人への周知を回避しようと重きを置いてきましたから、勿論諸外国の特殊能力を持つ勢力への警戒も含めてですが…」

志士が此の国の防衛や国政の為の仕事に関わるのもあるからだ、無論中心的なのは上層部の識者と権力者であり末端の事ではあるが。

「確かに本拠地に大掛かりな施設を用意すれば機密保持には良いか…」

納得するアレグに黒は更に付け加える。

「ただ、それに伴ってやはり幾つかの短所もありますね、先ず一つに限定されている場所なので大人数の活動に不向きです」

「とても広大に見えるが…」

「いえ、各部隊の隊長・副隊長クラスが十人程で縦横無尽に暴れまわればこんな場所も一瞬で手狭になりますよ」

「そりゃまた、恐ろしいね」

「そして、二つ目に環境が常に同じ条件に保たれている為に、外でやるような多様な地形や環境を想定した訓練にはなりません」

「確かに、戦闘に於いて実戦はどの様な条件下で行われるかは分からないからな」

至極真っ当な意見にアレグは頷く。

「そして、もう一つが維持費用の問題ですね、此れ程の土地を戦闘訓練に用いますからね、木々や川、はたまた地面の土砂等、常に整備して修練場として保つのは中々大変です」

「世知辛い話だが、何をするにも費用は掛かるからな」

アレグは道理にかなった黒の解説に納得しながら一つの教訓話を始める。

「黒君、幾つか断片的ではあるが志士としてはあまり外部に出したくない情報も出てしまっているね」

アレグは綺麗に指を立てて黒の前に立ち話し出す。

「まず一つに、ざっと見て此の区域には2中隊と2小隊からなる400~500人規模の兵力の掃討を、十人程で可能な戦力と言うことだね」

そしてアレグは更に続ける。

「更に付け加えるとすれば、近年の志士に対する経費削減、此れは国内の治安だけでなく諸外国からの防衛の面に於いても問題だ」

真面目な顔でそう発言した後に打って変わった笑顔で更に付け加えた。

「と、まぁ説教臭く言っては見たのだが、犬養さんもそれを承知の上で見せられる範囲を決めているのだろうし、黒君の事も織り込み済みだろうしね」

「確かに何事にも考えて発言しなくてはいけませんね…」

黒はアレグの指摘を的確に受け止めて勉強をする。

アレグは講義をする先生の様な身振り手振りで黒に話す。

「電子技術の急速な発展により進化した通信新技術、我々は一気に他国との国際協調を目指して行かなければならなくなった、ある程度の協力の為に互いの情報を提供し合うのは要だ、だが…」

上に向けた人差し指をクイッと掌ごと横に払い切る様な仕草をする。

「我々は同名と言う契約関係で協力しているに過ぎない、私個人が黒君に対してどう思おうが上からすれば無意味な事だからね」

「場合によっては僕達が争う事も有り得ると…」

「国の方針と外交次第によれば…無論だよ」

「為になりました!」

「ふふ、此れから黒君は一人の仕事だけではなく、組織の内外の人間問わず色々な人間とこなさなければいけない事も多々あるだろう、だから発言には慎重になるべきさ」

「確かに戦闘の技術だけで無く、自分の行動と発言が及ぼす影響も考える事も大事ですね」

「沈黙は金なり雄弁は銀なりと言う言葉があるだろう?ならば私からすれば先手を読む思考こそが白金であると思うね」

アレグのその言葉に、黒は深く感銘を受けたのだった。

それから二人は修練場を後にして、犬養の構える事務室へと向かった。

黒は道中で参考程度にアレグの意見を聞く。

「もしアレグさんであれば先程の場合はどうしてました?」

「そうだなぁ…先程の話に触れない程度にはぐらかすかな、例えば一つ前に訪れた食堂の話へと誘導したり、規模を悟らせぬように数十名の部隊員で良く訓練を行っている等と適当に言っておけば良い、それと…」

アレグは人差し指をピンと伸ばし上に挙げる。

「最終手段は根本的に答えるのを拒否するのさ、"自分には分からない"とね」

ただ真面目に、真っ正面に受け止めて対応するだけでは駄目なのだ、と黒は学んだ気がした。

「私の様な不真面目で適当そうなキャラで通っていれば、事情を知らなくても全然不自然では無いし便利だろ?此れも一つの世渡りさ」

そう言ってアレグは、黒へと微笑んだ。

「アレグさんはわざと作っていると言うより、自然にそうなっている気がしますけどね!」

黒のその言葉にアレグはまた笑った。

「ははっ、痛いとこを突かれたなぁ…」

事務室のドアにノックをして入室の許可を取ると、二人は入っていく。

待ち構えていたのは勿論の事犬養だ、入ってきた二人に神妙な眼差しを向ける。

「よぉ、お二人さん」

黒は深く礼をして、アレグは軽く会釈をする。

そのまま長テーブルを挟むようにしてソファに腰を掛けた。

「犬養さん、任務についてですが…」

肩に掛けていた刀袋を自身の横に立て掛けながら、早速本題へと入る。

「ああ、既にアレグ君から聞き及んでいるとは思うが今回は消息不明となった人物の捜索若しくは形跡調査だ」

黒達が身を置く世界はそう甘くは無い、捜索で生存を確認出来ればめでたしめでたしなのだが、必ずしもそうなる訳では無い"形跡調査"とはそう言う事なのだ。

「対象は天魔人局諜報部の局員、レオ・テイラーと言う十八歳の若い青年だ」

「僕と年が近いですね」

「ああ、彼は精神感応性の能力を備えていたとか、サイコメトリーの一種だな、そしてその辺りの経緯をアレグ君の方からもう一度良いかな?」

「ええ、我々天魔人局は元々件のアラン・グロブナーの企みを探り、身柄を確保する為に動いていましたが、アランは此方では特に家柄と財産に於いて恵まれており、表向きには絶大な権力を持つ人間だった為に中々手を出せずにいましてね」

アレグの話に犬養が相槌を打つと話を進める。

「そこで件の顛末になって、今回の捜索協力となったのさ」

「黒君の活躍は我々にも衝撃的でした、無論全員が全員良い顔ではありませんでしたが…」

組織の面目が…と言った所だろうか。

「私個人としたら黒君の活躍はとても凄い事だと評したいのですがね」

「我々の方では既に行方の手掛かりを掴んでいるが、何分(なにぶん)キナ臭くてな…」

「リスクを考えれば私達の様に現場に立つ人間の方が適していますし、何より早いですからね」

黒とアレグの対面を挟むようにしている机に犬養が書類を置く。

「取り敢えず調べ上げた情報を纏めた資料だ、有効に使ってくれよ」

犬養がそう言うとドアからノックの音が聞こえる。

「誰だ?」

犬養が問うと、黒も何度か聞いた事のある声がする。

「僕です、一番隊副長神子愁也です、報告書の提出に参りました」

部屋に入って来たのは子の部隊副長を務める神子(みこ)愁也(しゅうや)だ、愁也は会釈から部屋を見渡してから言葉を発した。

「犬養さんに黒君、それと貴方はDAPBの…」

その視線はアレグの位置で止まる。

「ああ、私は天魔人局から派遣されたアレグサンダー·ウィリアムズと申します」

「お噂はかねがね」

互いに挨拶を済ませると犬養が補足する。

「一応アレグ君の話は諸部隊の幹部には通達済みでな、しかしながら各隊の現場が忙しいからかスルーされる事も少なく無い、愁也がちゃんと目を通して置いてくれていて嬉しいよ」

その発言に黒は、同じく副長である暖がアレグの事を直ぐに気付けなかったのを思い出した。

「失礼した様なので、僕は時間を改めて参りますね」

「済まないな」

にこやかにそう言うと愁也は部屋を退出して言った。

思わぬ乱入に三人は驚いたが、その後の打ち合わせを済ませ、黒とアレグの二人は早速本部から出発する事にした。

「そうだ黒よ、御前さんその刀は馴染めそうか?」

「えっと、まだ少し素振りをした程度なので何とも…」

「ふむ、御前さんの事だから概ね大丈夫だろうと思うが、その内特製の得物を用意するから待ってな」

「!?」

「前回の事で御前自身も扱う武器の重要性が分かっただろうよ?」

「確かに身に沁みました…」

「まぁ、悪い様にはならんからちょろっと待ってな」

そう言う犬養に一礼をしてから、黒は部屋を後にし、

先に退出していたアレグを追いかける様な形になった。

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