上書きセーブ
卒業式の会場に入ると、ビュイルワンテ殿下の婚約者のミレンダが真っ先に駆け寄って来てくれた。
ミレンダは翡翠色と濃い色目の緑色を重ねた刺繍がたっぷり使われたドレスで、大人っぽいミレンダにとても似合っている…ドレスの色はビュイルワンテ殿下の瞳の色だ。
「フィリ~卒業おめでとう!」
私は笑顔のミレンダを見て泣きそうになった。ミレンダは泣きそうな私を見て、
「卒業式はまだよ~今から泣いてどうするのぉ?」
と笑顔で私を抱き締めてくれた。
ミレンダの肩越しにビュイルワンテ殿下の姿が見えた。私を見て殿下も笑顔を浮かべている。あのビュイルワンテ殿下がとても穏やかな表情で…側に戻って来たミレンダの腰を抱き寄せている。
「な?大丈夫そうだろ?とてもユメカと何か関係がありそうには見えないだろ?」
私はザッティルーテ殿下の言葉に何度も頷いて見せた。
それにしてもどういうことなんだろう…
過去にあった出来事がそのまま引き継がれているの?引継ぎ?そして、私はこの世界がゲームの世界だということを思い出した。
上書きセーブ……そうだ、間違いない。ユメカはリセットをかけて過去に戻る度にゲームのセーブデータに上書きをしているんだ。だからリセットをかけて直前までゲームをしていた年代から未来に飛んだとしても…過去の出来事が読み込まれて引き継がれてしまったんだ。
私とザッティルーテ殿下はすでに婚約者同士、ビュイルワンテ殿下とミレンダも婚約している。前のリセットの12才までの過去の…まさに延長線上にある未来が今だ。
ユメカは今の自分の現状が気に入らない場合は、常に過去に戻らないと修正出来ないんだ。
ユメカはこの仕組みに気が付いているのか、いないのか。
ただ…今一つだけ言えることはどれほどユメカが過去に戻っても私とザッティルーテ殿下を連れて戻らざるを得ないようだし、私達が居る限りユメカの望む過去に修正されることは無い。
だって私達がシナリオをぶち壊しているんだものね。
さて…ユメカはどう出て来るのか…緊張しながら卒業式が始まった。
学園長のお言葉の後は在園生代表の送辞、卒業生代表のビュイルワンテ殿下の答辞。私は月組の座席から何度も周りを見渡していた。
おかしい…ユメカがいない?
念の為に星組や空組…海組まで、首を伸ばして生徒、皆の顔を見て回った。
やっぱりいない…もしかしてこの過去ではユメカはトトメーラ学園に入学していないのかも…
式が終わって、魔法を使い講堂を卒業パーティーの会場に模様替えをする。その模様替えの間、生徒達は30分間休憩という形を取って、一旦教室に引き上げるのだ。
私は講堂を出て近づいて来たザッティルーテ殿下と共に一緒に移動しながら話しかけた。
「捜してみたけどユメカがいなかったわ…」
「そうだな…これは学園に入学していない線が濃厚だな…」
そうしてユメカ不在の分析を二人でしていたのだが、結局…卒業記念パーティーは恙なく終えることが出来た、拍子抜けだった…別にトラブルを待っていた訳では無いが…もう少し何かが起こって欲しかったと言うのも本音だった。
こうなって来るとアイマジガチ勢としては、カフェマジワートの存在が気になっている。ユメカは移植版の話をしていたし、イケオジオーナーに会いにも行っていたし、カフェマジワートに行ってみる?
卒業式とパーティーが終った次の日…私はメイドのナリカと侍従のモルイと公爵家の護衛のビレルの4人で、カフェマジワートに突撃した。
まあ…突撃と言ってもカフェマジワートの入口が見える辺りに潜んで、様子を探っているだけなんだど…
「お嬢様…本当に大丈夫なのですか?」
さっきからナリカがずっと同じことを聞いてくる。分かってるって分かってるんだけど~
「大丈夫よ、知り合いがこのカフェで働いているかも…ていう情報を得てそれを確かめるためだから」
「それならばカフェに入って確かめれば宜しいのでは?」
侍従のモルイのド正論を受けて、グッと息が詰まる。その通りだ、全く以てその通りだが…
「知り合い…とは言ったけれど、正直仲が良いとは言えないわ。ザッティルーテ殿下の事で言いがかりをつけられたりもあったし…」
そうっ!嘘の中にチラリと真実を入れる方が真実味が増すってじっちゃんが言ってたし!以前、ザッティルーテ殿下が同じようなことを言っていたのを思い出して引用させて頂いた。
ナリカも侍従のモルイも護衛のビレルも皆、真剣な顔で頷いてくれている。
そして…カフェマジワートを見張り続けて…気が付いた。お客が店に入って行くのだが、10分?15分くらいしたらすぐに帰って行くのだ。
カフェなのに客の回転率あまりにも早くない?
これはおかしい……私は見張り始めて4組目の女子2人組が10分少々で店から出て来た時に、意を決してその女性達に近付いた。
「すみません、少しお聞きしたいのですが、このカフェマジワートで私と同じ年くらいの女性が働いていませんでしたか?」
女性ふたりは店を出るなり呼び止められて、驚いていたようだが私の身なりと後ろに人を従えているのを見て、すぐに貴族位だと判断したのか恐々ながらも話をしてくれた。
「女性が働いていた感じはしなかったです…ただマスターの様子がおかしかったです」
「そうなんです、何日か前に来た時はお喋りが上手で明るくて…いつものマスターだったのに、今日は様子がおかしかったです」
「様子がおかしい?」
私がふたりに聞くと女性同士は目配せをした後、最初に話しをしてくれた女性が話し出した。
「上の空っていうのか…いつも美味しい珈琲の味も…淹れ方間違えてるのか苦いし不味いし…ケーキなんて崩れててぱさぱさでした」
「それは…明らかにおかしいわね…マスターの体調が優れないとか?」
女性ふたりは首を捻った後、首を横に振った。
「顔色が悪いとか…そう言う感じではなくて、元気が無い?違うわね…」
「笑ってるのに…心が籠って無い感じ?」
「そうそれ!気味が悪いって言ったら失礼かもしれないけど、笑顔が…人形みたいだった」
「!」
ふたりの言葉に私は今頃思い出していた。ユメカの“聖なる祈り”のことを……
“リセット”がインパクト凄すぎてすっかり忘れていたけれど、ユメカにはもう一つ警戒しなければいけない魔法があった。
聖なる祈り……イケオジオーナーのその症状は、ゲームで聖なる祈りをかけられてしまったフィリデリアと同じようではないか?
今回のリセット後にユメカはトトメーラ学園に進学していないようだ。じゃあ今はどうしているのか…つまりカフェマジワートのオーナーに“聖なる祈り”を使って…オーナーの近くにいるとか?
私は女性達にお礼を言って、急いで公爵家に戻った。そしてザッティルーテ殿下に手紙を書いて侍従に頼んだ。
どうしてコレに気が付かなかったんだろう。ビュイルワンテ殿下やザッティルーテ殿下と眼鏡の伯爵家次男のシースリア=クトル様と子爵家のナビアント様、そして近衛騎士のガシュテイル様…マジワートの初期攻略キャラ全員がユメカ~ユメカ~と妄執していたではないか。
あくまで私基準の考え方だが、真のアイマジ好きなら第二期の攻略キャラが出て来る“王城編”の攻略を始めたいはずだ。愛と星のマジワートの第二期は初期攻略キャラの誰ともエンディングを迎えていない状態からスタートし、王城の食堂で働きながら初期攻略キャラと新規攻略キャラを合わせて攻略出来るストーリーだ。
あ、因み物凄くこだわっていたシースリア様の中の人交代事件は、私がいるこのマジワートの世界では初代(勝手に命名)の中の人のままでした。良かった…
さて…それはさておき、今の問題はカフェマジワートのオーナーの件だ。恋愛云々を置いておいて、先程の女性達の語っていた「珈琲の味が不味い」と「ケーキがぱさぱさ」これが気になる。もしかすると“聖なる祈り”をかけられてしまうと色んな感情が抜け落ちてしまって、繊細な技術力を求められる作業や行動などが正常に働かなくなるのではないか?と疑われることだ。
生憎とユメカのバッドエンディングで、聖なる祈りにかかった私の後日談が披露されてはいなかったので、私が日常生活をまともに送れていたかは分からない。
そう…分からないからこそ、警戒しなくてはいけなかった。ユメカは“リセット”をかけた時に私達と同じ時間に戻っているとは限らないからだ。
自分だけ少し先に戻って自分に都合の良いシナリオに書き換えていたら?既にオーナーに会っていてオーナーに“聖なる祈り”をかけていたら?
ゾッとした。それと同時にそれには無理があると気が付いた。
ユメカは移植版のシナリオを起こしたいという感じの言葉を言ってなかったか?それには、カフェの常連になってくれるアプリ版のザッティルーテ殿下達がユメカの事を好きではないと成立しないはずだ。
現時点では私もザッティルーテ殿下もビュイルワンテ殿下も皆、ユメカなんて興味無し。下手すりゃ存在も認識していない可能性もある。
今の段階で疑わしいけれど、ユメカの魅力?に囚われているのはオーナーくらいなものだ。
確か“聖なる祈り”って…思い出せっ思い出せ……祈りを送りたい人物と対峙していて、一回に付き一人しか使えなかったはず…あっ!
「そうか……ユメカがザッティルーテ殿下達に“聖なる祈り”をかけられる訳がないわ…」
思わず独り言を呟いてしまったが、間違いないだろう。私もそうだが、殿下方や他の攻略キャラと真正面で誰にも邪魔されずに“聖なる祈り”を発動出来る訳がないのだ。
ユメカは地方出身の男爵令嬢…王族に対面出来る訳が無い。他の方々にもそう簡単に会える訳がないのだ。今まで“リセット”でもユメカには祈れる時間もタイミングも無かった…よね?
その為には、祈りのかけられる確率が高いトトメーラ学園に絶対に入学しなくちゃいけないのだ。
私は次の日
王城に出かけて、カフェマジワートのオーナーの様子がおかしいことと“聖なる祈り”が今後使われないように気を付けることをザッティルーテ殿下に説明した。
ザッティルーテ殿下は何度も頷いてくれた。
「うん…なるほど、一度そのカフェの店主の様子を探ろう。確かに以前、ユメカが訪ねていた時の店主は明朗な雰囲気のお方だった、急に様子がおかしくなるのも時期的にユメカが噛んでいる可能性もなくは無いしな…しかし、時空の巻き戻る…特殊時空魔法も俺達にも使われていた魅了系の魔法も…魔法なら術式効果範囲があるはずだが、特にユメカの特殊時空魔法はフィリの半径、数メートル以内じゃないと発動しないんじゃないか?」
「え?」
ザッティルーテ殿下はちょっとニヤッと笑っている。
「そこまで推察していて気が付かないのか?魔法だから効果範囲が必ずある。魔術防御で防げるのか、上手くいくかは賭けだが、あれが魔術ならいくらでも対抗策が取れる。ユメカに術返しを食らわせてやればいい」
呪詛返し!?(ちょっと違うが)そうか、私はゲームのユメカのチートだ!という思い込みで考えていたけれど、この世界の成り立ちから考えるとチートじゃなくて理論的に組み立てられた「魔術」の一つなんだ。だからこそ、かけられた術は解術出来るし、無効化もそして反射術も使えるのか…
また目から鱗が落ちた。