断罪イベントのその後
バグや内容が無いようなゲームではなかったが、文字がやたらと読みにくいゲームがありました。フォント変更が出来たので明朝体に変えると文字が所々切れて見えて「恐怖の館ぁぁ」みたいな怖い文字に見える。そして丸文字に変更も出来たので、これならどうだ!と変えてみたら、小さっ…文字表示の枠の奥の方に小さく表示されて、画数の多い文字が潰れて見えない?どういうことだ?
内容でストレスを与えるより前にシナリオの一行目から眼精疲労という肉体的苦痛を与えるなんて…とんだクソゲーでした。クソゲーハンターの皆様宜しくお願いします
魔法があるのに、馬車で移動って効率悪くない?
そう心の中で散々愚痴ってから、トトメーラ学園から戻った私は公爵家の邸内に入った。
「フィリデリア様!?お早いお戻りで…」
私は出迎えてくれたメイドのナリカに苦笑いを見せた。
「やっぱり婚約破棄をされたわ」
「っ!…それは、フィリデリア様の仰った通りになりましたのね」
私は自室に入り、ナリカにドレスを脱がせてもらいながら
「あ~疲れた。どうせ破棄されるの分かってたのに疲れに行っただけだったわ」
そう愚痴ると、ナリカは泣きそうな顔になった。
「お嬢様…」
「ナリカ、泣かないでよ。私は悲しくはないのよ?ただ虚しいだけ…お風呂の準備をしてくれる?」
「はっ、はい!只今!」
ナリカは目尻に溜まった涙をエプロンで拭うと、入浴の準備を整えてくれた。
ナリカに準備を整えてもらい、温かい湯に浸かり気持ちを落ち着かせた。部屋着用のワンピースに着替えてから庭で涼もうかしら…と玄関ホールを横切っていると玄関扉のベルが鳴らされた。
ちょうど玄関前に居たし…と、どちら様でしょう?と言いながら近づいて来る侍従より先に、扉を開けると…
げええっ!?眼鏡の伯爵家次男のシースリア=クトルと第三王子殿下のザッティルーテ殿下…子爵家のナビアント様、そして近衛騎士のガシュテイル様の攻略対象キャラの4人が玄関先に立っていた。
「フィリデリア=ラデンリング令嬢…」
「何か…ご用で?」
追い返す気だった私がそう素っ気無く告げるも、扉に近付いて来た侍従が変な気を利かせてしまい、攻略キャラ達を邸内に招き入れてしまった。まあ王子殿下もいるし仕方ないか…
客間に案内すると眼鏡のシースリアが早口で
「先見の術で何が見えたのですか?!全て教えて下さい!」
と私ににじり寄ってきた
うん…先見魔法ね、シナリオの全部は言う必要は無いかな…
「私が見たのは、婚約破棄を受けて殿下の前からいなくなってその後、卒業パーティーで皆様がユメカ様とダンスを踊る…そこまでですわ」
攻略対象キャラ達は皆、息を飲んだ。
「ここに来ていらっしゃるということは、私が皆様に伝えた言葉をユメカ様はそのまま同じような言葉で皆様に使った…ということですのね?」
ザッティルーテ殿下が顔を強張らせたまま頷いた。
「彼女は私の知っている未来通りに動いていらっしゃったようですね。しかし、私の先見はここで終わりです、先は分かりません」
眼鏡のシースリア=クルト伯爵令息は、ザッティルーテ殿下達の方を一度見てから私に向き直った。
「先程ラデンリング令嬢が仰った通り、王太子殿下の一存で令嬢を国外追放の刑には処せません。国王陛下もお認めにならないでしょうし…ラデンリング令嬢との婚約破棄もお認めになるかどうかも…」
「そこは大丈夫かと思います、事前に父にも婚約破棄が言い渡されるので、私は了承すると話しております。父が既に話しを通してくれていると思います」
ザッティルーテ殿下が目を見開いた。
「父上…国王陛下もご存じなのか?」
「おそらくは…」
ザッティルーテ殿下は暫く何かを考えておられたが、顔を上げると
「父上もご存じのことなら、今頃は王宮も騒ぎになっているはずだ。私は直ぐに戻ろう。フィリデリア=ラデンリング令嬢、後日報告にあがる」
「御意!」
思わず、そう答えてザッティルーテ殿下に敬礼をした。シースリア=クトルと子爵家のナビアント様、そして近衛騎士のガシュテイル様も帰るようだ。
帰られる攻略キャラの皆をお見送りしようと玄関先に移動した時に、近衛騎士のガシュテイル様が気になることを呟かれた。
「先見の術をお使いなら、既にご存じのことだとは思うがユメカは『聖なる祈り』を手に入れているぞ。まさかとは思うが全てを浄化する力で…いや、考え過ぎだな、では…」
「お気を付けてお帰り下さいませ」
近衛騎士のガシュテイル様の言葉に心が沈む。
聖なる祈り…とは主人公、ユメカの特殊能力のことだ。主人公のチート魔法で全ての邪悪を浄化してしまうことが出来る。
ゲームをプレイしていた時は
「悪い考えを浄化して善人にしてしまえるなんて流石ユメカ!」
とか思っていたけど、現実として見てみるとこんな恐ろしい力を使うことの危険性を感じてしまう。
善と悪、陰と陽、光と影……魔法で悪だけを消して善人ばかりになるなんて、それなら皆争わないし皆幸せになるよね、ユメカは聖なる祈りを使う度にそう考えているという描写があった。
ゲームの中でユメカが常に言っていた台詞は、これで皆幸せになるね!だ。
確かに一見すると素晴らしい考えだと思うが…争わない、つまりは競争しないし何も戦わないという究極の考えなのだ。競うこともなければ勝ち負けを考えない、それって本当に生きていると言えるのかな。
実はバッドエンドに進んでしまった時に、物語の終盤で精神状態が不安定になったユメカがこの『聖なる祈り』をフィリデリアに向けて発動してしまうシーンがある。この魔法によりユメカに悪意抱いていた私…フィリデリア=ラデンリングは悪い心を浄化されて善人になるという描写がある。そしてEDでは完全に善人になってしまったフィリデリア=ラデンリングは笑顔で王子殿下の横に立っていた…と表現されていた。
ユメカはそのフィリデリア=ラデンリングの姿を見て
「ほら、フィリデリア=ラデンリングも幸せになったわ!」
と、攻略キャラ達に向かって微笑んでいたのだ。このゲームのバッドエンドはユメカが病んで終わりを迎えるのだ。
それはそうと今更ながら気が付いたのだが…これってフィリデリアを善人にしたのではなくて、ユメカの聖なる祈りで“ユメカの操り人形”にしてしまったんじゃないだろうか?
その事に思い至った私はゾッとした。
今までは“愛と星のマジワート”のユメカ目線からゲームを見ていた気がする。でも、違う側面から見てみると…このゲームはユメカを頂点としたヒエラルキーから自分の思うまま男も女も動かして行こうとする頭空っぽなチート能力をもつ女の物語だということに気が付いた。
なにこれ……よくよく考えたら、主人公がクズじゃない?自分の意に沿わない者は自我を奪ってしまうということなのだから、とんだクソゲー主人公だ。
そう言えばSNSでユメカのアンチがやたらと多い気がしていた。私はアイマジの悪口は絶対見ないと頑なにそんな情報は入れないようにしていたけれど…それって皆が“聖なる祈り”が幸せになる魔法じゃなくユメカにとって邪魔な者を無効化する究極の暗黒魔法だと気が付いたんじゃないだろうか?
今までゲーム内でユメカはまさに夢を語るように、愛と幸せと喜びばかりを語っていたけれど、現実を見ればそんな綺麗事は通らない。
邪な思いも卑屈な思いも…全て持っているからこそ“人間”なんだもの。
あのユメカはあくまでゲームの主人公だから容認されてきた存在だ。今、現実としてフィリデリアの婚約破棄イベントが起こった。そして私は反抗的にもならず、国外追放も…恐らく回避されるだろう。これから先…ゲームの主人公の中のあの子はどうするのだろう。
「ここからが見物ね…」
私はそう呟いて窓の外を見た。
翌日
予想通り、国王陛下はビュイルワンテ殿下とフィリデリア=ラデンリングの婚約破棄を承諾された。それと同時にカヴァーゲル侯爵家のミレンダ様を次の婚約候補にすると発表した。
きたきた…そりゃ順番からして、私と破棄した後は別の派閥の家から次の婚約者を出してきますよね~まあこれは予想通りだし、ビュイルワンテ殿下もユメカだって分かってたよね?
……分かってなかったかな?
さらに次の日になって、ザッティルーテ殿下と眼鏡のシースリア=クルト伯爵令息が二人でやって来た。二人共渋い顔をしている。状況が色々良くない感じなのかな?
「既に聞き及んでいるかもしれないが、兄上とフィリデリア嬢との婚約破棄は正式に受理された。それと同時にミレンダ=カヴァーゲル嬢が新しい婚約候補として選ばれた…そして兄上はそれを不服として、諸侯にユメカ=サザンス男爵令嬢との養子縁組を打診している」
ザッティルーテ殿下の説明に頷いて見せた。全く以て予想通りだ。
シースリア様は顔色を悪くして、黙って俯いている。
「養子縁組を打診された諸侯の動きは?」
「カヴァーゲル公爵家とラデンリング公爵家両方に睨まれることになるので…生活に困窮している伯爵位を持つ候が何人か名乗り上げているが、王子妃の後ろ盾となるには弱いし正直、問題のある家ばかりだな」
……ユメカ詰んだわね。
別に私が裏で手を回したとかそういうのではない。この国の重鎮(父含む)が今回の婚約破棄から新しい候補の選定…ユメカ=サザンス男爵令嬢への対応を各々が皮算用した結果がこうなっているだけだ。
ザッティルーテ殿下は大きく溜め息をつくと
「フィリデリア嬢…教えて欲しい。私達…ビュイルワンテ兄上もシースリアもナビアントも、ガシュテイルも…全員正気を失っていたと思うか?」
と聞いてきた。
正気…ね。私から見ると主人公に群がる常軌を逸した攻略キャラ達だったけれど、この世界の人達から見てどうだったのだろうか…敢えて言うなら
「皆様はユメカ様を愛しておられたのでしょう?今でも幸せになって欲しいと思っていらっしゃるのでしょう?」
ザッティルーテ殿下とシースリア様は一瞬、お互いの顔を見た後に首を横に振った。
「何故あんなに執着していたのか分からないのだ…卒業して時間が過ぎれば過ぎるほど…不可思議に思えてくる」
ザッティルーテ殿下がそう言った後、シースリア様が身を乗り出してきた。
「フィリデリア嬢は何かご存じないですか?私はユメカの持つ“聖なる祈り”の影響かと推察しているのですが」
眼鏡は中々鋭いね…
「私も確信はございません、聖なる祈りが伝承にある通りの“邪気を払い清めてくれる祈り”だとするならば、皆様邪気まみれということになりませんか?」
ゲホンゴホン…とザッティルーテ殿下とシースリア様は咳払いをしている。煩悩が多そうだね。
「まあ…それはそうと…私も“聖なる祈り”が伝承通りの祈りではない…と思っていることは確かです」
ザッティルーテ殿下とシースリア様は共に表情を引き締めた。
そう……彼らは“聖なる祈り”の祈りから目覚めた、という感じだね。これは色々と調べてみないと確信を持って言えないことだけど。
断罪イベントが終わって、一安心だと思っていたけれど…まだ油断出来ないと溜め息が漏れた。
誤字ご報告ありがとうございます。粗忽者で猛省しております