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06




 放課後、知世と晶紀は補習の為に教室に残っていた。

 晶紀が転校してきたばかりの時に、足をかけられ、二人で倒れ、保健室に運ばれた授業の分だった。

 補習が終わり、先生が教室を出て行くと知世が教科書を鞄にしまいながら、言った。

「ああ、最後に用具の片付けをさせられなければ、石原さんの着替えが見られましたのに」

 知世は体育の時間のことを悔しがっていた。

「出来れば確認して欲しかったけど、大丈夫だよ」

「さっきおっしゃっていた、霊の流れで分かるからという事ですか」

「そうなんだ」

 晶紀はあたりを見てから、ここには知世しかいないと判断して話し始めた。

 意識のない低級な霊は、意外にあちこちに浮遊している。低級な霊自体は何も人間に害をなさない。しかし、低級な霊が集まってくると、ある一定のベクトルを持ち始める。すると、人間社会にも影響を与え始める。低級な霊の集まりが、風を起こしてみたり、物音を立ててみたり、人が認知できるような事を引き起こすようになってくる。さらに数が多くなって、霊の中で意思が働き始めると、さらに社会に大きな影響を及ぼすようになる。大きな岩を落としてみたり、人に憑りついて行動したりするのだ。さらにさらに沢山の霊が集まって、大きな力を得ると、霊そのものが実体を得るようになる。

 実体を持った霊は、もはや霊という表現を超えてしまう。それはすなわち『怪物』とか、『怪獣』と呼ばれるものだ。

「その霊の流れが、石原さんに向かって流れていた。渦を巻いて、吸い込まれていたんだ」

「石原さんの体に向かって?」

 晶紀はうなずく。

「入れ墨のせいだとしたら、早く助けないと」

「これから保健室に行って、佐倉先生に相談してみましょう。私は帰ってから家の者に話してみます」

「うん」

 晶紀がそう言った時、知世は何かに気付いてA棟の廊下の方を振り返った。

 晶紀がその視線を追うと、そこには白衣を着た綾先生が立っていた。

 知世も先生に気付いて、A棟に向かって手を振るが、綾先生の視線は、こちらを見ているのではなく、どこか方向がズレていた。

 晶紀は視線の先に気付いて、窓を開けて空を見上げた。

 しかし、空に何かがあるわけでない。ただ青い空と、白い雲があるだけだった。

 諦めて窓を閉めようとすると、屋上からだろうか、声が聞こえてきた。

「お前、モデルだからって調子に乗りすぎなんだよ」

「こいつがモデルって言ったって、たかだかガキ向けのファッション誌での話だぜ」

「何睨んでんだよっ!」

 続けて鈍い音が聞こえてくる。

 誰かが、屋上でシメられている。

 いや、ただの虐めではない予感がする。

 晶紀は鞄を手にして教室の扉までいき、振り返る。

「知世、ここで待ってて」

「何があったのです?」

「お願いだから、待ってて」

 教室を飛び出していく晶紀。

 不安そうにそれを見送る知世。

 晶紀は素早く屋上の階段を上ると、屋上への扉を開ける。

 扉のすぐ近くに、見張りなのだろうか一人の生徒が立っていて、晶紀を睨みつける。

 きょろきょろと辺りを見回すが、下で聞こえた連中は見えない。

「悪いことは言わない。さっさと今来た道を戻りな」

 晶紀は鞄から神楽鈴を取り出そうとする。

「おいっ! 帰れって」

 見張りと思われる生徒に手と鞄を押さえられてしまう。

 毎日、佐倉のところで訓練しているはずなのに、その手を振りほどけない。

「!」

 晶紀は、呪力でアシストして手を振りほどいた。

 鞄を捨てるように置くと、神楽鈴を振りながら、見張りの生徒の前を動かす。

 晶紀の『眠れ』という思いが伝わり、見張りの生徒は膝をつき、崩れるように横たわって寝てしまう。

 神楽鈴を剣のようにもって、警戒しながら進む。

 教室との位置関係から考えて、屋上のベンチのあるところの反対側。

 建物の角から、様子をうかがおうと、頭を動かすと、空気を切り裂く音がする。

「何っ?」

 壁に、木刀がぶつかる。

 晶紀は神楽鈴の先端に手を触れ、神楽鈴の先端から光る剣を伸ばした。

『ん? お前も剣士か』

 と意思が晶紀に伝わってくる。まるで言葉を発したように思えるのだが、耳から聞こえてくる音はなかった。

 晶紀の緊張が高まる。

 建物の影から、木刀を持っている人物が現れた。

 前髪は真ん中ら左右に均等に分けられ、後ろ髪はすべて後頭部の高い位置でくくられている。前髪以外は、晶紀と同じようなポニーテール。

 藍色の剣道着、袴を着ている女性が立っていた。背丈は、晶紀より十センチ以上は高い。

 道着姿の女性が構える木刀の切っ先が、正確に喉元当たりをねらっているのに気づき、晶紀は後ずさった。

『変わった刀を持っているな』

 まただ。やはり声は出ていない。意思だけがこちらに伝えられている。テレパシーとでもいうのだろうか。

「お前こそ何者だ」

『守護者とだけ言っておこうか』

「守護者?」

『ここで誰かに踏み込まれては困るのだ』

 一瞬、木刀を振り上げ、目にも留まらぬスピードで踏み込んでくる。

 下がって避けるつもりが、相手の踏み込みスピードが速すぎて間に合わない。

 晶紀は神楽鈴の剣を水平に、両手でもって、振り下ろされる木刀を受け止めた。

『フンッ』

 再び木刀が引き上げられると、素早く振り下ろされる。

 晶紀はそのスピードに反応することすらできなかった。

 そのまま神楽鈴を落としていた。

 光る剣のような部分は消え去っている。

 それから、遅れてきたように激痛が指から脳に入った。

 左手で包むように右の指を押さえる。

「うっ!」

 大きな声を出すと同時に、痛みに耐えかねた晶紀は、膝をついてしまう。

 その声でやっと気づいたか、建物の影から声が聞こえてくる。

「まずい、誰か来た!」

「見張ってたはずじゃ」

「チクられたらまずいぞ」

 晶紀は神楽鈴を取ろうと手を伸ばすが、木刀に弾かれてしまう。

『お前も立ち去れ。さもなくば、ここで死ね』

「死……」

 晶紀は道着の女性の意思を感じて、震えた。

 ゆっくりと近づいてきて、木刀を振り上げる。

 視野の隅にある神楽鈴の位置を確認する。体を伸ばしても届かない、届いたとしても、この指で握れるのか…… 晶紀は近づいてくる剣道着の女に、対抗する気力が萎えていった。

 立ち上がらない晶紀の体が、木刀の振り下ろされる範囲に入った時、佐倉の言葉が思い出された。

『限界を超える訓練をする意味は二つある。一つは限界を超えて訓練しないと、成長しないからだ。次に、実戦では必ず自分の実力より強い敵と出会う。その為に限界を知り、限界の際にどう対応するかを考えておくことにある』

 考えるんだ、と晶紀は思った。ここで戦うのか、逃げるのか。逃げる。逃げるにはどうするか。逃げる方向を読まれては……

 神楽鈴の方に視線を移すと、剣道着の女の木刀が反応した。

 術力でアシストして、思い切り蹴りだす。次の足が踏み出せるかどうかは後で考える。晶紀は思い切りよく神楽鈴と反対方向に跳んだ。

 動き始めていた木刀が、一瞬で、向きを変える。

 そんな…… 蹴り跳んでいる晶紀は思った。全力を出したはずなのに、間に合わなかった。木刀が届いてしまう。

 移動先の気圧を下げれば、すこしでも早く跳べる。晶紀は必死に術力を使うが、木刀は晶紀を捉えてしまう。

「うっ……」

 剣道着の女との距離は作れたものの、向きを変えてきた木刀に、足首を強打されてしまった。

 立ち上がろうと手を突いた瞬間に、強打された足首とともに、手の指にも激痛が走る。

 立ち上がれずに、床に伏せてしまう晶紀。

『惜しかったな』

 音声が聞こえないが、そう意思をつたえてくる。

 女は一歩一歩、カウントダウンのように近づいてきた。

 諦めてはいけない。晶紀は足を引き摺り、手の痛みを我慢して床に着き、這うように逃げる。

 敵は振り返る度、確実に近づいていた。

 晶紀は建物の壁を頼りながら、立ち上がると、道着の女に正対した。

 左手を神楽鈴の方へ向けて、術力を込めると神楽鈴が晶紀に飛んできて、手に収まる。

 右手を添えると、神楽鈴の先端が光り、長く伸びた。

 痛みに耐えながら晶紀が右手を握り込むと、剣道着の女の髪が揺れた。

 床に打ちつけられる神楽鈴。

 いくつかの鈴が取れて、音を立てながら床に転がる。

 右手だけ『だらり』と下げた晶紀。

 その目からは輝きが失われていた。




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