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見えない刺青  作者: ゆずさくら


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 その日の放課後も、かなえとの剣道の練習を行った。かなえが動き、それに対しての隙を見つけて面を打つ練習だった。

 動きのなかで、どこで面を打つかを判断する練習で、実際に面がうまく打てなくても怒られなかった。

「まだしっかり打てないのは分かっているから、打つチャンスに気付いて、動こうとして」

 相手が打ってきた、かわした、相手の態勢が戻るまえに撃てばいい。そんな場面の理屈はわかる。

 どこで振り上げていいのか、タイミングが合わない。相手の次の攻めが始まってしまう。

 何気なく攻めに入って、腕を振り上げてきた…… それを一つずらして攻め込めば…… とにかく一瞬だった。

 微妙に手足を振りながら、自分でリズムをとっていると、突然テンポを変えて割り込んで撃ち込まなければならない。

 晶紀は撃ち込まねばならないタイミングで外し、逆に何度もかなえに打ち込まれた。 

 素人が体重を掛けて振り込んでくる重い竹刀ではなく、片手を外してしまうようないわゆる剣道の振りなのに、振りが速すぎるのか、体に響く。

「ほら、出足が遅い」

 もう『勘』でいくしかない。見ていたら間に合わない。とりあえず面を打てる隙は作ってくれるはずなのだ。

 晶紀は自分の竹刀が払われた瞬間、かなえの目を見た。このタイミングしかない。

 踏み出して振り上げ、かなえの竹刀を見て体をよじる。

「めぇーーーん」

 完璧とは言えなかったが、晶紀の振るった竹刀がかなえの『面』に触れた。

 そのまま突っ切るように進んで、切り返しを受けないようにして慎重に振り向く。

「うん。今の、いいんじゃないかな」

「えっ?」

 かなえが『褒めた』。晶紀は驚いて足が止まった。

「どうした? まあ、面の打突は全然なってないが……」

 晶紀の中で何かが爆発した。

「やった! かなえに褒めてもらった! いける! いけるよ!」

 両手を振り上げ、晶紀は跳ねまわった。

「バカっ」

 かなえの高速の面打ちが晶紀を捉えた。

「調子に乗りすぎ。じゃあ、残りの練習はまた素振り。今日は50本」

「え~」

 晶紀はそう言いながらも、喜びを押さえられなかった。


 晶紀は床に倒れ込みながら、言った。

「あ、ありがとうございました……」

 昨日と同じように、練習が終わった時点で、あちこちの打撲と筋肉痛がでて、体がボロボロになっていた。

 かなえはさっさと支度をして、先に武道場から帰っていってしまった。

 晶紀がようやく防具を外し終えたころ、知世が武道場に入ってきた。

「晶紀さん、石原さんのエステのスケジュール。調べがつきましたわ」

「さすが知世の『家の者』は仕事がはやい」

 知世はスマフォの画面をピンチして拡大しながら読み上げる。

「明日。明日の放課後、例のエステ・サロンに行くみたいです。石原さんはいつも同じ方を指名して受けているみたいです」

「やっぱり。その人が『公文屋』の手下なんだ」

「そこの調べは時間がかかると言っていました」

 晶紀の練習を見ていた佐倉が、二人に近づいてきた。

「そもそものいじめの元凶を立たないと悪霊や霊力の収集は止められても『虐め』は終わらないぞ」

「……」

 晶紀と知世は顔を見合わせた。

 確かにその通りだ。この呪いの刺青によって『虐め』の根本にたどり着けないだろう。しかし、一つ一つやれるところから正していくしかない。晶紀はそう思った。

「わかったよ。けどまずは手をつけれるところからやらないと」

「うむ」

 佐倉は腕を組んでうなずいた。




 晶紀は登校するとすぐに保健室に寄った。連日続く猛特訓による怪我や疲労の回復の為、佐倉にくまのぬいぐるみ借りる為、朝、返す為に寄るのが日課になっていた。

「ありがとう」

 晶紀が机にくまのぬいぐるみを置いた。以前とは違い、二体のクマが仲良く手をつないでいるものになっていた。

 何故この形になったのかは分からなかったが、最初にくまのぬいぐるみを使った時のような、悪霊による暴走はなくなっていた。

 返事がないので見てみると、佐倉は椅子に深く寄りかかったまま寝ている。

「……」

 もしかしたら、佐倉は口にしないだけで相当疲労しているのではないか。と晶紀は思った。晶紀の怪我や疲れを癒す力を持っているのだ、と佐倉は言っていた。しかし、毎日続けて、しかもこの『くまのぬいぐるみ』を介して霊力を使うのは、想像以上に大変なことではないのだろうか。

 晶紀は佐倉を起こさないよう、しずかに、深々と頭を下げると、そっと保健室を出た。


 教室に入ると、知世が声を掛けてきた。

「晶紀さん。今日です。頑張って現場を押さえましょう」

「うん」

 知世を真ん中にして反対側に座っている木村かなえが言った。

「なんの話?」

「えっ、あ……」

 晶紀は頭を掻くが言葉が出てこない。

「以前からご連絡している通り、今日の剣道の稽古は、お休みでお願いします。ということですわ」

「二人でどっかいくんでしょ。私もついていっていい?」

「えっ?」

 かなえの発言に、なんと返していいのかわからなくなった。

 晶紀は知世に耳打ちする。

「これで付いてこられたら、かなえは例の剣道女になっちゃうよね、きっと」

「晶紀、何知世に言ってんだ」

 知世は立ち上がると、

「かなえちゃん。ちょっと晶紀さんと相談してきますわ」

 と、かなえを制して、晶紀を連れ出し廊下にでる。

「どうしよう」

 晶紀は手足をバタバタさせて焦っているようだった。

「かなえちゃんがあの剣道女に変化(へんげ)する前に拘束できないのでしょうか。そうすれば私たちの邪魔は出来ないとおもいます」

「かなえが変化した剣道女は、かなえと比較して体が一回り大きいでしょ。結局、物理的に拘束しても、剣道女は拘束できないんだよ」

 知世は指で顎に触れ、考えをまとめた。

「あれはかなえちゃんの体を使っているのではなく、魂だけが抜け出ているということでしょうか?」

「いや、あれだけしっかりした打撃ができるから、かなえを母体にはしてるはずだけど……」

 知世は手のひらをポンと叩いた。

「思いだしました。以前、人が組んだ櫓に、黒い蛙とか蝙蝠とかが付いて大男として動き出したような、あれですか?」

「イメージとしてはそれかな」

「じゃあ、付いてこられたらまずいってことですね」

「うん」

「なんて言って断りましょうか」

「だいたい、なんでかなえが付いて来たいんだろう?」

 晶紀の問いに、知世が首をかしげる。

「確かにそうですわ。それを確かめて、断りましょう」

「えっ、そんな感じで大丈夫なの」

「まかしてください」

 知世は一人教室に戻っていく。

 晶紀も少し様子をみながら、ゆっくり教室に入る。

 知世が自席に戻って隣のかなえと話している。

「かなえちゃん、なんで付いて来たいのですか。別に楽しいことがあるわけではないので」

「……」

 知世は眉をひそめた。こんなに回答が遅いかなえは珍しい。知世はそう思った。

「かなえちゃん?」

「わからないんだ…… なんでかわからないんだけど…… なんでそんなこと言ったんだろうって……」

 かなえの声が次第に大きくなっていく。

「わからない。わからないよ…… なんで、どうかしちゃってる」

 知世がちらっと後ろの晶紀を振り向く。

 晶紀はうなずいて言う。

「まかせて」

 知世は立ち上がって晶紀の後ろに隠れるように回り込む。

 晶紀がかなえの腕をつかんで立ち上がらせる。

「ちょっと一緒に来て」

 出て行こうとする二人と、入れ違いに入ってくる教師。

「天摩さん、木村さん」

「あっ、ちょっと具合が悪いということなので、保健室に連れて行きます」

「(だ、大丈夫ですか?)」

 知世が言うと晶紀は親指を立ててウインクを返した。

「……」

 知世はより不安な表情になっていた。

 かなえの肩を抱きながら教室から出て行く晶紀。

 晶紀に聞こえるかどうかわからないほど、か細い声で教師は言った。

「気を付けて」




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