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 二人は学校の最寄りの駅から、電車に乗って目的のエステ・サロンのある駅で降りた。

 初めて歩く街に、晶紀はきょろきょろと回りを見回していた。

「すごいね。やっぱり都心なんだね」

 楽しそうに周囲を見ながら歩く晶紀を見て、知世も楽しそうだった。

 晶紀は、立ち並ぶアパレル関係のショーウィンドウを見るように横を向いてあるいた。

「どっちかというと学校の周辺が特別に緑い多い所なのですわ」

「そうなんだ…… あっ、あの場所、テレビで見たことがある!」

「そうですわね。若者のアンケートなんかで」

「ほら、こっちの服、素敵」

 場所の話をしているかと思うと、小走りに移動して、服のことに気が移っている。

 店を見ながら、半ば横歩きに通りを歩きながら、知世は店のショーウィンドウに向けてスマフォのカメラを向けた。

 興味津々と言った表情の晶紀、楽し気に服を眺める晶紀、高級ブランドの服にうっとりとした表情を浮かべる晶紀。

 知世のスマフォに次々と記録されて行った。

 流石に撮影回数が多すぎたのか、晶紀に気付かれる。

「知世、店の写真? を撮ってるの?」

「何を撮っているのかは秘密です」

「見せて見せて!」

 晶紀が知世のスマフォに顔を寄せてくる。

 知世はスマフォで撮った写真をめくってみせる。

「あれ…… これって」

 写真はどれも、晶紀と知世の二人がガラスに映っていて、様々な表情を浮かべている。

 晶紀は気付いたように、ショーウィンドウに向かって指を差す。

 知世はショーウィンドウに向かって、手を振ると、晶紀もショーウィンドウに向かって手を振り返す。

「そっか!」

 二人は顔を見合わせて、手を取り合う。

 晶紀は何度か飛び跳ねる。

「この街は楽しいですか?」

「うん。いろんなもの売ってるんだもん。見ているだけでも楽しい」

 言葉遣いまで子供のようになっていた。

「ようやく都心に来たって実感が持てた……」

 その時、ガラスにドクター・コートを着た人影が映った。

「!」

「どうかしましたか?」

「……」


 丸メガネをして、化学実験をするかのようなドクター・コートを着た男が立っている。

 クマのような大きな体。首回りの筋肉が付きなで肩に見える。

 大きな体に似合わない、小さな口が開く。

『晶紀』

 五頭身ほどの子供が、その声に振り返る。

『お父さん!』

 甲高い声をあげて、振り返ったのは、子供の頃の晶紀だった。

 お父さんと呼ぶその丸メガネのドクター・コートの男に、ひょいと抱えられ、一気に肩に乗せられた。

『たっかーい!』

 男が一歩、一歩と歩く度、体は大きく揺れ、晶紀は、ふわっと体が持ち上がるような感じがする。

 落ちまいと父の首にしがみつく。

 それは決して不快ではなく、優しくて楽しい時間だった。


「あや…… 綾先生?」

 亜紀は目をパチパチさせ、指で擦った。

「あれ、君たち。学校帰りにこんな所を歩いているのかい?」

 反応できない亜紀に代わって、知世が答える。

(わたくし)たちは、家に帰る途中なのですが」

「本当? って。ボクはそんなことを学校に報告しないよ。ただし、条件がある。君たちがボクを見かけたって喋らないでいてくれるならね」

「ええ。もちろん話したりしませんわ」

「ありがとう、宝仙寺君」

 そう言うと綾先生は、手を振りながら、駅方向へ去って行った。

「……」

 亜紀の様子を見て、知世が声をかける。

「どうかいたしましたか?」

「いや、なんでもない」

 晶紀は綾先生の後ろ姿を目で追っていた。

 何度か化学の綾先生を見ている。

 けれど、なぜ、今になって綾先生が父に見えたのか。まったく背格好も違う。綾先生は細身だが、父は背も高かったが縦横がクマのような比率だ。共通点は白衣(ドクター・コート)だけ。晶紀は何かを忘れようとするかのように、首を横に振った。

「それにしても、こんなところに来るときまで白衣をきて…… ちょっとやりすぎですわ」

「……」

 二人はさらに通りを進んで、エステ・サロンのあるビルに入り、エレベータに乗った。

 エレベータが開くと、雰囲気のあるアロマの匂いがしていた。

「ここですわ。結構、入口の割には、中は広いから驚かれると思いますよ」

「へぇ……」

 中に入ると、店員がやってきた。

 知世が名前を告げると、予約表を確認していった。

「宝仙寺さまと、ご紹介いただいた天摩さまですね」

「はい」

 その時奥から、施術が終わったらしい女性が現れた。

 細身の体に、長い髪、モデルのような高身長。目鼻立ちがくっきりとしていて、西洋風の顔立ちだった。

 知世は小さく『あっ』と言った。

「宝仙寺さん?」

 奥から現れた女性は知世を見て呼びかけた。

「石原さん、いらしてたんですね」

「私、以前、浜辺さんから紹介してもらって…… 毎週くるようになったんです。ここはおすすめですよ…… えっと、そちらは転校生の……」

 ま、毎週こんな所にくるのか。どんだけお金持ってんじゃ。晶紀はそう思ったが口にしなかった。

「天摩です」

 店員が様子を伺うように見回すと言った。

「あら、みなさん、お知り合いでしたか?」

「ええ。私たち同じ学校……」

 と言いかけた晶紀の口を、知世はとっさに手でふさいだ。

「学校ではありませんわ」

 店員は微笑む。

「大丈夫ですよ。学校帰りにエステに寄っていただいているとか、先生に言いませんから。だってせんせ」

 晶紀は店員が手を口に当てて言いやめたことに気付いた。

 それを聞いて知世は胸に手を当てて、目を伏せ、ほっと息を吐く。

「ありがとうございます」

「それでは準備が出来ましたらお呼びしますので。天摩様は初回ですので、こちらにご記入頂きながお待ちください。アンケートの方は任意ですので、気になる場合は記入しなくても結構です」

 ボードにクリップ止めした紙を渡される。会員登録用の情報と、アンケート。

 晶紀が受け取ると店員は奥の部屋の準備に戻ってしまった。

「知世、さっき店員が」

 晶紀が言いかけると会計を終えた石原が、割って声を掛けてきた。

「じゃあね」

「石原さん、ごきげんよう」

 知世は頭を下げる。

「……」

 声をかけるかわり、晶紀は、会釈する石原に軽く手を振って返した。

「知世、さっき最初に受け付けてくれた店員さんが言った事、おぼえて」

 と、その時、三つ並んでいる真ん中の部屋の扉が開いた。

「宝仙寺様。準備が出来ましたので、こちらへ」

 知世は鞄を持って立ち上がった。

「晶紀さんごめんなさい。お話は後にしましょう」

「う、うん」

 知世が笑顔で手を振ると、部屋に入っていく。

 晶紀はさっきの店員の言葉を思い出していた。

『……学校帰りにエステに寄っているとか、先生に言いませんから。だってせんせ』

 だって、せんせ、これは先生と言おうとしたのではないだろうか。例えば児玉先生とかが、学校の勤務時間なのにエステに来ていたとか、そういうことだろうか。先生に言うことはしなくとも、生徒には言ってしまうのでは不公平だ。先生がこっそり来ているのも内緒にするべきだ、と思って口を押えたのだろうか。晶紀はそんなことを考えていると、店員が奥の扉から出てきた。

「奥の部屋の準備も出来ました。天摩様、どうでしょうか。ご記入は終わりましたでしょうか?」

「あっ、ちょっとまってください」

 晶紀は急いで必要な項目のみ記入して、ボードごと渡した。

 そして奥の部屋に入っていった。




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