02
二人は学校の最寄りの駅から、電車に乗って目的のエステ・サロンのある駅で降りた。
初めて歩く街に、晶紀はきょろきょろと回りを見回していた。
「すごいね。やっぱり都心なんだね」
楽しそうに周囲を見ながら歩く晶紀を見て、知世も楽しそうだった。
晶紀は、立ち並ぶアパレル関係のショーウィンドウを見るように横を向いてあるいた。
「どっちかというと学校の周辺が特別に緑い多い所なのですわ」
「そうなんだ…… あっ、あの場所、テレビで見たことがある!」
「そうですわね。若者のアンケートなんかで」
「ほら、こっちの服、素敵」
場所の話をしているかと思うと、小走りに移動して、服のことに気が移っている。
店を見ながら、半ば横歩きに通りを歩きながら、知世は店のショーウィンドウに向けてスマフォのカメラを向けた。
興味津々と言った表情の晶紀、楽し気に服を眺める晶紀、高級ブランドの服にうっとりとした表情を浮かべる晶紀。
知世のスマフォに次々と記録されて行った。
流石に撮影回数が多すぎたのか、晶紀に気付かれる。
「知世、店の写真? を撮ってるの?」
「何を撮っているのかは秘密です」
「見せて見せて!」
晶紀が知世のスマフォに顔を寄せてくる。
知世はスマフォで撮った写真をめくってみせる。
「あれ…… これって」
写真はどれも、晶紀と知世の二人がガラスに映っていて、様々な表情を浮かべている。
晶紀は気付いたように、ショーウィンドウに向かって指を差す。
知世はショーウィンドウに向かって、手を振ると、晶紀もショーウィンドウに向かって手を振り返す。
「そっか!」
二人は顔を見合わせて、手を取り合う。
晶紀は何度か飛び跳ねる。
「この街は楽しいですか?」
「うん。いろんなもの売ってるんだもん。見ているだけでも楽しい」
言葉遣いまで子供のようになっていた。
「ようやく都心に来たって実感が持てた……」
その時、ガラスにドクター・コートを着た人影が映った。
「!」
「どうかしましたか?」
「……」
丸メガネをして、化学実験をするかのようなドクター・コートを着た男が立っている。
クマのような大きな体。首回りの筋肉が付きなで肩に見える。
大きな体に似合わない、小さな口が開く。
『晶紀』
五頭身ほどの子供が、その声に振り返る。
『お父さん!』
甲高い声をあげて、振り返ったのは、子供の頃の晶紀だった。
お父さんと呼ぶその丸メガネのドクター・コートの男に、ひょいと抱えられ、一気に肩に乗せられた。
『たっかーい!』
男が一歩、一歩と歩く度、体は大きく揺れ、晶紀は、ふわっと体が持ち上がるような感じがする。
落ちまいと父の首にしがみつく。
それは決して不快ではなく、優しくて楽しい時間だった。
「あや…… 綾先生?」
亜紀は目をパチパチさせ、指で擦った。
「あれ、君たち。学校帰りにこんな所を歩いているのかい?」
反応できない亜紀に代わって、知世が答える。
「私たちは、家に帰る途中なのですが」
「本当? って。ボクはそんなことを学校に報告しないよ。ただし、条件がある。君たちがボクを見かけたって喋らないでいてくれるならね」
「ええ。もちろん話したりしませんわ」
「ありがとう、宝仙寺君」
そう言うと綾先生は、手を振りながら、駅方向へ去って行った。
「……」
亜紀の様子を見て、知世が声をかける。
「どうかいたしましたか?」
「いや、なんでもない」
晶紀は綾先生の後ろ姿を目で追っていた。
何度か化学の綾先生を見ている。
けれど、なぜ、今になって綾先生が父に見えたのか。まったく背格好も違う。綾先生は細身だが、父は背も高かったが縦横がクマのような比率だ。共通点は白衣だけ。晶紀は何かを忘れようとするかのように、首を横に振った。
「それにしても、こんなところに来るときまで白衣をきて…… ちょっとやりすぎですわ」
「……」
二人はさらに通りを進んで、エステ・サロンのあるビルに入り、エレベータに乗った。
エレベータが開くと、雰囲気のあるアロマの匂いがしていた。
「ここですわ。結構、入口の割には、中は広いから驚かれると思いますよ」
「へぇ……」
中に入ると、店員がやってきた。
知世が名前を告げると、予約表を確認していった。
「宝仙寺さまと、ご紹介いただいた天摩さまですね」
「はい」
その時奥から、施術が終わったらしい女性が現れた。
細身の体に、長い髪、モデルのような高身長。目鼻立ちがくっきりとしていて、西洋風の顔立ちだった。
知世は小さく『あっ』と言った。
「宝仙寺さん?」
奥から現れた女性は知世を見て呼びかけた。
「石原さん、いらしてたんですね」
「私、以前、浜辺さんから紹介してもらって…… 毎週くるようになったんです。ここはおすすめですよ…… えっと、そちらは転校生の……」
ま、毎週こんな所にくるのか。どんだけお金持ってんじゃ。晶紀はそう思ったが口にしなかった。
「天摩です」
店員が様子を伺うように見回すと言った。
「あら、みなさん、お知り合いでしたか?」
「ええ。私たち同じ学校……」
と言いかけた晶紀の口を、知世はとっさに手でふさいだ。
「学校ではありませんわ」
店員は微笑む。
「大丈夫ですよ。学校帰りにエステに寄っていただいているとか、先生に言いませんから。だってせんせ」
晶紀は店員が手を口に当てて言いやめたことに気付いた。
それを聞いて知世は胸に手を当てて、目を伏せ、ほっと息を吐く。
「ありがとうございます」
「それでは準備が出来ましたらお呼びしますので。天摩様は初回ですので、こちらにご記入頂きながお待ちください。アンケートの方は任意ですので、気になる場合は記入しなくても結構です」
ボードにクリップ止めした紙を渡される。会員登録用の情報と、アンケート。
晶紀が受け取ると店員は奥の部屋の準備に戻ってしまった。
「知世、さっき店員が」
晶紀が言いかけると会計を終えた石原が、割って声を掛けてきた。
「じゃあね」
「石原さん、ごきげんよう」
知世は頭を下げる。
「……」
声をかけるかわり、晶紀は、会釈する石原に軽く手を振って返した。
「知世、さっき最初に受け付けてくれた店員さんが言った事、おぼえて」
と、その時、三つ並んでいる真ん中の部屋の扉が開いた。
「宝仙寺様。準備が出来ましたので、こちらへ」
知世は鞄を持って立ち上がった。
「晶紀さんごめんなさい。お話は後にしましょう」
「う、うん」
知世が笑顔で手を振ると、部屋に入っていく。
晶紀はさっきの店員の言葉を思い出していた。
『……学校帰りにエステに寄っているとか、先生に言いませんから。だってせんせ』
だって、せんせ、これは先生と言おうとしたのではないだろうか。例えば児玉先生とかが、学校の勤務時間なのにエステに来ていたとか、そういうことだろうか。先生に言うことはしなくとも、生徒には言ってしまうのでは不公平だ。先生がこっそり来ているのも内緒にするべきだ、と思って口を押えたのだろうか。晶紀はそんなことを考えていると、店員が奥の扉から出てきた。
「奥の部屋の準備も出来ました。天摩様、どうでしょうか。ご記入は終わりましたでしょうか?」
「あっ、ちょっとまってください」
晶紀は急いで必要な項目のみ記入して、ボードごと渡した。
そして奥の部屋に入っていった。