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8 ミッション! 足手まといを連れて、ゴリラから逃げろ!

 ダメだ、これは勝てない。

 当然、ただ勝つだけなら簡単なんだけど、いかんせん状況が悪い。

 僕の側には足手まとい……もとい、駆け出し冒険者が三人。

 この人達の見てる前で本気は出せない。

 つまり、表向きのステータスだけで、このゴリラをなんとかする必要がある。

 うん、無理。

 という事で……


「逃げますよ! 走ってください!」

「ひぇえええ!」

「うわぁああ!」

「さっき走ったばっかなのにぃいい!」


 弱音を吐きながら全力で逃走する、自称未来の英雄三人。

 僕はその後ろから殿のような形で付いて行く。

 ゴリラはそんな僕達の事を獲物と認識したのか、迷う事なく追いかけてきた。


「ウッホォオオオオオオ!」


 うん。

 速い。

 当たり前だけど、駆け出し三人組とは比べ物にならない速さだ。

 駆け出し三人組も予想以上の逃げ足の速さで頑張ってるんだけど、彼らの平均ステータスはせいぜい三百。

 表向きの僕のステータスより低い。

 普通に考えて、その十倍以上のステータスを持つゴリラから逃げられる道理はない。

 そう、普通に考えれば。


「ウッホァア!」


 ゴリラが拳を振りかぶる。

 当たれば(三人組は)即死。

 避ける事も(三人組は)不可能。

 でも、ゴリラの拳は彼らには当たらない。

 だからといって、僕が受け止めた訳でもない。

 ゴリラの拳は、何もない地面を殴ったのだ。


「ウホッ?」


 ゴリラが困惑した様子で首を傾げる。

 でも、知能が低いからか、特に気にせずもう一回殴ってきた。

 その拳も僕達から外れ、意味もなく地面を叩く。


「ウッホォオオオオオオ!」


 さすがに二回も続けばイラ立ちくらい覚えるのか、ゴリラはキレた。

 キレて拳を乱打する。

 しかし、その拳は一発としてこっちには当たらない。


 そのカラクリは幻惑魔法だ。

 他者を惑わす事に特化した魔法。

 それでゴリラの視界に映る僕達の位置をズラし、ゴリラはズレた場所に映る僕達の幻影を殴っていた。

 僕一人だったら、隠密のスキルと合わせて完全に姿を隠す事もできるんだけど、駆け出し三人組まで含めると難しい。

 幻惑魔法じゃ姿は誤魔化せても、気配までは隠せないから。

 ここで僕達の姿を完全に視界から消すような事をすれば、ゴリラは音なり匂いなりを頼りに襲ってくるだろう。

 聴覚や嗅覚は視覚に比べて惑わしづらいから、そうなると少しめんどくさくなる。

 だったら、幻影というわかりやすい的を用意して、それを殴っててもらった方が楽だ。


「「「ひぃいいいいい!?」」」


 背後から凄い破壊音が聞こえる分、駆け出し三人組は堪ったものじゃないみたいだけど。

 ボヴァンさんの時みたいに腰を抜かさないか心配だったけど、意外と足取りはしっかりしてる。

 逃げ足も称賛に値するくらいには速いし、どうやらこの三人、土壇場に強いらしい。


「《プチ・スピードブースト》」


 そんな三人に、小声で不自然にならない程度の支援魔法をかける。

 これで少しはスピードアップした。

 それでも、ステータスにして四百ちょいくらいが限度。

 焼け石に水だ。

 安全を考えれば、もう少しゴリラを引き離しておきたい。


「《ウォーターボール》!」

「ウホッ!?」


 水球の魔法を勢いよくゴリラの顔面にぶつけて怯ませる。

 威力は絞ってあるから、ホースの水をぶっかけられたくらいの衝撃しかないだろう。

 それでも、顔面に当たれば一瞬怯ませる事ができる。

 今はその一瞬が何よりも重要。

 だって、これで……


「「「外だぁ!」」」


 ゴールだ。

 僕達は運良く誰にも遭遇する事なく、初心者ダンジョンを走り抜けて入り口に戻ってきた。


「「「な、なんだぁ!?」」」


 目が飛び出さんばかりに関所の人達が驚愕し、しかし驚愕しながらも戦闘態勢を整える。

 結構いい練度してる。

 さすが人類戦力飽和時代。

 これならゴリラの相手も任せられ……いや、ダメだ。


「久しぶりに大物が出てきおったな! どれ、この道一筋40年、このダンジョンの管理責任者を任せられたこのワシが相手をしてしんぜよ……ぐはぁああああ!?」

「「「所長ぉおお!?」」」


 あ、鑑定した中で一番強かったおじいさんが、ゴリラにぶん殴られて吹っ飛んだ。

 遠距離からバレないように回復魔法をかけておく。

 あの人、地味に平均ステータスが1500くらいあったし、死にはしないでしょう。


 でも、あのおじいさんは、本当にこの関所で最強だったんだ。

 他の人達の平均ステータスは、高い人でも千以下。

 低い人だと、駆け出し三人組以下の人すらいる始末。

 格好からして冒険者じゃなくて兵士っぽいし、多分新兵の人が交ざってるんだろう。

 初心者ダンジョンに派遣する人材としては正しいよ。

 むしろ、あのおじいさんが過剰戦力だったと言える。


 だけど、それは平時ならの話だ。

 今はランクに見合わない魔物がダンジョンから出てくるという緊急事態。

 申し訳ないけど、ここの人達は頼りにならない。


「あなた達は逃げてください! 僕があの魔物を引き付けます!」


 大声でそう宣言しながら、僕はゴリラを挑発するように再び水球を顔面にぶつけ、ゴリラをこっちに誘導する。

 単純なゴリラは、簡単に挑発に乗って、標的を僕に定めてくれた。

 よし、後は人目につかない所まで行ってから一撃で仕留めればいい。

 その後は、なんとか逃げ切ったけどゴリラは行方不明になりましたで誤魔化そう。


 そう思ったんだけど……


「……なんで付いて来てるんですか?」


 僕の近くには、何故か離れてくれない駆け出し三人組の姿があった。


「決まってるだろう! 俺達も協力する!」

「ここで逃げたら、未来の英雄が聞いて呆れるからな!」

「まあ、既に逃げてる訳だが! それでも女の子一人に全部任せるなんて男の恥だ!」

「……いや、だから僕、男なんですけど」


 段々、女扱いされる事に対しては諦めの境地に達してきたよ……。

 それはもうこの際いいとして(本当はよくないけど)、この人達は本当に何をやってくれてるんだろうか。

 いや、善意からの行動だって事はわかるよ?

 それに、かなりイケメンな勇気ある行動だとも思うよ?

 けど、善意が必ずしも人の助けになるとは限らないというかなんというか……。

 ぶっちゃけ邪魔だ。

 ただ、やってる事自体は本当に凄く良い事だから、素直に邪魔だと言えない、このもどかしさ……。

 ええい! 仕方ない!

 予定変更だ!


「このまま奴を引き付け、対処できる人達のいる場所に誘導します! いいですね!」

「ハァハァ……おう、わかった!」

「だが、具体的には……ゼェゼェ……」

「どこに、行けばいいんだ!? ゼェハァ……」


 おい、息切れてるじゃないですか。

 大丈夫かな?

 これ目的地まで持つかな?

 まあ、いざとなれば蹴り飛ばしてでもゴリラから逃がせばいいか。

 そんな事を考えながら、三人組に目的地を告げる。


「なるほど!」

「そこなら!」

「確実だな!」


 納得してくれたらしい。

 直接行った事はないけど、受付嬢さんに見せてもらった地図の通りなら、ここからそう遠くない場所に目的地はある筈だ。

 できれば、そこまで頑張ってほしい。


「《キュア》」

「うお!?」

「なんだ!?」

「力が! 力が湧いてくる!」


 バレないように体力回復の魔法を使い、三人組の体力を底上げする。

 今なら火事場の馬鹿力とでも思ってくれるだろう。

 そうして、僕達とゴリラによる、再びのデッドヒートが始まった。


「ひぃ!? 死ぬぅ!?」

「かすった!? かすったぞ!?」

「ゼェゼェ……ど、どこまで引き離せた?」

「バカ野郎!」

「すぐ後ろにいるに決まってんだろうが!」

「ちっくしょおおおお!」


 自棄っぱちになりながらも走り続ける三人。

 そろそろ限界かもしれない。

 体力は回復魔法でまだなんとかなるとして、幻惑魔法の効きが悪くなってきたのが致命的だ。

 元々、この魔法は同じ対象に長時間連続でかけ続ける魔法じゃない。

 実は幻惑魔法ってそんなに強い魔法でもないしね。

 手品師のマジックみたいなもので、一瞬騙すだけなら効果的なんだけど、長時間に渡って何度も何度も繰り返すと、タネが割れて効かなくなるんだ。

 相手が知能の低いゴリラだからこそ、まだ少しは効いてるだけ。

 人間相手だったらとっくに通じなくなってるだろうし、ゴリラ相手でもそろそろキツイ。

 その証拠に、ほら。


「ウッホォオオオオオオ!」


 ゴリラの視線が見えている筈の幻影ではなく、しっかりと僕本体を捉えた。

 遂に効果切れか。

 でも多分、目的地までもあと少しの筈。

 正体バレ的な意味で少し危険な賭けだけど、あとは僕自身の力で切り抜けるしかないか。


 ゴリラの拳の側面に添わせるようにして、水を纏った剣を振るう。

 その水を高速回転させ、その回転でできる限り衝撃を和らげ、まるで発泡スチロールのように頼りない剣を守りながら受け流す。

 だけど、相手は物理系ステータス四千の大物。

 本来ならこんな安物ソード、それこそ本物の発泡スチロールのようにへし折ってしまえる相手だ。

 表向きのステータスでできる限りの事はしたものの、それだけではどうにもならず、ボキリと嫌な音を立てて剣は折られた。


 しかし、剣の犠牲と引き換えにゴリラの拳は受け流され、予想外の力の流れに翻弄されて、ゴリラの体勢が崩れる。


「ウホッ!?」

「《ウォータースラスト》!」

「ウッホゥッ!?」


 そこに折れた剣を使って水を纏った斬撃をぶつけ、更に体勢を崩して転ばせる。


「今です! 走って!」

「「「うぉおおおおお!」」」


 その隙を突いて、駆け出し三人組に最後の力を振り絞って走らせた。

 三人の向かった先には、多くの人の気配がする本当のゴールがある。


「「「助けてくださぁああああい!」」」


 という恥も外聞もない叫びが聞こえ、それを聞いたらしい何人かがこっちに向かってくる気配がした。

 その中の一人は、他の人達とは比べ物にならない凄いスピードで近づいてきてる。

 それこそ、目の前のゴリラよりも速いスピードで。


「ウッホォオオオオオオ!」


 一方、体勢を立て直したゴリラが僕に向かって拳を振りかぶる。

 でも、もう僕が対処する必要はない。

 何故なら……


「よく頑張ったな、少年」


 さっき感知した覚えのある気配の持ち主が、ゴリラの拳が振るわれるより早く僕の元に駆けつけたのだから。

 まるで銀色の閃光のようなその人は、僕とゴリラの間に割って入り、その手に持った白銀の剣を一閃した。

 それに合わせて稲妻が迸り、それが突き出したゴリラの片腕を後片もなく消滅させる。


「ウッホォオオオオオオウッ!?」

「《ボルトスラッシュ》!」


 更に、今度は真上から脳天目掛けて剣を一閃。

 雷を纏った銀の斬撃がゴリラを真っ二つに切り裂き、その体を電圧で真っ黒に焼き焦がし……危険度Bの強力な魔物は、その一撃で光の粒子となって消滅した。


「さて、さっきぶりだな少年。怪我もないようで何よりだ」


 そして、それを成した女剣士、レイさんは、見る人全てを安心させるような朗らかな笑顔で僕に笑いかけた。

 その姿は一枚の絵画のように綺麗で……僕なんかよりよっぽど勇者っぽい、本物の『英雄』の姿を見たような気がした。

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[気になる点] この毎度の女に間違われるのっている? 微妙
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