5 先輩との出会い
「あわわわわわわ! た、大変ですぅ!」
「……あの人、そんなに危ない人なんですか?」
勝手に割って入りそうになる悪癖を根性で堪え、受付嬢さんにチンピラっぽいおじさんの事を聞く。
ここは冒険者ギルドだ。
職員さんなり、あのおじさんより高位の冒険者なりが取り押さえてくれれば、僕が目立つリスクを負ってまで飛び出さなくて済むんだけど……この受付嬢さんの様子を見る限り、期待薄かもしれない。
「あの人はB級冒険者『暴れ牛』のボヴァンさんです! このギルドでも有数の実力者なので、暴れられると私達ではどうにもなりません!」
「それはまた、怖そうな人ですね……」
暴れ牛なんていかにもな異名持ってるし。
あの絡まれてる新人っぽい人達がチート持ちの主人公なら返り討ちにするまでがテンプレなんだけど、三人揃って顔を真っ青にしてるから無理っぽい。
「いえ、普段は温厚で優しい人なんですよ? ただ、お酒が入った状態で特定の話題に触れられるとキレると言いますか……」
「え?」
じゃあ、何?
もしかして、あの新人っぽい人達の自業自得という可能性もあるの?
「いっぺん死んで、出直して来いやぁああ!」
いや、でも暴力はダメでしょ暴力は!
B級冒険者の力で殴ったら、あの新人っぽい人達死んじゃうよ!?
そう思ってしまえば、僕の悪癖はもう抑えが効かない。
僕は反射で駆け出して両者の間に割って入り、ぶん殴ろうと振り上げられたボヴァンさんの腕を掴んでいた。
全力じゃなくて、虚偽ステータスの方の速度で動けた分、冷静だったと思いたい。
「なんだ、おめぇはぁ!?」
「落ち着いてください! 暴力はダメです! 殴ったら死んじゃうかもしれませんよ!」
「ふん! 嬢ちゃんに俺の気持ちなんざわからねぇよ!」
いや、だから僕、男!
今日一日で何回間違えられるんだ!?
「そいつらは、そいつらはなぁ……!」
ボヴァンさんの体から凄まじい怒気が吹き出す。
オコだ。
激オコだ。
B級冒険者の名に相応しい威圧感だった。
それを食らった背後の新人っぽい人達が腰を抜かしたのが感知のスキルでわかる。
いったい、何が彼をここまで怒らせたのだろう。
「あろう事か! あろう事かッ! この俺の事を隠れてハゲと呼びやがったんだッ!」
「……………ふぇ?」
「しかも、ただのハゲじゃねぇぞ! チビハゲデブの三重苦とか抜かしやがったんだ! ハゲはともかく、チビとデブはドワーフなんだから仕方ねぇだろうが! 人族基準だとどうしてもそう見えちまうんだよ!」
あ、あー……それは、なんというか。
「……本当ですか?」
チラリと後ろを振り返ってみると、新人っぽい三人組が全員サッと目を逸らした。
事実らしい。
「何が絶対モテそうにないだ!? その通りだよ! 生まれてこの方50年、彼女すらいた事ねぇよ! 俺だって気にしてんだよぉ!」
「あー……」
ヤバイ。
凄まじく同情できるんですけど。
タイプこそ違えど、この人は僕だ。
婚活に失敗した未来の僕だ。
どうしよう。
一発くらい殴らせてあげたくなっちゃった。
「非モテをバカにしたらどうなるか思い知らせたるぅ!」
いや、でもやっぱり殴っちゃダメだ!
うっかり酔った勢いで全力パンチしたら、冒険者ギルドに真っ赤な花が三つも咲いてしまう事になる。
それはこの人の為にもならない。
殺人犯じゃ、どう足掻いてもモテなくなるよ!
どうする?
申し訳ないけど、腹パンか首トンでもして、物理的に大人しくなってもらう?
いや、ダメだ。
鑑定してみたけど、この人のステータスは平均三千を超えてる上に防御寄り。
虚偽ステータスの範囲内の力じゃ、気絶はおろか取り押さえる事すらできない。
勿論、本来のステータスを使うのは論外。
そんな事したら、ステータスの偽装がバレる上に、下手したら連鎖的に勇者である事までバレて、どんな面倒事が巻き起こるかわからないから。
そうなると残った手段は……幻惑魔法だ!
酔って幻覚を見た的な感じで、何もない所を殴ってもらおう。
ギルドはちょっと壊れるだろうけど、人死にが出る事に比べたら安い筈だ!
「ぐえっ!?」
そう思って僕が魔法を発動する直前、ボヴァンさんが潰れた蛙のような声を上げて床に倒れ伏した。
何が起きたのか、殆どの人にはわからないだろうけど、僕の動体視力なら目で追える。
ボヴァンさんは、背後からの首トンの一撃によって倒されたのだ。
いくら酔っぱらい状態とはいえ、B級冒険者を一撃で気絶させるなんて!
「すまない。ウチの仲間が悪い事をしたね」
それを成した人は、申し訳なさそうな顔をして僕に謝罪してきた。
綺麗な女の人だった。
銀の長髪に、深い青の瞳。
歳は20くらいか。
僕より少し歳上。
勇者時代を含めたら同い年くらいだろうけど。
そして、この女の人からはもの凄い力強さを感じた。
勇者時代の癖で、反射的に鑑定を使う。
━━━
人族 Lv67
名前 レイ
HP 6488/6488
MP 6005/6005
攻撃 6224
防御 5781
魔力 6131
抵抗 5667
速度 6289
スキル
『剣術:Lv6』
『体術:Lv4』
『雷魔法:Lv5』
『感知:Lv4』
『隠密:Lv5』
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へ、平均ステータス六千!?
しかも『剣術:Lv6』に『雷魔法:Lv5』!?
まごう事なき英雄じゃないか!
僕の見てきた人の中では十指に入る強さだよ。
まあ、英雄が殆ど死に絶えた世紀末時代の話だし、その時代の魔物まで含めたらトップ100くらいだけど。
「彼も悪い奴じゃないんだ。ただちょっと、いや、かなり同情に値する男なだけで……。酒が入っていない時はまともだから、できれば嫌いにならないでやってほしい」
「あ、はい」
反射的に頷くと彼女、レイさんはとても優しい顔になった。
「ありがとう。あれ程の怒気をぶつけられてそんな事が言えるなんて、君は優しいな。それに度胸もある。いい冒険者になれるだろう。期待しているよ、少年」
そう言って僕にウィンクしてくるレイさん。
うわっ!? なんか今、胸がキュンとした!?
これがイケメンか!
「では、失礼するよ」
そうして、レイさんは気絶したボヴァンさんの首根っこを掴んで引き摺りながら立ち去って行った。
ボヴァンさんに関しては……うん、強く生きてほしい。
大丈夫。
ドワーフの寿命は百数十年って聞くし、まだまだチャンスはある筈だ。
諦めないでほしい。
それにしても……
「凄い人でしたねぇ……」
騒ぎが収まり、クエストボードから手頃なクエストの書かれた紙をひっぺがして受付に持ってきた僕は、受付嬢さんに向けて思わずそう呟いていた。
脳裏に浮かぶのはボヴァンさん、ではなく、勿論レイさんの方だ。
あの若さで、あの強さ。
きっと、勇者時代の僕に劣らないだけの修羅場を潜ってきたに違いない。
「ええ、あの人はA級冒険者『銀雷』のレイさんです。ボヴァンさんも所属するこの街最強の冒険者パーティー『天勇の使徒』のメンバーにして、既にS級冒険者を超える力を持つと言われる若き英雄ですね」
「え? あの人まだA級冒険者なんですか?」
「はい。S級への昇級には実績がまだ少し足りないみたいで。魔王軍との戦争にでも積極的に参加すれば一発だと思うんですけどね」
あの人、魔王軍との戦争に参加してないんだ……。
まあ、強い人に戦う義務があるなら、僕とか真っ先に駆り出されるし、そこに異論はないんだけど。
それにしたって、あれだけ強い人を強制召集せずに後方で使う余裕があるなんて、今代は本当に余裕なんだなぁ。
「あ」
そういえばあの人、今日初めて僕の事を最初から「少年」って呼んでくれたような……。
……なんだろう。
それに気づいた瞬間、何故か再び胸がキュンとした気がした。
これが、後に深い、それはもう深い関係を築く事になる先輩冒険者、レイさんとの出会いだった。




