最凶襲来
「《ムーンスラスト》!」
広範囲を薙ぎ払う半月のような軌道を描く斬撃によって、周囲にいた多くの魔物を切り捨てる。
それを成した女剣士、レイはいつもより遥かに体が軽い事を実感していた。
平時はおろか、パーティーリーダーであるルドルフに支援魔法をかけてもらった時と比べても、比較にならない強化率だ。
これが聖女の力かと感心する。
「《ライトスラッシュ》!」
対して、光の斬撃で魔物を切り捨てる勇者を見て思う。
あれはダメだ。
別に弱い訳ではない。
むしろ、自分達と同格以上のステータスは持っているだろう。
今だって、かなりの数の魔物を一人で倒している。
十二天魔対策に力を温存してあれなのだから、なるほど、勇者に選ばれるだけの事はあると言えるのかもしれない。
だが、それでもレイの思い描く『本物の勇者』の姿に比べたら霞んでしまう。
駆け出し時代の自分を見出だし、大切な仲間達と出会わせてくれたエルフの恩人が語る先代勇者の力は、こんなものではなかった。
剣の一振りで天を裂き、魔法の一撃で万の魔物を薙ぎ払う。
一挙一動が規格外。
強すぎて、味方を巻き込まないように、早々全力を出せないような超級の存在だったらしい。
聖女の支援もなく、伝説の武器もない状態でそれだ。
そんな先代に比べたら、反則としか言えないような二つの力で強化されて尚、戦えば自分でも勝てそうな当代はダメだとしか思えない。
それが自分の勝手な思いである事はレイ本人も自覚している。
当代勇者はまだまだ新米であり、これから徐々に成長していくのだろうという事もわかっているし、そもそも歴代最高と謳われた先代と比較する事自体が間違っているという事も理解している。
それでも、この先当代勇者がどれだけ強くなろうと、彼を好きになれる気がしなかった。
『安心してくれ。俺とティアナの力があれば、どんな敵でも怖くない』
思い出すのは、ギルドの応接室に呼び出された時に聞いた、当代勇者の言葉。
自信に満ちていると言えば聞こえはいいが、レイから見れば慢心に満ちているとしか思えない言葉を吐く勇者の姿。
本心では怯えながらも気丈にそれを隠し、常に己よりも強い敵に挑み続けたという先代とは似ても似つかない。
『どれだけ強い敵が現れても、俺がこの剣で必ず倒してみせる』
しかも、まるで新しい玩具を自慢するように見せつけられた、聖剣。
不快だった。
もう生理的に無理だった。
その剣は、先代勇者が数多の試練を乗り越えた末に、ようやく手に入れた剣だ。
歴代最強の魔王軍と戦いながら旅をし、SS級ダンジョンという魔境をいくつも乗り越え、道を阻む凶悪な魔物達を退けて、その果てにようやく掴んだ力。
一度振るえば、当時無敵と恐れられた四天王の一角すらも一撃で葬り去ったという、伝説の武器。
それを玩具のように扱う当代勇者が許せなかった。
勇者という、どうしようもない程に焦がれた憧れの存在を、土足で踏みにじられたような気がして。
「グルォオオオ!」
「あ……」
「《ホーリーランス》!」
嫌な事を思い出した苛立ちで動きが鈍った隙を突き、巨大な狼のような魔物がレイに襲いかかった。
それを近くにいたルドルフが光魔法の一撃で倒す。
助けてもらわなくとも大丈夫ではあっただろうが、今の精神状態では対応を誤り、傷の一つくらいは負わされていたかもしれない。
「心が乱れていますよ。戦闘中に余計な事を考えてはいけません。集中してください」
「……すまない。もう大丈夫だ」
ルドルフの言葉はもっともだ。
レイは心を静めて嫌な気持ちを追い出し、努めて冷静になろうと努力する。
最近出会った中々に見所がある後輩に「背中は任せた」とカッコいい事言ってしまったのだ。
ここで無様な姿は見せられない。
「シュララララララ!」
次の魔物がレイを狙ってくる。
この戦場でもひときわ目立つ巨体。
危険度Aの魔物、ガイアドレイクだ。
外見は岩を纏った巨大な蛇のような姿だが、分類としては最強種であるドラゴンの亜種に当たり、危険度Aの名に相応しく、ここのようなA級ダンジョンならば、ダンジョンボスとして君臨していてもおかしくない程の強さを誇る。
普段ならばパーティー全員で全力を尽くして戦い、かなりの時間をかけて討伐しなければならない大物だが、聖女の力で強化された今ならば、十二天魔対策に力を温存しなければいけない状態でも倒せると直感で理解した。
「リーダー! ミーナ! 援護を頼む!」
「わかりましたよ」
「仕方ないわねぇ……」
レイが助走をつけて大ジャンプし、ガイアドレイクの頭部を目掛けて跳躍する。
当然、ガイアドレイクは向かってく敵対者にその巨大な牙を向いたが、突如、レイを追い越して飛来したとてつもない威力の矢に眼球を撃ち抜かれ、悲鳴を上げながら大きく仰け反る。
その矢を放ったのは、眠そうな目をした『天勇の使徒』の猫耳弓手、ミーナだ。
メンバーの中で最も華奢な体格をしている彼女だが、その正体は物理系ステータスに優れる獣人族の一人であり、実はメンバー内ではレイに次ぐ豪腕を持っている。
そんな彼女の力を十全に発揮できるよう特別に作られた、常人では弦を僅かに引く事すらできない豪弓から放たれた矢は、聖女の支援によるステータスの増強と相まって、危険度Aの魔物の体を撃ち抜く程の威力となった。
更に、仰け反ったガイアドレイクの体が、一瞬で凍りついていく。
ルドルフによる氷魔法だ。
彼が最も得意とするのは光魔法だが、状況に合わせて様々な魔法を使い分ける引き出しの多さこそが彼の真骨頂。
拘束に長けた氷結の魔法が、ガイアドレイクの動きを一瞬完全に止めた。
「《ボルトスパイク》!」
そこにトドメを刺すのは、パーティーのエースであるレイ。
雷魔法を纏った剣を真っ直ぐに構え、一筋の雷の矢となってガイアドレイクを撃ち抜く。
仰け反った事で晒してしまった喉を貫かれ、体内を直接電熱で焼かれ、ガイアドレイクが一瞬で光の粒子となって消滅する。
消耗も少なく完全勝利だ。
そして、他の者達が対処に手間取っていた超大物が倒れた事により、形勢は一気にこちらの優勢となる。
ハナやボヴァンが危険度BやCの魔物を一撃で仕留めて周り、他の者達も同様の戦果を上げ、無限に思えた敵軍の数が、遂に目に見えて減り始めた。
そろそろ勝利が見えてきたという、━━その時だった。
「ハーハッハッハッハ! この大騒ぎ! これが噂に聞く祭りというやつか!」
そんな笑い声と共に、一体の魔物が空から降ってくる。
まるで爆発系でも使ったかのように、魔物が降り立った地面には大きなクレーターが出来上がり、その衝撃で何人かの戦士達が吹き飛んだ。
聖女の力のおかげで死んではいないようだが、回復魔法が必要なくらいの怪我は負っている。
登場しただけで聖女の加護を受けた戦士達を戦闘不能にした魔物。
それは、漆黒の表皮を持ち、その上から骨のような外骨格を纏った悪魔だった。
人型のシルエットで二足歩行。
蝙蝠のような翼と、三角に尖った尻尾を生やし、歪な形の角を持っている。
悪魔系の魔物の特徴と合致する姿。
しかし、その悪魔は一般的な悪魔と比べて巨体であった。
体調は5メートルを超え、体格はゴリマッチョを通り越し、本家ゴリラすらも上回る筋肉の塊。
そして何よりも、━━その身から迸る圧倒的な強者の気配。
この場の全員が確信する。
こいつこそが、自分達が最も警戒していた相手なのだと。
「俺の名はジュラゾーマ! 魔王軍幹部! 十二天魔序列十一位! 『不死身』のジュラゾーマだ! この祭り、俺も交ぜろ!」
そうして、この時代最凶の魔物の一角が襲来し、レイ達に襲いかかった。




