2 再召喚
……どうしてこうなった?
僕は今、豪華な城の中みたいな場所にいる。
足下には不思議な光を放つ魔法陣。
目の前には、いかにもな格好をした魔法使いっぽい人達の姿。
もの凄いテジャブ。
「ようこそ、世界『エリクシオン』へ。心より歓迎いたします、勇者様」
魔法使いっぽい人達の先頭にいた聖女っぽい雰囲気の金髪碧眼の美少女が、小さく頭を下げながらそう言った。
……エリクシオン、か。
それは僕が召喚され、魔王を倒して救った異世界の名前だ。
やっぱり、そういう事なのだろうか。
これは、いわゆる再召喚というやつなのでは。
僕は死んだ目で遠くを見つめながら、ここに至った経緯を思い出した。
魔王との戦いで命を落とした後、気づけば僕は子猫を助けて死んだ現場に戻っていた。
しかも、傷の一つもない状態で。
どうやら、勇者は死ぬと元の世界で死んだ場所と時間に帰れるらしい。
初めに言っておいてほしかった。
何度も決めた、あの悲壮な覚悟はなんだったのか。
まあ、なんにせよ、生きて新しい人生を始められる訳だから、文句はない。
記憶を持ってる分、転生して来世とかよりラッキーだったかもしれない。
ステータスもスキルもなくなってたけど、命があっただけ儲け物だ。
そうポジティブに考えてた。
それから約一年間。
僕は前までと同じく、普通の高校生としての生活を満喫した。
親との折り合いは悪かったし、友達もいなかったし、勇者時代のトラウマのせいでPTSDになりかけたけど、命の危険がない世界にいられるだけで最高だ。
ビバ平和。
争いは何も生まないんだよ。
ラブ&ピース最高。
そんな感じの一年だったけど、ある日の下校中に、僕はまたしてもアホな事をやらかしてしまった。
今度は暴走トラックに轢かれそうな子犬を助けて潰されたのだ。
咄嗟に体が動いちゃった。
同じ失敗を繰り返すとか、まるで成長してない。
でも、仕方ないんだ!
知らない場所で知らない誰かが苦しんでるとかだったらともかく、こうやって目の前でスプラッタが起きそうになってたら、体が勝手に動いちゃうんだ!
この無駄な正義感(?)のせいで、イジメとか見過ごせずに介入して標的が僕に移り、結果友達が出来なかった訳だしね。
勇者引き受けた理由も、命の恩を踏み倒せなかったという謎の責任感(?)によるものだし、ホント実害が出るレベルの損な性分だよ。
直したい直したいと思ってたけど、何度死んでも直らなかったなぁ。
バカは死んでも治らないって本当だね。
こうして、「あーあ、またしてもやっちゃった」と後悔しながら、僕は都合三度目にもなる死を迎えた。
そして、気づけばデジャブ感満載の場所にいた訳だよ。
どうやら、僕はまたしても勇者として召喚されてしまったらしい。
命を拾ってラッキーと考えるべきか、トラウマしかない勇者という存在にまたなっちゃってアンラッキーと思うべきか。
いや、今回は確実にラッキーだろう。
何故なら、この場にいる人達は、誰一人として僕の存在に気づいていないんだから。
「ステータス」
周囲に聞こえないようにそう呟いて、僕は現在の自分の状態を確認する。
━━━
勇者 Lv99
名前 神崎深雪
HP 32821/32821
MP 29950/29956
攻撃 34480
防御 30022
魔力 28874
抵抗 29550
速度 35877
スキル
『聖剣術:Lv10』
『体術:Lv10』
『聖光魔法:Lv10』
『火魔法:Lv2』
『水魔法:Lv2』
『土魔法:Lv5』
『幻惑魔法:Lv7』
『空間魔法:Lv7』
『回復魔法:Lv10』
『支援魔法:Lv10』
『感知:Lv10』
『隠密:Lv10』
『異界式鑑定術:Lv10』
━━━
思った通り、全盛期のステータスが戻ってる。
デジャブを覚えた瞬間、魂に刻まれたトラウマが脊髄反射で体を動かし、咄嗟に僕は『隠密』と『幻惑魔法』のスキルを使って気配と姿を隠した。
その時、当たり前のようにスキルが使えたし、なんかやけに身体が軽いし、ステータスが戻ってる事はなんとなく予想してたよ。
これはとてつもない朗報。
この力があれば、前回程の苦労はしないだろう。
更に、朗報はもう一つある。
上手くすれば、勇者の使命その物を回避できるかもしれないのだ。
「ここは……? 俺は確実に死んでいた筈だが……」
困惑した様子でそう呟くのは、僕の隣にいるスラッと背が高くてモデルみたいな、甘いマスクのイケメーン。
黒髪黒目で、歳は僕と同じくらい。
男にしては背が低い上に女顔とよく言われてた僕より、よっぽど正統派の勇者っぽい。
その姿には見覚えがある。
今回僕を潰した暴走トラックの進行ルート上にいた運の悪い人だ。
状況から考えて、多分彼が今代の勇者だと思う。
聖女っぽい女の子が話しかけてたのは、姿を隠した僕じゃなくて彼だったのだ。
でも、もしかしたら僕の方が彼を巻き込んだという可能性もあるので、勇者時代に散々お世話になったスキル『異界式鑑定術』を使って、彼のステータスを確認してみた。
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勇者 Lv1
名前 如月遥斗
HP 150/150
MP 102/102
攻撃 120
防御 108
魔力 110
抵抗 100
速度 121
スキル
『聖剣術:Lv1』
『聖光魔法:Lv1』
『異界式鑑定術:Lv1』
━━━
よかった。
彼は巻き込まれた一般人じゃなくて、ちゃんと僕と同じ勇者だった。
種族欄に勇者って出てるから間違いない。
種族『勇者』は現地の人達とは比べ物にならないステータスと成長速度をあわせ持ち、更に勇者専用装備である伝説の武器を唯一扱えるチート種族だ。
僕の装備から伝説の武器はなくなってるから、多分前みたいに世界のどこかに散ったんだと思う。
前は超高難度ダンジョンの最深部に飲み込まれてたけど、さすがに今回はそこまでの鬼畜難易度じゃないでしょ。
根拠はある。
聖女っぽい女の子にも、魔法使いの人達にも、前回僕を召喚した人達みたいな切羽詰まった感じがないのだ。
嬉しそうにはしてるけど、狂喜乱舞はしてない。
つまり、人類にはまだそれだけの余裕があるって事だと思う。
少なくとも、僕の時みたいな終末一歩手前の状態ではないと見た。
羨ましい。
しかも、僕の時より遥かに人類側の戦力が充実してる。
鑑定してみた結果、あの聖女っぽい女の子の種族は、正真正銘の『聖女』だった。
勇者と魔王のいる時代にのみ生まれ、神の声を聞き、勇者の旅路に導を示すという唯一無二の存在。
回復や支援系のスキルに加え、勇者の代名詞である『聖光魔法』をも得意とし、勇者には及ばないまでも高いステータスと成長速度を持つ。それが聖女。
要するに、ナビゲーター兼強力な護衛だ。
当然、僕の時代ではとっくの昔に戦死していなくなってた。
だから僕はたった一人で戦い続け、殆どノーヒントで伝説の武器を探さざるを得なかったんだ。
羨ましい。
おまけに、この場にいる魔法使いの人達も、一人一人が結構な実力者だ。
平均レベル60くらいで、全員が魔法系ステータス四千を超えてる。
ステータス四千って言ったら、英雄の領域に片足突っ込んでるくらいの力なんだけど。
この人達が束になれば、下位の魔王軍幹部くらい倒せると思う。
そんな人達を戦場に出さず、勇者召喚の儀式に使うくらい余裕があるなんて。
羨ましい事この上ない。
そろそろ嫉妬で狂ってしまいそうだ。
なんにせよ、これだけ頼りになる人達に囲まれてるんだから、当代勇者の後輩くんは、僕よりずっと簡単に魔王を倒して世界を救ってくれるだろう。
先輩のよしみで助けてあげる必要性すら感じない。
遠慮なく勇者の役割を押し付けられる。
今回の命の恩に関しては……ほら、僕って三人の勇者がやられた魔王を倒してる訳で。
実質勇者四人分の働きした訳だから、命の恩一回分くらいの対価は既に支払い終えてると思うんだよ。
それに、今回は世界救ってくれって頼まれてもいないしね!
という訳で、僕は好きに生きさせてもらいます!
勇者の使命なんて知った事か!
今度こそ、平凡な普通の幸せを手に入れて、ベッドの上で大往生してやる!
そんな決意を新たに、僕は気配を消したまま勇者召喚の間を飛び出した。




