15 勇者コンプレックス
「え? こうは……んんッ! 勇者様達に会ったんですか?」
「ええ、そうなんですよ。ギルドマスターに呼ばれて応接室に行ってみれば、そこに待ち構えていましてね」
僕が帰宅してしばらくした頃、レイさん達も帰宅し、ルドルフさんが僕の部屋を訪ねて来た。
部屋にまで来るのは珍しいとはいえ、それでも週に一回くらいは食事に誘いに来てくれてたので、特に不思議には思わずに付いて行き。
あれ? レイさんとルドルフさんしかいないな、と若干不思議に思いながら夕食をご馳走になってたら、ルドルフさんはいきなり今日後輩くんに会ったという爆弾発言を口にした。
なんでも、今日ダンジョンの偵察から帰ったらいきなり職員さんに応接室に来るように言われて、行ってみたらあの課長さんと後輩くん一行が待ってたんだとか。
「聖女様は中々に礼儀正しい方でしたよ。仕方のない事情があったとはいえ、事前連絡を入れられなかった事と、突然呼び出した事をしきりに謝ってくれました。ただ勇者様の方は……」
そこでルドルフさんは難しい顔をして言葉を濁す。
そして、チラッとレイさんの方を見た。
レイさんはぶすっとした不機嫌そうな顔で、ひたすら無言でサラダを食べ続けてる。
「えっと、何があったんですか?」
「……いえ、別に何もなかったと言えばなかったのですが。その、なんといいますか、勇者様の事をレイくんが気に入らなかったとでも言えばいいのか……」
歯切れが悪い。
本当に何があったんだろう?
本気で気になっていると、レイさんがいきなり、ドンッ! という大きな音と共に机を叩いた。
レイさんのステータスでそれをやると机は木っ端微塵に砕け散るんだけど、直前にルドルフさんが光魔法の防壁を出してくれたのでセーフ。
ファインプレーだ。
「あれは勇者として相応しい男ではないッ! 大きな戦いを控えているというのに、あの態度はなんだ!? あれでは、まるで遊び感覚じゃないか! 戦いは遊びじゃないんだぞ! 人が死ぬんだぞ! 勇者なら、その悲劇を少しでもなくす為に、でき得る限りの事をするべきなんじゃないのか!? しかも顔が美少女じゃないし!」
レイさんが叫ぶ。
その顔に浮かぶのは、その声に宿るのは、明確な怒りだ。
レイさんがこんなに怒ってる姿は初めて見た。
後輩くん。
君はいったい何をやらかしたんだ。
「どうどう。落ち着いてくださいレイくん。勇者様だって初めから完璧な訳じゃありません。聞けば当代勇者様はまだ召喚されたばかりだと言うじゃないですか。心もステータスも、これから成長していくのだと思いますよ?」
「だとしてもだッ! 私はあいつを勇者とは認めない! 認めないからなぁ!」
「あ!? レイさん!」
「そっとしておいてあげてください。こればっかりは、私達が何を言っても意味がないので」
レイさんはらしくもなく、まるで子供が駄々をこねるように叫び散らし、宿屋の外に走り去ってしまった。
追いかけようとしたけど、ルドルフさんの言葉を聞いて思いとどまる。
確かに、一人になる時間は大切だろう。
愚痴なら後で聞きに行こう。
「わかってはいましたが、あの子の勇者コンプレックスは相当のものですね……。矯正が大変そうです……」
「ハァ……」と深々とため息を吐くルドルフさん。
まるで娘の子育てに悩むお父さんのようだ。
「聞きますか? あの子があんなに拗らせた原因」
「……それって下らない感じの笑い話ですか?」
「いいえ。あの子の生い立ちや人格形成に関係する、結構重要な話です」
ああ、そうなんだ。
なら……
「やめておきます。そういうのは本人から直接聞くべきだと思うので」
前にミーナさんが勝手に性癖を暴露した時、レイさん怒ってたからね。
人の嫌がる事はやらない。
当たり前の礼儀だ。
「ふふ、そうですか。思った以上にいい子ですねぇ。ますます、あの子が好きそうなタイプだ」
そう言って、ルドルフさんは優しく微笑んだ。
なんだか機嫌が良くなってるような気がする。
「さて、できれば今日もレイくんのいいところを君に語って聞かせたいところなのですが、残念な事に今日は少し真面目な話があります。心して聞いてください」
しかし、ルドルフさんは機嫌の良さそうな笑顔を引っ込め、真剣な顔になった。
それに合わせて、僕も気持ちを引き締める。
どうやら、今日はここからが本題らしい。
「結論から言いましょう。今回のスタンピード、想定していたよりも遥かに厳しい戦いになる可能性があります」




