13 あれから一ヶ月……
『天勇の使徒』に誘われてから一ヶ月。
まだ答えは出せてない。
でも、メンバーとは同じ宿屋に泊まってる仲という、言わばお隣さんみたいな関係性のおかげで、大分打ち解けられた。
ハナさんから誘われて軽めの試合をしてみたり、ボヴァンさんの恩返しでゴリラに折られた剣の代わりを貰ったり、ルドルフさんにレイさんのポジティブキャンペーンを延々と聞かされたり。
ミーナさんは部屋で寝てる時間が多いみたいであんまり会ってない。
一番幸いだったのは、あんな事言われたレイさんとの仲が別にギクシャクしなかった事かな。
レイさんの僕に対する感情は、突然自分の婚活に巻き込んでしまった事に対する申し訳なさが半分、性癖を暴露された事による恥ずかしさが半分ってところだと思う。
異性として見られてる気配がないから、そういう感じの照れもない。
ちなみに、僕の事どういう風に思ってるんですかと勇気を出して聞いてみれば「将来有望そうなイケメンの子供みたいな感じだ」と言われた。
子供扱いされてたのか……。
道理で異性として見られない筈だよ。
いくら好みのタイプでも、子供じゃ恋愛対象にはならないよね。
ちくせう。
そんな感じで天勇の使徒の人達と親交を深めてた訳だけど、実は会う回数自体はそう多い訳じゃなかった。
というのも、彼らは来るA級ダンジョンのスタンピードに向けて、数日に一回はダンジョンの偵察を依頼されてたから忙しかったのだ。
彼らだけじゃなく、スタンピードの前兆は街全体に影響を与えてる。
冒険者は皆ピリピリしてるし、街を守る兵士さん達はいつでも戦えるように備えてる。
国からエリート戦闘職の公務員である騎士団も派遣されて来たし、ギルドは他の街から有望な冒険者達をかき集めてるし、着々と準備が進められてる感じだ。
かく言う僕も、できる限りの準備は済ませた。
用意した大きな手札は二枚。
片方は使い倒す予定だけど、もう片方はできれば隠れて使う程度で終わってほしい。
いっそスタンピードの前に、僕自身がこっそりダンジョンに入って魔物を全滅させ、ついでにダンジョンコアを砕いて来ようかなとも思ったけど、すぐに受付嬢さん辺りに不在がバレそうだと思ったから止めた。
さすがに、A級ダンジョンを不在バレを気にして一日二日で攻略するのは僕でも無理だ。
身勝手な理屈だと思うけど、その分、できる事は全力でやって戦死者0を目指すから許してほしい。
そんな感じで着々と大戦が近づいてるけど、日々の仕事も疎かにしちゃいけないので、僕は今日も冒険者ギルドでクエストの完了手続きをしていた。
あ、そういえば、受付嬢さんの尽力もあって、僕の冒険者ランクはD級に上がったよ。
あのゴリラ戦の戦績だけじゃなく、あの後も一ヶ月間ちゃんとクエストを受け続けて、正当な手順で昇級した感じだ。
それに伴って偽装ステータスも少し上げられたので、大っぴらに使える力が少しは大きくなった。
かなりいい調子と言えるだろう
「はい。今日もクエスト完了です。お疲れ様でした。いやー、それにしてもミユキちゃんは優秀ですねぇ。偉い偉い」
そう言って受付カウンターごしに頭を撫でてくる受付嬢さん。
……この人との仲も大分深まってきて、遠慮が完全になくなってしまった。
何せ、僕の泊まってる宿屋は受付嬢さんの実家な訳で、つまり夜は受付嬢さんも普通に帰って来る訳で。
スタンピード関連で仕事が増えてるとはいえ、レイさん達よりは時間がある受付嬢さんは、ギルドでも宿屋でも僕を構い倒し、完全に妹扱いが定着したらしい。
最初は結構過剰なスキンシップを取ってくる受付嬢さんに対して、ルドルフさんが「思わぬライバル出現ですね」とか言って警戒してたのに、今では微笑ましいものを見る目になっちゃったもの。
なんでも、ルドルフさんは三人兄弟の末っ子らしく、幼少期に自分を構い倒していた姉の姿が受付嬢さんと重なって見えたんだとか。
今では受付嬢さんにまで僕のパーティー加入とレイさんとのお見合い話を持っていって外堀から埋めようとしてるし。
受付嬢さんも受付嬢さんで、目を輝かせながら話に食い入ってるし。
厄介な同盟が生まれたものだと思う。
「でも、いくら優秀だからって油断しちゃダメですからね! 冒険者って油断するとすぐ死んじゃう職業なんですから! 今度のスタンピードの時なんて特に気をつけてください。いくら比較的安全な街の防衛担当とはいえ、油断だけはしない事。お姉さんとの約束ですよ!」
「……はい」
でも、なんだかんだで、やっぱり心配してくれるのは嬉しい。
もう妹扱いでもなんでもいいような気がしてきた。
いつか僕が結婚するとなった時に、「ウチの妹をよろしくお願いします」とか言い出しても、僕はもう驚かないぞ。
もうそれでいいや。
「ああ、そうそう。そういえば昨日凄い事聞いちゃったんですけどね? なんと、今日この街に……」
「い、いらっしゃいませぇ!」
受付嬢さんが何か言おうとした瞬間、それを遮るようにギルドの入り口付近から大声が聞こえてきた。
声の主は、なんというか、課長と呼びたくなるような冴えないサラリーマンっぽい雰囲気のおじさんだ。
「ここのギルドのギルドマスターさんですね。この度は突然押し掛けてしまい、申し訳ありません……」
「いえいえ、そんな! あなた様が謝られる必要なんて!」
そのおじさんが、ペコペコと頭を下げながら扉の向こうの誰かと話していた。
会話の感じからして、誰かを出迎えてるのかな?
「あの人って……」
「ああ、ミユキちゃんは見た事ありませんでしたね。ウチのギルドマスターですよ」
「え……あれが?」
失礼だけど、思わずあれとか言ってしまった。
だって、冒険者ギルドのギルドマスターっていえば、もっとこう、元凄腕冒険者的な肩書きがあったりとか、荒くれ者の冒険者を纏め上げるに足る何かがあるっていうのがお約束だと思うんだけど……。
あの課長さんからは、そういう強者の気配を微塵も感じない。
鑑定してみても受付嬢さんより弱いし。
なんだろう? 事務仕事でのし上がってきたのかな?
「私が言うのもあれですけど、権力者に媚びてのし上がってきた人ですからねぇ。今回は相手が相手ですから、相当気合い入ってるみたいです」
あ、そういう感じの人か。
こう言っちゃうと悪口みたいに聞こえるかもれないけど、小物な感じの方なのかもしれない。
まさに課長。
じゃあ、その課長さんが必死にゴマをすりすりしようとしてる相手はいったい誰なんだろう?
「へ?」
課長さんに招かれてギルドに入ってきた人物を見て、思わず間抜けな声が出てしまった。
慌てて口を閉じる。
どうやら、受付嬢さんには聞かれてないみたいだ。
よかった。
だって、あの人達と知り合いだとは絶対に思われたくないもの。
「ここが冒険者ギルドか……。まさにお約束って感じだな。ワクワクする」
「ふふ、お気に召したようで何よりです」
何人かの騎士さん達に護衛されるようにしてギルドに入って来たのは、豪奢な鎧を纏った黒髪の青年と、神官のような純白の法衣に身を包んだ金髪の少女。
凄まじく見覚えのある二人だった。
会ったのは一度だけだけど、その姿は目に焼き付いてる。
何せ、僕がこの世界に再び召喚された時、最初に見た二人なのだから。
当代勇者こと後輩くんと、そのパートナーである聖女さん。
魔王軍と戦ってる筈の二人が、何故かこの街に現れた。




