12 『天勇の使徒』
「あたしはハナ! レイ先輩に憧れて無理矢理弟子入りした新人っす! ランクはC級! よろしくっす!」
「ふぁ……わたしはミーナ……。B級冒険者……。眠いから部屋戻っていい?」
「もう知ってるかもしれねぇが、俺はボヴァンだ。昼間は迷惑かけて本当にすまなかった……!」
「あ、はい。よろしくお願いします。あと、ボヴァンさんは気にしないでください」
宿屋の受付に受付嬢さんからの手紙を渡し、とりあえず一ヶ月分の宿泊手続きを済ませてから、僕は食堂に連行されて食事会と相成った。
さすが高級宿というか、ご飯が美味しい。
世紀末時代じゃ考えられない品質。
ただ、いかにもな高級料理! って感じじゃなくて、長く食べていたいと思えるような、どこかホッとする味だ。
さすが高位冒険者御用達の宿屋。
ニーズをちゃんとわかってる。
「レイ先輩から聞いたっすよ! 駆け出しの身で酔ったボヴァン先輩の前に立ち塞がり、危険度Bの魔物を相手に怪我一つ負わず見事に翻弄してみせたとか! あたしが駆け出しだった頃じゃ絶対できないっす! 尊敬するっす!」
「ど、どうも……」
ハナさんは、かなり元気で押しが強い感じの子だった。
テーブルから身を乗り出しながら、大きな声で僕を称賛してくる。
ランクでも、表向きのステータスでも遥か格下の僕を相手に、驕る事なく、素直に尊敬してくれるなんて……。
いい子だ。
「くぅ……くぅ……」
対して、僕なんぞに一切興味がなさそうなのは、猫耳の少女ミーナさん。
部屋に戻るのが難しい空気と見るや、この場で船をこぎ始めた。
図太い神経を持っていらっしゃる。
元気なハナさんと、静かなミーナさん。
そんな二人と違って、ずっと申し訳なさそうな顔してる人に僕は話しかけた。
「あの、ボヴァンさん。昼間の人達の事なんですが、悪い人達じゃないみたいなので、殴るならできれば死なない程度に手加減してあげてください」
「殴らねぇよ!? 確かに気にしてる事言われて頭にきたが、それで駆け出し相手に手を上げる程、俺も落ちぶれちゃいねぇ! 昼間はホントに酒で暴走してただけなんだ!」
そう叫ぶボヴァンさんは、なるほど、受付嬢さんが普段は温厚で優しいと言うだけあって、酒が入ってなければ、かなり懐が深い人物に見える。
体型と髪の毛というディスアドバンテージがなければ、さぞモテただろうに。
「だから、昼間は止めてくれて本当に感謝してるんだ。自分で言うのもなんだが、酒に飲まれた俺はさぞ怖かっただろうに……。この借りは必ず返す! 俺にできる事があったらなんでも言ってくれ!」
「いえ、その、そこまで重く捉えなくても大丈夫ですから……」
「それじゃ俺の気が済まねぇ!」
ぎ、義理堅い……。
なんというか、いい人オーラが凄いぞ。
でも、ここまでくると、一週回ってめんどくさい気がしなくもない。
もしかして、生まれてこの方50年彼女が出来なかったのは、このお堅くて損な性格のせいなんじゃ……。
深く考えないようにしよう。
美徳には違いないんだから、いつかは来るさ、モテ期が。
僕はそう信じてます。
「ハハ、皆さんも彼に対する評価は上々のようですね。では、本題に入りましょう。ミユキくん、君ウチのパーティーに入りませんか? できれば、そのままレイくんの恋人の座も射止めてくれると助かります」
「ぶっ!?」
「突然何を言い出すんだリーダー!?」
ルドルフさんの突然の爆弾発言に僕は吹き出し、レイさんは声を荒らげて反発した。
レイさんの言う通り、いきなり何を言い出すのだろうか、この人は。
しかし、当のルドルフさんはおろか、レイさん以外の誰一人としておかしいと言ってくれない。
まるで、ルドルフさんが当たり前の事を言ったかのような反応だ。
どういう事?
「何かおかしな事を言いましたか? 有望な新人の勧誘はパーティーリーダーとして当然の行動だと思いますが」
「そこではない! 問題は後半の発言だ!」
「ハァ……いいですか、レイくん」
突如、ルドルフさんの雰囲気が変わった。
出来の悪い生徒に話しかける教師のような雰囲気だ。
「君が恋人に求める基準は、理想が高過ぎる上に、ストライクゾーンが狭すぎるんです。半分はウチの母のせいですし、そこはとても申し訳なく思っているのですが……。それはそれとして、このままでは、君は行き遅れる可能性が非常に高いと言わざるを得ません」
「うっ……!」
レイさんが言葉に詰まった。
他の人達も「あー……」って感じの、なんとも言えない顔してる。
まあ、確かにレイさんって自分より強い人しか恋愛対象にできないって言ってたし、この時点でレイさんの理想に合致する人物は、世界に十人いるかどうかだ。
人類戦力飽和時代の今ならあるいはと思うけど、それでもルドルフさん達のこの反応を見るに、期待薄なのだろう。
理想が高過ぎる上に、ストライクゾーンが狭すぎるという言葉には納得せざるを得ない。
それが僕の加入とどう関係があるのかは謎だけど。
まさか、僕の強さがバレてるって事はないだろうし。
……ないよね?
「君の男性に求める基準を列挙してあげましょうか? まず第一に優しくて誠実な人。まあ、これはいいとしましょう。次に、自分よりも強くて、いざという時に守ってくれる人。気持ちは理解できなくもないですが、この時点でかなり厳しいという事を自覚しなさい。そして最後に、低身長で美少女顔の凄腕魔法剣士。バカですか? これらの条件全てに合致する男性など世界に一人でもいれば奇跡ですよ」
「うぅ……!」
おい、ちょっと待ってください、最後の。
いきなりマニアック過ぎるのか追加されたんですけど。
え?
レイさん、そんな限定的な趣味持ってたの?
「いったい何があったら、そんな特殊性癖を拗らせるハメに……」
「ふぁぁ……レイは前のパーティーリーダーの影響で、先代勇者ミユキ様に過度な憧れを持ってる。もはや先代勇者様コンプレックスの域。だからぶっちゃけ、先代勇者様本人でもなければ、レイの要求に100%応えるのは無理だと思う」
「へ?」
「ミーナ!? 何故言ってしまうんだ!?」
思わず口に出してしまった僕の疑問に答えるように、今まで寝てたミーナさんが、いきなり起きてレイさんの性癖の根本部分を暴露した。
先代勇者ミユキ様って……僕じゃないか。
レイさんは僕の事が好きだったのか!?
まあ、どうせ美化されまくってたあの銅像みたいに、美化されまくって伝えられてるんだろう、勇者伝説的な僕の幻影に対する好意だろうけどね。
これ、正体知られたら幻滅される可能性大だ。
怖っ!?
「私は君の保護者代わりとして、君をできる限り幸せにする義務があります。幸せな結婚をして冒険者を引退したいと常日頃から言っておきながら、どんどん婚期を逃していく君の現状を見過ごす事はできません」
手を組みながら、大真面目な顔で語るルドルフさん。
その視線が、不意に僕の方を向いた。
「そんな詰みかけの所に現れたのがミユキくんです。酔ったボヴァンくんから他の冒険者を守ろうとする程に優しく、強さに関しても現時点でパワードコングを相手取れるくらいに将来有望。しかも顔はレイくんの好みど真ん中。名前まで君が敬愛する先代勇者様と同じときました。こんな奇跡の塊のような逸材を私が逃す訳がないでしょう。彼に君の恋人の座を薦めたのはそういう理由です」
「うぅぅぅ……!」
理路騒然。
滅茶苦茶な事言ってるような気がするけど、なんか納得させられちゃう謎の説得力があった。
レイさんも反論できないのか、あうあうと口を動かすだけで言葉が出てきてない。
「だ、だが……」
「レイの嬢ちゃん」
そんなレイさんの肩にポンッと手を置くボヴァンさん。
「恋のチャンスってやつは中々やってこねぇんだ。だから、少しでもチャンスがあると思えば全力で掴め。そうじゃねぇと、俺みたいになっちまうぞ!」
「ッ!」
その言葉には、ルドルフさんの言葉とは比べ物にならない重みがあった。
実際に恋のチャンスを逃し続けてきた男の言葉は何よりも重い。
レイさんは息を飲み、チラッと僕を見てから……羞恥心が限界に達したのか、顔を真っ赤にしながら逃走を開始した。
「うわぁあああああ!」
「せ、せんぱぁあああい!?」
「ハナくん、今はそっとしておいてあげてください。少し一人で考える時間が必要でしょう」
ルドルフさんは、レイさんを追いかけようとしたハナさんを制した。
しばらく放置する事に決めたらしい。
そして、レイさんがいなくなってしまえば当然、話の中心は僕の方に移る。
「さて、では改めて聞きましょう。ミユキくん、ウチのパーティーに入るつもりはありませんか?」
「え、ええっと……」
「ああ、レイくんの恋人云々についてはそこまで深く考えなくて結構ですよ。こういうのはお互いが気持ちが大事ですからね。あくまでも、お見合いを薦められたくらいに思っておいてください。まあ、あの子は性癖を除けば優良物件である事は保証しますがね」
「は、はぁ……」
そういう事なら、ちょっと落ち着いて冷静に考えてみよう。
レイさんとのお見合いっていうのは、正直言ってかなり嬉しい。
まだ恋愛感情はお互いにないだろうけど、お見合いっていうのはそういう0の所からスタートして、徐々にお互いを知っていく事から始めるものだ。
結婚して幸せな家庭を持つ事を夢見る僕としては、願ってもない機会。
……しかしだ。
お見合いだけならともかく、前提として僕は冒険者パーティーに誘われている。
これは、あんまり喜ばしい事態ではない。
なんでかって言うと、僕に後ろめたい気持ちがあるからだ。
冒険者とは命を賭ける仕事。
冒険者パーティーとは、お互いの命を預け合う関係。
そんな絶対の信頼関係が求められる場所で、僕みたいな自分勝手な理由で力を隠してる奴が、仲間の命を預かっていい訳がない。
それは不誠実というものだ。
だから、断るのが正解なのかもしれない。
でも、いっそパーティーメンバー全員に正体を明かしちゃうって道もなしではない訳で……。
あああ!
悩む!
「もちろん、返事は今すぐでなくとも大丈夫ですよ。私達はこの街のA級ダンジョンを攻略するまで、あるいは最低でもスタンピードを制圧するまではこの宿屋にいるつもりなので。答えは私達が旅立つ時までに出してくれればいい」
そんなルドルフさんの言葉に甘え、僕は決断を先延ばしにした。
これは人生を左右する重要な選択だ。
じっくりと考えてから結論を出さなくちゃいけない。
そうして、今日の食事会はお開きとなった。




