1 プロローグ
「こんな、馬鹿な……!? この我が、滅びる、だと……!?」
僕の剣が化け物の身体を両断し、それでHPを削り切られた化け物が、まるでゲームのキャラのように弾ける光の粒子となって消滅する。
この世界における人類の天敵、魔物と呼ばれる生物の特徴だ。
そんな魔物の中でも、今倒したのは数百年に一度だけ現れるという魔物の頂点。
━━『魔王』。
他の魔物とは次元が違うレベルで強い上に、ただ存在するだけで無限に魔物を生み出し続け、最後には人類を滅ぼしてしまうという、最凶最悪の大災害。
それを討伐する事こそが、魔王の対となる存在『勇者』としてこの世界に呼ばれた僕の使命だった。
その使命は果たされた。
魔王は倒れ、これから数百年の間、人類の繁栄は約束されるだろう。
僕の命と引き換えに。
「かはっ……」
弱々しく口から血を吐き出す。
今、僕の胸には風穴が空いていた。
魔王の攻撃により、勇者専用装備である伝説の鎧を貫通して与えられたダメージだ。
世界最強の鎧を当たり前のように破壊するとか、本当に化け物だった。
この戦いは僕の勝ちじゃない。
正確には相討ちである。
「うっ……!」
痛みに耐えかね、力も使い果たし、僕は決戦の舞台だった魔王城の床に倒れ込む。
これは、もう助からないだろうなぁ。
いつもなら、このくらいのダメージ回復魔法で治せるんだけど、それを発動する為のMPも尽きてるし、そもそも魔王の攻撃には当たり前のように回復阻害の呪いの力が宿ってたから、致命傷クラスの傷を回復できたかはわからない。
しかも、魔王という主を失った事で、魔王城自体が崩壊を始めてる。
助けてくれる仲間もいないし、このままだと生き埋め一直線だ。
いや、埋められる前に命が尽きるか。
どっちにしろ、生存ルートがない事だけは確実だと思う。
「ああ……走馬灯見えてきた」
避けられない死を前に、僕の頭にはこの世界に召喚されてからの記憶が次々と蘇ってきた。
二回目の死でも走馬灯って見るんだなー、とか思いながら、その記憶に思いを馳せる。
始まりは、トラックに轢かれそうな子猫を助けようとして、自分がトラックに潰された事だった。
咄嗟に身体が動いちゃったんだよね。
昔からお人好しだなって言われてきたけど、まさか子猫と自分の命を引き換えにするレベルだったとは、自分でも思ってなかったよ。
で、トラックにミンチにされて確実に死んだと思った後、気づいたら僕は豪華なお城の中にいた。
足下には不思議な光を放つ魔法陣。
目の前には、いかにもな格好した魔法使いの集団。
訳もわからない内に「勇者様!」とか呼ばれて王様の所に連れて行かれ、そこで説明を受けて自分の現状を知った。
どうやら、僕は魔王から人類を救う為の救世主、勇者としてこの世界に召喚されたらしい。
そこで魔王とこの世界の現状についても説明を受け、「テンプレか!」と内心叫びながらも現状を理解した。
命懸けで化け物と戦うなんて普通に嫌だったけど、相手はある意味命の恩人な訳だし、この恩は返さなきゃいけないと思って、僕は勇者としての使命を受け入れた。
元の世界に未練はあんまりないし、どうせ一度はなくした命だと思って、死んだつもりで頑張った。
そこから始まったのは、僕の勇者としての大冒険。
レベルとかスキルとかステータスとかがあるゲームっぽいこの世界で、勇者としてのチート能力を振り回し、魔物を倒して人を助け、レベルを上げる。
勇者専用装備の伝説の剣と鎧を探しながら、各地で魔王の軍勢と死闘を繰り広げ、三桁くらいいた魔王軍幹部達と戦い、最高幹部である四天王をも倒していった。
楽な戦いなんて殆どなかった。
勇者のチート能力は確かに強かったけど、最初から無双できるような力じゃなかったし、敵も普通に強すぎて苦戦続きの毎日。
二度目の死を覚悟した回数なんて数え切れない。
勇者過酷すぎワロタ。
数百年ごとに頑張ってきた歴代勇者の皆さんが全員こんなに苦労してたのかと思うと、よく人類まだ滅びてないなと感心すらしたよ。
でも、後に知った情報によると、実はそういう訳でもなかったらしい。
なんでも、この世代では僕の前に三人の勇者がいたんだとか。
彼らは数十年間隔で召喚されており、全員が今代の魔王に敗れている。
つまり、今代の魔王は三人の勇者を葬り、百年近くに渡って君臨し続け、配下共々レベルを上げ続けた、歴代屈指の強さを誇る魔王だった訳だよ。
しかも、そんな魔王の攻撃に晒され続けた人類は、僕が召喚された時点でもう限界。
世界の七割以上を魔王に支配され、英雄と呼ばれる人達も大体戦死し、残った人達も自国を守るので精一杯ときた。
道理で、僕が旅立つ時、仲間の一人も付けてくれなかった訳だよ。
最初に支給された装備も布の服とひのきの棒だったし、行く先々が漏れなく世紀末か地獄だったし、むしろ、なんで気づかなかった、僕。
というか、そういうのは召喚当初に教えておいてほしい。
まあ、教えた結果、僕がビビって逃げでもしたら最悪だから教えなかったんだろうけど。
そんな訳で、僕はたった一人で歴代最強レベルの魔王軍と戦い続けたのだ。
レベルがカンストするまで鍛え、伝説の武器もノーヒントで探し出して、最後には相討ちとはいえ、ちゃんと魔王を倒した。
これは後の世に伝説として語り継がれてもいいレベルの功績だと思う。
もし来世とかがあるなら、この功績の報酬に、今度は平和で普通の幸せを掴めるような場所に生まれ変わらせてほしいです、神様。
もう殺伐とした戦いは嫌だ!
こんな痛い死に方も嫌だ!
来世があるなら、今度は可愛いお嫁さんと結婚して、子供とかに恵まれて、孫とかに看取られながらベッドの上で死ねる人生を送りたい。
そんな事を考えてる内に、僕のHPはどんどん減り続け、どんどん意識は薄れていった。
最後にHPが尽きた瞬間、前にも一度味わった死の感覚を再び感じ、僕の二度目の人生は終わったのだった。