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28:ドレスの準備(1)

 今日のコンソメスープは絶品だなと舌鼓を打ちながらシェリルは大中小の三人の会話を聞いていた。

 食事のときシェリルやヴィヴィアンはあまり話さないので、自然とおしゃべりをしているのはパティたちだけになる。

「パティは学年末のパーティ……ドレスはどんなドレスなのかしら? パティはセンスがいいから楽しみね」

 モリーが穏やかに、しかしいつもよりも心なしか楽しげにパティに話しかけている。


「私はドレスはもう出来上がっておりますの! もちろん流行のデザインですわ。パーティまでに太らないように気をつけないと……」

「そんな私はもうちょっと太ってもいいように大きめに作っておいた」

「それはそれでどうなのかしら!?」


 パティたちは学年末のパーティに着るドレスの話題で盛り上がっていた。食堂にいる他の女子生徒たちも似たようなもので、どこの店で作っただとか楽しげに話している。

 どうやらエイミーも既にドレスは作ってあるらしい。モリーは仕上がるのが楽しみ、と微笑んでいるのでパーティのために注文したのだろう。

 今日のお昼はクロワッサンも絶品だった。サクサクしていて、口に入れるとバターの風味が広がる。もぐもぐとリスのように食事に集中しているシェリルにはまったく危機感がなかった。

(みんなわざわざドレスを作るんだ。たいへんだなぁ)

「ヴィヴィアン様はどんなドレスになさるの?」

 キラキラとした目でパティがヴィヴィアンに話しかける。

 ヴィヴィアンはナプキンで口元を拭ったあとに答えた。

「去年は蒼いドレスにしたから、今年はもう少し華やかにするつもりなの。夜明けの空のようなグラデーションの綺麗なドレスよ」

「ああ! 想像しただけで素敵です!楽しみですわ」

 なんとヴィヴィアンもドレスの用意は万全らしい。シェリルはクロワッサンの最後の一口を飲み込んで何気なく呟いた。


「もう学年末のパーティの準備してるのね、早いなぁ」


 ドレスだの装飾品だのという話は近頃あちこちから聞こえてくる。

 学年末のパーティはおよそ三ヶ月後の話だ。ドレスを一から作るとなればそれくらいの時間は必要だが、どうやら女子生徒の大半がその日のためだけのドレスを用意するらしい。

「……うん?」

気づけばパティたちは無言でシェリルを見ていた。突然注目されたシェリルは何が起きたのだと混乱する。


「……シェリル。あなた、まだ学年末のパーティーのドレスを用意してないの?」


 代表してヴィヴィアンが口を開いた。

「え? いや、そうですけど……? 適当に、持っているドレスでいいかなって……」

 ドレス一着を作るのにもけっこうなお金がかかる。シェリルを溺愛する両親は頼めばいくらでもドレスを用意してくれるかもしれないが、それではブライス家の未来が危うい。

 昔から何かとシェリルに買い与えたがる両親を落ち着かせるのはシェリルの役目だった。ドレスは必要なだけの量は持っているので、わざわざ作ろうだなんて考えは初めからなかった。

「あ、あなた何考えているの!? 学年末のパーティは学園内で唯一の華やかな行事といっても過言じゃないのよ!? わたくしたちにとっては自分を売り込む最大の場なの!」

 パティが驚きのあまり声を荒らげ、その声量に周りの生徒たちは「なんだなんだ」とこちらを見ていた。それもヴィヴィアンがにっこりと微笑みながら「なんでもないのよ」と誤魔化している。

「と、とにかく! 持っているドレスで挑むなんてどうかしてるわ!」

「女子生徒はみんな気合を入れているから、生半可な気持ちじゃ押し負ける」

「一年に一度のパーティですもんねぇ……」

 ラウントリー学園に通う女子生徒の中には未来の旦那様を見つけようとしている者が多く、学年末のパーティはそのための最大のアピールの場になっているらしい。

 普段は同じ制服を着ているので服装で違いを出すことは難しい。同じ服を着ているのなら見目麗しい者が有利なのは言うまでもない。

 だが自分に最も似合うドレスで、自信に満ち溢れた様子で華やかなパーティの場で唯一無二の一輪の花になれば、もしかしたらその花に吸い寄せられる者もいるかもしれない……ということなのだと思う。

「リ、リタも準備してるの?」

 隣に座るリタに救いを求めて声をかける。リタからはパティたちほどの情熱を感じない。

「んー? あたしはむしろ学年末のパーティーまでが勝負ってところかな」

 リタはにやりと笑いながらシェリルを見る。

「商人としては稼ぎ時だからね」

「リタらしいわ……」

 様々なものを取り扱うコーベット商会ではこの時期ラウントリー学園に通うお嬢さんたちをターゲットにしているらしい。


「今から注文するにも予約で埋まってしまっているかしら……」

「そうですわね、たぶん老舗はどこも注文できないでしょうね」


 真剣な顔で話し合っているヴィヴィアンとパティに、シェリルもさすがに青くなった。

(そ、そんなに!? そんなにまずいの!?)

 もともと令嬢としてはありえないことだらけのシェリルだったが、まさかこんなことも常識外れになるとは思わなかった。

 しかしシェリルには救世主がいた。

「やだなぁ、お嬢さん方。そんな時のためのコーベット商会でしょうよ」

 にやりと笑うリタの眼鏡がキラリと光った。




 コーベット商会は日用品から娯楽品にいたるまで様々な商品を取り扱っているが、まさかドレスまで商品のひとつだとはシェリルも思わなかった。

「知る人ぞ知るうちの影の商品というか、まだまだ大々的に取り扱えるものじゃないけどね」

 リタはシェリルの心を読み取ったみたいに呟いた。

 ドレスを準備していないというシェリルにヴィヴィアンやパティたちが大慌てになった日から数日。その週末にシェリルはコーベット商会にやって来ていた。

「聞いた時は少し不安だったけれど、かなり力を入れているのね。オーダーメイドができるなんて思わなかったわ」

 そして今日はヴィヴィアンも一緒だ。

 以前やって来た時には使わなかったVIPルームに連れ込まれ、シェリルは今から全身くまなく採寸される。

 パティたちも来たがったのだが、あまりにも急な話だったので予定が合わなかったのだ。

(まぁでも、パティがいたら少しうるさかったかも……)

 シェリルにとっては落ち着いて採寸できるほうがありがたい。

「学年末のパーティでシェリルが注目を集めてくれればうちの店の評判も爆上がり! ということであたしは気合入れているから覚悟してね」

「それはちょっと、わたしには荷が重いと思うんだけど……!?」

「あはは冗談だよ」

 リタの目がまったく笑っていない。冗談を言っているようにはとても見えなかった。

「お嬢様、採寸始めますよ」

 今日は同行してきたコニーがリタからメジャーを受け取ってシェリルににじり寄ってくる。VIPルームを使うとなればきちんと『貴族の娘』であることをアピールする必要があったし、採寸や着替えにはコニーの手が必要だったのだ。

 ヴィヴィアンが連れてきたメイドも、部屋の片隅で大人しくしている。あちらはヴィヴィアンがいつも出歩く時に連れているのだろう。貴族の娘は基本的に一人歩きはしないものだ。


「ヴィヴィアン様はグラデーションのドレスでしたっけ? やっぱり流行りそうなんですよね」

「ええ、最近注目され始めているわね」

「シェリルに合いそうな色の生地があるんですよ。学年末なら春めかしいものでもいいですよね」


 下着姿になったシェリルが身体中を採寸されている間、リタとヴィヴィアンはデザイン画や生地の見本を見ながら真剣に話し合っている。

「お嬢様、楽しそうですね?」

 採寸結果を書き込みながらコニーが問いかけてきた。

 ドレスの採寸というと、シェリルには苦手意識があった。活発なシェリルに「しばらく動くな」というのは苦痛以外のなにものでもなかったのだ。

「そうね、こんな感じならドレスを作るのも楽しいかも」

 シェリルも女の子だ。

 ドレスを作るとなれば採寸だのなんだのと面倒なことが多くて嫌になることも多いが、今日は楽しい気持ちでいっぱいだった。


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