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第七章 旅立ち



   七、 旅立ち



「しょうがないな。また今回もこの人生に対する最後のプレゼントを受け取ってもらえなかったな」


 カエサルはキケロを見ながら、残念そうに言った。


「いや、そうでもないさ」

だがキケロは満足そうに、どこか誇らしげにカエサルに言った。


「お前、忘れたのか?」


「何を?」

カエサルは訝しげにキケロを見た。


「今から五年前のことを」


「五年前?」

カエサルはやや右上を見上げながら訊いた。


人間右上を見上げながら考えるのは、作り話をでっちあげるでもなく、本気で昔を振り返ろうとする特徴だ。


「そうだ。あの奥さん、ルリ子だよ。

彼女の死ぬ時も我々は足を運んだ。

そして、あの爺さんの時のように、最後のプレゼントを贈ろうとしたが・・」


「ああ。覚えているよ。あの時の奥さんも今回の爺さんのように断ったんだ。そうだろ?」


「でも、この奥さんはちゃっかりしているというか・・」


キケロは遠い目をし、昔を懐かしむようにして言った。


「うん。私の今までの人生の中で一日を選ぶことよりも、その後、何て言ったか、覚えているか?」


「覚えているよ」

カエサルは、遠くを見ているキケロの顔を見た。

「夫が死ぬ時に立ち会わせてくれ、って言ったんだぜ。

そんなこと言われても、今までに前例がないんだ。

そうゆうことをしたという」


「あの時は困ったよな」


「ああ、困った。でも出来て良かったな。

このように夫に会わせることが。そして、奥さんの願っていたことを叶えてやることも」


「そうだな。私の知らない彼の人生を見たい、と言ったことを」


「ああ。その彼女の提案については迷ったよな。

天使として、人間にそんなことをしてもいいのか、と。なにせ前例がないのだから」


「まあな。それはそうと、また今回も駄目だったんだが、きっと俺たちのプレゼンが駄目だったのかなあ」


「いや、そうでもないさ。この、天の仕来たりがいけないのさ。

俺たち没後、二千年以上神に使え、殆んどこのプレゼンを受け入れてもらっていない。

 人は死ぬ時に、本当に自分の輝かしき日に戻りたくないのだろうか。

それとも、どんな人生でさえ、それなりに納得しているからこそ、もう迷いを受け入れることはしたくないんだろうか。

未練を抱けば、死にたくなくなる。そうじゃないか」


「そうだな、それに人生というのは失敗が多いものだ。

あの時、こうしていればよかった、なんて思うことはいくらでもある」


 カエサルは片方の唇を上げ、いやらしい笑顔を浮かべ、キケロを見た。


「キケロ。それは、お前が紳士協定を破ってギリシャに参戦してきて、逆に、俺に返り討ちにされたことか?」


「もう、その話はいいじゃないか。しつこいぞ。

そうやって二千年くらい言われ続けてきた。

もういい加減耳にタコが出来たし、うんざりだ」


「当たり前じゃないか。お前はそれだけの裏切りをしたんだ。この先もしつこくいうぜ」


「そんなこと言うなよ。お前のことを救ったこともあったじゃないか。

人間過ちはある。俺たちは紀元前百六年から四十三年当時のローマでは、最高の文人で現代でも評価が高いじゃないか」


「ま、そうだが」


「そうだろ。お互い今は天使として第二の人生を歩んでいるんだ。

もう人と人との駆け引きなんていうものを無くそうじゃないか。

そうだ。これが本当の紳士協定だ。今から、改めて結ぼうではないか」


 キケロが手を差し伸べると、カエサルは若干迷いながら、右手を差し伸べた。


「今度破ったら、ほんとタダじゃおかないぞ」


 そして、力強く握り絞めた。

力強く握り絞められたキケロは、歯を食い縛って、その痛みに耐えた。


「過去は振り返ってもいいが、戻るもではない、か」

カエサルは呟くように言った。


「今というものは二度とない。人はいずれ死を迎える。

無くなるものだから、人生というものは美しいんだ」

キケロもまた呟くように言った。


「そう。人間の人生、それは美しいもので、何よりも代えがたいもの」


「人間の人生というものがいかに美しいものか、改めて分かったよ。

長い人類の歴史の中で、自分の人生なんていうものは、そりゃ一瞬なのかもしれない。

でもその時代、その時に、確実に生きて、この世の中を駆け抜けたんだ」


「ああ、そうだな。歴史を変えるようなことをしたのは一握りの者しかい。

それでも確実に誰もがこの世の中を生きたんだ。それにしても・・」 


キケロは意味あり気に途中で止めた。


「それにしても?」


「神が俺らをこのように組ませたのは、こういうことだったんだ」


キケロは、まだ全てを喋ろうとはしなかった。


「こういうことってなんだ。さっきから抽象的なことばかり言ってるが、もっとはっきり言ってくれないか」

カエサルは苛立って言った。


「ああ。二千年以上経ってようやく分かったよ。

古代ローマでは仲違いしたが、本当はそんな間柄じゃないんだ。だから現代、このようにして意思疎通ができるようになった。

そもそも人間は憎しみ合うものではない」

ようやくキケロは言った。


 そしてカエサルは、キケロを見た。

「そうだな。そのことをこの日本人に教わったようだ」


「ああ。俺ら、天使なのに、人間に教わるとは、思いもしなかったことだ」


物知りがひょんな時に、新たな知識を得た時のようにキケロは、恥ずかしそうに肯いた。


「いいじゃないか。身分なんてないんだ、この世の中には。あるとしたら、同じ人間が住んでいる、ただそれだけのことだ」







                           了



                          


今までの人生の中で、その一日だけを選んでしまったら、他の日が嘘になってしまう。


人生の中で、どうでもいい日、なんていう日はないと、私は思います。


長いストーリー、お付き合い下さり

有り難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさに、ファンタジー小説ですね! 中盤~後半で、主人公の選択は読めるけれども、「奥さんの約束」までは読み切れないのもいいですね。 ちょっと天使がくどいかも、、、
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