砂喰みと鷹の輪舞曲
デザートイーター戦・前半。
一話で終わらせるつもりがどうしてこうなった……?
『それ』が、己の乗るアニマルギアと同じく、鋼と硬質材料で組み上げられた機械生命体であることに、バンサンは数秒の理解を要した。
「なん……っ、だありゃ……っ!?」
巨大な柱と、10人が見れば10人が答えるであろうその怪物は、確かにその身を『折り曲げて』、柱の先端、すり鉢状になった中央部へ向けて銀に光る無数の『歯』が回転する凶悪な顎門を、無謀にも突っ込んでくる小さな鷹の方へと向ける。
何度でも目を疑いたくなる光景だが、バンサンの見るモニター画面には確かにその巨体に沿うように頼りなく『DESSERT EATER』の文字が表示されており、それが確かに世界観上は1アニマルギアとして認識されている事実を、無機質に伝えてくる。
「ハハッ……アレにも人が乗れるってのか? 冗談だろ」
そもそもあれはなんの生物なのだろうか? ミミズ型という奴か? などと、ぐるぐると脳内思考へ現実逃避しているうちに、もっと疑いたくなるような事が起こった。
地面をまるで滑るように進んでいたジークリンデのグローリアハント、その足元の地面が、ドロドロと溶け始める。
その変化は実にグローリアハント自身が10機は収まる程の範囲に渡り、巨大な円形の流砂が形成された。
当然、まともな機体であればまず間違いなく巻き込まれたら終わりといった趣きの範囲拘束攻撃を、しかし、グローリアハントはスーパーボールか何かの如く、接地とともにブースターで急加速、弾むような動きをしながら跳び越える。
まるで何事もなかったかのようにその口元に肉薄し、一切の躊躇いも容赦もなく、凶悪な形状をした口の外輪部へと象徴めいた槍を突き立てていく。
『残念だけど、それはもう対策済み! さぁ、早速幾らか削らせてもらうよ、貫け、ロンゴミアント!』
敵の巨体に比べれば、かの鷹の大槍さえ小枝のように頼りないが、それでも確実にダメージは入っているようである。
近づきさえすれば向こうにさしたる有効打はないらしく、身を奮って振り払おうとするデザートイーターの動きを完全に読み切り張り付き続けるグローリアハントの姿は、もはや側から見れば眼前を飛び回る鬱陶しい羽虫か何かのように思えた。
『あははっ、今のうちに何割いけるかなっ!』
「あの野郎、笑ってやがる……」
まるで一寸法師か何かである。
その体格差からどちらが強者であるかなど自明の理であるというのに、戦いの流れは誰の目から見ても完全にジークリンデの側に傾いている。
肉体が大きすぎるが故に、俊敏なグローリアハントの動きを捉えきれず、結果デザートイーターは翻弄されるがままだ。
「なるほど、本来はあのデカブツは範囲攻撃が持ち味なんだろうが、あそこまで動かれたら狙いを定める暇もないわな……っと、おいおい」
『よし、来た来た! モーション変化! 第1段階突破だね』
さっきまでのはウォーミングアップと言わんばかりに、デザートイーターが、苛立ちを露わにするように天に向けて高らかに吼える。
すると、それに呼応するかのように、小型砂嵐がいくつも形成されたではないか……などと、悠長に解説している場合でもない。
どうやら敵の位置にかかわらず範囲を襲うタイプの攻撃らしく、砂嵐の一本が、結構遠くの方で見守っていたバンサンの方まで襲いかかってきたのだ。
「豪快な攻撃だな! まぁ、単発だけなら回避に専念すりゃ大した脅威じゃないが……」
『砂嵐のパターンとぶつからないように、サンドイーターを誘導しつつ攻撃っ。ポイントは、離れすぎると大技を放たれるから、絶対に本体に肉薄し続ける事っ!』
ジークリンデはといえば、まだまだ余裕を少しも崩す様子もなく、攻略法を復唱しつつ接敵を続けている。
おそらく本来はあの竜巻は、デザートイーターに対して有利に立ち回りやすい飛行タイプへの対策に持たされた攻撃パターンなのだろうが、本人が語った通りあくまで地上戦を挑むグローリアハントには効果が薄い。
あの怪物のヘイトが自分だけに向いている事を利用し、位置調整をしながら吹きすさぶ砂嵐の狭間を縫うようにしてチクチクと責め立てていく……字面に起こせば簡単そうに見えるが、明らかに膨大な体力を持つ相手に対し、それを延々と十数分。
ワンミスすれば命取りになりそうな『作業』をひたすらに繰り返し……やがて、ガゴン、と、スケール感のおかしくなりそうな巨大なデザートイーターの装甲パーツが大きく引き剥がされ、砂漠に落ちて砂煙を巻き上げる。
「〜〜〜!!?!!??」
『オッケー、第2段階もクリア! さぁ、いよいよ本番だね』
いよいよ明確に『苦悶』の動作を露わに、怯み、悶えてその巨体を揺するデザートイーター。
露わとなった装甲の下の地肌、円形の口を取り囲むように散りばめられた瞳を思わせる赤く小さな無数の球体が、初めて自己の脅威となりうる『敵』を認識し、怒りに燃える。
……どうでもいいが、機械で出来ている筈であるにも関わらず、ものすごく有機的に気持ち悪いデザインである。
無論、バンサンとしては褒め言葉のつもりではあるが、製作陣にはやたらと蟲に拘りのある変態でもいたのだろうか、と、そう邪推せざるを得ない生々しい作り込みだ。
嫌いな人は見ただけで逃げ出すだろう。
そんな、ジークリンデの口ぶりからしても、あからさまに『本気』を出し始めた様子のデザートイーターは、まず手始めに、今までとは異なりある程度の距離を置いて様子見に徹するグローリアハントの方を、その赤い球体全てで『見つめ』……そして、一斉に、それらから光の柱を解き放ったのである。
「……はい? び、ビーム?」
『危なっ……、やっぱり見てから回避は間に合わないね、こっからはあんまり練習できてないから、ちゃんとタイミング読んでいかないと』
何十本もの光条が、一瞬前までナイトホークのいた空間、その一点に収束し、破壊的な輝きを伴って焼き尽くした。
外れたもののいくつかが大地に当たり、そのまま砂をどろりと赤く焼き溶かして跡を残す。
明らかに、1発当たればレグレクスだろうと正面から鬣ごと風穴を開けられそうな出力はあることを感じさせるそれが、確かにSF作品における一般的な『ビーム』の挙動であることに、バンサンは密かに驚愕をしつつも、納得を抱いていた。
「なるほど、ホビーとは違って、『完全再現』ってわけね……まだ普通のアニマルギアの奴は見ちゃいないが、アレと同じ挙動になってる、よなぁ、多分」
アニマルギアという作品においてのビーム兵器類についての扱いに関しては、少なくとも12年前は、世界観とホビーの面で大きな差異があった。
設定上は凶悪な性能を誇り、アニメでも大活躍だったビーム兵器類は、所謂SF作品にありがちな謎粒子によって成り立っているものであった。
しかしながら、ロマンの欠片もない現実にそんな便利な謎粒子はない、ないったらないのである。
そんな現実との織り合わせを付けるため、アニマルギアメーカーたる富宝社の編み出した苦渋の選択は、『レーザーポインターを相手機体に向けて飛ばし、一定時間以上同じ部位への照射を維持することでダメージ判定が入る』というやたらと回りくどい仕様だったのである。
弾切れに悩まされず、重量が嵩張ることもない、という利点ももちろん備えてはいたものの、当然動き回る相手には効果が薄く、『とりあえず即効性があるし当たりさえすればある程度は装甲にダメージを与えられる』実弾兵器と比較して不遇と言わざるを得ず、好んで扱うユーザーは残念ながら稀有であった。
そんなわけで、12年前は一部の機体の備える特殊な仕様の適用されているもの以外はほぼ陽の目を見ることのなかったビーム兵器群なわけだが、どうやらこのVRゲームの内部において、ついにその雪辱を晴らし、実弾兵器と双璧を成し得る作中設定に忠実な性能を獲得するに至ったようだ。
側から見る限りでも威力・弾速ともに申し分なく、実力者たるジークリンデが警戒するのも無理はない……バンサンはといえば、このままなんの心構えもなくビーム兵器持ちと相対し、先入観から痛烈な初見殺しを受けるような羽目にならずに済んで、密かに安心していたりもしたが。
『ここからはビームに気をつけつつ、一個一個目玉を潰して行く。今までより近接パターンも強化されてるから、注意ッ!』
第1、第2段階の流砂、砂嵐は多少穏やかになっているものの、そこに定期的に本体からのビーム照射が交わり、総合的な攻撃間隔は確実に苛烈になっている。
それでも、ジークリンデ、そしてグローリアハントは少しもペースを乱さないまま、先程より尚速く、正確に、デザートイーターの赤いビーム口を一つ一つ破壊していく。
嵐の中を踊る白い鷹の姿は、何処か幻想的で、まるでそこだけが穏やな無風地帯なのではないか、と、錯覚を受けそうになるほどだ。
「しかし俺もマジにツイてるな、いきなりこんなにハイレベルなプレイングを直で見る機会に恵まれるなんてよ……参考になるぜ、師匠」
「ーーーッ!!!!!」
「よしっ、突破! いよいよラスト……第4段階ッ」
幾ばくか、本気の尊敬さえ抱き始めたバンサンの見守る先で、赤い球体のおよそ半数を潰されたデザートイーターが、痛みと怒りに満ちた狂乱の叫びを挙げながら、押し潰さんとその巨体をグローリアハントの方へと倒していく。
今までと比べてあまりにも大雑把な攻撃は、当然の如くあっさりと躱され……そしてそのまま、ずぶずぶと砂の中へその巨体が沈み込んだ。
砂嵐も流砂も、全てが唐突に収まり、砂漠の夜が一瞬、その元来の不気味な静寂を取り戻す。
「潜った、ってことは、当然、出て来るよなぁ……」
『必ずあいつの奇襲には予兆がある、それを見逃さず……躱すッ! 今ッ!!』
広大な砂漠に幾つも同時に出現した流砂、その一つの上からグローリアハントが全力で離れる。
すると、その流砂がいきなり盛り上がり、大地を突き破るようにデザートイーターが頭を突き出してきた。
プレイヤーの視覚範囲外からの奇襲、更にそれに伴い砂嵐も復活する。
もはや、アニマルギアとはなんであったかと今一度メーカーに問い詰めたくなる天災ぶりであるが、そんな中で一度もまともな手傷を負わされていないジークリンデたちのほうが、ある種怪物じみていると言えなくもない。
どうやらジークリンデはあの奇襲の対処を理解しているらしく完全に見切っており、攻撃を加えられる頻度こそ減ったものの、ビーム本数の減っただけ第3形態よりやりやすそうですらある。
「パターン入ったな。もうああなりゃ、時間の問題ってもんだろ……ん?」
デザートイーターとナイトホークの繰り広げる死の舞踏を、一種の安心感さえ抱きながら見守っていた矢先、ふと、バンサンは妙な違和感を覚える。
デザートイーターの攻撃範囲、その外れの方に巻き起こった砂嵐。
ジークリンデの口ぶりからして発生にパターンがあるらしいにしては、今までなかったような位置に生じているそれの……やけに、サイズが大きい。
「オイオイ、まさか……ッ!? ジークリンデッ! おいっ、聞こえるかッ!!」
『よしよしっ、ここまで来れば、あとはあいつを削りきるだけ……ちょっと! 今録画中なんだけどっ!』
「緊急事態だ! もう一体来てる!!」
『は……はぁっ!? ちょっと、冗談だよね……きゃあっ、痛ぅ〜ッ!!』
バンサンの叫びに気を取られた為、デザートイーターのビームをかわし損ね、遂に翼の先に初の被弾を許してしまうジークリンデ。
申し訳ないと思いつつも、迫ってきた砂嵐が例の如く割れ、容赦なくこちらへ向けて顎門を向け始めたのだから四の五の言ってもいられない。
『うぅっ、ごめん、ごめんグローリアハント……無理は禁物だよね、悔しいけど、一旦退いて撮り直し、かな……』
「……」
迫るもう一つの脅威に気付き、撃破ももう目の前だと言うのに、ジークリンデは自らの愛機を慮り、冷静に潔く撤退を決意する。
その言葉の裏に滲む、隠しきれない悔しさ……それを感じ取った時、バンサンの中の何かが、強く疼いた。
「いや。続けてくれ、ジークリンデ。悪かったな、俺が水を差さなきゃ、そいつに怪我させちまう事もなかったろう」
『え……ちょっと、どうしたの。急に』
「後一息なんだろ? この数十分の努力をこんな理不尽でお釈迦にされるなんて、見てたこっちだってたまったもんじゃないんだよ、ふざけんなッ、クソ喰らえだ! こっちは俺が引き受ける、なんとか持ちこたえるから、お前はそいつをぶっ潰しちまえ!」
『バンサン……正気? やられちゃうよっ、今のキミじゃ……っ』
「あぁそうさ、万に一つも勝ち目はねぇ! 攻撃を当てるどころか、流砂一つ躱せるか怪しい……だから、さっさと無茶やらかした弟子を助けに来てくれよっ、お師匠さんよォ! 気合い入れて行くぞッ、レグレクス:リブートオォ!」
「グルルゥオオオアッ!!!」
男と獅子は高らかに咆哮を上げ、白き鷹と騎士姫が相対するのとはまた別の、唐突に、無慈悲に姿を現した天災の象徴たる柱へ向けて、ひた走る。
その、少しずつ熱を取り戻しつつあった魂の炉心が、熱く燃え上がるのを感じながら。
デザートイーター……レイドモンスターに設定される、超大型アニマルギア。
バンサンは人が乗れるものなのかと疑っていますが、レイドモンスターは今のところ確認されている全てがVRゲーム内初出となる新規アニマルギアで、商品化は為されていないため、完全な敵限定モンスターとなっています……少なくとも、現状においては。
いわゆるサンドワーム系列の敵、といったデザインで、攻撃もそれらしいですが、他のレイドモンスター同様謎が多く、有志の手での研究が進められています。
現状判明しているのは、カントゥス前線基地北方の砂漠内において、夜限定で出現するということ。
恐らくは捕食対象であるスコルピードが活発に動き出す時間を狙って活動する、夜行性の生態を持つ存在だとされています。
撃破した場合、根元から千切れてしまうため、その全長を把握できた例はありません。
攻撃方法自体の研究はかなり進められており、派手かつ慣れれば対処のわかりやすい攻撃モーションが多い為、見た目とは裏腹に割と人気は高いです。
ただし安置から殴ってくる第4形態、お前だけは勘弁な!
……なお、余談ですがこの砂漠には、同様にこのアニマルギア・フロント内でのみ登場している、『サンドリッカー』と言う名のイソギンチャク型アニマルギアが生息しております。