すなあらしのよるに
VRゲームでの主人公の初陣になりますが、あまり派手な展開はないかも。
大地を踏みしめる感覚が、伝わってくる。
遊園地のアトラクション程度には揺れるが、それすらも高揚感でしかない。
「オラァ食らいやがれ、繰り出せ猫パンチッ! オラオラオラァッ!!」
レグレクスの動きに合わせて操縦桿を動かし、格闘指示を出して、足元に群がるスコルピード達目掛けて攻撃を繰り出させる。
VRのロボットゲームといえば、多少のシステム補佐があるとはいえ、完全に自力で操縦できるタイプのゲームが一般的であり、機械自体が意思を持って、独自判断で移動・回避を行う程に勝手に動くゲームというのは珍しいので、初めは戸惑った。
しかし、ホビー版と同じように、アニマルギアの挙動を読み、動きに合わせて的確な指示を与えれば良いと気付いてからは、まだまだ違和感はあるものの、大分動きやすくなった……むしろ、慣れてしまえば普通のロボゲーより余程少ない操作で複雑な動きをさせられる。
リズムゲームの目押しをしているようなものだ。
幾らか、世闇から奇襲的に出てきたサソリの飛びかかりを食らって、若干レグレクスが唸る。
「よしよし、いいぞ蹴散らせレグレクス! 大丈夫大丈夫、それくらいは平気だ、装甲も剥げてないし。おっとなんだ? 『通信要請:未登録/K'NIGHT HAWKより』……あぁ! あの女の子のか! えっとこれどうやるんだ承認って」
『ハロー。初めてのアニマルギアの乗り心地はどう? っていうかキミさ、本当に初めてなの? 実は複垢だったりしない?』
「おっ、通った! そっか音声認証か。最高だね! 心がサタデーナイトフィーバーだぜ! サンデーだけどな! あと、純然たる初心者だぜ? 『ゲームの方は』なっ!」
『何そのギャグ。寒っ、一瞬で心が氷点下なんだけど』
画面の横側、邪魔にならない程度の場所に、よくSF題材のゲームやアニメで見られる感じのウィンドウが表示され、どうやらナイトホークという名前らしき、例の鷹型機体の乗り手の顔を漸く拝むことができた。
滑らかに輝く銀髪に青い瞳が神秘的に光るかなりの美女で、声から受けた印象よりはるかに大人びている外見ではあるが、VRゲームなのだから、美男美女の顔が出てこない方が驚きというものである。
言動から漂う思春期特有のふてぶてしさからしても、おそらくは実際より大分下駄を履かせているだろう……外見も、年齢も。
もっともバンサンもまた、リアルではお世辞にも顔面偏差値が高いとは言えない為、人のことを言えた義理ではない。
『あー、もしかして、ホビー畑出身? だとしても、最初はもうちょい戸惑う奴が多い気はするけど……でもま、まだまだ初心者の域ってカンジだね。アドバイス、欲しい?』
「是非とも! 下さい! プリーズ!」
意外にも好意的な申し出に、一も二もなく頷く。
言い方こそ上から目線で生意気ではあるが、ここは忌々しき年功序列制度など存在しえない、純然たる実力のみが物を言うゲームの世界である。
今もまだ、ナイトホークなる名前の明らかに飛行戦が前提の機体で、飛び立とうともせずその場で槍を振り回してサソリを蹴散らして見せている辺り、彼女がかなりの実力者であるだろうことは想像に容易い。
そんな相手からのレクチャーとなれば、プライドなど投げ打って媚びへつらうべきだろう。
一刻も早くアニマルギアを自在に乗りこなする為の通過料と考えれば、実質タダみたいなものである。
『オッケー。あたし、素直な人は嫌いじゃないよ。ある程度はこの子達が勝手に戦ってくれるんだから、それより私たちはこの子達の見えない所にまで気を配る! さっきみたいにムキになって正面の敵一体に夢中にならずに、乗り手は視野を広げる! これが基本だよ』
「なるほど了解! サンキュー、やってみるぜ先生!」
『先生……フフ。ほら、来たよ! 右から二体、左は一体!』
「アイアイサー! さばいて見せるぜ!」
おべっかは使っておくものだ、少女が感情を隠し切れず控えめに笑ったのを横耳に挟みながら、バンサンは前方だけでなく、モニターの映し出す全ての領域へ意識を分散させることへ挑戦してみる。
最初はレグレクスの視界がそのまま投影されているのかと思ったが、どうやら違うらしく、真横や背後まで別カメラで確認ができると気付いた。
(なるほど……リアルホビーじゃまず多対一なんてシチュエーションはありえなかったもんな)
少女の警告した通り、夜闇の中に浮かび上がる影が、右手に二、左手に一。
広い視野を得て初めて、レグレクスがバンサンの注視していた以外の敵を意識して動いていたことに気付かされる。
ホビー版の感覚で戦おうとする上で感じていた違和感、レグレクスとの動きの齟齬の原因の一つは、おそらくこれだろう……とはいえ、わかったからと言ってすぐにはなかなか修正できない。
「よっ、こいつをっ、躱して……あっ、逃げんなこの野郎!」
右手前と左手のサソリの攻撃を躱し、右手後方から隙を伺っていた個体を翻るようにして迎え撃とうとしたが、怖気付いたようにあとずさり、こちらの爪の間合いから逃げてしまう。
さっきより確実に息は合うようになり、レグレクスの被弾は明らかに抑えられるようになったが、今度はやや意識しすぎて攻めに転じ辛くなってしまった。
「ぬぅ……奴らめちょこまかと」
『大丈夫大丈夫、さっきより全然動き良くなってるもん。キミがミスをすれば痛いのはその子なんだから、あんな強引なやり方より今の方がずっといいよ。一人でやろうと先走っちゃダメだよ』
「……その通りだな、先生! 俺たちは、一人で戦ってる訳じゃないもんな! レグレクス、さっきは大丈夫なんて言って悪かったな、俺も気をつけていくから息を合わせて行こうぜ!」
「グルアッ」
先生(出会って5分足らず)からの言葉にはっとされつつも、鬣の盾のない傍に向けてその毒針を突き立てようと飛びかかってきたスコルピードへ向けて猫パンチを放たせる。
そのスコルピードは爪にぶつかり見事に弾き返され、ナイトホークの振っていた槍に当たってはるか彼方に吹き飛んでいった。
「ナイスホームラン!」
『あっ、惜しいなぁ。今の動画に撮ってたらきっと再生数取れたのに。というか素材回収……あれは無理か』
「素材?」
『倒した残骸から、素材が取れるんだ。武装とか作るのに要るよ……詳しく知りたい?』
「是非! 教えて欲しいであります、先生!」
『フフン、これを片付けたらね』
「というか、飛んで戦わないのか? 鳥型だしそっちが本領だろ?」
『鎧を脱ぐまでは、ナイトホークの戦場は地上から低空、が、あたしの持論だから。それに、これくらいやらないと、トレーニングにもならないもん』
どうやら先生呼びはかなりお気に召したらしく、とても上機嫌な様子でナイトホークを踊らせる少女。
相変わらずおかしな挙動をさせている割には様になっていて、格の違いを感じさせるものがあった。
流石に少女のフォローがなければ苦しかったろうが、追加で数体、群れの半数ほどを撃破したところで相手は撤退を始める。
人が乗っていないので慣れれば動きが読みやすいのもそうだが、ホビー版に比べても単体あたりの耐久力・攻撃力はかなり低めの設定に感じられた。
雑魚敵らしく調整がされているのであろう。
「へっ、尻尾巻いて帰りな! 俺たちに喧嘩売るなんざ12年早いぜ!」
「あんだけビビってた癖に、良くそんな事言えるよね……よっと。ありがとね、グローリアハント」
あたりの安全を確かめ、鷹の胸のハッチを開けて、少女が降りてくる。
愛機へ向け、優しく呼びかけながら装甲を撫でてやる時には、ひどく安らかな表情を浮かべており、機体の美しさもあって酷く絵になっている。
やはり背伸びしているのか、恐らくバンサンの中の人と同年代程度に大人びたアバターを眼下に、耕三もまた、レグレクスを降りる。
勝手に察して降りやすいよう頭を下げてくれるのが、実にいじらしい。
「お前もありがとな、レグレクス……俺もなんか名前付けた方がいいかな? 猫座衛門とか?」
「何それ……ダサッ」
「グルゥ……」
「クルゥールゥ」
「満場一致で審議拒否!?」
少女どころか、当事者たるレグレクスに、直接的関係のない筈のグローリアハントとやらまで否定的な態度を見せる。
どうして自分のセンスに対して、皆辛辣なのだろうか……と、そのあんまりな反応に、バンサンはちょっと拗ねたくなった。
遅くなったとはいえ、ここで漸く自己紹介タイムになる。
大概のVRゲームでは、詐欺などのトラブル回避のために、プレイヤーの頭の上には否応なしにキャラクターネームが浮かんでいるものなのだが、このアニマルギア:フロントは非表示式のようである。
リアリティを優先したということか、と、バンサンは推察している。
「まぁ、何にせよ……初心者にしてはいい動きだったよ。あたしはジークリンデ、こっちは相棒のグローリアハント」
「お褒めに預かり光栄! 俺はバンサン、こいつの名前は……名前はまだない! 色々助かったぜ、いやマジに」
「それじゃま、軽く色々教えたげるよ。どうせ詳しくは前線基地まで行けば聞けるだろうから、今困らない分だけね」
「それでも大助かりだせ! いやぁ先生は頼りになるなぁー!」
「なんか、ちょっと誉め方雑になってる気がするんだけど」
端正に整った顔の眉間に皺を寄せつつも、ジークリンデ先生による割合丁寧なレクチャーが開設された。
『デジタイザー』という名前らしき腕の謎素材で出来たSFリストバンドの使い方が中心で、セッションベースから登録した機体なら合言葉で自在に出し入れできる他、ある程度までの採集アイテムの収納や、登録した拠点へのファストトラベル、受けているミッションの確認・目的地の誘導といったサポートなどができるらしい。
「ほぁー、本当に道が視界に表示されて見えるぜ。便利な時代になったもんだなぁ」
「時代もなにも、ゲームの中なんだけど。もしかしてオジサン?」
「う、うるせぇ! 大人がホビーに夢中になって何が悪い!?」
「いや、別にあたし、いいと思ってるけど。ちょっと珍しいけど、そういう人も結構いるし……ただ、そうやっていきなり騒ぐのは、ちょっとキモい」
「すみませんでした」
歯に絹着せぬ言い方をしつつも、バンサンが実はいい年した大人なこと自体は特に気にした風のないジークリンデ。
謝りながら、ふと、バンサンは、一般的に男の子向けとされるホビーを買い、こんなにも関連のゲームをやり込んでいる目の前の少女の方が、実は自分などよりはるかに珍しい存在なのではないか……と、思っていた。
「さてと……一通りは教えたと思うし、そろそろ一人でも大丈夫だと思うよ。ナビの案内に従えば、前線基地までは無事帰れる筈だから」
「あぁ、本当に助かったぜ、あんたに会えて良かった。長々付き合わせちまって悪かったな……そういや、あんたはもともと、一人で何しに行く予定だったんだ?」
「あたし? んー、待ち合わせ、かな。デートの」
「そッすか……」
満面の笑みで返され、聞くんじゃなかった、と、バンサンの内心で後悔がひた走る。
別に、ちょっと親切にされたからと言って、ジークリンデにときめいてしまった、という訳ではなく、最近実家に帰るたび、親から『まだ良い相手は見つからないのか』とそれとなく聞かれるのを、思い出してしまったのだ。
両親には悪いものの、バンサンは今まで恋愛感情というものをまともに他人に感じた覚えがなく、興味も抱けないままである。
その事実に焦りすら感じないのは、我ながらどうなのかとも思わなくはないが、性欲を満たしたいだけなら適当にネットでその手の作品を買い漁っていれば十分なのので仕方がない。
(まぁ、それと……)
少し、残念ではあった。
この、ジークリンデという少女が、なんとなく、過去の自分と同じ……12年前の晩耕三と同じ、がむしゃらに、ひたむきに強さを追い求めている人物であるかのように、『同類』であるかのように、勝手にシンパシーを感じかけていたからだ。
「そいつぁ、邪魔しちまったな。オジサンはクールに去ることにするぜ」
「うん、バイバイ。砂嵐には気をつけてね」
「砂嵐?」
「うん。多分、巻き込まれたら、今のバンサンだとその子を守りきれないよ。どうでもいいけど、バンサンって変な名前」
「余計なお世話だ……なぁ、おい。その砂嵐ってもしかして、『アレ』のことか?」
お互い、各々の進むべき方へと行く為、機体に乗り込もうとしたところで、耕三が、視界の果てに、ごうごうと砂煙を巻き上げながら天を貫く、巨大な柱が迫っていることに気づく。
その迫力に少し冷や汗になるバンサンの傍ら……ジークリンダは、酷くウキウキした様子で、俄然張り切り始める。
そう、まるで……想い人に漸く出会えた恋人のようなはしゃぎぶりで。
『やった! 向こうから来てくれるなんて、超ラッキーッ! バンサン、逃げた方がいいと思うけど、見てるつもりなら手は出さないでね! 出せないと思うけどっ! 』
「おっ、おいっ!? まさか、デートって……!」
『待ってたよ、デザートイーター!録画開始ッ、『大人気!美少女廃アニマルギア乗りが挑む、遠距離装備&高空飛行&リブレクション禁止縛りレイドソロ攻略シリーズ:第6回』ッ!! いっくよーッ!!!』
ブースターを展開し、脇目もふらず一目散に、地上を『飛んで行く』白き騎士鷹。
それをまるで迎え入れるかのように、砂嵐がふいに止み……その中より、巨大な、あまりに巨大な蠢く柱が、ゆっくりとその鎌首を擡げた。
スコルピードは、旧シリーズからいるサソリ型アニマルギアです。
小型機故の出力不足と積載量の少なさに悩まされますが、ハサミの咬合力と尻尾の針の毒液による装甲劣化を合わせることで、上手いプレイヤーなら紙細工のように相手装甲を『切り取って』いくことが可能です。
当然そんなものを直接装甲の下の素体に注入されたら溜まったものではなく、本来は格上相手にも立ち回りと環境を利用すれば十分勝機があります……本体自身の知能は低いので、持ち主のフォローは必須ですが。
サソリ型はSF系のロボットものでは割と定番ですが、悪役然としたフォルムのせいでやられ役になる場合が多いですね。
この話でも類を見ず……南無。
ナイトホークは、新シリーズになってから登場した空中白兵戦特化の機体です。
そのヒロイックな外観もあり、人気も高いですが、飛行系の宿命たる制御の難しさからリアルでの使い手は皆無に等しく、主にVRゲーム内で広く使われています。
因みにデフォルトは、名前に冠する鷹に由来する、頭は白く身体は茶色、黒といった感じのカラーリング。
最大の特徴たる巨槍『ロンゴミアント』を駆使した一撃離脱のヒットアンドアウェイを基本戦術としますが、元よりある程度の遠距離火器は備わっているデフォルトに対し、ジークリンデの駆るグローリアハントは、現在あらゆる遠距離火器をオミットし、さらに過剰に分厚い装甲を上から着込んだため、飛行タイプらしからぬ高い防御力(それでもレグレクスの半分程度)を誇る代償に、短期間の低空飛行しか出来なくなり、機動力もやや落ちています。
ジークリンデが『修業』と称して始めた変態カスタマイズです。
当然そんなものでレイドモンスターソロ討伐なんて正気の沙汰ではない。