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アラサー会社員、ホビーゲームに心血注ぐ(身内用)  作者: 瓶底眼鏡
第1章 アニマルギア:リブート
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アラサー青年漂流記

いよいよVRゲームに挑みます。

 二つの月が星空に輝く、幻想的な夜の帳の下。

 一人の男が、悪夢のような状況に打ちひしがれていた。


「く、くそっ……なんだってんだよ……っ」


 墜落し、砂漠に突き刺さった小型の宇宙艇を取り囲むように群がる、スコルピードの名で知られる無数の蠍型アニマルギアの群れ。

 小型機に分類されるとは言えど、人の目線から見れば十二分に巨大であり、誇示するように巨木のような尾の巨針を掲げ、小さな小屋くらいなら挟み潰してしまえそうな鋼の爪を打ち鳴らす様子は、どう前向きに受け止めても、こちらを歓迎しているようには受け止められない。


 包囲陣を保ち、じりじりと着実に距離を詰めてくる機械の怪物たちの凶悪な武装の数々に対し、背後の小さな宇宙艇の残骸では盾にすらなりえないことなど、自明の理であった。


 絶対絶命……目の前の光景を一言で表すならば、まさにその単語が相応しかろう。


「お、俺の機体は!? メニュー画面とか、どうやって開くんだよっ! いきなりこんなことになるなんて、聞いてねぇぞ……っ!」

 

 目の前の光景が仮想現実(ゲームのなか)だとわかっていながらも、その余りのリアリティに軽くパニックに陥り、みっともなく叫ぶ。

 身の危険に鳥肌が立ち、心臓が早鐘を打つには十分な程に、非現実の塊のような怪物たちは、事細かに作り込まれていた。


 そうしている間にも、群れなす中の一体、冷たく光る鋏の穂先が、無慈悲にもその喉元に迫り。


「ギキィッ!?!!!?」


「……はっ?」


 一瞬で、吹き飛ばされる。


 あっけに取られるばかりの男の視界を、蠍の群れの代わりに埋め尽くしたのは……長く、太い槍の先に、貫いた蠍の亡骸を掲げ上げ、その刃のように研ぎ澄まされた翼を煌めかせる、白銀の鎧を纏った、大鷹。


『大丈夫? そこの人……って、なんだ、NPCじゃないじゃん。何やってんの? アニマルギアは?』


「あ、あぁっ、えぇと……は、初めまして?」


 一種の神々しさまで漂わせながら舞い降りた、騎士然としたその鳥から投げかけられた声。

 それは、機体の纏う高貴さとは裏腹の、何処か淡白な印象を感じさせる、少々幼さの残る少女のものだった。

 そんな状況についていけず、思わず頓珍漢な挨拶を返す男。


 これが、そのゲームとしてのクオリティは勿論、現実のホビーと連動することで独自の人気を獲得する事に至ったフルダイブ型VRMMO『アニマルギア・フロント』内において、『†白夜の騎士姫†』と囃される実力派美少女プレイヤー・ジークリンデと、今はまだ名も無き冴えないアラサープレイヤー・バンサンの、初の邂逅であった。




 時間は、ほんの数分ほど前……即ち、伴耕三が、『アニマルギア・フロント』のプレイの為、永らく放置していたVRゲームギアの本体更新を済ませた所まで、遡る。


『悪いな耕ちゃん……つい、飲みすぎちまってよぅ』


「まぁ、過ぎた事は仕方ねぇよ、俺も止めなかったし……というか、誘ったの俺だしな。それに、どうせある程度進めないと主要施設の利用とかはロックかかったままなわけだろ? 今のうちにその辺り済ませて、お前が来た時面倒のないようにしておくさ」


『おぅ……それじゃ、ちょいと寝てくるぜぃ……』


「ういっす、おやすみー。さてと、よしよし」


 安藤との電話を切りつつ、ベッドに寝転がりながら、ヘッドセット型のVRゲームギアを装着する。


 五感と精神を一時的に物理肉体と切り離すことで楽しむ、所謂フルダイブ型ゲームも登場から10年ほど経ち、ごく一般的なものとしてすっかり定着している

 その過程において登場した、ゴーグル型、椅子型、ベッド型といったレパートリーのなかでも、ヘッドセット型は最も値段と性能のバランスが取れていると評判であり、VRゲームギアの中では、スタンダードと言うべき立ち位置の代物である。


「よっし、インストールは終わってるな……はいはい、十分健康と周囲の安全に気をつけていますよっと」


 眼前のバイザー部分に表示された注意喚起を軽くあしらう。


 黎明期における様々なトラブルが要因となり、フルダイブ型VRハードには使用者の健康状態を観測する装置の内臓が義務付けられるようになった。


 おおよそ2、3世代前の医療器具程度のスペックはあるとも言われており、人によっては日々の健康管理に利用していたりもする。


 安藤が引っかかったのはこれであり、ある程度安定した健康状態でなければ、ゲームギアのほうからドクター・ストップがかかるようになっているのである。


「水分補給よし、尿意よし、眠気よし、それじゃ、早速……っと、やべぇ! 忘れてた、危ねぇ」


 視界内部に投影された幾つかのゲームタイトルの中から『アニマルギア・フロント』を選ぼうとした寸前、一つ、大切な事を見落としていたことに気づく。


 ゲームギアの本体……ヘッドセット部分とは別の、物理ROMや配線を接続するように出来ている小さな立方体型の機械に接続した、メカメカしさと遠未来感の融合したかのような六角形の台座。


 その上に、自前のアニマルギア、レグレクス:リブートをセットして、緑のランプの点灯を見て、読み込みが正常に行われていることを確認する。


「よし、これでOKか。本当にこいつを、ゲーム内でそのまま使えるって話だが……よし、今度こそ、ゲームスタートだ!」


 安藤という証人もいるものの、まだ半信半疑な気持ちを残しつつ、今度こそ万全な状態で目の前のアイコンをセレクト。

 

 はやる気持ちと戦いつつ、適当にキャラクターメイキングを開始する。

 PNはバンサン……彼にとってはお決まりの名前だ。

 

 決定を押し、完了すると、少し、気の遠くなるような感覚に陥った後……視界が、暗転する。


『――電脳惑星Vi。そこは、発展を続ける電脳世界上に、突如として観測された惑星である』


「このナレーション……懐かしくなるな。もしかしてアニメと同じか?」


 聞き覚えのあるような気もする、重厚な語り口に耳を傾けていれば、目の前に電子の宇宙と、その中に浮かぶ、地球とは異なる雰囲気を纏った惑星が見える。

 まだ操作可能領域には入っていない、観客席から映画を眺めているような感覚だ。


『この星には、未知の生命体が根ざしていた。金属の電子肉体を有する、巨大な獣。地球の生物種と似て非なるそれらの生命体は、強い闘争本能を有し、独自の生態系を確立していた』


「うぉっ、めっちゃ綺麗……本当に本物みてぇじゃねーか」


 視点が宇宙から惑星内部へと切り替わり、その光景を映し出したのを目にし、思わず感嘆を漏らす。


 装甲の陰に隠れた動力パイプの1本まで精密にモデリングされたアニマルギア達が、殆ど現実の生物と変わらない自然な仕草で振舞っているのだ。


 背景の地形や草木に至るまでも、朝露に濡れた葉の光さえ再現されており、そこに本物の生命の息遣いがあると錯覚を覚えてしまいそうになる。


「本当に操縦できるってんだろ、このアニマルギア達をっ……! クソッ、耐えきれねぇ! スキップだ!スキップスキーップ!!」


 俄然、現実味を帯びて湧き上がってきたワクワク感を抑えきれなくなり、操作可能領域までOPを吹っ飛ばす。

 何やらいくつか小さなウィンドゥが続けざまに出たが、バンサンが気にするまでも無くすぐに消えていった。


 元よりバンサン……伴耕三という男は、ゲームには『習うより慣れろ』の精神で挑むタイプであり、イベントムービーや説明書などは見ず、読まず、ある程度プレイに満足してから見返して楽しむタイプである。

 そういった意味では寧ろ今回1分以上もじっとムービーを眺めている事の方が稀有だと言える。


 当然、その気質が演出多様化の道をひたすらに突き進む数多のゲーム作品に触れる上でマイナスに働くことも少なくはなく……今回もまた、その例に漏れず、事前知識無しでの本編直行という選択が、バンサンに対して牙を剥くことになった。


 即ち、『宇宙艇がやや強引な形で惑星Viの大気圏を突破し、危険生物の縄張りのど真ん中に叩き出される』形で本編がスタートするなど、バンサンは全く持って知り得なかったのである。


――そして、話は冒頭の状況につながる。


『はいはい、はじめまして。それじゃ』


「ちょちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、始めたばかりで、何がなんだかわからないんだよ!」


『あぁ……もしかして、チュートリアル飛ばしたクチ? 大丈夫、死ねば前線基地にリスポンするから。ペナあるけど』


「そんな殺生な!? というか、これがチュートリアルじゃないのか!」


『大方、OPと一緒に飛ばしちゃったんじゃないの? そういう奴、結構いるし……もう、邪魔!』


「あー、もしかして一瞬出たウィンドゥか! くそっ、スキップ連呼なんてしなきゃ良かった!」


 今更やらかした事に気付き後悔するバンサンの傍ら、恐らくはリブートからの参戦機体であろう、その全長のゆうに二倍はあろうかという巨大な槍を携えた、見たことのない鷹のアニマルギア。


 そこに乗る少女は、ぶっきらぼうに話しながらも、槍を振り抜いて突き刺さっている残骸を振り飛ばし、飛びかかろうとした別の個体にぶつけて牽制する。


 少々動きは乱雑だが、明らかに本来地に足をつけて戦うタイプでない鷹型の機体で、近距離で取り回すには大ぶりすぎる巨槍を片脚だけで操り、かつバンサンの盾となる位置を保っての立ち回りである。

 さりげなくやっているものの、かなりの腕前であることがうかがえる。


 何にせよ、反応こそ辛辣であるが、どうやらまだ耕三の話には付き合ってくれる心づもりのようである。

 チュートリアルを飛ばして路頭に彷徨っているのは完全にバンサンの自業自得であることを考えれば、十分優しい対応だろう。


「頼む! どうにかこの場を切り抜ける方法を教えてくれ! このままされるがままに奴らのハサミで首チョンパなんてごめんだ!」


『チョンパっていうか、全身丸ごと潰される感じだと思うんだけど……まぁ、初心者に優しくするのもマナーか。うん、あたし、優しい。その左手のリストバンドに触れて、『コンバート』って言えば出るよ……っと、 今話し中なんだけど!』


「こ、こうか!? 『コンバート』!」


 スコルピードの群れをあしらう鷹の少女の声が教えてくれた通りに、左手首に付いている、いかにもSF感溢れる謎素材で出来たリストバンドに右手で触れて、叫ぶ。


 すると、リストバンドから光が照射され、その先にまず光の線が輪郭を描き、色づいて、ホログラムの立体映像のように、巨大な獅子の姿が形作られた。


「うお……っ!? 本当に出た!」


『そりゃそうだって。そういうシステムなんだから……あれ、その子もしかして限定版レグレクス? 珍しいじゃん』


「へへっ、そうだぜ! どうだ、カッコいいだろ?」


『悪くないとは思うけど、あたし的には普通のレグレクスのカラーリングの方が好きだなぁ』


「俺的にはこっちがデフォルトカラーなんだけどな! うぉっ……」


 新世代機の乗り手らしい感性にちょっとした反抗心を抱きつつも、圧倒的なリアリティで表現された鋼の獅子、レグレクスを見ていれば、雄大な仕草で周囲のスコルピード達を威圧した後に、バンサンへと向けてこうべを垂れる。


 自動車のライトのように透明な装甲パーツに覆われ二重構造となった眼の奥、玩具ではLEDで出来ていた、鮮やかな緑色の瞳と視線が交わり、バンサンは思わず息を呑んでしまう。


 実際にゲーム内でここまで近い距離でアニマルギアの瞳を見るのは初めてで、硬い金属や樹脂で構成されているとは思えないその生々しい質感に、圧倒されたのだ。


『ちょっと、何やってんの? せっかくこっちが時間稼ぎしてあげてるのにさ』


「あぁ、悪い、ちょっと驚いちまって……うおあああああっ!?」


 もたもたしているうちに、痺れを切らしたようにレグレクスがその大きな口の端を器用にバンサンの服……初期装備らしい飾り気のないパイロットスーツの首元に引っ掛け、そのまま首を上げて放り投げる。


 極めて精密に作りこまれた物理法則に従い、悲鳴をあげるバンサンの身体は放物線を描いて宙を舞い……そのまま、レグレクスの頭上に落ち、柔らかなクッションの感覚に受け止められた。


「――はっ!? い、生きてる、俺、生きてる?」


「グルルゥ」


「ここは……そうか、お前のコックピットか!」


 一瞬置いて正気に戻ったバンサンは、すぐに自分が今何処にいるのかを理解した。

 レグレクス頭部に設けられたハッチが開き、その中の座席の上に納まっているのだ。

 座席横には、ホビー版のコントローラーにも似た、SF作品にありがちな謎レバーと、付随するボタン類、そして眼前には、全面式に近い巨大モニター。


 頭上でゆっくりと風防が降り、閉じることで外部と遮断され、全てが闇に包まれ。

 一拍おいて、目覚めるように、照明が光り、モニターに外の世界が映し出される……即ち、レグレクスの視界が。


「うぉっ、うおぉっ、うおおおおっ……高まってきたぜ……っ!!!」


 ロボットアニメ・ホビーに触れた人間として、このシチュエーションを前に、否が応でも奮い立たされるというものである。

 バンサンは興奮のままに、操縦桿を握り込み、先程まではあれほど迄に脅威に感じていたスコルピードの群れ目掛けて、雄叫びをあげる。


「行くぜ、レグレクス:リブート! 破茶滅茶に暴れまくってやるぜえええええっ!!」


「ガオオオオオアッ!!」


 乗り手に共鳴するかのように咆哮を上げ、バンサンを乗せたレグレクス:リブートは、白い鷹の戦う戦場へと吶喊した。

 

漸く新キャラの女の子を出せました。

ここまでおっさんだらけのお話に付き合ってくださった皆様、ありがとうございます。

今後もやはりおっさんが話の中心で活躍していくと思います。申し訳ありません。

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