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アラサー会社員、ホビーゲームに心血注ぐ(身内用)  作者: 瓶底眼鏡
第2章 人気者は楽じゃない
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単数と複数の悪意

やたら長くなってしまった……。

 乗り手の趣味か、その物々しい外見に似合わぬピンク主体の塗装のなされたゴライアスは、バンサンが目を離した一瞬の隙を突き、容赦なくその鋼の腕で殴打を繰り出していた。


「ぐぅっ!?」


「バンサンッ!!」


 回避反応が遅れた猛虎タカトラはコックピットにさえ伝わるほどの衝撃を受け、よろめき、後ずさる。


「くそッ、あの野郎、何しやがんだ! 横槍入れて殴ってきやがったぞ!!」


「ちぃ、こいつは良くねぇぜぃ…… もしかしたら『ハイエナ』かもしれねぇ!」


「噂の、マナーがなってないプレイヤー連中のことか!」


 『ハイエナ』。

 それは、『アニマルギア・フロント』内部において、他人が発見し、弱らせた特殊個体ボスモンスターを、今のように横槍を入れて奪っていく悪徳プレイヤーを指す単語である。


 特殊個体ボスモンスターから手に入るパーツや機体データは、単なるゲーム内データにとどまらない価値を持つ……手に入れたそれらデータとゲーム内ポイントを使用することで、ゲーム内ショップを通して実・物・の・玩・具・を破格の値段で入手できるようになるのだ。


 中には一般流通がなく、ゲーム内でしか入手できない限定仕様のレアパーツを所持した個体などが出る場合もあり、ものによってはネットで5桁以上で取扱われているものさえある。


 そこまではいかずとも、ある程度レアなパーツが5、6個も手に入れば『アニマルギア・フロント』の月額利用料金1000円程度なら余裕で挽回が効き、こうして手に入れたアニマルギア本体や武装パーツを転売することで収益を稼ぎ出し、生活の足しにしている『プロゲーマー』もいるほど。


 対策こそされているものの、この仕様が原因となり、アニマルギア全体が賑わいを見せる一方で、今のように他人の弱らせた特殊個体を横取りしてしまおうという悪徳プレイヤーが後を絶たないのだ。


 顔も見えない相手だが、こんな腹立たしい相手、文句を言ってやらねばおさまらんと、バンサンはデジタイザーを慣れない手つきで操作する。


「ええっと、チャット機能は……これか! おい、そこのあんた! いきなり殴りかかってきて、何しやがんだ!」


「え〜? いきなり、だなんてぇ。割り込んできたのは、そっちの方じゃあないですかぁ。『ハイエナ』さん達ったらぁ、酷ぉい」


 バンサンの問いかけに向け、チャットウィンドウを通して答えたのは、幼さを想起させる一方で、背筋を指で撫でられているかのような、甘ったるい声の若い女性のアバター。


 特徴的な機体外見とは裏腹に、チャットウィンドウに表示された顔は、ピンク色に染められたヘルメットのバイザー部分に殆ど覆われており、表情が伺えない。

癖なのか、しきりに右手で右耳を抑える仕草だけが妙に印象に残る。


「オイラ達が、『ハイエナ』だと……? 何、訳の分からないことを言ってやがんでぃ」


「しらばっくれてもぉ、お兄さん達がぁ、噂の悪い人達だって事はぁ、モネちゃんには、お見通しなんですよぉ〜? あっ、いっけなぁい! 悪い人の前で、自分の名前、言っちゃったぁ。モネちゃん、大失態☆」


「な、なんなんだ、こいつ……」


「隙あり☆ ゴリゴリさんぱ〜んちっ!」


 完全に気勢を削がれていた猛虎タカトラとバンサンへ、不意打ちじみた殴打が迫る。


「ぬぅおっ!? てめっ、二度もやるか普通……ッ!」


「ガグ、ググルルゥ……!」


 流石にもう一度は喰らわない。

 飛び退いて回避するも、ここまでされては割と温厚な性格な猛虎(タカトラ)であってさえ、牙を剥き唸り声を上げるというものである。


「もぉ〜、悪者はぁ、成敗☆ される運命なんですよぉ? 躱すなんてぇ、酷ぉい。モネちゃん、大ショックぅ」


「何がショックだ、この野郎!」


「落ち着けよぅ、バンサン。乗せられたら思う壷だぜぃ」


「ぐっ……わかった、わかったが、あいつは二度も相棒を殴りに来た。素直に見逃す訳にはいかない」


 アンドゥに咎められたバンサンは、今にも操縦桿を倒し、目の前の敵に向けて飛びかかろうとする腕をなんとか抑え込むが、瞳の怒りの色は消えない。


 不当な理由で猛虎タカトラに傷を付けられ、それでもまだ一度だけなら只の勘違いとして水に流せただろうが、明らかな悪意をもって二度目の攻撃が飛んで来たのだ。


 もはや、頭を潰され、価値の高いパーツの入手できる見込みのないスクラップと化してしまったディノレクターの事などどうでもよく、一方的に殴られた相棒の為にも、という、意地と義憤が、バンサンの身を内から焦がしていた。


「まさか……ここまでコケにされて、大人の対応、なんて言わないよな。アンドゥ」


「だから、落ち着けってぃ。オイラの口喧嘩の強さ、よぅく知ってるだろ? 任せとけよぅ、ここは」


 あの巫山戯たゴライアス乗りへの怒りを隠さないバンサンに、アンドゥはいつも以上に冷静な言動に努める。


 昔よりはましになったとはいえ、何かと喧嘩っ早いバンサンを、ブレーキ役としてフォローしていたのが彼だ。

 こういう場面でこそ前に出て、事態を収束させるのが特技というものである。


 そんな二人のやりとり前に、肝心の相手はといえば、悪びれる様子など微塵もなく、声に喜色さえ浮かべながら、相変わらずに戯けて見せるのである。


「きゃあ、モネちゃん、こわぁい☆ そぁんなに怒っちゃうなんてぇ、やっぱりその子ぉ、大事大事さんなんですねぇ。改造機ですかぁ、それとも激レアユニット? そんな子、お店じゃ売ってないしぃ……ん〜、でもぉ、どこかで見たようなぁ。もしかしてぇ、前にお会いしましたぁ?」


「答える義理はねぇよ」


 モネとやらの問いに、バンサンは拒絶の意思を全面に乗せて吐き捨てた。


 良くも悪くもこんな印象的な言動のプレイヤー、一度会えば忘れる事などないであろうが故に、初対面であることだけは確信していたが、親切にしてやる気など、バンサンには最初からない。


 そして、そのつれなさにモネが何かを言い返す前に、アンドゥが畳み掛けるように呼びかける。


「おぅ、ところでよぅ。あんた……わかってンのかよぅ? 『デュエル』や『許可領域』以外で一定以上の攻撃を他プレイヤーに加えた場合、どうなるのか」


「うふふん。それならぁ、今、気にしなきゃいけないのはそっちの方なんじゃないですかぁ? か弱いか弱いモネちゃんに向けて、そんなに沢山武器を向けて、威嚇してぇ……ペナルティ、かかっちゃいますよぉ?」


 アルビオンの砲を向けつつ牽制をかけるアンドゥに対し、モネは余裕綽々の態度を崩さない。


 今アンドゥが言及したのは、黎明期のハイエナやPKといった問題行動の多発に対して対策の一環として打ち出された『開拓者同士による私闘の制限』というルールのことである。


 特定条件下以外において、プレイヤーがプレイヤーの操る機体へ対し攻撃を加え、それがフレンドリーファイアの域を超えた故意のものであると判断された場合、最悪ならばBANもあり得る重い罰則がかけられるのだ。


 しかし、今の発言からするに、モネはそのリスクを理解した上でバンサンに対して攻撃を行ったことになる。


 となれば、二打目は最初から相手が回避することを想定した挑発目的のもので間違いない……仮に回避できなかった場合、こちらが『ハイエナ行為を行っていた』と主張するか、『勘違いだった』でしらを切り、ペナルティを回避する魂胆なのだろうか。


 神経を逆なでするような言動の節々からにじみ出る狡猾な悪意が、このかわいこぶって見せているゴライアス乗りが一筋縄ではいかない手合いであることを、アンドゥに感じさせていた。


(さあて……バンサンもすっかり乗せられちまってやがるし、どういう方向に舵取りしたもんかねぇ)


 乗り手共々殺気立っている猛虎タカトラを横目に、正面には得体の知れない輩を乗せた寡黙な巨猿を捉え、白鼠アルビオンを駆る男は美女のアバターフェイスの下で思案を巡らせる。


 モネの狙いがなんなのか見えてこないが、こちらとの諍いを望んでいることだけははっきりと分かっている。


 そして、この手の相手を自分の望む方へと誘導したがる手合いと矛を交えるのは、なるべく避けるべきというのが、26年、変化する人間関係の中をうまく立ち回りながら生きてきたアンドゥの経験則である。


(やっぱり、バンサンには悪いが、これ以上あれと関わるのはやめた方がよさそうだぜぃ……どうにか、説得できりゃあいいけどよぅ)


 このまま素直に退くというのは己にとっても癪な選択であり、頭に血の登ったバンサンを抑えるのは大変だが、それでもフォロー役としてやらねばならない、そうアンドゥが決意を固めた時、新たな機影が二人の前に姿を現した。


「そこで何をしているッ、この外道共め!」


「は? 外道……?」


「とぼけるな! そこのネズミと、そこの熊……虎? とにかくお前たちのことだ! 乙女に砲を向けるなどと!!」


 それは、内なる思考に没頭していたアンドゥや、目の前の相手に注目しきっていたバンサンにとって、唐突に空から舞い降りてきたように思えた。


 一羽の機械の鷹が、バンサンたちの前に立ちはだかるように降り立ったのだ。

 白と茶、黒の三色を主体とした鎧の如き装甲を身に纏った、デフォルトカラーのナイトホークである。


 先にジークリンデのグローリアハントを見てきたバンサンとしては、カラーリングは勿論、ミサイルポッドやレーザー砲などの遠距離火器も豊富に積載している事に、逆に違和感を感じてしまう。


「きゃあ☆ 騎士様ぁ、助けに来てくれたんですねぇ。素敵ぃ!」


「うむ、アネモネ殿。自分は今、貴殿の剣だからな……救援を受け、急ぎ馳せ参じた。薄汚い『ハイエナ』供め、恥を知れ!」


「なんだ、アンタの連れかぃ。モネさんよぅ」


「はぁい☆ 聖騎士ジークマスター様ですよぉ」


「聖騎士……何? すごい名前だな」


「ジークマスターだ! 二度も言わせるな」


 新たに割り込んできたチャットウィンドウに映し出されたのは、金髪碧眼の、絵に描いたようなイケメン男性アバターだ。


 聖騎士ジークマスターなる人物は、名前を覚えきれないバンサンに噛みつきつつ、庇っているつもりなのか、本来のプレイヤーネームをアネモネというらしき人物の前でナイトホークに見栄を切らせている……しかし、どう考えても『か弱い』とは程遠いゴライアスの巨体を全く隠しきれておらず、ややシュールだった。


 コクピットから放たれる声も幼さが強く、なんというか、数年もしたら思い出すのもはばかられるような思い出になりそうな感じのことをしているプレイヤーのようだ。


(こいつも乗せられてるクチかぃ……)


 どうにも思慮深いとは思えない立ち振舞いを目にし、この聖騎士とやらもまた、モネに煽てらるなりして使われているのだろう、と、アンドゥは推測する。


 いかにも思い込みの激しそうな人物だが、同時に正義感も強そうである。

 それならばまだ、誤解を解ければ穏便に済ませる方向へ持っていけないこともないかもしれない。


「まぁ、聞いてくれよぅ、聖騎士とやら。どうやらオイラ達ゃお互い勘違いしあってるらしいんでぃ、ここは落ち着いて話し合いというのはどうでぃ?」


「勘違いだと? どういう事だ」


「簡単な話だ。俺たちは『ハイエナ』なんかじゃない、至ってまともな開拓者だって事だよ。整備士ジークマスターさんよ」


「聖騎士だ!」


「そうですよぉ。ダークマスター様ですぅ」


「ジークだ! アネモネ殿までからかわないで頂きたい!」


 バンサンどころか、仲間である筈のモネにすら名前をネタにされ憤慨する鷹の騎手。

 相手方がどういう関係性なのかが伺えるような一コマである。 


(ともあれ、だぜぃ)


 思わぬ介入ではあったが、聖騎士とやらの登場により、先程までの一触即発な空気が弛緩したのをアンドゥは感じ取っていた。


 敵側の勢力追加でこそあれど、話の流れ自体は悪くない方向に向かっている。

 このチャンスをものにすべく、アンドゥは口を開く。


「まぁ、アレだ。聖騎士ジークマツダーさんよぅ」


「マスターだ! 次間違えたら、本当、許さんからな……!」


「あっとぅ、すまん。ともかく、オイラ達ゃ断じて、『ハイエナ』なんてシけた事するような存在じゃあねぇし、断じてアンタらと事を構えたい訳じゃあねえのよぅ……そうだな?バンサン」


「チッ……本当にお前らがカタギだってんならな。いきなり殴りかかってきたことには、かなりもの申したい所だが、まぁ、マナーのなってない輩が気に入らない気持ちはよくわかるさ」


「ふむ……。どのような悪漢であるかと思えば、本当に礼儀正しい開拓者の方々で有るとするのならば、なるほど。こちらも先ほどの発言、非礼だったとお詫びしよう」


「えぇえ~、あっさり退いちゃうんですかぁ?あの人たちぃ、絶対悪い奴なのにぃ。やっつけちゃいましょうよぉ」


 ここにきて冷静さを取り戻したバンサン、思いのほかに物わかりの良いジークマスターの態度に口をとがらせたのは、アネモネの方であった。


 どういう思惑でバンサンたちに仕掛けてきたにせよ、あれほどあからさまに挑発をかけてきておきながら平穏無事に済んでしまうというのは、アネモネにとっては望まざる展開であるのだろう……それはすなわち、アンドゥにとっては好ましい流れということだ。


「やれやれ、一時は面倒なことになりそうだと思ったがよぅ。何とか収拾がつけられそうだぜぃ。バンサンもよく頭を冷やしてくれたってもんよぅ」


「まぁ、ほら。俺だって、12年もあれば少しは成長するさ……ん?」


 関心と感謝の乗った言葉を向けるアンドゥに対し、それでも一時は完全に挑発に乗せられていたこともあって、ややばつの悪い表情を向けるバンサンであったが、そんな彼のデジタイザーから、遠隔通信の呼び出し音が鳴り響いた。


 連絡先を確認してみれば『ジークリンデ』とある……その名を見て、目の前の聖騎士とやらは随分この『†白夜の騎士姫†』を彷彿とさせるような特徴を持っているな、などと、ふと思い至りつつ、通信に応じることにする。


「すまんアンドゥ、電話、じゃなくてアレだ、なんだっけ、遠隔通信って奴。ちょいタンマ」


「あ、おい、バンサンよぅ」


「もしもーし。お前の方から連絡なんて、珍し」


『繋がったッ! えっと、バンサンッ、その、ごめんなさい!!』


「は? いや、その……マジにどうした」


 会話に出るなり食い気味に謝罪を放ってきたジークリンデ、平時とは似ても似つかないひどい狼狽ぶりである。

 謝らなければいけない心当たりならばまだしも、謝られるような理由など思いつきすらしないバンサンは、ただ呆気にとられることしかできない。


『ネットの動画! 見た!?』


「あー、あぁ……デザートイーター戦か? 普通に見応えあって良かったと思うぜ。悪かったな、俺のせいで変な奴らが沸いちまって」


『えっと! それのことなんだけどぉ、そうじゃなくって……! 今何処? どの辺にいる!?』


「何処って……カノート基地近くの荒野だけど」


『わかった! そうするべき事だと思うし、やっぱ直接会って話す! 今からすぐ行くから、ログアウトしないで待ってて! それじゃ!』


「あ、おい! だからどうしたんだって……くそっ。あいつ慌て過ぎだろ、どうしたんだマジで。どうでもいいけど俺今何回どうしたって言った?」


 結局、訳の分からないまま一方的にまくしたてられ、通話は切られてしまった。

 尋常ではない様子から、何かあの動画関連でとんでもないことがあったらしいという考察だけはできるものの、バンサンが見た限りでは、コメントが荒れている以外に特に問題になりそうなところはなかった覚えである。


 若干混乱した様子のバンサンへ、アンドゥがやや躊躇いがちに話しかける。


「おい、バンサンよぅ……電話、してたみたいだけどよぅ」


「いや、それがな。なんか、今から謝りに行くから待ってろって、ジークリンデの奴が」


「……待て。おい、貴様。今、誰の名を呼んだ」


 アンドゥに対し、会話の内容についての説明を始めようとしたその時、バンサンに対して突っかかる声があった。

 ジークリンデと似た名前を持ち、同じ種の機体を駆る金髪碧眼のイケメンアバター……他ならぬ、聖騎士ジークマスターその人は、先ほどまでの話の分かりそうな態度は何処へやら、その端正な顔だちを能面のように固め、画面越しにすら伝わってくるほどの鬼気とした気迫をまとっている。


 そこでようやくバンサンは、自分のしてしまった一つの過ちに、気が付いた。


「あっ。アンドゥさん。もしかして、今の会話……丸聞こえ、でした?」


「おうおう。そらもう、ばっちりよぅ。オイラが止めに入る間もなかったぜぃ」


「うわぁ……マジでごめんなさいリンデ様」


「今! また呼んだな! しかもそんなに気安く!! 貴様、一体我々がどれほどの言葉に仕切れぬ想いを乗せて、その名をお呼びさせて頂いていると……!!」


「いや、それは知らんがな」


「あー、もしかしなくてもだけどよぅ。ジークマスターさんよぅ、アンタ、『囲む会』のお人かぃ?」


 ジークリンデの名を聞いてからあからさまに色めきたち、呼び方一つに拳を震わせ怒りをあらわにしてみせるジークマスター。

 呆れ果てるバンサンの横で、既に察した顔になりつつあるアンドゥが質問を投げれば、チャットウィンドウの向こうで胸を張って答える姿がある。


「いかにも! 自分こそが『ジークリンデちゃんを囲む会』こと、真の名を『†聖白夜円卓守護騎士団†』きっての一番槍! 聖騎士ジークマスターだ!!」


「えっ、聖白夜……何? なんかすごい漢字の羅列が飛んできたんだけど、そんな名前なの? マジに。俺、初めて聞くよそれ」


「フッ……真の名だからな。団の中にも自分以外に知る者はいない」


「くっ、すげぇぞこいつぁ、リンデちゃんの名前が出てから急速に痛々しさが増していきやがるぜぃ……!」


 やはりアンドゥの予想通り、彼はジークリンデ絡みになると色々と面倒な噂の多い、『囲む会』の一員であった。


 いよいよ本格的に表に出始めた中二病力に中てられ、アラサー二人は思わず機体ごと後ずさり、その様子に何故かより自慢げにナイトホークの胸を張らせるジークマスター。


 状況が混沌の一途をたどる中、しばらくの間大人しかったアネモネが、わざとらしい叫び声と共に、ついに致命的な爆弾を投下する。


「あ~っ! 見て見て、これぇ、見てくださいよぉっ」


「む、どうしたアネモネ殿……こっ、これは!」


「なんだ、動画か? 何々、『【動画解析】デザートイーター戦の真相【†白夜の騎士姫†】』……だとぉ!? なんじゃこりゃ!!」


 右手で右耳を抑える仕草をするアネモネのチャットウィンドゥから投げ渡されたURLを開けば、饅頭と生首を足して2で割ったような謎生物。


 妙に気の抜ける棒読み音声で喋りつつ、今朝のジークリンデがアップした動画を一時停止したり、部分拡大したりしつつ、今回の違和感についての原因究明を図っている。


 時にとんちんかんな、時に鋭い推測を交えつつ、謎生物は最終的に、一人のアバターフェイスと一体のアニマルギア、そして一つの結論にたどり着く。


『えー、という訳で、纏めますと。今回のデザートイーター戦、僕の推測としては、恐らく先程のコックピット背景のチャットウィンドウに写り込んでいたこの人物がこちらの無印仕様レグレクスの乗り手であり、何らかの形でジークリンデさんに対して妨害行為を行ったのではと思います。この高難易度縛り動画シリーズは明らかに撮るのにかなりの体力を必要としますし、もし妨害が故意だとしたら許しがたいですね』


「お、おいバンサン! 解釈に酷く悪意を感じるが、これってよぅ……!」


「くそっ、なるほど……さっきのリンデからの電話は、もしかしてそういうことか!」


「この……このアバターフェイス! 貴様、卑怯にも機体を変えて罪を逃れようとしたのか……!!」


 視聴している間にもぐんぐんと再生数を伸ばして行く動画の中で提示された人物像を見て、今迄とはまた別の種類の激情に肩を震わせ始めたジークマスター。


 どうやらこの動画に限らず、ゲーム内SNSやネット掲示板など様々な場所でこの件に対する情報が拡散されており、一種の『祭り』のような状況に発展し始めているようだったが、その情報の多くがバンサンを悪と決めつけるような内容であり、まさに彼のような手合……話を鵜呑みにして騙される格好のカモが、多くの場所でバンサンに対し怒りの声を上げている。


「お、おい、聞いてくれアンタ! これには色々、混み合った事情ってぇモンがあるんでぃ。ひとまずここは冷静に、こっちの話を……」


「聞く耳持たん! 我らが姫を貶めた悪逆、今この場で裁いてやる! 『デュエル』だ……この後に及んで無実を主張するというなら、戦いの中で証明して見せよ!!」


「騎士様、モネちゃんも一緒に戦っちゃいますよぉ! みんなの『アニマルギア・フロント』を荒らす悪い奴は、ぜったい許せないのですぅ☆ あ、もし逃げたりしたらぁ、ネットに晒しちゃいますからぁ」


「ちぃ、結局そっちの方向に転がっちまうってのかぃ……」


 もはや如何なる言葉も、数多の熱狂的ジークリンデファンの義憤を背負い槍を突きつけるジークマスターには届かない。


 歯噛みするアンドゥの横で、バンサンを載せた猛虎タカトラが、決意したように前に出る。

 アネモネに退路まで断たれたとなれば、取れる選択肢など、あとは一つしかない。


「やってやろうじゃねぇか、アンドゥ。いざこざを避けたいってお前の考えは、痛いほど有難い。有難いが……お前だって、アルビオンだって、あいつら相手に暴れてやりたいんだろ?」


「ギヂュヂュ……ッ」


「バンサン、アルビオン……やれやれ、どいつも血の気が多くていけないぜぃ」


 あいも変わらず機体共々臨戦態勢を隠しもしないバンサンに、自分の内心を示すように戦意に満ちているアルビオン。

 息を深く吸って吐いた後、アンドゥもまた抑え役としての表情を納め、少年時代を思わせるような、悪戯っぽく活力に満ちた顔を表に出した。


「仕方ねぇな……そこまでやり合いたいってんならよぅ、受けて立ってやるぜぃ! 吠え面かかせてやらぁ!」


「あぁ! 覚悟しやがれ、ゴリラ女にリンデのパチモン野郎! アニマルギア歴12年の実力ってモンを思い知らせてやるよ!」


「ふん! なんと言おうが勝つのは正義だ! アネモネ殿、共に悪を蹴散らしましょう!」


「はぁい、頑張っちゃいますよぉ〜……ふむふむ、12年ですかぁ」


 高らかに戦線布告をぶつけ合い、4機の4人がそれぞれに、モニターに表示された『デュエル参加』のウィンドゥのエンターボタンを押す。


 いかに望まざる形での戦いとはいえ、否が応でも熱気が高まっていくそんな中、バンサンが、頼りになる友人に向けて、口を開く。


「ところでだ、アンドゥ」


「どうしたバンサン?」


「『デュエル』って……何?」


「 ……は?」


「……何、だと?」


「……あれま。知らない人いるんですねぇ。初心者さんですかぁ? 珍しいのに乗ってるのにぃ」


 一瞬で弛緩する空気。

 視線が集中する中、何もわかっていなさそうな猛虎タカトラが、照れたように頰を掻くモーションをした。

ディノレクターは、惑星Viに幅広く生息する肉食竜型アニマルギアになります。

ポピュラーな量産機的位置付けで有りながらスペックが高く、アニメにおいては最初期のライバルの登場機体に抜擢されていたりします。

アニマルギア・フロント内ではいわば某狩りゲーにおけるラ◯ポス的ポジションで、特殊個体がドス系に当たるイメージです。

ホビーにおいては装甲より機動性に重きを置くタイプのプレイヤーに人気でした。

設定の段階でやられ役として位置付けられながら、キットの完成度の高さもあってファンの多い、通の間においてはシリーズの裏の顔役として名が上がることも多い名機です。

リブレクションすれば、殆ど骨格だけのような見た目となり、身体中から鋭利な骨が飛び出した攻撃的な外見となります。

レグレクスに似た、防御を捨てた高機動化形態への変遷ですが、より紙装甲かつ高機動なピーキーな性能をしており、パイロットの腕が実力に反映されやすい機体とも言えます。

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