Enter the mission!
半世紀のうちに、パラダイム・シフトとも言える技術革新により、もはや四角いテレビ画面の中、箱庭の世界を第三者の背中を見つめて進めるゲームは希少種となり、プレイヤー自身がデジタル・データで組み上げられた広大なオープン・ワールドに入り込み冒険を繰り広げることが当たり前となった昨今。
その『出来る事の多さ』が故に、プレイヤーが広大なフィールドの中で途方にくれるような事例も多く、自由度の高さを保ちつつ目的を持って楽しめるように、こういった所謂『ミッション制・クエスト制』はVRゲームの一つの主流として定着している。
『アニマルギア・フロント』における『ミッション』も、その類に漏れず、世界観的側面から見れば『開拓本部、あるいは原住民より開拓者に与えられる任務・もしくは依頼』であるが、ゲームとしての側面から見れば、『プレイヤーが何を目的に行動するかを定める指針』として設定されたものである。
プレイヤー全てに常時無条件に発生している、世界全体の趨勢に関わる『フェイタル・ミッション』、特定条件を満たしたプレイヤーに発生する、ある程度の物語性・連続性を持つ『ストーリー・ミッション』、上記二つとは異なり何度も再発し、無条件で再受注の可能な単発式の『ノーマル・ミッション』の三種に大別。
各ミッションは、前回の『迷子の案内』のような例外もあるものの、基本的に受注してさえいれば同時進行が可能であり、進行状況はデジタイザーから確認できクリア条件が満たされた場合、受注元が開拓本部であれば自動的に、原住民であればその依頼主に報告することで完了となり、報酬が支払われる仕組みになっている。
今回バンサン達が受注したのは『ディノレクターの群れの討伐』、カノート東に広がる荒野に生息する小型恐竜アニマルギア達を一定数撃破することで達成となる、開拓本部から常時発注されているノーマル・ミッションである。
報酬の良いストーリー・ミッションは特殊施設『レコード・アーカイブ』を通し時を遡らなければ再受注できないこのゲームだが、このミッションは同難易度帯におけるそれらに匹敵しうるほどに抜きん出て報酬が良い、とはアンドゥの談。
討伐対象の落とす素材の有用性・換金効率の高さも相まって、初心者や新機体に乗り換えた開拓者にとって、格好の腕試しとして親しまれているのである。
「バンサンッ! そっちに逃げた、頼むぜぃ!」
「OK! パンチだ、猛虎!」
「ググゥッ!」
「ギシャアリィッ!?」
アルビオンの背から振り撒かれる弾幕の嵐に気を取られ、迂闊にも正面へ飛び出してきた、ラプトルを模した細身の機械竜へ一撃。
小さく華奢な身体は、その体躯に匹敵する程に太く重々しい腕によって与えられた衝撃に耐えきれず、あっさりと地に叩きつけられ、バラバラに粉砕する。
「おっと! しまった、またやりすぎちまったか。中々力加減が難しいな。よくやった猛虎、次はもう少し抑えめで頼むぜ」
「ググッ」
「敵は出来る限り綺麗に倒したほうが、良い素材が取れやすくなる。ちょいと面倒だけどよぅ、今のうちに慣れておくのがオススメだぜぃ」
「わーってるよ。どの道上達したいなら、こういう練習はやっといたほうが良いだろうしな。そういうお前はそんなハイペースで弾ばら撒いて平気なのか?」
「ここは現実とは違うんだぜぃ。フロント内じゃ、ちょいと時間があれば、デジタイザーの格納領域から補充が効くのよぅ」
「ほー、便利なもんだな」
「ま、代わりにその分スタックが埋まるから、近接ほど稼ぎには向かないって難点もあるがねぃ」
呑気に話をしているバンサンとアンドゥだが、それでもトラブルの影はない。
雑魚敵扱いなのか、前にバンサンが相対したスコルピード同様、ディノレクター達が本来のサイズ比よりか何回りか小さく、能力値も低く設定されているのも大きいだろうが、有象無象の集まりに対しチームプレイを展開できているのが大きいであろう。
白兵戦を中心に各個撃破の立ち回りをするバンサンの猛虎に対して、アンドゥ駆るアルビオンは、背負った武装の数々から絶え間なく実弾を掃射し続け、敵の群れ全体に圧力をかけている。
まだまだ集団戦に慣れきっていないバンサンにとって、慣れた様子で的確なフォローをこなしてゆくアンドゥの存在は実に頼もしい。
12年の歳月を経て初と言って良い共闘ながら、手早く雑魚ディノレクターの集団を掃討する程度には、二人と二体は早くも息のあった連携を形にし始めていた。
「虎パーンチッ! よしっ撃破、フォローサンクス! これで何体目だ?」
「おうおう、お安い御用って奴よぅ。デジタイザーによりゃあ6体目、ミッション的には半分ってとこだねぃ。ちょうど群れも全滅させたし、ここいらで一回休憩置くかぃ?」
「いや。俺も猛虎も調子良いし、ここは一気にクリアまで持って行きたいな。何だかんだで大分このゲームでの立ち回りもつかめて来た気がするし」
「OK、そんなら続けるかぃ。もうひと頑張りだ、アルビオン!」
「ギチュチュッ!」
アンドゥの呼びかけに、任せろと応えるようにアルビオンは一鳴き。
負けん気が強いとの前評通り、山のような重装備を背負っておきながら、疲れたような様子は微塵も見せない。
金属生命体であるという世界観に則ってか、このゲームにおけるアニマルギアには『疲労度』が設定されている。
とはいえ、人よりよほどタフネスなため、破損の修理などを挟まず休みなしで半日以上酷使しなければまず支障は出ないらしいが、一部のミッションにおいては管理が重要となってくる値になる。
ものの小一時間程度、猛虎もアルビオン同様まだまだ元気な様子で、どちらかというと気にかけるべきなのは、30代を前に緩やかに基礎体力の削れ始めた乗り手二名の消耗である。
このミッション達成で一旦休憩を取ろう、二人はそう言外に示し合わせ、新たな群れの影を探し、そして、捉える。
岩場の谷間に集い、周囲を警戒する小柄な機械竜の群れ……そしてその中に一際存在感を放つ、一回り以上も大きな同型の竜の姿を。
「なんかデカいのがいるぞ! もしかしてあれが噂の特殊個体って奴か?」
「おっ、バンサンは会ったの初めてかぃ。ちょいと手強いが、ミッションでも特別目標に設定されてる筈だし、相手にして損はないってもんよぅ」
「そいつは是非とも狩るしかねぇな、お得にアニマルギアをゲットだぜ! 援護は任せた!」
「OK! 」
俄然やる気を出したバンサンは、岩場の影より、玩具本来のサイズ比に等しい体格を持つディノレクターへ強襲をかけた。
ただ強敵というばかりではない、今まさに相対しているような『ボスモンスター』という存在にこそ、この『アニマルギア・フロント』が月額課金制というハードルを越え、基本無料制のVRMMOにも劣らない普及をしている理由が、隠されているのだ。
交戦状態に入ると共に、特殊個体は鳴き声をあげ周囲の雑魚に呼びかけ、己とバンサンらの間に、曲がりなりにも陣形を構築してみせる。
「ギシャッ、ギシャアリィッ」
「チッ、こいつ仲間を盾にして来やがる……知能も高めに設定されてんのか」
「リブレクションこそ無理だが、武装も使ってくる。気を抜いて逆に狩られる開拓者も出ることだってあるってもんよぅ……噂をすればだ!」
トカゲの知能にしては中々の連携に舌を巻いていると、大きなディノレクターの背の機関砲が動き、岩場の隙間に差し込む要項を反射して、きらりと煌めく。
「ガトリングだと、手下ごと撃つ気かっ!? 躱せ猛虎ッ!」
「アルビオンいけるなっ! にゃろうっ、やりやがる……ッ」
猛虎とアンドゥが乗り手に従い急ぎその場を飛び退けば、虚空を数多の銃弾がつらぬいていく。
ボスとはいえ所詮は操縦者のいないアニマルギア、狙いは荒く隙だらけだが、巻き込まれることを厭わず襲いかかってくる配下たちと合わさると中々に恐ろしい。
ここは堅実に、まず周囲の雑魚の制圧を優先すべく、二人は互いの相棒に自衛を任せながら作戦会議を立てる。
「あいつ、中々頭がキレるぜぃ、驚いたってもんよぅ。よし、オイラたちがボスの気を惹きつける、その間にバンサンは周りを一掃してくれぃ」
「了解、なるべく早く片付ける! さぁ、今は思い切りやっていいぞ、猛虎!」
「グゥガアッ!!」
機関砲の弾が途切れたのを見計らい、ウィンドスライサーから移植したらしい二門のビーム砲でボスに回避行動を強要するアルビオン。
ボスの指示で雑魚がそちらに群がろうとした時、横の岩陰から猛虎がその身を踊り出し、豪腕を振るえば、雑魚レクター達の小さく軽い身体が宙を舞った。
12年前のアニマルギアながら衰えを感じさせない腕力に群れが蹴散らされる様子を見て、恐れをなしたように一歩、二歩とボスは後ずさり、踵を返して走り出す。
「なっ! アンドゥ、あの野郎逃げちまうぞ!」
「わかってらぁ! 逃すかってんだよぅ!」
いきなりの逃げ腰に面食らいつつも、アンドゥはビームで逃げ道の先の岩場を撃ち、落石を起こして足止めを試みる。
「ギャクシャァ!?」
「ナイス、アンドゥ! さぁ、殴り合いといこうじゃないか!」
「ギャリリリィ……ギャギアッ!!」
覚悟を決めたか、ディノレクター特殊個体は振り向きざまに激しく爪を振り上げ、こちらへと襲いかかる。
それこそを待っていた、と、バンサンはニヤリと笑い、猛虎を半歩退かせ、構えを取って迎え打った。
「漸く観念したみたいだな! 喰らいやがれ、カウンター虎パンチッ!!」
「ギシャッ!? ギャウッ……」
「おいおい、もうヘロヘロかよ……これじゃまだ部下共の方が根性あったぜ。おいアンドゥ、捕獲手伝ってくれ」
幾ら懐に吸い込まれるように入ったとはいえ、一発で吹き飛ばされ、地面から立ち上がるのもやっとな特殊個体ディノレクター、多少の苦戦は期待していたバンサンとしては拍子抜けとしか言いようがない。
こんなものかと、猛虎の前脚で拘束をかけようとした、その時であった……アンドゥの叫びが、耳を貫いたのは。
「バンサン! やっぱり何かおかしいぜぃ!」
「どうし……ッ!? 猛虎ッ!」
視界の端に何かがちらついた気がして、バンサンは寸前で猛虎を引き留める……瞬間、何か巨大なものが落着する衝撃とともに、目の前の地面が陥没した。
「なっ、ゴライアス、だと……」
「ギギッ……、ギャリィ」
突如として降ってきたのは、重く太い一対の巨腕が目を惹く、小山のようなゴリラ型のアニマルギア。
押しつぶされ断末魔を上げるディノレクターの頭部を煩わしげに握りつぶし、乱入者は猛虎へと威圧的な視線を投げる。
「へっ……上等だ。人の獲物を横取りした以上、テメェを狩らせてもらうぞ」
「待ったバンサン! そいつ、プレイヤーだぜぃ!」
「なんだと……!?」
「……!!」
アンドゥの呼びかけを受けたバンサンが、モニターの識別表示に気を取られ……それ故に、すぐには反応出来なかった。
突如として現れた不気味なアニマルギアが、言葉も発さぬまま、猛虎に向け、明確な害意をもって、拳を振りかざした事に。
展開に悩んだ回ほど長くなりがちな気がします。