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アラサー会社員、ホビーゲームに心血注ぐ(身内用)  作者: 瓶底眼鏡
第1章 アニマルギア:リブート
12/17

伴耕三:リブート ー サイドV

後半です。

漸く最初に思いついたシーンを書き終えられました。

 耕三は、気付いていなかった。

 猛虎(タカトラ)を乗せたセッションベースの、『読込成功』を示すランプが、緑に点灯していたことに。


「……え。え?」


「グウゥ」


 自分の頭がおかしくなったのか、と、何度も己の目を疑い続ける耕三/バンサン。

 しかし、何処と無く気まずそうにその場に座り込んでいる巨躯は、どれだけ目をしばたたかせようと、夢まぼろしのように消え去る事はない。


 闇夜に燃立つ炎のごとき赤黒のカラーリング。

 熊のような体格に、虎のような腕と頭部を備えたその出で立ちは、何処からどう見たところで、バンサンが12年前に共に戦い、つい先程まで永らく眠りについていた筈の改造機、猛虎(タカトラ)に違いがなかった。


――え? 何これ? バグ? 俺なんかヤバい事した?


 目の前の状況が現実であると漸く認識したバンサンの脳が何より先に抱いた思いは、『自分が何らかの違反行為等に抵触していないか』という恐怖であった。


 12年前ならばいざ知らず、『本来仕様上の問題でゲーム内に持ち込む事が出来ない筈の機体を持ち込んでしまっている』現状が、運営側の想定外である事は恐らく間違いがなく、それを手放しに喜んでいられない程度には、社会の世知辛さに揉まれてきたのだ。


 平日夜であるが故に、アンドゥとは時間が合わず行動を共にできないのが痛い……いや、奴がいれば尚更大ごとになっていたかもしれない、と、今この場にいない、事情を正確に理解しうる唯一の既知の友人のことに少々思いを馳せつつ、いないものは仕方ない、と結論付ける。


「い、一応……改造機、って、扱いになってる……のか? 自由度増マシマシ(フルスクラッチ)気味に骨格いじっても、AIチップさえ積んでいればリブートのパーツなら割りかしちゃんと読み込んでくれる、って話は聞いてるが……」


「グクゥ……」


 実際改造で無理矢理旧キットのパーツを適合させている工作動画を見たような見てないような、と他所へと逸れ始めたバンサンの独り言に対し、その問題の発生源は、自分に訊かれても、と答えるかのように、悩ましげに首を傾げるばかりである。


 虎の顔ながらまさしく熊そのものな尻餅をついたような座り方をしながら頭を掻く様子は、その存在のありえなさに対し妙に地に足が付いていて、ユーモラスなギャップに力が抜けてしまいそうになった。


「うん、今日も普通にログインして、普通に任務受けて、普通に街の外まで来てレグレクス出すつもりで『コンバート』って言っただけだもんな……そっかぁ設定いじってないとベースで読み込ませてる機体が優先されるのかぁ、いや今そこどうでもいいんだけどさぁ」


「グゥ、グク。グウゥ」


「あーいいよなぁお前は気楽で! 悩んでる原因お前なんだけどなぁ!」


 未だに頭を抑えるバンサンに対しはやくも状況に順応し始めたのか、少しその場をウロウロとしたり土を掘り返したりと遊び始める猛虎(タカトラ)、なんともまぁ呑気なものである。


 ……というか先程までは気にしている余裕もなかったが、地味に現在バンサン拠点(ホーム)に設定されている『カノート前線基地』の西門の近くのため、すでに行き交いする結構な人数の開拓者(プレイヤー)原住民(NPC)に目撃されてしまっている。


 事情を知らない限りは皆只の改造機として受け止めてくれてるだろうが、少し調べれば明らかにリブートのシリーズではまだ再販してないパーツを使っているのが丸わかりだし、安藤の話によれば、最近リブートの流行を受けて12年前の旧シリーズの対戦動画の再生数も緩やかに伸びて来ているらしい。


 となると全国大会準優勝なんて決めてしまっていた耕三少年の活躍ぶりでは、実名顔出しで機体と一緒に誇らしく表彰台で胸を張っているシーンを映した動画なんかが広まっていてもおかしくない訳で、最悪何処の誰とも知らない相手にリアル割れする危険性すらある……あれ、これはもう手遅れではないのか。


「グゥ、グルッフ、ググゥ」


「あだっ!? いや痛くねぇけど、何すんだいきなり……うおわっ! 近いっ、顔が近いわ!!」


「ググゥ……」


「え、慰めたつもりだったの? やめろよそんな巨体の全身くまなく使って落ち込むの……」


 憂ごとの絶えない主人を励まそうとしたのか、金属製の大質量の鼻先を擦り付けようとして思い切り小突いて転ばせ、しょんぼりとしてみせる猛虎(タカトラ)


 ゲーム内においては、余裕で愛着を抱けるくらいにはアニマルギア達は個性豊かで、バンサンが初日に手に入れていたレグレクスも、同種の中では割合神経質な方だということがやっているうちにわかったのだが、なんというかこの虎熊の感情表現の豊かさは他の機体の比ではない。


 今も怒られた反省のつもりか、その巨体を地に伏して、丸太どころか大型クレーンくらいはありそうな両腕で器用に頭を抑えている……一体何処でその動きを覚えてきたというのだろう。


 そんな様子をいつまでも見せられていれば、悩んでいるのも馬鹿らしくなってくるというものである。


「……あぁ。なんかもうどうでもよくなってきたなぁ!」


「グゥ?」


「どんな任務受けてたっけなぁ! 行くかぁ! 猛虎(タカトラ)!!」


「グワオォーウッ!!!」


 ヤケクソ気味に叫ぶバンサンに対し、猛虎(タカトラ)は待ってましたとばかりにんばっと立ち上がり、天に向かって高らかに咆哮を一つ、のそのそと歩き始める……


「いやMATTE!! この流れだよ? 載せろよ! 天然ボケかよ個性爆発過ぎんだろォ!!?」


 のそのそ(※アニマルギア比)故に数歩であっと言う間に10メートルは遠ざかってゆくうっかりさんを必死で呼び止め……漸くバンサンは、惑星Viの地で、設定上という意味での本来の姿となった猛虎(タカトラ)に乗り込んだのであった。


 感動も何もあったものではない、脱力感ばかりの初搭乗である。


「ハァ……ほんとさぁ、どうにかならなかったのかよ、12年だよ? こうさぁ、感動もダイナマイトでぶち壊しだよ」


「ググル、グゥ〜♪」


「めっちゃご機嫌だね! そうだね俺も嬉しいよ!」


 頭部のコックピットの中から、どうしようもなくもやっとした形にならない感情を叫ぶバンサンは、もはや手慣れた仕草でデジタイザーとモニター画面をリンクさせ、ミッションを確認、目の前の大画面に浮かび上がった矢印の方へ向けて猛虎(タカトラ)に進行指示を出す。


 プレイ開始からまだ4日目といったところだが、見つけた敵の情報の収集、手に入れた素材のデータ化格納、ミッションの受注・確認にナビゲーション、更には現在このゲームは日本展開のみの筈なのだが何故かリアルタイム通訳機能まで、何から何までこれ一つで済ませてくれるデジタイザーの便利さにはすっかり虜にされており、殆ど基礎的な使い方はマスターしたと言っていい。


 一方、録画機能やカメラ機能、お絵かき機能なども搭載されているため、極めたと言うにはほど遠いわけだが、SNS的要素を求めてこの惑星に降りた訳ではないバンサンには現状で充分である。


 今回のミッションは『エーテリウム結晶の採取』……この世界でSFビームが撃てる理由である謎粒子に深く関わる物質らしいが、バンサンにとっては採れる場所と色、大きさ、形状、必要数といった情報がわかればいい。


「虹色の、なんか水晶みたいな形の石ころを10個、ねぇ……ほう、結構揺れるが、中々悪くないぞ猛虎(タカトラ)


「グワォ、グゥ」


 当然だとも言いたげな返事には悪いが、旧キットな影響もあるのか、実際のところ乗り心地の良さという意味ではレグレクスの方が圧倒的に上ではある。


 ただ、永らく存在さえ忘却の彼方に追いやってしまってはいたものの、やはり丹精込めて作り上げた自分だけの機体(オンリーワン)に乗っているというのは、格別なものがある。


 いざ進み始めてみれば、萎えていた気持ちも存外すんなりと回復するもので、先程までは不安でいっぱいだった顔に笑みを浮かべつつ、操縦桿を前へと倒す。


「ははっ、よし走れっ猛虎(タカトラ)っ! いいぞ、もっとだ!!」


「グオオォンッ!!」


「速い速いっ! もっともっと、もっと速く疾走(はし)れェーッ!!」


 どこまでも続くだだっ広い荒野を駆ける。

 ただそれだけの行為なのに、何故だかひたすらに楽しい、そろそろアニマルギアに乗る感覚にも慣れたと思っていたのに、始めたばかりの頃以上に、心が弾み始めた。


「ははっ、楽しい……楽しいぞっ! なぁ、お前もそうなのか? そうだよな!」


「グオオォッ! グワオォォオンッ!!」


「だよな! だよなぁ、ずっと……ずっと、こうしたかったもんなぁ……」


 ――()()


 風のように、真っ直ぐに荒野を駆ける中、なんの気なしに溢れ出したもの……口から言葉、眼から涙。


 疑問に思う頃には、既にそれらが、とめどなく溢れ出して止まらない……今の今まで、アニマルギアの事自体は記憶の片隅には残っていたのに、この赤黒の機体のことは、切り取られたようにすっぽりと、記憶の中からも忘れ去っていたというのに。


「……あの日からさ、アイツに勝てなかったあの日から、ずっとずっと一緒に、頑張ってたもんな。悔しくって、楽しくって、また皆といつもの場所に集まって、何度も何度も戦って……たまには違うところにも行ったりしてっ」


 原因不明の涙が、止まらない。

 記憶にもない筈の思い出が、口を突いて勝手に飛び出してゆく。


「それからッ、アニメが終わって、大会、中止になっちゃって……ッ、だんだん、皆、来なくなって……、それが原因で、相手してくれてた安藤と、喧嘩もしちゃったりして……ッ、アイツの所まで、行ってみようって、父さん母さんにも話さないでっ、一緒に出かけたこともッ、あったっけ……!」


 視界が滲み、あまりにも鮮明に、鮮烈に輝きを放ついつかの景色達が、次から次へと溢れ出してくる……あまりに大切に過ぎて、故に全て封じてしまうしかなかった、記憶の数々が。


 そして……その全て、今よりずっと視点の低く、空の広い景色の傍らには、必ず、燃え立つように誇らしげに赤黒の身体を煌めかせる、雄々しき機体の姿があった。


「それでも……それでもッ、約束、してたんだもんな……俺たち、一緒に、一緒にィ……ッ、頑張るって、なのにッ……なのにィ……ッ!」


 操縦桿から手が離れる。

 乗機が、乗り手を心配するかのように、それに合わせて歩を緩め、立ち止まる。


 そんな、ほんの些細な心遣い。

 それをきっかけに、ついに、バンサンの心の堰は、決壊する。


「俺はッ、オレはぁ……ッ、忘れてェ……違うッ、全部全部ッ、忘れようとしてェ……ッ! 逃げちゃった、逃げちゃってたんだッ……! ずっと、ずっぉッ、こんなにっ、好きだったのにッ、大好きなのにぃッ……お前の事、楽しかった事も、みんなみんなぁ……ッ! 約束、守れなくってえぇぇ……ッ」


「……」


 誰より、なによりも、一人の少年が情熱の全てを注ぎ、愛していた筈の獣は、ただ無言で、懺悔を聞き入れる。


 遥か、遠き日に交わした、大切な約束。

 一生、守り通すとさえ考えていた誓い、稚拙で、馬鹿馬鹿しくて、故に煌びやかだったそれを胸に歩き続けるには、あまりに現実は、辛すぎて。


 少年は、ついに捧げてしまったのだ。


 一番大切だった筈の『○○(それ)』を……大人になるための、代償として。


「ごめん……ごめんっ、ずぅっと、ずぅっと、待たせて……もう、絶対絶対ッ、お前に嘘ついたり、しないっ、しないから……ッ! もう一度ぉっ、もう一度だけ……ッ、戦って、傷ついて、乗り越えてっ、遊んでっ、くれェ……オレと……っ、俺とぉ! 一緒にぃ!! 猛虎(タカトラ)ァ!!!」


「グワオォオオウッ!! グワオォオオオオオオウウアアアンッ!!!!」


 『少年』を辞めてしまった男……その慟哭に、当然だ、と、言わんばかりに、12年越しの咆哮が、答える。

 ずっと相手の名を呼び続けていた声が、漸くその耳に届いた歓喜と興奮を、高らかに訴えかけるように。


 いつかの少年は……バンサンは、伴耕三は。

 コックピットの中、その雄叫びを聞いてか、はたまた止まらぬ嗚咽を抑えきれぬ為か、あるいはその両方か、その身をうち震わせる。


「ありがとう……猛虎(タカトラ)。ありがとう……『相棒』ッ! また、どこまでも行こう……一緒に!!」


「グワォッ! グワオォウッ!!」


 12年……街並みも日常の在り方も、世界の有様がすっかり変わってしまうには、あまりにも充分に過ぎるだけの時を経、ついに一人の男が、魂を分かち合った『相棒』を、取り戻した。


 伴耕三……かつて、大会において準優勝という結果を残し、『春日島の破壊王(デストロイヤー)』と語られたアニマルギア乗りの伝説が、今、再び、再起(リブート)する。




「……なぁ、ところで猛虎(タカトラ)よ。荒野を走っていた筈なのに、なんで俺たち、山の中にいるんだ?」


「……グオゥ?」


 ……する、のかも、しれなかった。

伴耕三ゥ!

何故君の名前の刻まれたトロフィーが門松屋に飾られていたのか。

何故君の改造アニマルギアが、惑星Viに降り立つことが出来たのか。

何故君が大切なアニマルギアとの記憶を、思い出すことが出来たのかァ!

その答えはただ一つ…。ハァ…。

伴耕三ゥ!

君が、初めてのアニマルギア全国大会で、そのアニマルギアを使って準優勝した男だからだぁ―――っははははははっ!

はぁーはははは!!

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