伴耕三:リブート ー サイドE
一話に収めるはずが、書いてたら長くなった為分割しました。あるぇー?
再会は、拍子抜けするほどに唐突で、劇的とは程遠いものだった。
「うぃーす、お届け物でーす」
「……は?」
あの、余りに充実に満ち満ちた『アニマルギア・フロント』での初日を終え、週末にも至らない平日の、仕事終わりの夜の事だ。
夕飯も風呂も済ませ、そろそろ今日も惑星Viを開拓しにでも行こうか、などと考えていたところで、突如、実家から謎の黒い箱が送られて来たのである。
(送り主は……アイツか。なんか頼んだっけ、っつーかなんで着払いだよ)
「どうも、あざした〜」
「はーい、お仕事頑張ってくださーい。なんだなんだ」
バイトらしき宅配員のお兄さんを手間取らせないように手早く支払いを済ませつつ、宛先の名前欄に刻まれているのが妹の名前である事を読み取り、仕送りの類ではないことを理解する。
最近の所、実家から特に何か送って欲しいと伝えた記憶はない、というか年末年始に実家に帰って以来妹どころか両親とさえ連絡を取っていないので、本当にいきなり送られてきた、文字通りのブラック・ボックスである。
「まぁ、アイツのことだし、何故か妙に役立つものなんだろうが……」
5歳下で今は美術大学に通っている耕三の妹だが、何かと一つの事に注力しがちな耕三とは似ても似つかず、恐ろしいほどに周囲の状況や他人の考えを読み取る能力に長けており、一時は『エスパー少女』などと持て囃された事もあったほどだ。
耕三が一人暮らしを始めてからも、何故か掃除機の中の袋の替えが無くなりそうなのを察知して新しい分を送ってくれたり、部屋の鍵を忘れて外出しかけた際にSNSを通して注意喚起してくれたり、と、なんかもう逆に背筋が寒くなるほどの気持ちの悪い気の回りっぷりではあるが、どうやら家族だけでなく、学校やらバイト先やら、どこに行ってもそんな感じらしい。
そんな自然体で百々目鬼みたいな視野の広さを持つ妹が送って来たのだから、恐らくは何か使えるものだろう……そう思いつつ、耕三は箱を机の上に置き、包装を丁寧に剥がし始める。
「なんか今日のはいつになくラッピングに気合い入ってんな……気のせいか? いやでも、明らかにいい紙使ってるしな、これ」
どうせビニール袋に詰められてゴミ収集車で運ばれていく定めではあるものの、こうも質の良いものを使われていると、やけに丁重に扱いたくなるのが世の常という奴である。
最近ちょっと気になってたいい感じの陶器のどんぶりでも入っているのか、などとちょっと期待しつつ包装を取り外せば……中から出てきたのは、予想外にも、最近門松屋で見かけたばかりのパッケージが二つ。
随分長らく放置されてきたのか、やや色が抜けて傷んでいる。
「これ……アニマルギアじゃねぇか、しかも旧キットの。スミトリュシオンにハッグベアード? 白虎氏は兎も角、熊さんとは随分マニアックチョイスだな。そういや両方リブートで再販されてないんだっけ……」
確かアイツはアニマルギアには興味なかった筈だよな、と、それぞれに虎と熊を模した姿をしたアニマルギアのイラストを眺める。
スミトリュシオン……通称白虎氏は、アニメにおいて主要登場人物の一人が乗っていた、『伝説のアニマルギア』とされていた機体で、その名の通り白地に青の装甲カラーリングを持ち、名前の由来たるスミロドンを思わせる巨大な牙が特徴だ。
登場初期こそ伝説の名に恥じない活躍ぶりを見せ人気を博したものの、割とすぐに乗り手がコメディリリーフ要員となり、ちっとも伝説の伏線が回収されない上に敵が強くなってきたのもあって、他のアニマルギアと変わらないくらいの扱いを受けるようになってしまった。
次第に『伝説(笑)さん』『陸においては笑いを取る速さで右に出るものは居ない』『自分を伝説の存在と勘違いしている一般古代猫』などと数々の残念な呼ばれ方で親しまれるようになり、その名誉が漸く挽回されたのは初登場から実に40話近く経過し、伏線が回収され失われた伝説の力を取り戻してからであった。
それからはそれまでのネタキャラ扱いが嘘の様な活躍ぶりを見せたものの、いきなりやたら気さくに喋り始めたり、伝説のアニマルギア4体の中で唯一飛べなかったりなどのお茶目さを見せつけるのも忘れなかったため、今度は親しみを込めて、残念時代に作り出された呼び名の一つで呼ばれることになった……そのあだ名こそが『白虎氏』である。
実は耕三はアニメはバトルシーン以外あまりはっきり見ておらず、全体的に記憶がだいぶ朧げなのだが、白虎氏周りだけやたら覚えがいいのは、登場時のかっこよさに一目惚れし、ずっと推していた機体だったからである。
「あの頃はネタキャラ扱いされてるのが悔しかったなぁ……今じゃむしろそこが好きってぐらいに思ってるんだから面白いもんだ」
さて、もう一方のハッグベアードである。
こちらに関しては、門松屋で触れたとおりに、耕三にとっては初めて触れたアニマルギアであり、故にひときわ思い入れの強い機体だ。
耕三としてはあまり認めたくはないものの、熊、という動物の小中学性的人気が、ライオンやドラゴン、恐竜などといった存在に比べてあまり高くないこともあってか、アニメなどの媒体においても中心だった活躍は殆どないと言って良い、確実に『マイナー』に分類される類のアニマルギアであることは間違いない。
『熊さん』というあだ名は、当時組み立てたベアードを幼き妹に見せびらかした時、何度本来の名前を教えても『熊さん』呼びを崩さず、気づけば耕三もそう呼ぶ様になってしまっていた。
「ははっ、懐かしいな、そんなこともあったっけ。まさかこの記憶を思い出させるために、なんてな……ん?」
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、あの妹ならそう言い出しかねない、などという考えがよぎり振り払おうとしたところで、はらり、と、スミトリュシオンの箱の裏から一枚の紙が落ちる。
どうやら、もともと二つの箱の隙間に入れられていた紙が、静電気か何かで上の箱の裏に張り付いていたのが落ちて来たようである。
メモ帳の1ページを切り取って添えたようで、美術大生らしき、シンプルながらも右下隅の花のイラストがアクセントに丁度良い暖色のメモ用紙には、これまたバランスのとれた美しい達筆で、文章が据えられている。
「何々……『兄ちゃんがアニマルギアを始めたと聞いて、大切な仲間が駆けつけて来てくれました。また昔みたいに一緒に仲良く楽しんでねっ! P.S.彼氏が出来ました』……はぁっ彼氏ィ!?」
本文の内容の意味を理解する前に、さらっと文末で投げられた爆弾発言に色めき立つ……いや、冷静に考えれば爆弾でもない。
むしろ家族兄弟に付き合い始めたなんて素直に話すような人物はおそらく稀で、告げるとなればいよいよ本腰入れて家族の一員になろうくらいの段階に進んでいなければ……
「いやそれってつまりやっぱり爆弾発言じゃねーかぁ!? こんなメモ用紙一枚で済ますか普通ッ!!」
改めて叫んでしまう、たしかに変に気は効く割に、昔から自分に関わる事はいつの間にやら進めてしまう悪癖があり、親に見せて判子を貰って来なさいと言われた提出物に、黙って判子を突いて出してしまっていたことが後々判明したりもした……判明したところでさしたる問題も出ないような提出物ばかりではあったのだが。
にしても、せっかく送ってくれたプレゼントへの驚きが粉微塵に吹き飛ぶようなインパクトを喰らわせてくるのはやめてほしいというものである。
なんにせよ、次実家に帰る時には鯛でも持って行って捌いて出してやろう……そんな祝いの計画を脳内で立てつつ、いよいよ本題に入る。
「さてと……うーん、やっぱりこれ、俺の持ってたやつだよな。何が入ってたっけか……あっ」
スミトリュシオンの箱を開け――漸く、彼は思い出した。
その、闇夜に燃える炎のごとき、赤と黒のカラーリング……12年間、眠りについていた一体のアニマルギアが、ここに来て漸く、持ち主と再会を果たしたのである。
「お前……お前は」
まるで、夢幻を見ているような感覚を抱きながら、呆然と、梱包材の中からそのパーツを取り出して行く。
平たい箱に入るよう、ある程度バラバラに、しかして傷付かないように丹念に仕舞われていた数々。
何も意識していないのに、手は勝手に動き、自然とその身体を淀みなく、正しく組み上げていく。
「タカ、トラ……そうだ、猛虎だ」
その、改造機らしい少々不恰好なプロポーションをした、赤黒の、熊の様な、虎の様な機体と向き合って、ぽろりと、勝手に唇からその名が溢れる。
自分が初めて買ったハッグベアードをベースに、気に入っていたスミトリュシオンと掛け合わせ、そして、その他のパーツを少しばかり使って組み上げた……そして、その後、門松屋にも飾られていたトロフィーを、ともに勝ち取った機体。
「こっちの箱は……あぁ。こんなにたくさん、作って、直してたっけか」
まだ夢見心地を抱いたままにハッグベアードの箱を開けば、今度は、使い込まれ印刷の擦り切れたコントローラーに、傷だらけで、中にはヒビが入ったり欠けたりしているものもある装甲パーツの数々。
そして、優に10以上は余裕で超えるであろう、猛虎の為に時にパーツを切り貼りし、時に自作さえもして作り上げた、数多の武装レパートリーであった。
中にはなんに使うのかわからないようなものもあるし、決して高い製作技術によっているとは言い切れない、どちらかとしては拙い作りのものも目立つ。
しかし、それらは12年前の少年にとっては、伝説の武器にも劣らない、珠玉の傑作たちの筈であった。
「……これでよし、と。うん、サマになったな」
とりあえず手についた武装を身につけさせれば、今の自分からしても、中々に悪くないと思えた。
思いつきでレグレクス:リブートとも並べてみるが、やはりこちらの方が細部の作り込みが浅いものの、迫力は負けていない。
既製品には中々ない赤黒の塗装が、未だ色褪せず、その存在感を強く主張している。
「セッションベースにも、乗せてみちゃったりして……ははっ」
飾り台としても使えるアニマルギア・フロント用セッションベースの上に乗せてみて、ポージングを弄り、ひとしきり楽しむ。
壊れていないならば、充電をすれば動かす事も出来る筈だが、流石の妹もそこまでは手を回していなかったらしい。
コントローラーを充電器に繋いだところで、そろそろ満足し、『アニマルギア・フロント』の続きをする為にゲームギアを被ってベッドに寝転がる。
そこで、そういえば、と、ふと妹に、アニマルギアの話など一切していなかった事を思い出す。
「というか、どうして俺がアニマルギア再開したって知ってたんだ? アイツ……あっ、フレンド機能かっ、もしかして!」
安藤同様、耕三は妹ともVRゲームギア本体の方でフレンド登録を行っていた。
フレンドのログイン状態、どんなゲームをやっているのかは、フレンド側が非公開設定にしていなければ、ゲームギアを通して確認することができる。
猛虎が来たタイミングからして、恐らくは日曜に『アニマルギア・フロント』へ耕三がログインした時点で気付き、翌日月曜には配送をかけたのだろう……考えれば考えるほどに、恐ろしいほどの観察力を持つ妹である。
「……まぁ。流石にアイツでも、リブートじゃない機体が、『アニマルギア・フロント』で使えないことまでは、知らなかったか」
少し、寂しさを抱きながら、耕三は溜息をつく。
AIチップの非搭載、リブレクションの有無、様々な技術的問題あってのことだろう……安藤もまた悔しがっていたが、彼らが12年前共に戦ってきたアニマルギア達は皆、設定上の故郷たる惑星Viの大地を踏む事は叶わないのだ。
(――それでも。せめて、気分だけでも……今日は、お前と一緒に行く事にするよ)
一度セッションベースから登録した機体のデータは、『アニマルギア・フロント』のアカウント上に保管されるため、改造などを行い機体の更新をしない限りは、2度目以降のスキャンをする必要がない。
また、機体データはリアルホビー内部のAIチップと関連付けられて保存されるため、別の機体をスキャンしても、データは上書きされることなく、個別に管理される。
つまり、たとえ今回セッションベースに何も乗せていなかったとしても、ゲーム内では問題なく『アニマルギア・フロント』内部でレグレクスを乗り回す事ができるわけである。
故に、セッションベースに猛虎を乗せたままでも、何一つ支障なくゲームプレイはできるのだ――そこに、感傷以上の意味もまた、何一つないのだが。
(……っと、やばいな。あんまりぼうっと無操作でいると安全装置が作動しかねねぇ。よし、やるか)
VRゲームギアが勝手に強制終了などの判断を下して面倒な事になる前に、と、耕三は『アニマルギア・フロント』を起動して、目を閉じる。
……そして、数分後。
「……え? なんで……いるの?」
「……グゥ」
惑星Viに広がる、広大な荒野を背景に、ただひたすらに、『困惑』という感情を露わにしながら、対面する一人と一体。
12年もの歳月を超えた、少年とその半身の初対面は……現実でのそれ以上に、拍子抜けする程に唐突で、劇的とは程遠いものであった。
猛虎「着ちゃった♡」
永らく、おまたせしました。
漸く、主人公の12年来の愛機にして、この物語のもう一体の主役と言うべき機体の登場です。
……レグレクスはどうなるのか?
秘密です。