冒険の書:1
その腕は自分の胴回りもある程太く、浮き出た血管と盛り上がった筋肉は全ての敵を握りつぶすかの如くこちらを威圧している。
その足は一歩踏みしめるごとに大地を揺るがすと錯覚するほどに
その体躯は2m近くあり、防具等はいらないと誇示しているかのような、はち切れんばかりの胸筋と腹筋はどんな攻撃をもはじき返さんと主張しているかのようで
その顔には己の強さを疑うことなく自信に満ち足りた表情をしており、早く殺しあおうといわんばかりに微笑と共に血走った眼でこちらを見据えている。
その手に持った身長と同じくらいの長さの武骨な大剣は切り割くのではなく叩き潰す為のような鈍重さと金属特有の鈍い光を反射している。
その迫力から、まだ20mは離れているであろう奴の辺り一帯の空間が揺らいで見えるかのようであり、”冒険者”は思わず一歩後ずさる
「怖ぇよ……。でも…」
”冒険者”は自分を鼓舞するかのように自分の得物を握りしめ、雄たけびをあげた。
その顔に迷いはなく、煩いくらい高鳴る鼓動を鬱陶しく感じつつも、気分の高まりから頬があがる。
その眼は相手を射殺さんばかりに見開き、ゆっくりと足を踏み出した。
地面を踏みしめた瞬間煩かった鼓動は止み、冷静に相手を見据えながら枷が外れたかのように一歩、また一歩踏みしめ走り出す
殺しあうために。
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とある工業地帯の株式会社ブラックカンパニー工業
その事務所で働く一人の青年。
男の名前は久連山 仁
高校卒業後特にやりたい事もなく地元の2流大学に進学。
留年や問題を起こすことなく単位をそつなく取得し、やりたい事も見つからぬまま自分の学歴で就職できそうな場所を探して何となく名前が気に入った”ブラックカンパニー”という会社へ就職した。
能力はなんでもそつなくこなすが真面目にやっても不真面目にやっても平均より少し上くらいである。
頭も特に悪いことはないが100人いたら30~40番をキープ、運動能力もけして悪くはないが、一番にはなれないようなそんな”普通”としか言いようがない学生生活を送り、会社に就職して年月がたてば向上心など1年目には捨てたと言わんばかりに仕事はそつなく、ミスなく、無理なくを信条にこなしていくだけ
私生活も部屋から出たくない為に、漫画やゲーム、アニメを暇つぶしにただダラダラと過ごす生活を送っている。唯一趣味と言えなくもない単車にも乗るがほぼ通勤で使用するだけであり、ツーリングなどはほとんど行ったことがない。
運動もせず、毎日ダラダラとした不摂生がたたり身長175㎝にして体重は100㎏を超えるが本人は何ら困ったことなく改善するつもりはない
会社については良い方向にその名を裏切るかのような福利厚生の整ったホワイトカンパニーではあるが、世代交代による皺寄せが徐々に自分に向かってくるのをうんざりとしながらそれでもただこなしていくだけ。こなしきれない時や困った時は、上司にコンプライアンスがとか、残業時間が等の適当な言い訳を言って掛け合い、単純なものなどを他の社員に割り振る。これぞまさに”報連相”であり、自らの信条であるそつなく、ミスなく、無理なくを貫いて今日もただ過ごす。
そんな何もない生活を送り続け、今日ついに30歳を迎えた
もちろん祝ってくれるような奥さんはおろか、彼女もおらず、連絡を取る友達も年に2~3回程度であり、特段親しい人は居ない
しかしそんな日に心持ち的にはわざわざ残業してまで仕事をする気にはなれないし、それに今日は花の金曜日だ。花なんか特に感じたこともないのだけれど
「明日以降の出荷手配よし。原料関係も今月はこんなもんで粗方いいだろ。あとは現場の奴らと営業が変なことしなけりゃ問題なし」
仕事内容の確認を終え時計を見ると時刻はちょうど18時だった
パソコンで開いているファイルを閉じ電源を切って朝に買った缶コーヒーを飲み干す
「それではお先に失礼します。お疲れ様でーす」
社交辞令のように帰ってくるおつかれさまですの言葉に会釈程度で返事をしながら更衣室へと向かう
着がえている途中携帯をみると珍しくメールがきていたが、帰ってから確認しようと特に気にもとめず鞄の中へしまい、忘れ物がないかを確認して駐輪場へ向かう
駐輪場に止めてある黒一色のバイクに鍵を刺し回す
タコメーターと速度計が振り切って戻ってくるのを確認し、セルスイッチを押すとエンジンが始動し、やや大きめの重低音を鳴らしながら鼓動する。
排気量はそれ程大きくはないが4気筒の途切れることのない排気音とマットブラックの外装、スタイリッシュな車体に速さを追求するための作り込まれたパーツで構成されるこのスーパースポーツタイプは結構好きだったりする。
しかしこんなデブに乗られてしまうスーパースポーツとはこいつも災難である
もし、自分が意思を持ったバイクならストライキだな。多分エンジン掛けさせないか、ギア入れてもニュートラルに居続けるくらいはしてやりたい
そんなどうでもいいことを考えながらヘルメットをかぶり走り出す。
帰る途中いつものコンビニでつまみとカップ麺、タバコを買って帰路につく
帰ってから服をしまい、さっとシャワーを浴びて冷蔵庫で冷やしてある缶ビールを手に取り半分ほど飲み干す
「くぅぅぁぁ、この一杯の為に生きていると言っても、過言ではない!!」
この強烈な炭酸と、のど越しの良さだけはやめようと思っても辞められるものではない。
その後も缶ビールを飲み干し丁度3本目を飲み終えた所で携帯へ着信があったことを思い出し鞄から取り出して確認した
「…なんだこれ?」