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僕と短冊  作者: 楪羽 聡
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後篇:僕と短冊と彼女

 * * *



(イワ)(モト)、今度の金曜空いてる?」


 (カド)(クラ)が講義終わりに寄って来た。こいつが僕の予定を訊く時は、大抵ろくなことじゃない。

 それでも律儀に答える僕も、人がいいもんだと思う。




「バイトは入ってないなぁ……」


 スケジュール帳を開いて確認する。十五時以降は予定がない。



「なんだよガンちゃん、まだスケジュール帳使ってんの?」と、トモヤが覗き込む。()()()は高校の頃からの友人で、同じ大学の上京仲間でもある。


「お前、人の手帳覗くなよな」



「今は携帯で予定書けるんだぜ?」


 トモヤはそう言って二つ折りの携帯を開く。キーを操作して行くと、カレンダーのページが出て来た。




「こうして予定を書き込んでったらさ……」


「いちいち何度もキーを押さなきゃいけないじゃないか。手帳を出した方が、書くのも見るのも速いよ」



「んー、でもこれアラームもセットできるぜ?」

「そんなにしょっちゅう使わないだろ、アラームなんて」


「ばっかだなぁ。時代はデジタルだっての」



 ちなみにトモヤは、僕らの学年で電子手帳が流行った頃に早速買って見せびらかしていたくせに、三ヶ月も経たず持ち歩かなくなった飽き性だ。電子辞書も然り。


 かつてのトモヤの電子辞書は、今は五つ下の妹が愛用しているという。



 だから多分、携帯のスケジュール表もすぐ使わなくなるに違いない。




「僕はこれでいいんだよ」

「ガンちゃんアナログ人間だよなぁ」



 トモヤがにやけながら見せびらかしている携帯に向かってパンチを繰り出していると、それがあの彼女と同じタイプであることに気付いた。



「トモヤ、それいつ買ったんだ?」


「これ? 今月出たやつだぜ。最新!」

「へぇ、そうなんだ」




 僕があまり気のない反応をしたので、今度はトモヤからパンチが飛んで来る。



 やはり彼女が持っていた携帯は、最新機種らしい。

 彼女が流行に敏感なタイプの女性なら、僕のような見栄えのしない学生など、箸にも棒にも掛からないものに見えるだろう。


 これは早々に、憧れを断ち切った方が無難な気がする。



 角倉はふざけ合っている僕らには構わず、リストを作っていた。


 そういえば、なんのための人員募集なのだろう。



 * * *  * * *



 早々に諦めた方がいい、と自分に言い聞かせてから数日。


 だがしかし、気付くと僕は毎日同じ時間に駅に降りていた。




 ただ毎日眺めているだけでは不審なやつと思われそうな気がしたので、ポケットサイズのカメラを持って、である。当然ズーム機能付きのものにした。


 そうして二週間ほどツバメの巣の様子を撮っていたが、その後は一度も彼女と会えなかった。




 代わりといってはなんだが、短冊を寄越した駅員さんとは顔見知りになった。だけではなく、話し掛けられるようになった。


 よほどツバメ好きに見られたのかも知れない。



 * * *  * * *



 角倉に空けておけと言われた日。駅前の居酒屋で、音大の女子とコンパをするのだと聞かされた。



「お前見た目だけは文系っぽいし、そういうのが一人でもいた方がいいかなって、俺が推薦しといた」と、トモヤは悪びれずに言う。

「その通りなんだろうけど失礼なやつだな」



 こんなでも、トモヤと僕は不思議と馬が合うのである。

 ちなみに僕は経済学部だ。そしてトモヤは社会学部。





 駅前の広い歩道に男子大学生(ぼくたち)がたむろっていると、いかにも女子大生という集団が三角屋根の駅舎から出て来た。


 音大生のイメージに(たが)わず、清楚なタイプからちょっと派手めなタイプまでお嬢様風な女子が多かった。お互いの幹事が挨拶を交わす。




 集団の中に、見たことのある女性がいることに気が付いた。





 ――彼女だ。




 胸が高鳴る。しかし同時に軽く失望した。



 ――コンパに来るような人だったのか。


 僕は自分のことを棚に上げて、心の中でため息をついた。





「それではぁ~、まず彦星側から自己紹~介っ」


 トモヤと同じ学部のケンが、幹事という名の進行を務める。

 ケンの芝居がかった台詞回しを聞いていて、そういえば七夕の前日だな、と今更気付く。



 僕の番になったので「岩本です。ビールが好きです」とだけ言って終えた。どうせ、ノリのいいトモヤや角倉に人気が向かうに決まってるからだ。



 その後は一番端に陣取ってつまみをつつき、ただひたすら飲んでいた。

 飲み放題なのだから飲まなければ損だ。


 貧乏性というわけではなく、ビールが飲めるのなら飲めるだけ飲みたい、という単純な飲酒欲に従っているのだ。





「そのジョッキ何杯目? お酒強いんだね?」


 顔を上げると、彼女が向かいの席に来ていた。

 ピンク色の飲み物を手にしている。



「あたし、こういうとこ初めてで……どうしたらいいのかわかんなくて」

「あぁ、僕も。人数合わせで呼ばれたようなもんだから」




 そうか、初めてなのか。そうか。



 僕はしきりにうなずきながら、オニオンリングをつまんだ。サクッとした衣の味付けが絶妙で、思わず目が丸くなる。




「あ、これ(うま)っ」

「ほんと? あたしも食べてみようっと」



 ぱっと笑顔になって、彼女もオニオンリングをつまみ、かぶりついた。




「ほんとだ、美味しい――家でも作れるかな」



「料理、する人なんだ?」

 訊いてしまってから、いきなり失礼だったかと慌てた。


「あ、ごめん。僕、つまみなら作るんだけど、自炊ってほどじゃなくて」



 彼女はちょっと目を見開いてからくすくすと笑った。

「え、それって、ごはん作りに来て欲しいとか、そういうあれ?」


「あぁっ、ごめん。いやそうじゃなくて」

 度重なる失言……酔いが覚めた。



「ふふ。あたしもちょっと意地悪した。ごめんなさい。()()()()タイプじゃなさそうだもんね――ええと、イワモトくん」




 まぁ見えないよな。

 違ってたら、もう少し上手く立ち回れてただろうし。



「僕は頭数だから」と、もう一度、自虐を含めて笑う。


「そうなんだ、あたしもそんな感じ」と彼女も笑ったので、僕のジョッキを傾ける手が止まってしまった。



 * * *



 酔った僕は多少大胆でお喋りになるらしい。いつの間にか彼女を隣に呼び、並んで話し込んでいた。


 飲み会で心おきなく飲んだことがないため、今まで自覚がなかった。




「――でね、全員参加のゲーム以外は無理しなくていいから、参加だけお願いって言われたの。ほら、髪の長い子」


 トモヤと談笑している女性だ。



 なんとなく見覚えがあるなと首を傾げていると「あ、覚えてる? ツバメの巣の時――」


「ああ」

 思い出した。彼女を呼んだ友人か。



「あの時より化粧が派手だからわからなかった」


「随分はっきり言うんだ」

 彼女はまたくすくすと笑う。



 派手な化粧をしなくても美人なのにな、という意味のつもりだったが、どうやら言い方がよくなかったようだ。





 彼女曰く、僕に短冊を渡してくれた駅員さんは有名人だという。人懐っこいというか親身というか、つまるところお節介焼きらしい。


「――で、入試の前日に、大学名と駅名が同じだと勘違いして降りたんだけど、

それを聞いて地図をコピーしてくれたのが、あの駅員さんなんだよね」





 コンパの一次会はこうして、ほぼ彼女とお喋りをしただけで終わった。


 路上で二次会の参加者を(つの)っている中で、彼女を駅まで送り、そのまま僕も帰宅する旨をトモヤに伝える。




「なんだよガンちゃん。帰しちゃうのかよ」


 その意味を理解して赤面する。




「僕がそういうタイプに見えるか?」


 自慢じゃないが、僕にはそういった大胆さは欠片もないぞ。





 駅の構内には七夕の曲が流れていた。

 相変わらず見上げるほどの大きな笹は、湿った風に吹かれているというのに、軽やかにさらさらと揺れている。




 彼女たちの音大はこの街の名を冠しているが、実際には隣街にある。

 では何故、彼女があの時ここにいたのかというと、実習先の下見をしに来ていたとのことだった。


「実習? 学校で授業をするとか?」

「そういうのもあるけど、今回はそれ以外のね」


 ではあの邂逅は奇跡のようなものだったのか――そう考えると胸の中がじんわりと温かくなった。




 ツバメはとっくに巣立っていた。

 空になった巣はどうするのだろう、と気になった。


 地面のコーンもきれいに片付けられており、今までより少し広く感じるホールに、彼女と一緒にたたずむ。




「あたしの短冊ね、あれ。わかるようにシール貼ったんだ」


 ほろ酔いの彼女は背伸びをし、サーモンピンクの短冊に手を伸ばす。だがまったく届かない。軽くジャンプをしても、指先がはじくだけだった。

 短冊に書かれた願い事は、風でくるくると回って読み取れない。




「これ?」



 僕は手を伸ばし、数枚の短冊が結わえられていた枝の先端を引っ張った。

 すると彼女は、下がって来た枝を見て「あ、」と少し慌てた。そうくるとは思っていなかったようだ。


 何故だろうと思いながら、僕の目の高さの短冊に視線を走らせる。




 『もう一度会えますように T』





 ドキンと胸が鳴った。


 だが、一緒に下りて来た数枚の中に緑色の短冊を見付けて、今度は僕が慌てた。



「いや、まさか――」そんな、出来過ぎな話ってあるだろうか。




 僕の視線に気付き、今度は彼女がその短冊に手を伸ばす。





「――ときに、イワモトくんの下の名前、なんていうの?」



「ミ……ミツル……」




 僕は隠しようもないくらい顔を火照らせていた。

 酔っているせいだという言い訳も、今更で使えないだろう。



 彼女はそれで何かを理解したらしい。しばらく無言のまま短冊と僕を交互に見ていたが、やがてにっこり微笑む。



「ねえイワモトくん。今年の夏は暑くなるみたいよ」


 その微笑みも、お酒を飲み過ぎたように鮮やかな桜色に染まっている。

 彼女はほんの少ししか飲んでいなかったのに。




「あたしね、夏になったら行きたいところがあるの――イワモトくん、よかったら一緒に行ってくれないかなぁ?」





 どうやら神様は――ひょっとして、お節介で有名なあの駅員さんかも知れないけど――七夕の夜に奇跡を起こしてくれたらしい。




 そうして、ここから僕たちの長い物語が始まった。


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『僕』と彼女の数年後の話。 『トキコと花火 / 『僕ら』の話。 『タウと自転車
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