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僕と短冊  作者: 楪羽 聡
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前篇:僕と短冊とツバメ

「しまった……いくらなんでも早く着き過ぎたな」



 駅の改札を抜けたところでようやく、僕は時間を勘違いしていたことに気付く。



 気温は低くないが、空気がしっとりしているせいで少し肌寒い。

 今年もそろそろ梅雨入り時期だ。


 梅雨のない地方に生まれ育った僕は上京当時、わずかな恐怖と少しの期待を持って梅雨時期を迎えた。だが実際の梅雨は毎日しとしとと雨が降り続けるわけではないと知り、妙にがっかりしたものだ。



 ただこの季節は、駅から大学までのメイン通り沿いに形や大きさも様々なアジサイが色とりどりに咲き乱れる。これはこれで悪くない。




 駅員が改札前の通路の端に大きな笹を立てていた。笹が揺れるたびにしゃらしゃらと涼し気な音が鳴る。


 あれは笹の葉と呼ぶのか、笹の茎なのか。

 それとも笹の木と呼んでもいいのだろうか。

 どこかの寺院の(すす)(はら)いにも似ているな――などと(やく)(たい)もないことを考えながら、わさわさと揺れる笹を眺めた。



 ――そもそも、七月に七夕行事をするのは、全国規模ではなくてだな……





 余計なことばかり考えてしまうのは、暇を潰さなくてはならないという無駄な使命感からだった。




 大学へ向かわずこの辺りで時間を潰すとなると、バーガーショップかお洒落なカフェの二択になる。

 どちらにも、うちの学生がわさわさといるだろう。


 親しい知り合いがいればいいのだが、なるべくなら会いたくない連中というのも、正直なところいないわけではない。

 そしてこれらの店は、後者に遭遇する確率の方が高いのだった。



 もう少し進めば、ファミリーレストランもあるにはある。


 ファミレスは安いので助かるが、朝家事を終えた主婦が早々に集まってお喋りに花を咲かせている。

 また、偏屈なじ――気難しそうなご老人などがやたら咳払いをしながら、店員をいちいち呼びつけているような場面が展開されたりしているので、こちらはこちらで気が休まらない。



 さて、真面目な話、これからどうしたものか。





 せわしい様子で行きかうサラリーマンからしたら、ぼんやりもっさりと突っ立っているような大学生は、邪魔者以外のなんでもないだろう。


 と、考えているところに、チイチイとか細い鳴き声が聞こえて来た。



 視線を笹から右にずらすと、天井付近にツバメの巣があった。



 器用なことに、ほんの少しのでっぱりの上に土台を形成し、見事な巣を作り上げている。

 そしてよく見ると、巣の少し下には小さな板がくくりつけられていた。ヒナのフンが落ちないようにとの、人間側の配慮らしい。



「へぇ……」



 感心してつぶやきながら今度は視線を床に落とすと、残念なことにやはり床は汚れていた。

 しかしその周囲にはコーンが置かれ、『頭上にツバメの巣があります』と注意書きまで貼られていた。




「へぇぇ……」


 僕はもう一度感嘆の声を漏らした。





 カシャリ




 シャッター音が左の方から聞こえ、驚いて振り向く。僕と同じ年頃であろう女性が、折りたたみタイプの携帯をツバメの巣に向けていた。



 ――そうか、そうやって写真を撮る人もいるのだな。




 なんとなく僕もつられて尻ポケットから携帯を取り出す。

 シャツの裾でレンズを拭いてからツバメの巣に向ける。僕のはストレートタイプの携帯だ。




 カシャッ


「あ」




 一瞬、黄色いくちばしが見えたような気がした。


 僕だけではなく、隣の女性も同じタイミングで小さく声をあげる。

 画面を確認するより先に彼女を見ると、目が合った彼女はふふ、と微笑んだ。




「撮れました?」



 いい笑顔だ。そのせいで、一瞬返事が遅れたけど。



「――どうだろう……カメラで撮るより随分小さく写るから」




 どぎまぎしながら画像を確認する。

 豆粒、それも小豆(あずき)大の巣が真ん中に写っている写真では、更に小さいくちばしなど見分けられるはずもない。



「ここのキーを押すと大きく見えるんですよ」


 すぐ近くまで寄って来た彼女が、細い指で僕の携帯を指した。その指の可愛らしさに目を奪われ、また返事が遅れる。




「あ――そ、そうなんだ。ありがとう」




 僕の手と声は少し震えた。




 徐々に拡大される小豆が、小さめの空豆くらいの大きさになった頃ようやく、黄色い三角が見えた。



「写ってましたね。いいなぁ」


 そう言って、ショートヘアをさらりと揺らしながら彼女は笑う。

 ふんわりと、桃の香りが漂った。



 親鳥が戻って来てくるりと回転しながら巣へ向かう。途端に黄色い三角が我先にと主張を始め、僕と彼女は撮影するのも忘れて見入ってしまった。


 仔や雛という存在は、どうしてこんなにも無条件に可愛らしいと思えてしまうのだろう。



「可愛いですね」


 僕の隣で彼女がつぶやく。




「ええ……可愛いです。とっても」




 僕は彼女の横顔を見つめながらそうこたえた。



 * * *



 カメラ機能付き携帯電話が発売されたのはつい近年だ。


 しかし各社競い合うように新機種を繰り出して、今ではカメラが付いていない携帯を持っていると「ダサい」と言われる始末だ。



 だからというわけではないが、僕が去年購入したのもカメラ付きのものである。


 発売直後から急激に普及したとも僕の周囲(まわり)ではよく聞く。しかし街中でパシャパシャと撮りまくる姿は、まだあまり見られない。

 カメラでの画質と携帯のそれを比較するとどうしても劣るため、やはり記録用という扱いなのだろうか。



 彼女が撮った写真も見せてもらったが、どうやら彼女の方は僕の携帯より新しいタイプらしい。画像が少し綺麗だった。





 高校生の頃の僕は、カメラバッグを(たずさ)えスポーツサイクルを漕いで、遠路はるばる撮影ポイントを探しに出掛けたりしたものだ。

 だが上京し大学に入ってからは、桜の季節に撮ったきりだった。


 大きなカメラやカメラバッグを下げていると「ダサい」らしく、友人たちからさり気なくない指摘が入る。そのくせ、やれ宴会だ行事だという時にはカメラマン役を押しつけられそうになる。



「僕は実行委員でもなければ、ポートレートを得意としているわけでもない」


 そう言って断るのだが、「撮れればなんでも一緒じゃん」とくる。



 ならばお前らが()ってみろよ――とまでは流石に言えないが、僕は面倒事を嫌い、カメラを持ち歩かなくなってしまった。



 しかしやはり、このツバメのような被写体に出逢うと、今この手の中にカメラがないことがもどかしい。






 折り畳み携帯の彼女は連れがいたらしく、駅の外から髪の長い女性に声を掛けられると「それじゃ」と軽く会釈して去って行く。


 僕は彼女たちの姿が桜並木に溶けるまで見送っていた。



 彼女は紺地に白い罫線の模様が入ったポロシャツに、スラックスだった。

 シンプルな白い襟が印象的で、ボーイッシュだが女性らしさも残るショートカットとよく似合っていた。


 対して連れの女性は涼し気なノースリーブにカーディガンを羽織り、柔らかく揺れるスカートからほっそりした脚が伸びていた。遠目に見えた顔立ちは大人っぽく、いかにも女性的な印象だ。



 携帯の彼女とはタイプがまるで違うのに、仲がよさそうだった。


 いや、タイプの違う二人だからこそ、仲がいいということなのだろうか。

 彼女たちの様子は、似たようなファッションで固まっている女子高生などより、よほど好ましく思えた。



 女子高生たちも何かしらの主張があるのだろうけど……僕のようなタイプからしたらまるでクローン集団のようで、周囲を威嚇しているようにも感じるのだ。




 この時間帯でここに降り立つのは、私服可の高校生か、僕と同じ大学生くらい――ひょっとしたら、通勤途中かも知れない。

 それにしては、あまり化粧気のない顔だったけれど。





 いつの間にか、笹の飾りつけも済んだようだった。

 折り紙で作られたカラフルな鎖の他には、色とりどりの短冊が、早速いくつも結わえられている。


 二メートル以上の高所に結わえている短冊は、あらかじめ募集しておいた物なのか、ここの駅員たちが書いた短冊か。



 あんなに高ければ、誰にも読めないと思うのだが。




 ――星から見えればいいんだったっけ?



 七夕なんて、小学校低学年の頃までの記憶しかないのだ。短冊を書くその理由も忘れているし、当日に何を食べるのかということも定かではない。


 いや、食べ物は関係ないのかな。どうだったろう。




「よろしければどうぞ」と、女性の駅員が僕の視界に割り込んで来た。緑色の短冊とペンを差し出している。


 うろたえながら周囲を見ると、丸いバーテーブルに着いていそいそと何やら書き込んでいる中年の女性や、小さな子どもを連れた主婦が数人いた。


 バーテーブルは普段見掛けない物だ。短冊用に設置されたらしい。



 僕の中では、ロマンチックなおとぎ話による(おんな)()どもの行事、という認識があるので気恥ずかしかったが、礼を言って受け取った。


 書く振りをして、テーブルの中央に置いてある小箱に短冊を戻そう――そう考えながら、その場を離れる。




 女性の駅員は、改札から出て来た通勤、通学客に向かってにこにこしながら短冊を差し出す。

 だが、無言のままちらりと一瞥しただけで、足早に通り過ぎるような客もいる。


 その様子を眺めていると、田舎(じもと)都会(とうきょう)の違いをひしひしと感じる。東京のすべてがそうというわけではないだろうが、やはり個人同士のすれ違いも、味気ないものな気がして来るのだ。



 ふと『さっきの彼女()に、もう一度会いたい』という想いが湧いて来た。




 ――まさかあれだけで惚れた? いくらなんでも免疫なさ過ぎだろう。




 いや、そんなんじゃない……と自問自答する自分に気付いて苦笑する。


 願ったところで叶わないものだ。

 味気なさを感じていた中での、ほの甘いすれ違い。そのシチュエーションに酔っただけだろう。



 それにこういった願いなら――たとえ気の迷いでも――七夕飾りにはぴったりの内容じゃないか。




 どうせ書いたのは僕だとわからないのだし。





 『彼女にもう一度会いたい M・I』



 僕はそう書いて、改札横に設置されたポスト型のボックスに投入した。


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『僕』と彼女の数年後の話。 『トキコと花火 / 『僕ら』の話。 『タウと自転車
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