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頑張りました




それからのレイはやっぱりすごかった。

ほとんどの試合を彼は一瞬で終わらせたし、中には手ごわそうな人もいたけれど、レイは全然余裕そうだった。二試合目からは私もレイの動きが気になったからジッと観察していたけれど、やっぱりすごい。

あれよあれよという間に勝ち上がって、私たちは最後の20組に残ることができたのだった。


というか。



「ぶっちゃけ私何もしてないんだけど」


私は隣で相変わらず呑気に笑っているレイを見ながら、今しがた気付いた自らの不甲斐なさに愕然としていた。

いやだって、本当になにもしていない。たまに狙われて抗戦することはあったけれど、踏ん張っている間に決着はついちゃうし。普通にレイの戦いっぷりを観察する余裕まであったぐらいだし。むしろ何かした方がレイの邪魔になりそう、みたいな?


こんなので私まで残留してしまっていいのかな、と思うけれど、ルールとしては特に何も言われていないし、試験官は何も言わないし、レイも何も言わない。

ただ私が非常に、とてつもなく、あまりにもいたたまれないだけで。

私の複雑そうな表情に気付いたのか、レイは「まあまあ」と私の肩をぽんっと叩いた。


「俺もナギも好きなように動いて勝ったわけだし。問題ないよ」


それでいいんだろうか。本人がいいって言っているし……いや、やっぱり私は納得しちゃいけない気がする。一応騎士を目指していたものとしてそこは超えちゃいけない一線だろう。プライドを持つんだ、私。


そう自問自答している内に、最初の試験官が現れていて、重々しく口を開いた。


「先の戦い、実に見事だった。とりあえずは突破おめでとう、と言っておこう」


一次試験を突破した私たちは、先ほど戦っていた部屋の中央に集められていた。

残った面々をちらっと見てみるが、やはりみんな強そうだ。私がさっき強いと思った金髪の子や、その奥で戦っていた赤髪の子、それ以外にも先ほどの試合で目立った戦い方をしていた面々は残っているようだった。



「次の試験は先ほどとは違い、一対一での決闘を行ってもらう」


ついに来た、と私は思った。

さっきまではレイにおんぶにだっこ状態だったけれど、ここからはさすがにそうはいかない。私自身で戦わないといけないときが来たのだ。

あ、でも合格するのもダメなんだった。え、これってどうすればいいんだろう?

とりあえず辞退はできない以上試験を受けるしかないよねって流れだったけれど、このまま試験を受けていていいんだろうか……?

ふと一抹の不安がよぎった。けれどこれはやっぱり考えても仕方のないことだし、まあどうにかなるかな、とも思い始める。


とりあえず、今後はレイに頼りっぱなしという申し訳なさからは解放されるわけだし、次はレイに見直してもらえる戦いぐらいはできたらいいな。別にレイは私を怒ってはいないんだけどさ。

そう意気込んでいた私に、試験官は言葉をつづけた。



「試験の相手だが、まず一戦目は、先ほどペアを組んでいた相手と戦ってもらう」



え。

その言葉に私は思わず隣に立つレイを見上げた。レイもちょうど私を見ていて、目があえば、にこっと微笑まれる。


「次はナギが相手なんだ。よろしくね」

「……え」



えーっ!?

なんだって!?

私の声にならない叫びがあたりに響いたのだった。





次の相手はまさかのレイ。

ぽかーんとレイを見ている間に、試験官はさっさと説明を終えてしまい、集まっていた受験者も散り散りになった。

何とか聞き取った情報によれば、次からは試合は二試合ずつ行うそうだ。そして私たちの順番は、


「よ、よりにもよって一番目……!」


私は頭を抱えてその場に座り込んだ。

まさか、まさかレイと戦う羽目になるなんて。仲良くなったと思った次の瞬間敵になるなんて、どこの国でも騎士団試験は性格が悪い。

というか、どうしよう私。

さっきまでの戦いっぷりを見ていればわかっていただけるだろう。

私は弱いし、レイは強い。勝ち目何てまるでないのだ。

対策を練ろうにも、もうほんの数分したら試合は始まっちゃうし、万事休すか。

あれ、でも負けた方がいいのか。その方が穏便にここから抜け出せる? いやでもわざと負けるなんて騎士道に反してるし。あ、でもわざとじゃなくても普通に負けそうだ、今。


「ナギ、ナギ」


不意にぽんぽんっと肩を叩かれた。

ハッと振り返ればそこにはやっぱりレイが立っている。

レイは相手が私だとしても、まあ当たり前なんだけど特に気負った風はなく、いつもの余裕そうな雰囲気でそこにいた。


「相変わらず挙動不審だけど、大丈夫?」


愉快気にそう尋ねられて、「人の気も知らずに……」とつい恨み言を言ってしまう。

こっちは今色々複雑なんだぞ。

勝つわけにはいかないし、かといって負けたくもないし、でも負けそうだしで絶賛混乱中なのだ。

そんな私の複雑な心境を知ってか知らずか、レイは今までと同様「大丈夫だよ」とぽんっと肩を叩いた。


「レイ……」


その優し気なまなざしに思わず涙腺が緩む。

しかし次の瞬間彼はとんでもないことを言うのだった。


「俺は手加減できないし、頑張って死ななないようにね?」


は、とその台詞にぴくりと頬が引きつる。


「え、えっと、確か殺すのはだめ、なんだよね……?」


よくわからないままとりあえず聞き取れたことだけを返せば、レイは「うん」と笑ってうなずいた。


「だから、難しいんだよね。さっきは旗を奪うだけだったけど、今度は相手を必ず倒さないといけないでしょう? なのに殺さないようにって、結構難しいよね」


「あ、あはは……」


そうだね、とはとても肯定できそうになかった。









数メートル先にレイが立っている。まもなく試合開始だった。

さっきのまさかの発言から考えて、レイは私を殺す気でくるらしい。


って、いやいや、嘘でしょう。なんだそれ。

私は自分の心臓がバクバクなっているのを感じた。

先ほど以上の緊張で、上手く剣が握れる自信がなかった。


私はレイのことを誤解していたのかもしれない。終始笑っているし優しそうな人だと思ってたけどとんでもない。

彼はとんでもなく薄情な人だ!

普通さっきまで仲間だった人にああいうこと言えるかな? 言えちゃうんだねすごいよ!


試験官がこちらのコートに近づいてくるのが見える。

私はとにかくいったん落ち着こう、と深呼吸をした。

私の今の立ち位置的に色々複雑なんだけれど、色々考えた結果むしろこれはいい機会なんじゃないだろうか。

私は眼前のレイを見据える。

今、私はこの試験に合格したくないわけで、よって勝つのはまずい状態、むしろ本気で頑張ってもレイに勝てる可能性は非常に低い。

ということは、だ。

私はそっと自身の剣に触れる。


ということは、ここで私が本気で戦ってもいい、ってことなんじゃないだろうか。

勝てっこない相手だけれど、勝たなくてもいい相手に対して、本気でぶつかれる機会なんだ。

レイは強い。すごく強い。よくわからないぐらい強い。

そんなレイと、何の気負いもなく、戦える。今、ここで。


ぶわり、とまた全身に鳥肌が立った。

ああ、今私すごく興奮している。

胸からあふれ出すのは間違いなく歓喜だった。


試験官が試合開始の合図を告げる。

私は勢いよく前に踏み出した。





この会場に来て、レイと会ってからまだそんなに時間はたっていないけれど、結構レイのことを見る機会はあった。

平時の様子とか、戦う様子とか。


レイの戦い方には騎士が習うような決まった型とかはなくて、規則性もない。

どちらかというとギルドで見たような戦い方をする。ふらふらしていて、隙があるようで、それを狙って踏み込めばその瞬間自分がやられている。そんな戦い方をする。彼の動きを読むのはとても難しいことだった。


あと狙いはいつも決まって急所に一撃。脇腹とか、顎とか、色々あるけれど、とりあえず一番多いのは喉笛。殺しちゃいけないし、そのつもりはない、と思いたいけれど、相手が歯向かってきた場合、レイはそこを狙って一撃で仕留めるのが多かった。


あと利き手。レイはたぶん両利き。ドアを開けるときとか私の手を引くときとか、剣を握るときとか見ていたけど、どっちも使える。

ただ、もともとは左利きだったんじゃないかな、と思う。

たとえばさっきだったら一次試験の最初で旗を投げられ受け取った時とか、何気ない仕草とか、そういうのを見ていて思ったけれど、レイは左手を出すことが多い。

両利きっぽくふるまっているけれどたぶん彼の利き手はもともと左手なんだと思う。


昔から私は人を見るのが好きで、癖とか違和感とかを見つけるのも得意だった。

ここまでのレイを見ていて、私が彼と戦えるとしたら、ここで私が見つけた彼の「癖」をつくことだ。

ついたところで、私が彼の速さについていけなければ意味はないんだけれど。


キィン、と甲高い音が響く。

私の剣とレイの剣がぶつかり合った。

力はやっぱりレイの方が少し強い。あと、早いし、次の一撃がどこからくるのかわかりにくいし、この人やっぱり化け物だ。


けれど、と私は一歩踏み込んだ。

彼の隙を狙うように剣をつき出せば、予想していた通りすぐさま彼の剣が急所めがけて飛んできた。

それを避ける、つもりだったんだけれどぎりぎり躱せずに、ずれたところではあるが一撃を食らい、血がにじむ。こ、この人やっぱり殺す気だ! 今の一撃迷いがなかったもの!


しかし、まだ動ける。滲んだ血を気にせず踏ん張れば、向こうも向こうで、それを躱されたのが予想外だったのか微かに目を見開く。そうだよね。私さっきまで全然戦ってなかったし、こいつも一応戦えるのかって感じだよね。


そのわずかな隙も逃がさない。

根性で剣を翻して彼の持っていた剣を弾いた。彼の剣が後ろへ落ちる。私なら剣が落ちた時点で諦めちゃうのに、けれどそこでレイはひるまない。むしろ一層彼の集中力が研ぎ澄まされて、瞳がスッと細められる。そして、案の定咄嗟に動いたのは彼の左手だった。そこに彼の一番大きな隙があった。スピードは速い。目では負いきれない。けれど、負う必要はない。私が狙うのは一点のみ――――


「う、わ」


その次の瞬間、私は咄嗟に身を引いた。

何かはわからないが、嫌な予感がしたのだ。

ハッと先ほどまで自分がいたところを見れば、そこには鈍く光るナイフ。

隠し持っていたのか。


予想外の反撃に私が動揺した隙を見逃さず、彼は間合いを詰めてくる。大した抵抗をする暇もなく、首元にぴたりとナイフを押し当てられた。


「ま、まけました……」


私の反撃は一瞬で、呆気ないものだった。

ナイフを当てられたまま、私は降参だというように両手をふらふらと上げる。

ゆっくり離されるナイフを見ながら、私はため息をついた。

隙は付けたし、考えていた通り動けた。でも、完敗だった。

レイは息一つ乱れていないのに対して私はもうフラフラ。疲れてその場に座り込むレベルで本気だったんだけれど、レイは全然本気じゃなかった。

ああ。やっぱりこの人。


「強いなあ……」


思わずそうつぶやけば、レイと目が合う。

先ほどから一言も発していないレイは、一瞬私を見て何か探るように目を細めたけれど、次の瞬間にはいつもの柔らかい笑みを浮かべていた。


「はは、びっくりしたよナギ。試合前はすごく弱気だったのに、始まった瞬間あんなに攻め込まれるなんて」


座り込む私に差し出された手に捕まれば、そのまま引き上げられる。


「俺も正直君をなめてたんだけど、最初の一撃、よく躱せたよねえ」


笑いながら結構失礼なことを言っているレイだが、私は気にせずとりあえず笑っておいた。

躱せたと言っても紙一重、っていうか完全にかわし切れずにちょっと切れちゃったし。今になって切れた首元がひりひりしてきていた。

ああ、でも彼の発言を聞いていて、やっぱり全然本気じゃなかったんだなあと実感する。

勝てるとは思ってなかったけれど、悔しいのは悔しいのだ。

それに、ここで負けたということはすなわち。


「私、これで失格かあ……」


首元を抑えつつそう漏らせば、「そうだね」とレイがうなずいた。

勝っちゃいけなかったし勝てる気もしてなかったけれど、複雑なものは複雑だ。

何より、レイともここでお別れになる。

失格したものはここに残ることはできないのだ。


「たまたまだったけど、君と組めて楽しかったよ。ありがとう」


レイは最初見たときと同じ、綺麗な笑顔で私に手を差し出した。


「うん。短い間だったけど、私の方こそありがとう」


私もそれを笑って握り返す。


ここを出たらとりあえず帰り方を探すから、もう当分レイとは会えないかもしれない。

っていうかそうだよ帰り方!

流れでよくわからない騎士の試験受けちゃてたけどそんな場合じゃないんだった!


別れの寂しさと今後への不安を感じつつ握手していた手を離せば、試験官に退出を促された。

私はそれに返事をして、それじゃあ、と観戦スペースへ戻っていくレイの姿を見送る。


特に未練なく去っていくレイは、うーん、やっぱりあっさりしている。

まあ短い付き合いだったし仕方ないか。

また会えるといいな、と思いながら私もレイに背を向けて、失格者の退出用の扉へと向かうのだった。




外に出ると眩しい太陽の光が襲ってきて、思わず目を閉じた。

実に数時間ぶりの外。やっと出られた、という解放感もあるが、それでもどこか悔しさが胸中にはあった。

合格したら下でダメだったんだけれど、何て言うか、違う国に来てまで騎士団試験に落ちるなんて、自分が不甲斐なくなってくる。

はあ、とため息をつきつつとぼとぼ歩きだす。

やっぱり私に剣の才能はないのかもしれない。帝都に戻ったら、家族の助言通り違う仕事も探してみた方がいいのかな……。


というか。そんなこと考える前にとにかく帰り方を探さないと。

今の思いがけない試験のせいで、日はもうだいぶ落ちてきている。もうじき夕暮れ時というところだろうか。

私の推測ではここは結構帝都から離れているようだから、今から出発しても今日中にはつけないかもしれない。

また家族に心配をかけちゃうな、と肩を落とした時だった。


瞬間、私の腕は強い力で引かれていた。

路地裏へと引きずり込まれるように引かれた手は、抵抗する隙もなく、強い力で私の腕を握っている。

咄嗟に抜こうとした剣も、反対の手で抑え込まれた。


「だ、だれ……!?」


路地裏の壁に押さえつけられて、引きずり込んだ犯人をにらみつける。

犯人……その男は、まるで見覚えのない男だった。

硬質そうな茶色い髪に、三白眼、無精ひげをはやしたその男は……とそこで私はあれ、っと首をかしげる。

なんかこの人……におう?


「……ラーメンくさい」


スンスンとにおいを嗅いで、私は思わずそう口にしていた。

瞬間、私を押さえつけていた男のこめかみがぴくりと動く。

そしていらだちを抑えるように、いや、全然隠せていないんだけれども、口角をにやあっと上げたその男は、地を這うような低い声で言うのだった。


「数時間ぶりだなあ。不審者さん」


そこでようやく、私は彼が誰なのか気付いた。


「ラ、ラララ、ラ、ラーメン男……!」

「誰がラーメン男だ! お前が落ちてきたからそうなったんだろうが!」


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