勝ちました
試験官はまだ帰ってこない。
待たされる時間に比例して、男たちの緊張も緩んできたのか段々とホールがにぎやかになってきた。
レイは私と同い年の17歳で、今日はこの試験のために遠くの村から出てきたという。
「え、騎士学校には行っていなかったの?」
敬語はいいよと言われたので外してそう尋ねれば、レイは不思議そうに首を傾げた。
「騎士学校? ああ、あのお堅いやつね。ううん。行ってないよ。ていうか、この試験で騎士学校に行ってた人なんていないんじゃないかな?」
「え、どういうこと?」
普通騎士とは騎士学校に通っていた者がなるものだ。
私はそう習ったし、だからこそ騎士への道は険しいと言われている。
それがみんな行ってないなんて……。
不思議に思ってそう尋ねるが、レイの方も不思議そうだった。
騎士学校もあるにはあるが、この試験の場合はそういう資格はなくても大丈夫らしい。
「この試験の場合は」っていうのにすごく引っ掛かりを覚えるけれど、そうか。
「やっぱりここは私が住んでたところとはかなり違うのかも……」
思わぬところでカルチャーショックを受けて、いよいよ自分がどこに飛ばされたのか不安になってくる。
私の住んでいた都でも、周辺地域でも騎士学校に行くのは当たり前だと思ってたんだけど。
心配が表情に出たのか、「どうしたの?」とレイに顔を覗き込まれて、私はあわてて「なんでもない」と答える。
「それにしても、女の子が剣士なんて珍しいねえ」
とりとめのない雑談をしながら時間を潰す。レイは基本的に終始笑顔を浮かべている人で、疲れないのかな、と思う。
人当たりはいいし、言動も優しいけど、何だかちょっと不思議な人だ。
何より、受験する気なんてまるでなかった私をパートナーに選ぶなんて随分変わった人だと思う。
私はそっと青年を観察してみる。
彼も腰から下げているものからして、剣で戦うようだった。全体的に黒っぽい服装の彼は、周りの男たちに比べて軽装で、身軽そうだ。
私もあまりたくさん防具をつけるとスピードが出せなくなるから好きじゃないんだけど、彼もあんまりパワータイプではないのかな。
よくよく見れば結構がっしりした体格だけれど、そこまで力があるようには見えないし。
と、そこまで考えて私ハッとした。
「あのさ、レイ。ペアを組んだのはいいけど、私たちの隊列とか役割分担とかしなくても大丈夫?」
ペアを組んだからにはペアで戦う。となれば協力して戦うのは必須事項だろう。
私の問いかけにレイはうーんと考えるように首をひねった。
「まあ、いいんじゃない?
お互いの武器は把握しているし。何か必要そうだったら俺が合わせるから、ナギはとりあえず好きにしてていいよ」
返されたのはそんな呑気な言葉だった。
うーん、やっぱりこの人読めない。ほかの人に比べすごくリラックスしているし、緊張感もまるでない。作戦会議もしないっていうのは、無謀なのかそれともすごく自信があるのか。
私の力に期待しているってわけでもなさそうだし……期待されても困るんだけど。弱いから。
そうしてお互いについて適当に雑談している間に時間は過ぎ、ようやく試験官が孵ってきたのだった。
試験官の説明では、やはり最初の試験はペアで戦うらしかった。
「武器や魔術の使用は自由だ。
両者にはそれぞれ一つ旗を渡す。相手の旗を倒せば勝利とする」
試験官が威圧感たっぷりにそう言うと、前の方から旗が配られ始める。
不意に前方から投げてよこされた旗をレイが片手で受け止めると、やはり余裕そうな笑顔で「簡単そうでよかったね」と言った。
この余裕ほんとにすさまじいな。私が帝都で受けた試験の時なんか、試験の説明を受けた段階で緊張しすぎてもう吐きそうだったのに。
試験官に先導される形で、受験者たちが別の部屋へと移動していく。
男たちの表情はこれから始まる試験への希望と緊張で染まっていた。
「俺たちも行こうか」
「あ、うん」
穏やかにそう告げられて、私はうなずき歩き出す。
「あの、私、戦えはするけど、そんなに強くないからね?
だからあんまり期待しないでね?」
歩きながら念のためレイにそう告げれば「大丈夫大丈夫」と軽く笑って流される。
……本当に大丈夫なんだろうか?
私に期待しているわけでないのならいいのだけれど、と不安と緊張でいっぱいのまま、私の不本意な騎士団の入団試験は幕を開けたのだった。
案内されたのは、先ほど待たされていたよりも大きな、縦長に広がる巨大な部屋だった。
天井が高いな、と上を見上げれば、部屋を囲むように観戦スペースのような場所が見える。
つくりは頑丈そうで、確かにここでなら多少激しい戦いでも問題はなさそうだった。
試験は4試合ずつ行われ、敗者はその時点で失格、勝者は二戦目へ進む権利が与えられる。そうして数を減らしていき、ペアが20組になったらそこで一次試験は終了らしい。
「募集人数は随分少ないんだね。私の住んでいたところでは、試験は一気に何百人もとってたのに」
まあそれで落ちた私は何だって話なんだけれどそこには触れずに、隣で一緒に観戦しているレイに視線を向ければ、「そうだね」とレイはうなずいた。
「普通の騎士団試験ならそれぐらいとるんだろうけど、これはちょっと特殊だしねえ」
「特殊?」
「うん」
先ほどからちょこちょこ聞くこの試験の特殊さっていったいなんなんだろうか。
普通の試験とは違うのかな。
確かに受験者の風貌からして、私が受けた騎士団試験とは雰囲気が全然違うけれど。
と、そんなことを考えていれば、不意にカキィンと甲高い音が耳に届く。
その音につられて階下を見下ろせば、どうやら手前の方で行われていた試合に決着がついたらしい。
「あの男の子、強いね」
勝ったにもかかわらず全く表情を変えないままさっさと剣をしまって相手に背を向けた金髪の男の子は、先ほどから見ていたけれど、すごい手練れだ。
他の受験者たちもかなりレベルは高いように思えるけれど、何人か別格だと思う人がいた。
今こっちとは反対のゾーンで戦っているペアの一人の赤髪の子も、すごい強そうだし。
大丈夫かな私、ちゃんと戦えるのかな……。
いや、合格したらしたで困るんだけど。
「そろそろ俺たちの番だね。下に降りようか」
そう不安に思い出していれば、隣でレイが立ち上がった。
頷き私も立ち上がる。
ふと後ろを見れば、先ほどの金髪の少年がもう戻ってきているようだった。
思わず目で追えば、一瞬目が合った。
けれどすぐに興味をなくしたように逸らされてしまう。
「頑張ろうね」
隣から安心させるようにそう告げられて、レイを見れば、柔らかく微笑むレイがいた。
そうだ。今はこの試験に集中しよう。
うん、と頷いて私たちは試験の行われる場へ向かった。
対戦相手は白いローブを来た青年と、後ろに大剣を背負う剣士風の中年の男だった。
「ローブなんか着てるし、やっぱり見た目通り彼は魔術師なのかな。だとしたらわかりやすいね」
こちらの緊張とは裏腹に、相変わらず緊張感のない発言を緊張感のない笑顔でするレイ。
やはりこの男不思議だ。こっちは自分の試験じゃないのにすでに心臓が飛び出そうなぐらいに切羽詰まっているのに。
「ね、ねえねえ。本当に何か作戦立てなくて大丈夫かな!?
私、何かした方がいいの!? で、できることといえば剣ぐらいだけど、相手のもう一人の方結構力が強そうだよ? あの人が突っ込んできたら私が……」
「大丈夫大丈夫。落ち着いてよナギ」
試験直前になって猛烈に不安に襲われた私を、レイは宥めるように私の頭を撫でる。
そしてそっと優しく笑って言った。
「大丈夫。さっきも言った通り、ナギはすきにしてていいよ」
はじめ、という野太い声とともに、試験が始まった。
本当に何をしたらいいのかわからないけれど、始まった以上は仕方がない。
私はとりあえず腰から下げていた剣を抜いた。
レイは一体どうするつもりなんだろう、とレイを見れば、レイは特に気負った様子はなく、剣すら抜かないままつかつかと歩き出した。
え、歩き出した!?
私は思わずあんぐりと口を開けてレイを見る。
え、えええ。何?そういう感じ?
そんな普通に歩いていく感じ?
全く彼の意図はわからないけれど、彼が前に出た以上、私は旗を守るために後ろに残った方がいいだろうか。
そう思い、後退しようとしたところで、瞬間、中年の男の方がこちらに向かって突っ込んできた。
後方には旗を守るようにローブの男がいて、やっぱり魔術師か、と判断する。
男は狙いを私に定めて、大振りの剣を振りかざした。
ガンッという鈍い音が耳に飛び込んでくる。
ギリギリ受け止めたけれど、この人すごく力が強い。というか、私があんまりパワーがないせいか。
グッと足に力を込めて気合で剣を弾き返す。が、間髪入れずに剣が振り下ろされ、私はそれを防戦するので精いっぱいだった。
あまり下がると旗に近づきすぎてしまうし、かといってこのまま反撃するのも難しい。というか、レイは一体今何をしているんだ!
けれど探す余裕はない。私はちらっと背後を振り返る。ああ、これ以上はもう下がれない。
男が剣を振りかぶり、受け止める。重い。踏ん張って弾き返そうとするが、その前に、唐突に私の足元に魔法陣が浮かび上がった。
咄嗟に退こうとするが、その前に魔法陣から伸びてきた蔦が私の足に絡みついた。剣士の方に気を取られて魔術師に意識をやっていなかった。蔦の絡まった足から、徐々に力が抜けていく。このままでは剣に潰される。
っていうか! レイ! レイはどうしてるんだ!?
レイが魔術師の方に行ったから何かしてくれるんだと思ってたのに、こっちに魔法が飛んできたってことは、まさかもう負けちゃってたりするの!?
あんなに余裕綽々で歩いて行っていたのに? そんなのってある?
ああ、そろそろ本当に限界なんだけど……。
いよいよ剣を持つ腕からも力が抜けかけた、その時だった。
「はい。終わったよ」
あの、いつもの穏やかな声が、辺りの喧騒を縫うように耳に飛び込んできた。
え、と思っている内に足にあった蔦も、魔法陣も消え失せている。
ぶつけられていた剣からも徐々に力が抜けていき、やがて離された。
「……レイ?」
状況が分からないままとりあえず先ほどまで私に襲い掛かってきていた目の前の剣士を見上げてみれば、彼も状況がよくわかっていないようだった。
ただ唖然とした顔で後方を見ている。
それに倣って私も彼の巨体から顔を出して、相手方の旗が置かれた方を見た。
「おつかれ、ナギ。勝ててよかったね」
そこには、倒れた旗の横で呑気そうに立っているレイが居た。
その場にいる誰もが状況をよくわかっていなかった。
剣士も、旗のすぐそばにいたはずの魔術師でさえも、状況に頭が追いついていない。
しかしいち早く我を取り戻した試験官が、即座に私たちの勝利を告げた。
「レ、レイ? え? 何なの? どうしたの!?」
試験官から勝利の宣告をを受けてこちらに戻ってきたレイに、私はあわてて詰め寄った。
「何したの!? どういうことなの!? なんで私たちが勝ったの!?」
彼の肩をわし掴んでそう問い詰めれば、どうどう、と宥められる。
いや、落ち着いている場合じゃないから。意味が分からないから!
「なんで勝ったのって言われても、旗を倒したからだよ」
しれっとそういうレイに、いやそれはそうなんだけど、そういうことじゃなくて、となおも言いつのろうとすれば、試験官が早く観客スペースへ戻るように声を飛ばしてきた。
「まあまあ、とりあえず勝ったんだからいいじゃない。ほら、戻ろうよ」
まだ何も納得がいかなかったけれど、レイに手を引かれる形で私は観客スペースに戻る。
観客スペースに戻ってからもさんざんレイに何をしたのか聞いてみたけれど、レイが何をしたのかはっきりとはわからなかった。
ただ、「相手が弱くてよかったね」と笑うだけ。
あの時、魔術師さえもぽかんとした顔をしていた。それだけレイの動きは素早かったということだ。相手に気付かれぬまま相手の背後に忍び寄って、旗を奪う。相手はかなり警戒していたはずなのに、レイは剣さえ抜かないままそれをしてみせた。
この人、一体なんなんだ。
その底知れなさに、ようやく気が付く。
彼が何者かはわからないけれど、彼がこうまで余裕な理由ははっきりした。
彼は強いんだ。それも、ものすっごく。
ぶわり、と微かに鳥肌が立つ。
気づけば私は、思わず口元がにやけるのを自覚した。
「……質問してこなくなったと思えば、急に笑い出して、相変わらず面白いね。どうかしたの?」
私のにやけ面に気づいたレイが楽しそうに首を傾げた。
私はにやけたままレイにいう。
「うん! レイはすごいんだなーって!」
強い人を見ればわくわくするのは、私の昔からの癖だった。私じゃ全然なれっこないし、勝てっこないけれど、あこがれる気持ちは止まらない。
強い人が好きだ。憧れたってなれないけれど、なりたいと思わずにはいられない。
そう思って私は、レイに「周りの人が見てるよ」と言われるまでにやついていたのだった。