ペアになりました
そこには、帝都で家族とよく訪れていた教会のような造りの部屋だった。
広い天井と広い部屋の中には、大勢の人間がひしめき合っている。
よくよく観察してみれば、彼らは全員男のようだった。
皆意気揚々としていて、これから戦いにでも行くのかという程活気に満ち溢れている。
服装は様々で、物騒なモノを身につけている者がほとんどだ。
これは一体何の集まりなんだろう。
思わず呆然と中を見渡してしまうが、まるでわからない。
あの人何かを勘違いしていたみたいだったし、最後にもよくわからないことを言っていたけれど……。
……とりあえず、外に出よう。
何の集まりかは知らないが、よく知らない建物に入るのは少し抵抗がある。
私は、もう一度踵を返して、先ほど閉まった扉へ手を伸ばす。そして、その扉を開こうとしたとき……
「ここにある者は、皆覚悟ある者だと見た。先ほども言ったように、もうこれから逃げ場は存在しない」
ビクともしない扉がその証拠と言わんばかりに軋む音と、しゃがれた低い声が耳に木霊して聞こえた。
ハッと振り返ると、男たちの視線は部屋の奥、一か所に集められていた。
「これから一次試験を始める為の準備をする。その間にお前たちは二人組を作ってもらう」
筋肉質の男はしゃがれた声でそれだけ告げると、更に奥の部屋へと入っていった。
扉の閉まる音と同時に、緊張が解けたように男群集は近くの者と話し始める。
私は一人ぽつんとただ立ち尽くすしかなかった。
今あの人なんて言った?
これから一次試験を始めるって言っていなかっただろうか。
何だか段々と嫌な予感がしてきてじりじりと後ずさるが、後ろには固く閉ざされた扉があるだけだった。
試験、試験と言えば色々あるけれど、これは一体何の試験何だろうか。
状況的にこの男たちは受験者ってこと?
男たちの体格や持ち物からしてただの試験って感じはしないけれど……。
そこでふと、扉が閉められる直前、あのありがた迷惑な騎士の男に告げられた言葉を思い出す。
――――立派な騎士になれるといいな、未来の後輩候補よ。検討を祈るぜ。
立派な騎士……。立派な騎士!?
そこで私はようやく己の状況を把握した。
そうか、ここは騎士団の試験会場なのか!
さあっと顔から血の気が引いていくのを感じた。
いやいやいや、まさかよりにもよって騎士団の試験会場に紛れ込んでしまうなんて!
そりゃあ私は騎士になりたいけれど、こんな見ず知らずの国で、よくわからない騎士団の試験を受けるわけにはいかない。第一自分の現在地さえわかっていない状態で試験何て受けている場合じゃない!
建物内を見渡し、逃げられそうな道はないかと探すが、頼みの窓は天井に近い場所にありとても手が届かなそうだった。
周りの男たちはお互いの緊張をほぐすかのように談笑している。
試験官らしき男は見当たらないし、出してもらえそうな気配もない。
どうしよう。
窮地に立たされた私は、誰に助けを求められるわけもなく途方に暮れた。周りから向けられる好奇の視線もちょっと痛い。
やっぱりこの国でも女が騎士を目指すなんてめずらしいのかな、と半ば現実逃避気味に考えていれば、唐突にぽんっと肩を叩かれた。
「お、やっぱり女の子だ」
頭上から明るい青年の声が聞こえた。
一瞬自分にかけられた言葉だと理解できなかったが、肩を叩かれたことですぐに自分にかけられた言葉だと言うことに気づいた。
私は、声がした方へゆっくり顔を向ける。
「どうも。君さっきから挙動不審だけど、何か困りごと?」
顔を上げた瞬間、思ったよりも間近にいたその青年は、私の顔を覗き込むようにして見ながら、柔らかな笑みをその顔に乗せた。
そしてそのまま私は硬直する。
き、綺麗な人……。
彼を見たものならだれであろうと真っ先に思いそうなことを私も例外にもれず思ってしまった。
濡れ羽色の髪に、まるで人形のように精巧に作られた顔にはめ込まれた碧色の瞳。
どこぞの王子様のような雰囲気を纏ったその青年は、浮かべられた表情も相まって、優しく穏やかそうな人に見えた。
「もしもし、聞いてる?」
呆けたように青年を見つめてしまっていた私の顔の前で、青年はひらひらと手を振る。
私はそこでハッと我に返った。
しょ、初対面の人に見惚れるなんて失礼なことをしてしまった。
「あ、あのえっと、すみません。なんでしたっけ?」
しかもなんで彼が私に話しかけたのかもわからない。
呆けている間に話も聞き流してしまっていた。
男は「本当に大丈夫?」と面白そうに笑ってもう一度私に告げる。
「いや、君が何だか挙動不審だったから、何かあったのかなって」
綺麗なだけでなくすごいいい人だ……!
かけられた優しい言葉に私は思わず感動する。
この人なら、私を助けてくれるかもしれない。
そう思った私は自分の今の現状を説明してみる。
「え、間違えって入った?」
私の話を聞いた青年は、私の話を聞いてのち、一瞬目を見張ったが、次の瞬間ぷっと噴出した。
「あはは。君本当に変な子だなあ。ここに間違えて入るって、なかなかすごいことだよ?」
「あ、あはは……なんというか、色々な偶然が重なったというか……」
くくく、と肩を震わせて笑う青年に私は苦い笑いしか出てこない。
いや、私が逆の立場でも笑っちゃうけど。
騎士団の試験に間違えて入るなんてバカしかいないけど。私がそのバカだけど!
「あ、ごめんね笑って。でもそうだな、ここから出るのは少し難しいかも」
私がひきつった笑いを見せているのに気付いたのか、青年はそこでようやく笑いを収めて思案するような顔でそう告げた。
「さっきの説明で、途中辞退は大けがでもしない限り認めないって言ってたし」
「えええ……」
青年の言葉に我ながら情けない声が出る。
出られなさそうだとは思っていたけれど、こうもはっきり告げられると落胆も強い。
まあ、騎士団の試験を受けるなんてそうとう気合を入れるものだし、間違って受けに来る人なんていないどころか、途中で辞退しようなんて人もそうそういないだろうしな……。
「まあ、そればっかりは仕方ないよ。それに君、戦えないってわけじゃないんだろう?」
気を取り直すように笑ってそう言った男は、視線を私の左の腰辺りに向けた。
そこには私の剣が下がっている。
「え、ええっと。まあうん。人並みには……?」
ちょっと嘘をついた。人並みではなく結構弱い。あ、でもあのギルドをクビになるぐらいだからかなり弱い……?
誤魔化すように自らの剣に手を当てて、空笑いしてみせると、青年は「それならちょうどいいな」とにこっと笑って言った。
「ねえ、今はここから出られないんだし、組む人も決まってないんだったら俺と組まない?」
……はい?
私は青年の言葉に目を瞬かせた。
「あの、組むって?」
「あれ、この説明も聞いてなかった? さっき言われたでしょ、一次試験までの間に二人組を作れって」
言われて、確かにそんなこと言ってたなとぼんやり思い出す。
それどころじゃなくてあまり聞いていなかったけれど。
っていうか。
「あの、私受けるつもりなんてないですよ? だから組むって言われても……」
そう言えば、青年は不思議そうに首を傾げた。
「でも、ここから出られないんじゃとりあえず受けるしかないだろ?
間違えて入ったなんて信じてもらえないだろうし」
そう言われると返す言葉もない。
まあそうなんだけどね。出られない以上受ける以外の選択肢なんてないわけだけど。
「……でもあ、あなたは? あなたは私がペアでいいんですか?
二人組を作るってことは、きっとペアで戦うってことじゃ……。それに、私としては合格したらしたで困るんですけど」
「まあまあ。今はまだ合格するかなんてわかんないわけだし、そういうのは後から考えようよ。今はとりあえず君と組むの楽しそうだし、どうかな」
男は人がよさそうに笑って見せる
……確かにこのままここで突っ立っていてもしょうがない。受けるしかない以上、ここから抜け出すには試験を受けて、失格なり合格なりするしか道はない。
そして受けるのならばペアは必要なわけで、私の事情もわかったうえで協力しようとこの人は言ってくれているのだ。
「ええっと、あの、よ、よろしくお願いします!」
数秒考えたのち、私は彼に向って勢いよく頭を下げた。
青年はそれにまた少し笑って、うん、と手を差し出してくる。
私がそれを恐る恐る握り返せば、青年はにこにこしながら言った。
「俺はレイ。これからよろしくね」
「よろしく、レイ。私はナギです」
よくわかんないけど、まあ、なんとかなるよね!