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ここはどこですか




豊かに栄えたとある一国にある小さな町。

その一角に存在するレストランで、荒々しくラーメンをすする男が居た。

その男の表情は険しく、彼の周りからは禍々しい殺気が渦巻いている。

来店していた客達は皆、彼と目を合わさぬよう必死に自分たちの料理を口に押し込んでいた。

明らかに殺伐とした店の雰囲気に気づかないその原因の男は、ただ黙々とラーメンをすする。


その日は、彼――ルーカスにとってずっと待ち望んでいた日であった。

実に数ヶ月ぶりの休暇を、ようやく手に入れることが出来た日だったのである。立場上中々抜け出すに抜け出せないルーカスにとって、1日まるまる休暇をもらえるというのは、まさに奇跡に近いことだった。

それもこれも己の日ごろの行いがいいからだろうといつになく浮き足立っていたルーカスは、今日は1日部屋でゆっくりくつろごうと自室へと歩を進めていた。だがそんなルーカスの背後へ、一人の男が声をかけた。

振り向けば、見慣れた部下が申し訳なさそうな顔で立っている。


嫌な予感はしていた。



「……命令、ですか」


ルーカスの嫌な予感は見事に的中した。

部下につれられた先にいた上司から、無常にも下される命令。

思わず顔が引きつりそうになるのを根性で止めて、ルーカスはどうにか上司に頭を下げて見せた。

ルーカスはこれでもプロだ。

たとえ今回の休みが数ヶ月ぶりの休暇だったとしても、特にここ数日は徹夜続きであったとしても、プロは仕事に私情を挟んではいけない。

現場の人手不足は理解しているし、何より休暇の人間に回す仕事なのだからさぞ重要な仕事なのだろう、とどうにか気持ちを切り替えて、黙って上からの命令を聞く。

だがそんなルーカスの殊勝な心意気もなんのその。次の瞬間、目の前の上司から下された仕事に、ルーカスは彼の胸倉を掴んで小一時間ほど仕事の割り振りについて問い詰めてやりたくなった。


「試験官の仕事ぐらい他の奴に回せよ!」


欠員が出たとかなんとか知らないが、わざわざ自分が出向かなくてもいいだろう。

上司の居た部屋から退室すると、ルーカスは辛抱溜まらんというように近くにあった丈夫そうな柱に勢いよく拳をぶつけた。めりめりとヒビが入った。物に当たるのはよくないし、近くに居た部下はおびえたように悲鳴を上げてしまったが、フォローする気にもならない。

無論休暇がなくなったのは彼のせいではないのだが、それでもそう簡単にこのイライラが収まるものでもなかった。



そういうわけで、仕事のために街へ降りて来たルーカスは、どうしてもおさめることの出来ないこの苛立ちを晴らすべく、行きつけのレストランに足を運んだのだった。

好物のラーメンを頼み、大きく溜め息を付く。

苛々したように頬杖をつき、時折舌打ちをこぼしながら、ルーカスはラーメンが運ばれるのを待っていた。

そんな彼のおかげで、このレストランの空気は冷たいものとなり、店主も客も、皆が皆彼を遠巻きに眺め、そして目を逸らす。

ルーカスはそんな周りの様子にも苛立たしく舌打ちをし、本日何杯目かのラーメンを食べ終えたのだった。

ほんの少しふくれた腹を押さえながら、もう一杯ラーメンを頼む。

店主は、彼の周りに積み上げられたたくさんのお椀に顔を引きつらせながらも、小さく返事をしてそそくさと厨房へ走っていく。

ルーカスはそんな様子を眺めながらも、荒々しく貧乏揺すりを始めた。


 その瞬間。



ルーカスは思わず自分の頭上を見上げた。

そこには何ら変わりないいつもの店内の天井。

しかしその何もない天井をジッと睨みつけながら自らの腰にある険に右手をそっと置いた。


とても大きな魔力が、そこからは感じられた。それも突然に。

人の気配などまったくしなかったのに。


(敵襲か……?)


男は緊迫した面持ちで天井を睨みつけた。

相変わらずそこからは禍々しい魔力が渦巻いている。

ゴクリ、と思わず生唾を飲み込んだ時だった。


「ラーメン一丁上がりやしたー」


思わず気の抜けるような店主の声がした。

ルーカスは一瞬肩を揺らすが、店主の姿を見て深く溜め息をつく。


「おい親父さん、ラーメンはちょっと後に……」


言いかけて、思わず固まった。

店主の頭上に、見たこともない魔法陣が浮かび上がっていたからである。


「親父さん、危ない……ッ」


ハッと我に返ったルーカスは、ラーメンを片手に佇む店主に走り寄る。

店主は不思議そうな顔をしながらもふっと天井を見上げる。

そこには何だかよくわからない魔法陣が浮かんでいて……。



「うぎゃあああああ!!」


何とも形容しがたい叫び声を上げた『少女』が、店主の頭めがけてふってきたのであった。

そして。


「あ」


少女と共に倒れ込んだ店主の手にあったラーメンは、思わず店主が前に投げてしまったため、見事に――――


「うごっ」



ルーカスの顔面にヒットしてしまったのだった。





その瞬間、私はダイエットをしておくべきだったと後悔した。

目の前にはラーメンを被って倒れる人。そして不運にも自分の下敷きとなってしまった人。

そういえば最近太ったんだった、ばか私のばか。いや、でも太ったといっても一キロぐらいだし、でもだけど。

それよりまず押し倒してしまった人に謝らなければいけない。

整理されない思考をそのままに私は慌ててその場から退き、声をかけようとしたその時。


「何者だ貴様! 目的は何だ!」


剣を向けられた。それも顔面ラーメンまみれの男にだ。

そして部屋に漂う美味しそうなラーメンの匂い。

私は剣先を凝視したまま動けなくなっていた。どうして目の前の男は剣を私に突きつけているのか。


察するにここはどこかのレストランのようで、辺りは騒がしく、何事かと野次馬のように群がってくる。


「答えろ!」


顔面ラーメン男が私に剣を突きつけて答えを求める。

この人はラーメンを顔につけていても私が見えているようだ、なんて現実逃避気味に男を見上げれば、男の顔は一層険しさを増した。

ラーメンの間から飛ばされる殺気に私は思わず小さく悲鳴を上げる。


「そ、そそそ、そのラーメン、おいしそうですね!」


私にはもう何が何だかわからなかった。

とにかくこの場から一秒でも早く逃げたほうがいいことだけはわかったので、辺りを見渡し、逃げ道を探す。

ちょうど良い位置に人一人通れそうな窓があった。


私は死に物狂いで飛びつき、窓をこじ開けた。


「あいつ……逃げる気か! おい、誰か捕らえろ!」


遠くで男の声がする。野次馬に埋もれてしまったらしい。

周りの人間は動揺でざわめくばかりで動こうとはしなかった。


「すみませんでしたぁぁぁ」


謝罪の言葉を叫びながら、私は店の窓から飛び降りた。

その窓が、3階の窓とは知らずに。


「馬鹿な……ここは3階だぞ!?」


頭上から男の声がした。先に言って下さい。

今度は恐怖で声も出なかった。

ああ、私はもう終わるんだ。何も為せないまま、騎士にもなれず剣すら満足にふるえないまま、生涯を終えるのだ。


だが、私はここでくたばらなかったようだ。

地に両足がついている所を見れば、奇跡的に着地できたらしい。

人間は恐怖で痛みを忘れるというのを聞いたことがあるが、私はたった今それを体験したのだ。


い、生きてる。


ガクガク震えている足を奮起させて私は走り出した。

何が何だかさっぱりわからんが、とにかく逃げよう、できるだけ遠くへ。






ここは一体どこだ。

どうしてこんなことになったのか。

私は、未だに震える足で走りながら、ぐるりと辺りを見渡す。


そこは先ほどまで居た場所とどこか雰囲気は似ているものの、見覚えのない建物や店が並ぶ、見ず知らずの街並みだった。

先ほどまで居た場所と同様に建物の前で開かれた市場は活気にあふれ、商人たちの陽気な声が飛び交っている。


けれど、ここは帝都じゃない。


見覚えのない街を見ながら、私の疑問は膨らむ。というかそもそも、なんで私は路地裏にいたのに、気付いたら顔面ラーメン男の上に落ちているんだ。


何が起こった?

クラッと目眩を感じて瞼を押さえる。

足もいつしか遅くなり、ゆったりとしたスピードで歩を進めていた。

考えるのは、自分自身が最後に覚えている記憶だ。



『――――あなたの願いをかなえてあげる』


そうだ、あの女の人。私はハッとして足を止めた。

そうだ、あの時。自分は、あの彼女の手を取ったのだ。

そして、その瞬間。


「……あの感じ、もしかして転移魔法?」


口元に手を当てて俯く。

確かにあの感覚は転移魔法の感覚に近かった。

だとしたら術者はあの女の人?

けれど転移なんて高等な魔法を、無詠唱で行えるのだろうか?

というか、さすがの私でも相手が魔法を使ったらわかると思うんだけど。


「おい! どこにいった!?」


考えに耽っていた私は、その声にハッと意識を浮上させた。

慌てて辺りを見渡せば、未だにラーメンを被ったままキョロキョロと辺りを見渡すあの男の姿が。


や、やばい!


呑気に考えている場合ではなかった。

とりあえず逃げなければ。

男の顔はラーメンまみれでさっぱりわからないが、あの服装と腰から下げた剣から見て、あの人はたぶん騎士なんじゃないだろうか。

そんな人の前に、急に上から降ってきたなんて、不審者決定だ。絶対尋問されて、それで事情を話したとしても家を調べられるぐらいはする。そんなことになったらただでさえ迷惑をかけている親にさらに迷惑をかけることに。


最悪の事態を想定して顔から血の気が引くのを感じたが、慌てて気を取り直して私は足を動かした。

今はとにかくあの人をまくことに専念しよう。それから今の状況を考えなければ。


人混みをどんどん抜ける。

男の声はまだ近く、とにかくどこか隠れられる場所へ行かなければ、と私は思った。

とは言っても、そんなに都合良く隠れられる場所なんて存在しない。

ならばせめて、人がいる場所に紛れ込めたら……と考えていれば、誰かに正面からぶつかる。


「す、すみません」


ぶつかった若い男性に慌てて謝罪をすれば、相手も軽く頭を下げて私の横を通り過ぎて行った。


「あれ?」


通り過ぎる際、男のカバンからひらりと一枚の紙が落ちた。

思わずしゃがんでそれを拾えば、「認定書」という大きな文字と、誰かのサインが書かれた手のひらサイズのカードのようだった。


「あの、これ……!」


落とし物だ、と思って振り返り先ほどぶつかった男を探す。

男はもう結構離れた距離にいたが、小走りすれば追いつけそうだった。

私は踵を返して男の方へ向かおうとする。が。


「おいこらどこいった!!」


その男の更に後ろから、顔面ラーメン男がすごい威圧を纏ってやってくるのが目に入った。

ま、まずい。あっちに近づくなんて無理だ。

私は手元のカードに目を落とす。

ご、ごめんなさい名も知らないお兄さん。これをあなたに直接返すのは無理そうです。

そう心の中で謝って、私は再び男とは逆方向へと走り出した。



数十分走り回って、男の声もしなくなった。

どうやらやっと撒けたようだ。

それにしてもあの人しつこかった。

乱れた息を整えながら、私はようやく立ち止まった。

人の邪魔にならないように道の端に移動して、座り込む。

道行く人々を眺めながら、ようやく一息つけそうだった。


「ん……?」


休息をとろうと座り込んでいれば、ふと数メートルほど先の方になにやら人が集まっているのが目についた。どうやらあちらには広場があるらしい。

広場を囲うようにして集まった人々の中心には、ドーム状の大きな建物が見えた。


何かイベントでもやっているのか、とぼんやり眺めていれば、人の隙間から、広間に腰に剣を指した騎士のような風貌の男が数人いるのが見えた。

顔面ラーメン男と似たような服だったので一瞬びびったが、あの男ではないようだ。


「あ、そうだ!」


そこで私はあることを思い出して立ち上がる。

そういえば私、さっき拾い物をしたんだった。

ポケットにしまっていた先ほどのカードを取り出す。無造作にポケットにしまったためか若干寄れていたが、まあ仕方ない。

それよりも、街にいる騎士なら拾い物を預かってくれるかも。

さっきは直接返せなかったが、このまま持っているわけにもいかないし。

それに。


「ここがどこなのかも聞かなくちゃ……」


街並みもそうだけれど、騎士の服装から見ても彼らは王国騎士団ではないようだ。転移魔法で飛ばされたのだとしたら、どこか違う国に飛ばされたのかもしれない。

もしそうなら、早く何とかしないと家族が心配するだろう。

そう思い私は一応辺りを警戒しつつ人の集まる場所へ足を向けた。



あつまる人たちをかき分けて中央へ向かう。

迷惑そうな顔をされたが謝りつつ人ごみを超えていけば、ようやく広場の方へと出たようだった。

人ごみから外れて広場へ足を踏み出せば、そこで広場に立っていた騎士らしき男と目が合う。

銀髪に鋭い眼光の男は、つかつかと私に歩み寄ってきた。


「おい、ここは今一般人は立ち入り禁止だぞ」


通せんぼするように私の前に立ちふさがった男を見上げてわかったが、この人すごく背が高い。思わずぽかんと見上げてしまうが、今の状況を思い出して私はあわてて頭を下げた。


「あ、すみません! 実はあの、お願いがあって」


市民が入っていないことから予想はしていたが、やはりこの広場は今は封鎖中らしい。

慌てて頭を下げて謝りつつ、さっさと渡してしまおうとしまっていたカードを取り出し、騎士の人へ見せた。


「……これは」

「あのこれを、あずかってほし……」

「まさかまだ受験者が残っていたとは。急げ! もう試験が始まるぞ!」

「え?」


預かってもらおうと差し出した右手は、カードを取られることはなく、そのまま右腕をがしっと掴まれた。

急に掴まれた腕に大した反応もできず固まれば、そのまま騎士の人はあわてたように歩き出す。


「え? え?」


訳が分からないまま引きずられるようにして男に連れてこられたのは、遠くから見えていたドーム状の建物だった。

ドアは締め切られているが、中にはたくさんの人がいる気配がする。


「あ、あの?」

「ほら、さっさと中に入れ! はっはっは! よかったなあ、まだ締め切られていないようだぞ!」


にかっと人のよさそうに笑った男はそう言って扉を開ける。

中はふきぬけになっていてホールのように広く、そこにはたくさんの人が集まっているのが見えた。

な、なんだここは。

唖然としている内に「ほらはやく」と男に背を押されて、建物に足を踏み入れてしまう。

この人何か誤解をしているんじゃ。

慌てて振り返り、誤解を解こうと口を開くが、同時に扉が閉められようとしているのが見えた。


「あの、ちょっとま……!」

「立派な騎士になれるといいな、未来の後輩候補よ。検討を祈るぜ」


さわやかな笑顔とともに閉じられた扉に、私は意味が分からぬまま呆然と立ち尽くしたのだった。


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