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七首村連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
9/35

9. 第三のメール

 十二月二十九日の午後――、大野地区までいって自転車を調達した俺は、帰り道のコンビニエンスストアで購入した生活必需品をかかえ込み、自転車を手押ししながら、宿泊所としている巣原地区の龍禅寺へ到着すると、ちょうどその時、所沢ところざわの事務所にいるリーサから電話がかかってきた。今回の事件の犯人と思われる人物から、たった今、メールが送られてきたというのだ。

 俺はリーサから転送されたメールファイルを開いた。すると画面に、あまり見たくもない文章が瞬時に映しだされる。こいつ、まだ続ける気でいるのか……?



 前略。


 堂林凛三郎君――。ようやく小生のことを少しは理解してくれるようになってくれたかな。おととい予告してあげた事件が、今朝の新聞で大々的に報じられているじゃないか。いやはや、愉快、愉快、実に愉快だ。おっと、君が住んでいる都会の所沢では、もしかしたらたいしたニュースになっていないのかもしれないね。でも、君が本気になって調べあげれば、この事件の全貌なんて、いとも簡単に分かってしまうことだろうな。

 さて、小生が忙しいさなか、三通目になるのかな、わざわざ君にメールを送信する理由は、大方、予想が付いていることであろう。そう、また新たなる事件の予告なのだよ……。


 場所はやはり七首村だ。時は一月六日くらいにしようか。それなら、まだ一週間以上の猶予があることだしね。今度こそは名探偵君に本来の力を発揮してもらいたいものだ。おおっと、小生としたことが、うっかり打つ文字を間違えてしてしまったようだ。

 親愛なる、迷探偵君へ――。 


    あさきゆめみし。


2015/12/29(火)14時52分送信



 いよいよ『迷探偵』と来たか。だんだん人を小馬鹿にして挑発するようになってきたな。今日が十二月二十九日ということは、まだ予告日までは八日もある。犯人やつにも正月休みが必要ということか?

 俺はさっそく警察へ電話をかけた。間もなくパトカーが龍禅寺へ駆けつけて来て、俺はそのまま新郷警察署まで連行された。署では、別所警部補と千田巡査部長が、首を長くしながら俺を待っていた。

「東京から来た探偵さん。新しいメールが届いたというのは、本当ですか?」

 俺の姿を見るや、別所警部補が椅子から立ちあがった。

「はい、さっき送られてきたみたいで、秘書の……、いえ、家内から、連絡がありました」

 俺はリーサのことを、あえて『家内』と呼ぶことにした。事件に関係のない面倒な説明に時間をかけたくなかったからだ。

「そうですか。ところで、ご面倒だとは思いますが、一度あなたのパソコンを警察にご提供願えませんかね。そのお、わたし自身はコンピュータにはさほど詳しくないのですが、警察のサイバー対策課からうかがいましたところ、メールファイルをきちんと調べれば、送信先の情報が突き止められる可能性があるということで、ぜひそれを確認させていただきたいのです」

「なるほどね。それでは、これまで受け取ったメールファイルをお渡しいたしましょう。それを調べれば、送信先は絞り込めるはずですからね」

「そうですか。分かりました……」

 軽くうつむいたまま、別所が返答した。警察にはできる限りの協力をするつもりではあるが、さすがに個人パソコンを提供しろというのは、プライバシー保護の面からも閉口する。メールの送信先に関する情報だけなら、メールファイルのヘッダーの部分に記されているから、そこを調べれば事は済むはずだが、もし警察が、この俺に多少なりとも事件に関するなんらかの疑惑を抱いているとなると、俺の個人パソコンを調べてみたくなるのもまんざら分からなくもない。さすがに、現段階でこの俺に逮捕状を出すわけにはいかないので、強制押収はできないが、もしも、俺に気付かれずに、さりげなくパソコンを召しあげることができれば、それに越したことはない。まあ、警察として当たり前の応対であるけれど、このタヌキ、案外抜け目がない。

 俺は、これまでに受け取った三通のメールファイルをリーサに送信してもらい、警察へ提供した。専門家に調べてもらえば、意外と簡単に送信主が特定できるかもしれない。

「別所警部――?」

 ファイルデータが入ったメモリースティックを手渡す時、俺は別所を呼び止めた。

「警部補ですが……。はい、なんでしょうか?」

 別所は、俺がした階級間違いを訂正してから、返事した。

「十月十二日に――、ええと、最初のメールで犯行予告がなされた日ですが、七首村で、ああっ、新郷市内で、なんらかの殺人事件が起こっていないか、一度調べてみていただけませんか。きっと、この事件の解決のために、重要な手掛かりが浮かび上がると思うのですが」

「そのようですね。じゃあ、さっそく手配してみましょう」

 そう告げると、別所警部補は引き下がった。とりあえず俺としては、できることをやり終えた状態であるが、さて、これからは何をすればよいのだろう。犯行の予告日まで……。


 この広大な地域エリアの中で、誰が殺されるのかも分からぬこの状況下、未知なる犯人による襲撃など、防げるわけがない。それに、犯行予告メールが送られている事実は、警察が把握しているだけで、おそらくは混乱を避けるためであろうが、報道は一切なされていないのだ。そのため、一般住民は、年末の二十八日に阿蔵屋敷の跡取り息子が惨殺されたことは知っているけれど、一月六日に村の中の誰かが殺されるという殺人予告がなされていることは、知るよしがないのだ。

 もちろん、警察がこのような対応をしている以上、俺がでしゃばって村人に殺人予告をふれ回ることなんて、とてもできない。だから、村人に訊き込みを行うにしても、その件に関して常に気をつかわなければならない。

 このあと、厄日一月六日がやって来る前に、俺は旧七首村の住民を手当たり次第に声をかけまくって、訊き込みを続けた。話す内容は、俺は東京からはるばるやって来た探偵で、所沢という地名は田舎ものを混乱させるかもしれないのであえて使わないようにした、今は龍禅寺で泊まっている。六条道彦氏が殺された事件に関して、ある人から依頼されて調査を頼まれていて、警察も俺のことを承知している。それから、十月上旬にこの近辺で些細な事でもいいから何か事件が起きていないか、その際、あえて殺人事件とはいわないことにした。あとは、世間話くらいだ。まあともかく、『東京からやって来た……』という修飾語は、なにかと要所要所で効力を発揮してくれた。住民たちはおおむねこころよく俺の質問に答えてくれた。

 訊き込みをするもう一つの目的は、この俺、堂林凛三郎がここ、七首村にやって来ていることを、住民の中に潜んでいるであろう、犯人にも知らせるためだ。その方が良い結果へ向かう感じが、なんとなくだが、俺にはしていた。予想どおり、二、三日もすれば、俺のうわさは村中に広がっており、初対面の住民にも、わざわざ肩書きを述べる必要がなくなった。良延和尚によれば、狭くて、娯楽がほとんどない村だから、退屈している住民たちの間で、うわさ話など持ち上がるものなら、あっという間に広がってしまうのだそうだ。

 俺はこの間にのべ四十七人の住民から調査を行った。ちなみに、俺は結構まめな性格で、一人ひとりの話を、簡潔ではあるが、きちんとメモを取ることにしている。しかし、残念ながら今回の訊き込みでは、第三の事件を未然に防ぐ情報など、なに一つ得られなかった。

 そんな中、警察の方で、俺が提供したメールファイルの鑑識が進み、送信先のIPアドレスから送信者を突き止めることに成功したらしいとの情報を受けたのが、一月四日であった。俺はさっそく新郷署へ出向いたが、そこで千田巡査部長から聞いた話では、送信主は福岡ふくおか久留米くるめ市在住の住民で、本人の話では、そのようなメールを送信した記憶はない、とのことであった。初老の夫婦二人だけの家庭で、息子が関西へ出てからは家の中にあるパソコンは一切使用しておらず、二年以上も放置されていたということだ。さらに、第三者がその家のメールサーバーをハッキングした形跡が見られたが、その人物の特定は現時点の情報だけではほぼ不可能ということである。

 やはり、そんなものだろう。わざわざ見ず知らずの埼玉さいたまのなんでも屋まで予告状を送るのに、大胆にも電子メールを使用するやつだ。それなりにインターネットの知識が豊富であろうことは推測できる。

 もう一つの謎である、十月十二日の旧七首村で起こっているはずの殺人事件であるが、警察も必死に捜査はしているが、依然としてそのような事件は確認されていないとのことだった。

 もしかしたら十月に事件など起きていないのでは……? だがもしそうだとすると、犯人――あさきゆめみし氏の意図するところはますます濃霧の奥底へ包まれてしまうような気がする。


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